更新2012/07/17「ことば・言葉・コトバ」

はなしがい通信 バックナンバー

1994年2月(第91号)から281号まで

ここから「文献索引リスト」に切り替えられます/創刊号(1986年8月)-90号は『放し飼いの子育て』に収録/

●定期購読のご案内―月刊『はなしがい通信』は休刊なく発行されています/オリジナル版をお読みになりたい方は毎月郵送します/1年分購読料1,500円を郵便振替でコトバ表現研究所00130-6-577697へ納入ください/
号数発行日/年内容―副題/話題とりあげた本/著者
270号から281号2009年版(PDF)●労働者の立場・資本家の立場/福沢諭吉の政治論/「社会」と「人間」への信頼/「演技」としての人生/労働問題3部作/孔子の思想と時代/共同体社会と法的社会/小説としての「銀河鉄道の夜」/友情と自己犠牲の生き方/「人間の条件」とは?/「公的領域」と「私的領域」/人間性と人間性の教育/「労働」と「仕事」/欲望と人間の生き方/林竹二の教育論/対話についての感想/「からだ」と「ことば」/言語・人間・芸術/久留島武彦という人/「コトバ」と「響き」●内田樹/丸山眞男/宮沢賢治/加地伸行/仲正昌樹/ハンナ・アレント/プラトン/S.K.ランガー/久留島武彦
258号から269号2008年版(PDF)●日常生活での思考力の養成/考える力と書くこと/精神の運動としての散文/コンピューターによる論理教育/文章トレーニングのハンドブック/モノをつくることの意味/人生の設計図と道具/幸福の前提条件/芸術と文章/若者の言語能力/想像力と思考力/生活の芸術化/理想と虚構の衰退/「論語」とは/中国思想と現代日本/朗読教育の目的/音と言葉/どもり式の発声法/人は人とどう付き合うか/結婚と人間関係/●アラン/アンク/加賀野井秀一/森博嗣/ヒルティ/大澤真幸/加地伸行/金谷治/竹内敏晴/武満徹/内田樹
246号から257号2007年版(PDF)●大杉栄の教育論/第一次言語と第二次言語/呼びかけのコトバ/教育は商品でない/持つこととあること/社会変革のための政策/道徳教育とは/〈身〉の発達と人生/発声教育の必要性/母のやさしさと父のきびしさ/母の教育いろいろ/文章を読む6つの技法/孔子はどう学んだか●大杉栄/竹内敏晴/内田樹/エーリッヒ・フロム/戸坂潤/市川浩/米山文明/鈴木大拙/鈴木晶
234号から245号2006年版(PDF)●母なるもの/前向きの人生/他者と主体/読解力の教育/言語論理教育/マルチメディア/視聴覚教育/子どものコトバの発達/近代のやり直し/近代的個人/自分探しの不安/自我と共同体認識/自己を生かす生き方/日本人の声/基本的な発声訓練/人間・考え・コトバ/作文教育の考え方/イジメと教育/「思いやり」と「優しさ」●エーリッヒ・フロム/内田樹/石原千秋/西垣通/柴田義松/ヴィゴツキー/大塚英志/春日武彦/アーシュラ・K・ル=グウィン/久石譲/米山文明/戸坂潤/中島義道
222号から233号2005年版(PDF)●アナウンスの声/対話/日本語の力/見える学力/生きる力/読み聞かせ/古典を読む力/子どものコトバの発達/教育とは/学びとは/ドラマを見る力/競争と表現/教育の目的/性善説と性悪説●鴻上尚史/ガストン・ミヤラレ/岸本裕史/脇明子/伊藤克敏/刈谷剛彦/西研/スミルノフ/ジェフリー・ペイザント/ジェームズ・ミル/エーリッヒ・フロム
210号から221号2004年版(PDF)●対話の時代と「現実主義」/若者と歴史の知識/説教節の「決まり文句」/1980年代の精神史/オウム事件の3つの教訓/若い人たちの人生への「焦り」/「バイリンガル」と「セミリンガル」/「英語力」以前の何か/印しをつける読み方/プレスボイストレーニング/日本人の声とことば/印しつけよみと声の表現/文章は声で生きかえる/文化としての朗読/学校にはない「音読」と「朗読」/人は人を殺したくない/命の教育と兵士の行動/録音による声の訓練/音声入力ソフトの応用/戦場の兵士の心理/アメリカ社会の殺人教育/ ●福田和也/大塚英志/市川力/外山滋比古/福島英/デーヴ・グロスマン/
232号2005.11.1善と悪との弁証法―死を愛好する傾向エーリッヒ・フロム著(鈴木重吉訳)『悪について』(原著1964紀伊国屋書店)
231号2005.10.1ミルの教育論―教育すべき精神の資質ジェームズ・ミル著(小川晃一訳)『教育論・政府論』(1983岩波文庫)音声で聴く
230号2005.9.1演奏会と「競争」―音声認識ソフトの応用ジェフリー・ペイザント著『グレン・グールド―なぜコンサートを開かないか』(1981音楽之友社)音声で聴く
229号2005.8.1ドラマを見る能力とは?―想像力の教育スミルノフ著『ソビエトの教科書――心理学』(1965明治図書)音声で聴く
228号2005.7.1学ぶことの意味とは何か―教育とはなにか?苅谷剛彦/西研『考えあう技術―教育と社会を哲学する』(2005.3.10ちくま新書)音声で聴く
220号2004.11.1音声入力ソフト―録音による朗読の訓練アスキーソリューションズ/ドラゴンスピーチ活用例に紹介
218号2004.9.1文化としての朗読―学校に音読・朗読はないNPO日本朗読文化協会/渡辺知明・朗読講座詳細
209号
イラク戦争反対!
2003.12.1自衛隊と日米安保―反対意見の論理を探るダグラス・ラミス『なぜアメリカはこんなに戦争するのか』(2003.10.10/晶文社)
208号2003.11.1道徳教育の難しさ―綴り方と「混沌状態」鶴見俊輔『限界芸術論』(1999/ちくま文庫)「らくがきと綴り方」
207号2003.10.1犯罪少年の教育―コトバを理解するサルスー・サベージ=ランボー(加地永都子訳)『カンジ―言葉を持った天才ザル』(1993/NHK出版)
206号2003.9.1「心のノート」のメッセージ―「孤立した個人」と「変わらない社会」三宅晶子『「心のノート」を考える』(2003.5.18/岩波ブックレット595)
205号2003.8.1:憲法と民主主義の原理―歴史への判断力大塚英志『少女たちの「かわいい」天皇』(2003.6.25角川文庫)
204号2003.7.1表現力とは何か―声のコトバ・文字のコトバフジテレビ「GOーガイ」
203号2003.6.1ドイツの学校と教育――子どものコトバ能力暉峻淑子『豊かさの条件』(2003/岩波新書)/『豊かさとは何か』(1989/岩波新書)
202号2003.5.1永田周一さんの日記―シュタイナー学校永田周一著『おもいっきりシュタイナー学校』(1997/五月書房/CD版)
201号
イラク戦争反対!
2003.4.1大村はま先生―コトバの力を育てる教育大村はま・刈谷剛彦・夏子『教えることの復権』(2003ちくま新書)
200号
イラク戦争反対!
2003.3.1子どもと環境―若者の自殺とゲーテの人生米原万里「読書日記」(東京新聞2003.3.9)/エッカーマン『ゲーテとの対話』(岩波文庫/1968)/ゲーテ(柴田翔訳)『若きヴェルテルの悩み』(2002/ちくま文庫)/『ファウスト』(2003/講談社文芸文庫)
199号2003.2.1「ひな型作文」―ドイツの音声言語教育三森ゆりか「ドイツの音声言語教育―総合的・合理的な訓練」『月刊国語教育別冊・音声言語指導ハンドブック―新しい授業づくりのヒントと基本論文』(1999年6月/東京法令出版)
198号2003.1.1ドラマ『どっちがどっち!』―人の心とカラダドラマ『どっちがどっち!』/山中恒(ひさし)『おれがあいつであいつがおれで』(1998理論社)
197号2002.12.1人間と世界との一体性―自己との闘い藤沢令夫『ギリシア哲学と現代』(1980岩波新書)/岡本太郎『自分の中に毒を持て』(1993青春文庫)
196号2002.11.1劣等感の克服と教育―室生犀星の劣等感『随筆・女ひと』(初版1958/32刷1993新潮文庫)/『或る少女の死まで』(初版1952/61刷2001/岩波文庫)
195号2002.10.1どこまでも経済は「発展」するのか?―「対抗発展」で育つ能力ダグラス・ ラミス著『経済成長がなければ私たちは豊かになれないの か』(2000.9.25平凡社)
194号2002.9.1「言葉」が問題になる時代―言語能力の教育『文藝春秋・特別版・美しい日本語 ―言葉の力を身につける』2002.9/谷川俊太郎・大岡信編『にほんご』(福音館書店)
193号2002.8.1「成熟」と「通過儀礼」―ムラから受け継ぐもの大塚英志『人身御供論―通過儀礼としての殺人』(2002角川文庫)
192号2002.7.1「奇跡の詩人」の怪しさ―「読む」ということ滝本太郎+石井謙一郎編著『異議あり!「奇跡の詩人」』(同時代社)/グレン・ドーマン著『赤ちゃんに読み方をどう教えるか』(1990/サイマル出版会)
191号2002.6.1「文章の原型」―文章トレーニングの方法外山滋比古『日本語の論理』(初版1987中公文庫)
190号2002.5.1「憲法」の裏側を読む―あたらしい憲法のはなし文部省『あたらしい憲法のはなし』(1947/復刻2001童話屋)
189号2002.4.1「遠い声」と「近い声」―「わたし」のいるスピーチ鈴木孝夫『ことばと文化』(1973岩波新書)
188号2002.3.1「中島式戦闘法」―「思いやり」「優しさ」との対決中島道義『うるさい日本の私』(1999新潮文庫)
187号2002.2.1「対話」のレッスン―「対話」の原則大塚英志『サブカルチャー反戦論』(角川書店2001)/平田オリザ『対話のレッスン』(小学館2001)/中島道義『〈対話〉のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの』(PHP研究所1997)
186号2002.1.1「論」とは何か―小論文の構成指導法 
185号2001.12.1「考える力」とは何か―言語論理教育福沢諭吉『学問のすすめ』(旺文社文庫)
184号2001.11.1「すぐり」の幸福論―表現よみのすすめチェーホフ(松下裕訳)「すぐり」『チェーホフ全集8』(1993.9.22/筑摩書房/ちくま文庫)
183号2001.10.1簡素な生活―人生三つの心がけシャルル・ヴァグネル『簡素な生活 一つの幸福論』(2001.5/講談社学術文庫)
182号2001.9.1返事とコミュニケーション―ファンタジーと歴史 
181号2001.8.1「熊さんと八っつあん」による床屋談義大塚英志『戦後民主主義のリハビリテーション(論壇でぼくは何を語ったか)』(2001.7.15角川書店)
180号2001.7.1教育のアカデミズムとジャーナリズム『東京新聞』
179号2001.6.1「現代社会」とはなにか-サブカルチャーの時代大塚英志『「彼女たち」の連合赤軍―サブカルチャーと戦後民主主義』(2001角川文庫)
178号2001.5.1在るもの自体の倫理―物の学習・心の学習前田英樹『倫理という力』(2001講談社現代新書)
177号2001.4.1「ゆとりの教育」と教養の実践的能力『文藝春秋』(2001年3月号)「親たちよ! 教師たちよ! 教育再生・私の提言」立花隆対談「東大生はバカになったの?」
176号2001.3.1文部省のスローガン―人間の「基礎・基本」とは寺脇研『21世紀の学校はこうなる“ゆとり教育”の本質はこれだ』(新潮社OH!文庫)
175号2001.2.1逃避からの脱出―現代高校生の意識構造フロム『自由からの逃走』(初版1951/2刷1993東京創元社)
174号2001.1.1「時代の勢い」というもの―「白鳥芦花に入る」下村湖人『次郎物語』(新潮文庫)
173号2000.12.1国語力の絶対評価―人間関係とモラル下村湖人『論語物語』(講談社学術文庫493)/『次郎物語』(新潮文庫)
172号2000.11.1「奉仕活動」の目的と意義―日本的個人主義?西尾幹二編著『「教育基本法見直し会議」緊急報告 すべての18歳に「奉仕義務」を』(2000小学館文庫)
171号2000.10.1教育改革国民会議―中間報告を考える教育改革国民会議の中間報告
170号2000.9.1開かれた親子関係―岡本太郎の父母岡本太郎『一平 かの子―心に生きる凄い父母』1995チクマ秀版社/『青春ピカソ』2000新潮文庫/『今日の芸術』1999光文社文庫
169号2000.8.1現代社会と新聞―苦しい勉強・楽しい学習 
168号2000.7.1教養としての歴史―戦後史の骨格鹿野政直『日本の現代―日本の歴史(9)』(岩波ジュニア新書)
167号2000.6.1「教養講座」と基礎的能力―電子メールの経験 
166号2000.5.1青年と時代の不安―電子メールが育てる能力ドストエフスキー「罪と罰」
165号2000.4.1国語の力とコミュニケーション―メーリングリスト東京新聞サンデー版「世界と日本 大図解シリーズNo.420」(2000.4.2)
164号2000.3.1音読教育の問題点―声優・俳優のコトバの力工藤順一『国語のできる子どもを育てる』(1999.9.20/講談社現代新書)
163号2000.2.1身軽な生活と必要な知識―気功整体の先生 
162号2000.1.1家族と生きがい―生き方・読者アンケート夏目漱石「こころ」/東京新聞(1999.12.20)
161号1999.12.1教師と生徒との民主主義―戦後教育の原点『文部省教科書 民主主義』(1995/径書房)
160号1999.11.1日本の先生の問題点―先生のマナーとモラル中教審答申の中間報告(1999.11.2/東京新聞)
159号1999.10.1「昔の先生」と「今の先生」―交流と対話の必要性佐高信『親と子と教師への手紙』(1989/教養文庫)
158号1999.9.1基礎基本としての言語能力―今の学校の先生は 
157号1999.8.1読書能力と音声表現―本をよめない先生たち石川啄木「雲は天才である」
156号1999.7.1新しい戦後エゴイズム―21世紀の理想と教育竹田青嗣と加藤典洋の対談『二つの戦後から』(1998/ちくま文庫)
155号1999.6.1「日本一の代用教員」―啄木の教育理想「啄木日記」『日本現代文学全集39/石川啄木集』(1964/講談社)
154号1999.5.1日本人の自信″と理想―イデア論と憲法竹田青嗣『プラトン入門』(1999/ちくま新書)
153号1999.4.1若者たちの幼稚化―十七種類の因果律波多野完治・滝沢武久『子どものものの考えかた』1963/岩波新書
152号1999.3.1「基礎的な学習」とは―情報とコンピュータの教育「高等学校の学習指導要領」1999
151号1999.2.1文章で考える教育―専門学校の教養アラン『アラン教育随筆』1999/論創社
150号1999.1.1子どものコトバ・おとなのコトバ―コトバの能力岡本夏木『ことばと発達』1985/岩波新書
149号1998.12.1新指導要領の「哲学」―「国語」と科学教育ランジュバン『科学教育論』1961/明治図書
148号1998.11.1OKマークと学生たち―「心の教育」とは何か梅原猛『心の危機を救え―日本の教育が教えるもの』1998/光文社文庫
147号1998.10.1美智子さんの読書経験―「少国民文庫」と子どもの本山本有三『心に太陽を持て』新潮文庫/吉野源三郎『君たちはどう生きるか』岩波文庫/里見トン『文章の話』岩波文庫
146号1998.9.1マンガと文字の本―若者のための雑誌ハンス・ペーター・リヒター『あのころはフリードリヒがいた』岩波書店/1990)/ロバート・ウェストール『海辺の王国』徳間書店/1994)/C・ネストリンガー『あの年の春は早くきた』岩波書店/1998)
145号1998.8.1はげましと「希望」―フロムの「希望」エーリッヒ・フロム『希望の革命』(原著1968年/翻訳1970年/紀伊国屋書店)
144号1998.7.1週五日制と教育内容削減―基礎としての言語論理教育 
143号1998.6.1学校という場―「交渉」と人間関係河合隼雄・梅原猛編『小学生に 授業』(1998.6小学館文庫)
142号1998.5.1教養とはなにか?―学校教育と「教養」 
141号1998.4.1コトバの力と子どもの教育―親と子のコトバ『論座』1998年5月号(朝日新聞社)
140号1998.3.1志賀直哉の文学と人間―教育と信頼感志賀直哉「清兵衛と瓢箪」「或る朝」
139号1998.2.1「キレる」時代の子どもたち―専門学校の学生と「対話」 
138号1998.1.1人類の理想と般若心経―瀬戸内寂聴の法話から瀬戸内寂聴『寂聴 般若心経―生きるとは』(1991年/中公文庫)
137号1997.12.1季節料理の店「味彩(あじさい)」―専門学校高等科の卒業生Mくん 
136号1997.11.1「自助」という精神―自立への励ましと勇気づけサミュエル・スマイルズ(竹内均訳)『自助論』(1995年/三笠書房)
135号1997.10.1長期欠席だったAさん―補講授業と生徒の協力 
134号1997.9.1「責任」と変革の意志―「酒屋のオヤジ」の戦争責任『This is 読売』(1997年9月号)
133号1997.8.1「父性の復権」とは―「秩序感覚」と現代の若者林道義『父性の復権』(1996/中公新書)
132号1997.7.1「成長評価記録表」の意味―携帯電話と新しいモラル 
131号1997.6.1文字とコトバのホームページ―コンピュータ時代の教育論佐伯胖(ゆたか)『コンピュータと教育』(1986/2岩波新書)
130号1997.5.1専門学校の学生の変化―常識としての社会 
129号1997.4.1コンピュータと人間の能力―子どもたちの動機クリフォード・ストール『インターネットはからっぽの洞窟』(1997年/草思社)/オリヴィエ・ルブール『学ぶとは何か―学校教育の哲学』(1984年/勁草書房)
128号1997.3.1コンピュータ教育とは―インターネットは空っぽ?雑誌『AERA』の臨時増刊号「インターネット楽々生活」(97年3月5日/朝日新聞社)
127号1997.2.1きびしさの根拠―プラスの行動とマイナスの行動 
126号1997.1.1教養の基礎と子ども―アランの道徳教育オリヴィエ・ルブール『人間的飛躍―アランの教育観』(1996年/勁草書房) 
125号1996.12.1人間的飛躍とはなにか―民主制教育への期待オリヴィエ・ルブール著『人間的飛躍 アランの教育観』(1996年/勁草書房)
124号1996.11.1二十一世紀の教育論―井上ひさしの国語教育論「小学生の『国語教育』と『国語力』実態調査」(1996年9月)
123号1996.10.1イギリス新制中学校の生徒たち―子どもたちを支える文化ポール・ウィリス著『ハマータウンの野郎ども』(ちくま文庫/1996年9月)
122号1996.9.1「教養」と人間の能力―四つの原則の意義C・E・シルバーマン著『教室の危機―学校教育の全面的再検討(下)』(山本正訳/1973年/サイマル出版会)
121号1996.8.1アメリカの学校の問題―インフォーマル・スクールの教師C・E・シルバーマン著『教室の危機―学校教育の全面的再検討(上)』(山本正訳/1973年/サイマル出版会)
120号1996.7.1善と悪の問題―「より善い生活」の探求村井実『道徳は教えられるか』(国土社/1967年)
119号1996.6.1「社会」という科目―ボノボと原始共同社会 
118号1996.5.1専門学校一年生のようす―「社会」のアンケート 
117号1996.4.1代用教員としての安吾―青年の悩みと子どもへの愛坂口安吾「風と光と二十の私と」
116号1996.3.1日教組の現状―教育の理想と古い学校 
115号1996.2.1なにが基礎学力か―授業の心がけ 
114号1996.1.1「学校」のはたらき―「ひとりより/みんなで」斎藤喜博『君の可能性 なぜ学校に行くのか』(1970年/ちくま少年図書館)
113号1995.12.1学びの共同体」としての学校―教育者の原点佐藤学『学び その死と再生』(太郎次郎社・1890円)
112号1995.11.1ある少年の犯罪―乳幼児期の母と子の関係/横川和夫編著『荒廃のカルテ 少年鑑別番号1589』(新潮文庫)
111号1995.10.1姿勢とコンプレックス―人間教育のもとになる課題竹内敏晴『ことばが劈(ひら)かれるとき』(ちくま文庫1988/単行本は1975)
110号1995.9.1ある国語研究会―N先生のコトバ教育 
109号1995.8.1クラスを支える生徒たち―SくんとFくん 
108号1995.7.1精神分析と教育―「闇教育」と現代A・ミラー著『魂の殺人―親は子どもに何をしたか』(1983年/新曜社)
107号1995.6.1現代社会における戦争―映画「きけ/わだつみの声」 
106号1995.5.1オウムと教育―ギリシア哲学の知恵藤沢令夫(のりお)『哲学の課題』(1989年/岩波書店)
105号1995.4.1知育と徳育―イジメが起こる原因木原武一『天才の勉強術』(新潮選書・1000円)
104号1995.3.1日本人と「幸福」―教育と社会的な行動カレル・ヴァン・ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』(毎日新聞社)/スポック『スポック博士 親ってなんだろう』(新潮文庫)
103号1995.2.1国際化と教育―教育をどうするか雑誌『ひと』(1995年2月号/太郎次郎社)
102号1995.1.1「いじめ」と責任―生と死の軽さ 
101号1994.12.1 Mさんからの手紙―「見守り型」の教育 
100号 1994.11.1「放し飼い」の意味―比喩と教育 
99号1994.10.1専門学校のふたりの生徒―「好き」という立場 
98号1994.9.1在日から見た日本の戦争―辛さんの教育論 
97号1994.8.1読書能力の国語教育―なぜ本を読まないのか 
96号1994.7.1「放し飼い」と管理の教育渡辺知明『放し飼いの子育て―やる気と自立の教育論』一光社・1545円
95号1994.6.1生きるための文章教育―見城さんと映画『学校』 
94号1994.5.1日本という国のシステム―新指導要領の問題点カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本/権力構造の謎』上・下(早川文庫)
93号1994.4.1文章教育のシステム―O・N枝さんの論文 
92号1994.3.1子どもと親の「共育」―映画『先生あした晴れるかな』すずきだいきち『どうすれば子どもはやる気になるのか―子どもの勉強「勇気づけ」「親子共育」の実践』(一光社1339円)
91号 1994.2.1教室は動物園か―看護婦さんの禁句集 
▲ページはじめへ
ご訪問/感謝します! あなたは 番のお客さまです(2012/06/13)