コトバ表現研究所
はなしがい 186号
2002.1.1 

 毎年、わたしは新年になると、専門学校で二年生に論文の指導をします。論文といっても大げさなものではなく原稿用紙二枚の短いものです。ほとんどの学生が論文などは書いたことがないので、イロハから教えることになります。それでも、発想の段階から順を追って行けば、たいてい論文らしいものを仕上げることができます。「今まで論文についての授業は受けてきたが、こんなに具体的な指導は初めてだ」と感想をもらす学生もいます。

 これまで、わたしは論文指導の過程をまとめたことがなかったので、今回はその要点をまとめてみなさんにお知らせします。わたしの論文指導は、考えを論としてまとめるための訓練ですから、文章を書くときだけでなく、ものごとについて考えるときにも役に立つものだと思います。

●「論」とは何か

 論文とは「論」の展開によって成り立つものです。「論」は辞典では次のように説明されます。「ある事柄について筋道を立てて判断をくだしたり物事に対する意見を述べたりすること。またその判断や意見」――わたしはもっとかんたんに「理由づけられ、根拠づけられた考え」としています。

 「論」を具体的な文章のかたちにするなら、次のように、「@考え」「A理由」「B根拠」の三つの文で組み立てられます。「@私は○○は……であると考える。Aなぜなら○○は……からだ。Bというのは○○は……からだ」

 「@考え」のうち〈○○は……である〉の部分は「命題」ともいわれます。「判断を言語的に表現したもの」です。判断の責任は「私」にあります。これだけでも「考え」にはちがいありませんが、まだ他人を説得する力がありません。次には、「理由づけ」が必要です。「なぜなら」と接続して、どうしてその考えが成り立つか書きます。たとえば、「@私は〈自分は薬を飲むべきである〉と考える」の理由を考えるなら、「なぜなら胃がわるいからだ」という理由が考えられます。これで、他人が納得するような考えになるでしょうか。日常会話なら、「ああ、そうですか」で終わるでしょう。しかし、それで理解できているのかというと怪しいものです。

 そのことは「根拠づけ」によってはっきりします。根拠づけとは、理由づけられた考えをさらに理由づけるものです。「というのは○○は……からだ」という文のかたちです。根拠には常識的なことが多いのですが、一つしかないわけではありません。「胃がわるいから薬を飲むこと」の根拠もいくつか考えられます。まず、以前に自分が薬を飲んで効いたという経験――「というのは、その薬を以前に飲んで効いたからだ」です。また、また、医者に新しい薬をすすめられたこと――「というのは、医者によく効く薬があるとすすめられたからだ」もあります。

 二つの論の構造のちがいは次のようになります。  (1)私は〈自分は薬を飲むべきである〉と考える。なぜなら胃がわるいからだ。というのは、その薬を以前に飲んで効いたからだ。

 (2)私は〈自分は薬を飲むべきである〉と考える。なぜなら胃がわるいからだ。というのは、医者によく効く薬があるとすすめられたからだ。

 二つの文章の「@考え」と「A理由」は同じですが、「B根拠」にちがいがあります。それによって論の意味がちがってきます。このように、「考え」というものは、理由は同じであっても、根拠においてちがう場合が多いのです。ですから、考えの検討には、このような三段階が必要なのです。

●「材料」と「テーマ」

 論文の第一段階は材料さがしです。材料とは、何について書くか、書くべき対象です。あらかじめ「調理・料理の論文」と限定したので「調理・料理と聞いて思いつくことを10個あげる」という課題を出しました。単語ごとに丸数字をつけて、「@皿、A包丁、B肉……」などと書かせたあとで、その中からテーマとなる材料をひとつ選んでもらいます。

 次は材料についてのテーマづくりです。たとえば「皿」を選んだ場合で考えてみましょう。一般に論文のテーマというと「テーマ=皿」などと単語で提示されることがあります。しかし、「皿」はテーマではなくて材料です。テーマが「論」となるためには「○○は……である」という命題のかたちをとらねばなりません。命題にすることではじめて理由や根拠が考えられるのです。「皿」ということばを入れて命題をつくるなら、次のようなものができます。

 (1)皿は料理にとって重要である。

 (2)皿は料理をかざるものである。

 (3)皿には料理の味を引き立てる効果がある。

 テーマを文のかたちで書くことによって考えが固まります。一つではなく最低三つはつくってみます。いくつかのテーマを考えることで、中心となるテーマが、ほかのテーマとの関係ではっきりしてくるからです。そして、その中から中心となるにふさわしい一つのテーマを選び出すのです。

●「理由づけ」と「根拠づけ」

 (1)を選んで「理由づけ」しましょう。「なぜなら」でつないだ次のような文が考えられます。

 (4)なぜなら皿が料理の味を変えるからだ。

 (5)なぜなら皿が料理の盛付けを引立てるからだ。

 さらに根拠づけを「というのは……からだ」というかたちで付けくわえることにしましょう。

 根拠とは、大きく三つに分けられます。「@目で見た事実(体験した事実)」「A人から聞いたこと(新聞・雑誌・本などの情報も含む)」「B自ら考えたこと(知っていることから推論したもの)」です。

 たとえば(5)を例に、自分の経験から根拠づければ次のような文章になります――「わたし皿は料理にとって重要であると考える。なぜなら、皿が料理の味を変えるからだ。というのは、わたし自身、次のような体験をしたことがあるからだ。それは…」

 「それは……」からあとは、自らの体験についてのエピソードになります。「作文」でも自分の体験を書きますが、論文の場合とは使い方がちがいます。作文ではエピソードが筋の展開の中心に位置する記録文のような書き方です。それに対して、論文では論の組み立てを中心にして、根拠を示すための具体例として使われます。

 ここから先は、論文も生きた文章として動き出すことになります。文章はますます個性的な表現になっていきますが、その底流では常に「論」というものが生きてはたらきつづけるのです。


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