コトバ表現研究所
はなしがい144号
1998.7.1 

 これまで一週間おきに実施されていた小中学校の週五日制が、いよいよ二〇〇一年から完全週五日制として実施されます。文部省の諮問機関である教育課程審議会(三浦朱門会長)での検討内容が六月二十三日(火)の新聞に発表されました。その内容は、「完全週五日制のもとで、各学校がゆとりのある教育を展開し、子どもたちの生きる力を育(はぐく)む」ことを目的として、教育内容を三割くらい削減するというものです。

 休みが増えるのだから授業の内容を削るというのは、じつに単純な理屈です。しかし、どこの内容を削るのかというのは重要な問題です。ほんとうに学力の基礎として重要なところを取り落とすことなく入れておかないと、子どもたちの基礎学力の不足が、今以上にひどくなることでしょう。

●週五日制の教育内容

 東京新聞では、骨子のポイントとして次の八つをあげています。キーワードだけを抜き出しておきます。「ゆとりのある教育」「内容厳選」「中高での外国語必修」「小中高での総合的な学習の時間″の新設・必修」「中学の選択教科の授業時間数を三〇時間から七〇時間にする」「高校での必修教科・科目を選択履修にする」「高校の卒業必要単位の削減」「特別活動での日の丸・君が代の徹底指導」

 ここから分かるのは、授業時間を減少するのとともに、英語などの外国語をのぞいて選択中心の授業とする傾向です。しかし、高校までが義務教育のようになりつつある時代に、だれもが共通して学ぶべき内容がアイマイになりそうなのが気になります。

 この結果に対して、二人の大学教授が次のような内容の発言をしています。
 「一八〇時間の減少になる。『総合科』は時間的なゆとりのない教師がうまく運営できるか疑問だ」「心の教育や生きる力が知識とは別のものであるかのように考えられている。総合学習には、社会からの要請のごった煮″になる危険を感じる」

 ほかにも、教育現場にいる先生たちの声があります。千葉の中学の数学の先生はこういいます。
 「内容が減ることはありがたいが、これ以上内容を削ったらどうなるか。機械的な計算は得意だけど、証明や関数など思考力を使う学習は苦手という傾向は年々ひどくなっている。」

 もう一つ、あいかわらず問題となるのは「新学力観」のことです。前回の指導要領で、学力について「個性の尊重」「やる気や態度の評価」などというものが出されましたが、今回もひきつづき答申の骨格となっています。現場の教師からは、「できないことも個性と考えられ、基礎学力が軽視されている」「関心、意欲など人間の内面的な評価ができるのか」などという意見や疑問が出ています。

 東京新聞の社会面では、見出しに「21世紀の教育像・答申案」として、ちがう答えの出てくる二つの引き算を示しています。

  詰め込み―内容削減=ゆとり(文部省)
  詰め込み―内容削減=空 論(先生)

 はたして、どちらの答えが正解となるでしょうか。

●言語論理教育のすすめ

 わたしはもう十年以上も前から、小中学校からの論理教育を提唱してきました。論理というのは、ものごとを考えるときの考え方のきまりや、正しく考えを展開するための方法です。学問のジャンルとして「論理学」というものもあります。

 ところが残念ながら、論理そのものの教育は、今の日本の小中高の教育課程に入っていません。これを学ぶチャンスとしたら、大学の一般教養くらいのものです。ただし、大学での論理学はたいてい記号や数式などを使った数学的なもので、学んだことを日常の生活に生かせるものではありません。

 そこでわたしが提唱しているのは、形式論理学といわれる論理学の初歩を、日常で使っているコトバの表現と結びつけて教育することです。それはとくべつにむずかしいものではありません。たとえば、日ごろわたしたちが何気なく使っている「なぜなら」「つまり」「しかし」「たとえば」などの接続語のもつ論理操作の意味を見なおそうというのです。

 そして、意識された論理を日常の話し方や文章の書き方に生かそうというのです。その教育のための授業時間は、小中学校で「作文」の時間として確保された時間をあてようというのです。  ただし、このような教育を受けた人は、ほとんどいないので、まず先生がたが論理や論理学の勉強することが出発点になります。

●「総合学習」と文章能力養成

 今回の答申で「総合学習」の提唱、「教育内容の厳選」ということばを見たとき、わたしがまっ先に思ったのは、やはり言語論理教育のことでした。それぞれの科目を総合するための基礎は、それぞれの学問の基礎にある論理的な考え方のことです。

 論理的に考えられる能力がだれにとっても必要なものだということは、わたしが専門学校で最近、高校を出た学生たちに授業をしているうちにも感じています。わたしがごく基礎的な論理の話をしても、学生たちは興味を示しますし、そんな話は一度も聞いたことがないという答えが返ってきます。

 わたしは今年から専門課程(高校卒業入学者)の「教養講座」の二年目の学生に論理学の初歩を基礎にした文章を書く実習授業をはじめました。その内容は、単語のラレツによる連想、日本語の文型による文つくりなど、小学生にもできる基礎の基礎というような文章の勉強です。

 そんな内容で授業をしようと決心するまで、わたしはずいぶん迷いましたが、就職試験の二大問題が面接による対話と、八〇〇字ほどの「作文」であることを知って「話す力、書く力を高めるための文章能力養成」というテーマでスタートさせました。

 ところが、始めてみると、学生たちに意外な反応がありました。一年目に、あいさつ、敬語、電話、面接のマナーなどの授業では机に顔を伏せて寝ていたような学生の中からも、真剣に課題に取りくむ者が何人か出てきました。

 そして、すべての学生には「書きなれノート」を持たせました。これはアタマに浮かぶ考えを文章のかたちで次つぎに書きとめる訓練をするためのノートです。わたしは夏休みがあけたら、このノートに学生が思いつくことを自由に書く習慣をつけるために、どんな課題で授業を展開しようかと今から考えています。


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