コトバ表現研究所
はなしがい169号
2000.8.1 

 夏休み前の専門学校の試験が終わったときのことです。教室から出てきた男子学生にこんなことを言われました。「先生、おもしろい試験でした。やっていて、とても楽しかった」

 それから、「こんな感じの試験は初めてのことでした」とも言うのですが、わたしも、試験問題がおもしろいと言われたのは初めてのことでした。

 しかし、わたしが意図したことが実現したという思いもありました。

●「社会」の試験内容

 試験の科目は「社会」です。ほとんどが新聞についての問題で、すべて授業でとりあげたことです。まずは、その内容をご紹介しましょう。

 第一問は、新聞から取り出した見出しを分類する問題です。新聞には政治面、国際面、経済面、生活面、スポーツ面、社会面などがあります。わたしが実際の新聞から拾い出したものを、これら六つの分野に分類するのです。

 第二問は、新聞記事の語句に印しをつけて読む問題です。わたしは、コトバの能力の訓練法として、@表現よみ、A書きなれノート、B印(しるし)つけよみ、との三つを提唱しています。どれも、「読み・書き、話し・聞き」の能力を育ててくれますが、印しつけよみは「文章の理解力」を高めるものです。

 つける印しは、一行二行にわたる線ではなく、マル、セン、四角などです。マルは「だれが、なにが」などの主語や、何についての話かというテーマを囲むものです。センは、主語やテーマについて述べられた部分、「どうだ、どうした」などにつけます。四角は、文と文との論理関係を示すコトバ、おもに接続語につけます。とくに重要なのは、理由を示す「なぜなら」、具体例を示す「たとえば」です。ほかにも、「だから」「つまり」などがあります。

 第三問は、印しつけをした投書の内容の要約です。印しつけをした語句に注目すれば、むずかしくはありません。投書の論理構造のポイントは授業でとりあげています。中心は三層の構造です。

 ● 主張(私はこう思う)→理由(なぜなら……からだ→根拠(というのは……からだ)

 とくに「なぜなら」「というのは」に対応する「……から」「……ので」に注目します。

 第四問は、新聞の記事から関心ある社会問題について、事実を書き出すこと、そして感想や意見を書く問題です。これについては、テスト用紙の裏に書かれた感想に、「自分の考えを書けてよかった」というものがありました。

 わたしの授業のねらいは、新聞を通じて社会への関心を育てることと、情報をコトバを通じて正確に読みとることです。そのために、あらかじめコトバの三つの訓練法を説明をしてから新聞の授業に入っています。毎年「これまで新聞についてこんな授業を受けたことがなかった」「授業を受けてから新聞を読むようになった」などの感想をもらっています。

●現代社会と新聞

 子どもたちの活字ばなれが問題になっています。学校ではあわてて読書指導ということになるのでしょうが、いったいどのような対応ができているのでしようか。小学校、中学校、高校の先生がたがどのような指導をしているのか、統計でもとって調べてもらいたいくらいです。

 幼稚園や小学校では「読み聞かせ」、中学や高校では「朝の十分間読書」というものが行われています。「読み聞かせ」はよく知られていますが、「朝の十分間読書」とは、ホームルームの最初の十分間を読書の時間にあてて、すべての生徒が本を読むというものです。読書への刺激だけではなく、精神的な落ち着きなどさまざまな効果があるそうです。

 いま「朝の読書」は黙読で行われていますが、わたしはこれを音読へとすすめてほしいと思っています。声を出すことで、文章を正確に読んで理解する能力がアップするからです。決して大声で読む必要はありません。むしろ自分だけに聞こえるくらいの小声で、ブツブツとひとりごとを言うようなよみがいいのです。人に聞かせることではなく、自分の理解力を高めることが目的です。ほかの人の声が気になるなら、耳に手を当てたり、耳をふさげば、自分の声が聞きやすくなります。教室がうるさくなったって、それはクラスが活発な証拠です。

 わたしは、毎年、学生に音読をすすめていますが、今年は、わたし自身、毎朝、新聞のコラムを理解するために声を出して読んでいます。その日その日のコラムの出来不出来、感動の度合いの強さ弱さが以前よりもはっきりと感じられるようになりました。

 わたしが新聞の授業をはじめたのは、現代社会における情報収集が目的でした。一般には情報収集というと、図書館の利用や、本や雑誌の資料としての調べ方、インターネットの利用など、いわば人間の外部で処理をするものです。そんな内容なら、学生たちも、どこかで授業を受けているでしょう。

 わたしが目的にしているのは、情報が個人の意識のレベルにまで受け入れられるようにすることです。表現よみによる音読も、印しつけをすることも、投書の内容を要約するのも、コトバを手段とした実践的な情報収集の作業なのです。

●苦しい勉強・楽しい学習

 勉強というと、今ではつまらないもの、おもしろくないものの代名詞のようになっています。たしかに、学校の成績を気にしたテスト勉強や、ノルマのように押しつけられる宿題は子どもたちにとっては苦痛でしょう。おとなが職場で、研修や昇級のために受けさせられる試験なども同じことです。それは、勉強することが「知」への欲求によるのでなく、別のことの手段になっているからです。読書についても同じことで、感想や読書感想文を求めるのであったら少しもおもしろくありません。

 わたしは毎回、試験内容の説明をするとき、「わたしの試験は試験時間も授業です」と話します。決して冗談ではありません。試験は必要授業時間に含まれるのです。試験のときにも授業と同じように楽しく学んでほしいという希望がありました。ですから、「おもしろい試験でした」「楽しい試験でした」と言われたのはうれしいことでした。

 新聞について学ぶことは、わたしたちの生きている現代を知ることですし、そこに生きる自分自身を知ることです。ほんとに素朴な学生のひとことでしたが、学習の原点とは何かいうことについて、わたしはあらためて考えさせられたのです。


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