コトバ表現研究所
はなしがい 171号
2000.10.1 

 教育改革国民会議の中間報告の要旨が9月22日の新聞に発表されました。インターネットでは「首相官邸」のページに詳しい内容が公開されています。これは森首相の呼びかけで今年三月に発足した会議です。26人の「有識者」のうち、わたしの知っているのは、座長の江崎玲於奈、浅利慶太、大宅映子、河合隼雄、河上亮一、曾野綾子、山下泰裕くらいですが、いやな感じの人の方が目立ちます。

●教育改革国民会議の17の提案

 今回、次のような十七の提案が出されています。

「人間性豊かな日本人を育成する」――▼教育の原点は家庭であることを自覚する▼学校は道徳を教えることをためらわない▼奉仕活動を全員が行うようにする▼問題を起こす子どもへの教育をあいまいにしない▼有害情報等から子どもを守る/「一人ひとりの才能を伸ばし、創造性に富む日本人を育成する」――▼一律主義を改め、個性を伸ばす教育システムを導入する▼記憶力偏重を改め、大学入試を多様化する▼プロフェッショナル・スクールの設置を進める▼大学にふさわしい学習を促すシステムを導入する▼職業観、勤労観を育む教育を推進する/「新しい時代に新しい学校づくりを」――▼教師の意欲や努力が報われ評価される体制を作る▼地域の信頼に応える学校づくりを進める▼学校や教育委員会に組織マネジメントの発想を取り入れる▼授業を子どもの立場に立った、わかりやすく効果的なものにする▼新しいタイプの学校(コミュニティ・スクール″等)の設置を促進する/「教育振興基本計画と教育基本法」――▼教育施策の総合的推進のための教育振興基本計画を▼教育基本法の見直しについて国民的議論を

●「教育改革」のめざすもの

 冒頭の「いまなぜ教育改革か」に現代の日本人についての認識が述べられています(数字は引用者)。

 「日本人は、長期の平和と物質的豊かさを享受することができるようになった一方で、(1)自分自身で考え創造する力、(2)自分から率先する自発性と(3)勇気、(4)苦しみに耐える力、(5)他人への思いやり、(6)必要に応じて自制心を発揮する意思を失っている。また、(7)人間社会に希望を持ちつつ、社会や人間には良い面と悪い面が同居するという事実を踏まえて、それぞれが状況を判断し適切に行動するというバランス感覚を失っている。 」

 「長期の平和と物質的豊かさ」というきまり文句があげられていますが、平和とは何か、どんな人がどれだけ豊かなのかと具体的に考えれば空虚なことばです。(7)も気になります。「社会や人間には良い面と悪い面が同居する」と公平そうな言い方ですが、「バランス感覚」からは、いかにも中途半端な人間を想像してしまいます。「改革」の本音は次のところにありそうです。

 「戦後の日本の教育は、「他人と違うこと」「突出すること」をよしとしなかった。しかし、「誰でも同じに」では、結局、一人ひとりの個性の発揮を停滞させ、ひいては社会を牽引するリーダーが生まれなくなってしまう。」

 「誰でも同じ」を攻撃して、民主主義の理念を批判しているつもりでしょうか。民主主義には個性の尊重と平等はつきものです。このような批判は教育の機会均等を否定する危険があります。

 提案の内容にも気になる点があります。話題の「奉仕活動」は、小中学校二週間、高校一ヵ月間ですが、「満十八歳の国民すべてに一年間の奉仕活動」などとあると、徴兵制まで連想してしまいます。

 教育過程では「一律主義」を否定して「大学入学年齢制限を撤廃」するといいますが、やはりエリート教育=競争を激化させることになるでしょう。さらに「プロフェッショナルスクール」という大学院クラスの超エリート養成機関もあげられています。

 学校改革では、校長の権限の拡大です。「予算使途、人事、学級編成などで校長の裁量権を拡大」「学級編成の弾力化を校長の判断で」といいます。これも今の学校の人事体制のもとでは、やはり独裁的な管理強化につながる危険があります。

●「教育振興」と「教育基本法」見直し

 重要なのは、最後の二つの提言です。一つは「教育振興基本計画」の次の点です。

 「教育への投資を惜しんでは、改革は実行できない。(中略)改革に積極的なところへより多くの財政支援が行われるようにする。また、IT教育や、留学生・海外子女教育等の国際交流など、情報化しグローバル化する社会への積極的な対応が必要な分野についても、重点的な財政支援を行う必要がある。」

 「IT教育」「情報化しグローバル化する社会への積極的な対応が必要な分野」とは、いったいどこでしょうか。わたしには教育の内容を充実させるものというよりも、教育の分野まで経済投資の手段にしようとするように感じられます。

 もう一つ「教育基本法」の見直し提案があります。

「昭和22年に制定された当時とは著しく異なる社会状況の中で教育基本法に求められる理念や内容が変化しているはずである、教育基本法は必要に応じて改正されてしかるべきである、という意見が大勢を占めた。しかしながら、具体的にどのように直すべきかについては意見の集約はみられていない。」

 はたして「教育基本法」に求められる「理念や内容」は変わっているのでしょうか。「理念」とは、人間が理想とすべき高度な目標のことで、そうかんたんに変わるものではありません。「教育基本法」の次のような序文は古くなったでしょうか。

「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。/われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。/ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育基本を確立するため、この法律を想定する。」

 いったいこの理念のどこを見直したいのでしょうか。「個人の尊厳を重んじ」ることか、「真理と平和を希求する」ことか、「普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造」なのか、それとも根本の「日本国憲法の精神」なのでしょうか。もしかして、最近の「憲法改正」論議とセットにした「改革」なのでしょうか。わたしは今後も注目していくつもりです。


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