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ひとりごと2005年5月

 ここは私の独り言のページです。展覧会や映画の感想から、日頃思ったこと、感じたことを不定期的にアップしていきたいと思います。お付き合い下さい。



 5/30(月)『森永キャラメル新味発売』


 ゴールデンウィークに弟家族が愛知万博へ遊びに行き、土産として「ういろう」(抹茶と栗)を買ってきた。ういろうには、"白、黒、抹茶、アガリ(小豆)、コーヒー、柚子、桜"(青柳のCMより)と7種類だったが、このご時世、いろんな味違いの商品が出ているに違いない。

 ところで、先日JRのキオスクで目に留まったのが森永キャラメル。おなじみの黄色いパッケージのとなりに、緑色と茶色(黒)の見慣れない二種類のパッケージがあった。それは、抹茶と黒糖味。これは面白いと買ってみた。

 抹茶味は、口に入れて抹茶の香りが感じる上品なもの。でも私が気に入ったのは黒糖の方、黒糖というと甘ったるい味をイメージしていたら、さっぱりとしてクドくないのが気に入った。抹茶に比べて黒糖は味がはっきりしているのでお美味しい。オススメは黒糖です。

 ところでキャラメルを買うなんていつ以来だろうか・・・?


レトロなパッケージの箱はそのまま

二本足で直立するレッサーパンダのフー太くんが話題になっている。
今の世の中、良いニュースってこんなのしかないのかな。

 5/24(火)『メルボルン記その5・ユニークな展示』


 メルボルン旅行の2日目、自由時間ができたので遊びに出た。


メルボルン博物館


ダイナサウルス from チャイナ展
・青い枠の写真はクリックすると拡大表示されます・

 アートショーをしている会場のとなりにメルボルン・ミュージアム(博物館)がある。ぶらりと行ってみると、『ダイナサウルス from チャイナ展』という中国で発見された恐竜の化石の展示をしていた。何体もの大きな恐竜が再現されており家族連れの客でにぎわっている。展示には鳥の先祖といわれる『始祖鳥』の化石もあり、恐竜から鳥への進化の足跡を紹介するコーナーもあった。


始祖鳥の化石

 博物館を観て思ったのは、オーストラリアは展示がユニークである。恐竜展には子供用に発掘遊びが出来る砂場がつくられていて、ハケで砂の中に埋まっているイミテーションの化石を探すようになっている。これは子供たちに大ウケで、こういう遊び感覚ある展示って大切だと思う。

 遊び心といえば、この博物館にはオーストラリアに生息する動物の剥製や昆虫が多く展示されている。中には生きた大グモ(タランチュラ?)の飼育ケースがあった。そのクモは土に穴を掘って巣にしているのだが、ケースの土の上にはGパンをはいた男の足のオブジェが飾られている。(右写真)つまり、時々、大グモが歩き回って男の足の上をはい回ることもあるに違いない。ショーアップとでもいうのだろうか、オーストラリア人のブラック・ユーモアのセンスが感じられる。

 

 また、「Bugs Alive!展」という世界のゴキブリ展をしてて、何種類もの生きたゴキブリが飼われていた。「Bugs Life(ムシの生活)」というケースには、ミニチュアのキッチン(台所)が再現されていて、その中にゴキブリがうじゃうじゃはい回って展示されている。これを見る誰もがイヤーな顔をする。その反応が面白くてしばらく客の反応を見て楽しんでしまった。(写真を取り忘れたのが残念)そのキッチンのミニチュアはゴキブリだけでなく、ゴキブリのフンだらけで、汚くて鳥肌ものだ。ここまでするとショーアップというより悪趣味でならない。
 さらにその展示の最後にはビデオコーナーがあり、SF映画「スターシップ・トゥルーパーズ」を放映していて、宇宙のBugs(虫ケラ)が銃でバラバラと撃ち殺される映画が流れているではないか。おいおい「Bugs Alive!展」の最後はそれかよ、ってツッ込みたくなる。だってここは公立博物館だろうが。いやあ文化が違うというか何というか、日本の博物館では考えられましぇん。

 あと、この博物館にはIMAXシアターという大型映画の上映施設がある。私が観たのはジェームズ・キャメロン監督最新作「Aliens of the Deep」で、海溝を探検するクルーの深海生物との遭遇と、NASAが木星のエウロパを探索するCGで描くサイエンス・アドベンチャーだった。3D立体映像で、作品のリアリティと立体映画の迫力があって面白かったです。

 関連記事 5/4『メルボルン記その4・メルボルンの長い日』


映画「ウェルカム・ドールハウス」がおもしろいと
言われて観たが、私は映画「MAY-メイ-」の方が好きだ。


 5/20(金)『二本足で歩くタコと走る○○○』


 3月のことだったろうか、二本足で歩くタコの映像がニュースで流れていた。それはメジロダコ(ココナツタコとも呼ばれる)といい、8本ある足のうち6本を身体に巻き付けてヤシノミのように丸くなり、残る二本の足で海底を歩いていた。その歩く姿が人間のようでユーモラスな映像に思わず吹きしてしまったものだ。かわいいんだ、これが。

 見てない人は下記の毎日新聞のページで動く映像が見られます。

 http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/news/20050325k0000m040167000c.html

 これと同じように、私もめずらしい生物が海中を歩くのを見たことがある。それは歩いているというより走っていると言っていい。

 ある海岸工事の水中撮影で、水中コンクリートという海の中でも固まるコンクリートの撮影をしている時だった。型枠というコンクリートを流すための枠の中に、手のひらサイズほどの見たこともない生物(?)が動いていた。

 それは、 ヒトデ。

 ヒトデの中でも”クモヒトデ”という足の細長いヒトデだが、それこそ5本の足全部使ってアタフタと逃げているのだ。何にあわててるのかと思えば、水中に流れ込んできたコンクリート。ヒトデに脳味噌があるかないかわからないが『野性の勘』というんでしょうか、自分の身に危険が迫っているのを察知したのだろう、それこそ流れてくるコンクリートから逃げるようにヒトデは走っていた。動く映像がないので想像してもらうしかないが、本当に『血相を変えて』という表現がピッタリとくるぐらいのあわてぶりだった。ヒトデが走る映像を撮影していたらニュースになったかもしれない?


ここのところ暑かったり寒かったり
体調をくずさないよう気を付けましょう。


 5/12(木)『英語サイト制作中』


 メルボルンアートショーに参加したおかげで外国の方との接点が生まれました。

 先日、マネージメント会社からメールがあり(私に限らず参加者全員にだけど)、来場客から作家のことをもっと知りたい、他の作品も見たいという問い合わせが来ているといいます。そこで、ホームページの英語サイトを制作してほしいというのだ。

 善は急げとばかりに翻訳ソフトを買いに走り、学生の頃使っていた辞書をひっぱり出して、ねじり鉢巻きで作り始めた。取り急ぎプロフィールとギャラリーのみ制作をしています。

 翻訳ソフトを買いに行ったところ、数が多く、どれを買っていいやら・・・。
 ビジネス用がいい気がするけど高額だし、パッケージに書いてある"辞書○○万語収録"の収録語数の多い方が得のような気がする。本当は語句の数よりも文章をいかに正確に翻訳してくれるかにあるのだけれど…。
 ここは店で一番売れているものでバージョンアップ数が多い(それだけ改良されて良いものになっているはずだと思うから)ソフトと、しぼっていき…、

 結局、買ったのは一番安いソフトだった。(SOURCENEXT「本格翻訳4」)

 だって高いソフトを買っても使い物にならなければ腹立たしいし、知人から「どれも同じだよ」と言われたこともあるし、失敗しても後悔しないよう一番安いものにしたわけだ。

 さて、英語版は今度の日曜日に暫定版をアップする予定です。


ゴールデンウィークは、ゆっくり休んで
絵を描きます。\(^_^)/

 5/8(日)『さよならパソコン通信』


 @niftynから「長年お世話になっていた”パソコン通信サービス”を来年3月をもって取りやめることとなりました」という案内状が届き、驚きとともに時代の流れを感じています。

 ところで「パソコン通信」を知ってますか? 今のようにインターネットが普及する前、人々はサーバー管理会社に登録した仲間とメールで会話をしていました。それはネットと違って閉じられた世界です。

 パソコン通信をするには「ハンドル名」というペンネームを持ち、フォーラム(会議室)という決められたテーマの集まりの中で、BBS(掲示板)を使っておしゃべりをするのです。中にはパスワードを共有して気のあった仲間だけで会話する「パティオ」というのもありました。(もっと古くは「草の根BBS」なんてのもあった)
 私が入っていた『ニフティ・サーブ』は、日本で一番会員数とフォーラムが多いとされてました。私が参加したフォーラムは、邦画、洋画、コミック、ドラマ、アニメ、ペット、園芸、芸術、川、プロ野球…で、そこで知り合った方と今でも時々メールをかわすことがあります。

 思えば電子メールのマナーを教わったのはパソコン通信でした。各フォーラムにはそのフォーラムを管理する管理者「シスオペ」(ボードリーダー)がいて、その人がふさわしくない文章を削除する権限を持っています。相手を誹謗中傷する会話はダメだし、文章の頭に「こん××は」などいう挨拶を入れるのが流行ったり(これはメールを読む相手が昼でも夜でも通用するように「こんにちは」と「こんばんは」を読む人があてはめるもの)、前の人の発言には引用符「>」をつけるとか、ルールとマナーのある世界でとても気に入っていたものです。「オフ会(=オフラインの会の略)」や「ロム(=リード・オンリーから、発言をせずに読むだけのこと)」という言葉などすべてパソコン通信から始まっています。

 結局、私はニフティのパソコン通信サービスを9年間つづけていました。来年3月をもって取りやめるという案内が届き、とても寂しく思います。

 追記、Macで通信していた私は、ニフティマネージャーよりも通信ソフト「n-Cruise」を使っていました。
    これがなかなかのすぐれもののソフトでした。感謝


ゴールデンウィークは、ゆっくり休んで
絵を描きます。\(^_^)/


 5/4(水)『メルボルン記その4・メルボルンの長い日』


 メルボルン記の前3回を読んだ方は、すべて順調で楽しく旅行をしたように思っているかもしれませんが、メルボルン到着までの間、長〜い1日を体験していたのです。

1.

 メルボルン行きのカンタス航空便は20時20分成田発のため、1時間前には搭乗口のイスに座って参加メンバーとアートショーについて会話して待っていました。ところが搭乗時間になっても案内がはじまらず、30分ほど待たされた上、結局、機体整備不良で予定機は飛べなくなり、急遽、シドニー行きの便にまわされることとなったのです。あわてて別の搭乗口へ移動してチケットの変更手続きをしたのですが、係員がモタモタして30分くらいかかってしまい、ようやく機内に入れたのは予定より1時間半後のことでした。

 どうにかこうにか飛びたって、一晩かけてシドニーへ到着。

 シドニー空港でメルボルン行きの便に乗り換えるのですが、ここでも係員の手際の悪さが露呈します。またもチケットのチェンジに時間がかかり、なおも飛行機の整備遅れも含めて1時間ぐらい待たされました。本来なら日本からの直行便は空いてて楽なはずだったのですが、シドニー便は乗客が多くて余裕がない。これは後で聞いたんだけど、カンタス航空に限らず国際線は客が少なくて飛ばすと赤字になる場合、他の便と合わせてひとつにして運行するとか(といううわさ)。まったくもう(ー"ー)゚゚プンプン

 飛行機が2度乗れてラッキーなんて余裕もなく、予定より4時間遅れでメルボルン空港へ到着しました。
 ホッとするのもつかの間、次の入国審査ですが、私の審査官はパスポートと顔を確認するだけで会話のひとつもなく、あごで「行け」と合図。ところがとなりのカウンターに並んだ参加者は、あれこれ注意を受けて時間がかかっていました。後で聞くと、入国カードの滞在欄にホテルの名前を書いたなら、連絡先としてホテルのメールアドレスを書きなさいと注意されたとか、そんな話し聞いたことがありません。というように、当たった係員によって対応はまちまちです。 と、ここまでは大したことではないんだ。

2.

 次は手荷物受け取りですが、参加メンバーのひとりのバッグと、持ち込んだキャンバス(絵)がなかなか出てこない。何分も待たされ、手荷物を受け取る客もほとんどいなくなって、仕方なくバッゲージ・サービスに文句を言いに行くと、「あれは違うの?」ってな軽いノリで指さされた方を見ると、ターンテーブルとは別の、トイレの入り口前にキャンバスを乗せたカートがポツンとあるではないですか。一同唖然、なぜトイレの前に置いてあるの? 遅れてもうひとりのバックもようやく出てきました。

3.

 憤懣やるかたない思いのまま税関検査へ行くと。
 以前のメルボルン空港はグリーンとレッドのふたつのゲートに別れていて、申告が必要な人は赤のゲート、申告するものがなければ緑のゲートに行ったそうですが、今は係りの人が「あんたは1番」「あんたは3番」と指示し、言われた番号のゲートに向かうようになっている。私は1番で、特に何も質問されずに、持っていたバッグをX線機に通して、金属探知器も鳴ることもなく簡単に検査は終了した。

 さて、検査をほぼ素通りした私はメンバーのことが気になり、検査の出口「EXIT」ドア手前のイスに腰を下ろしてメンバーが来るのを待つことにしたが、これがそもそも間違いのもとでした。検査を終えてやってきたメンバーも私と一緒に待つことにする。ところが、バックが出てこなかったひとりが、待てども暮らせどもやってこない。10分近く待っただろうか、心配して探してみたところ、一番奥のカウンターで荷物をひろげて何やら係員とやりとりしていた。しかもそのとなりには、私たちのツアーとは別に個人で参加した方が、やはり荷物をひろげて係官数人とやりあっていたのです。

 これは長びきそうだと思って諦めて外に出ていれば良かったものの、他のメンバーに状況を報告し、その場に座って待っていたのです。すると怪訝な顔をして近づいてきた係官がいて「お前達ここで何をしているんだ」と聞くものだから、つい正直に「友人を待っている」と答えてしまったからさあ大変、「どの友人だ?」と聞かれ、奥でつかまっているふたりの日本人を見つけると、「ちょっとこっちへ来なさい」と、その場の全員が奧へ連れて行かれるはめとなりました。一度は何事もなく検査を通ったのに、全員、荷物を開けて再検査させられた。勘弁してよもう。(-_-;)

 まず旅行バックを開けさせられたが中が衣類ばかりだったので、隅々までチェックするとすぐ終わりました。次に機内に持ち込んだリュックを開けさせられ旅行の日程表などをチェックしていた。検査官が特に注目したのは個人のノート。それには私の絵画活動に対する意気込みや日記が書いてあるのだが、日本語で読めないはずなのに一頁一頁丁寧に見ていました。いったいこの人は何を探しているんだろう。問題があるはずもなく、何かを聞かれても「英語がわからない」って答えていたので(実際、本当にわからなかった)、係官は諦めた様子で「行って良い」と言われました。

 ということで、全員の手荷物検査が終わってようやく出口「EXIT」を出たのが到着して1時間後、もうグッタリですよ。手荷物検査の出口「EXIT」の外に出て本当の意味でのメルボルンに着いたことになるが、その出口「EXIT」というドアの国境を出たのは、当初予定していたより5時間遅れでした。空港に迎えに来てくれた性格明るいジョンさんの笑顔とは対象に、我々は疲れきって不機嫌だったに違いない。(-_-;)もうヘトヘト

 教訓、入国審査や手荷物検査は個人個人で責任を持って行うもの。仲間意識や親切心から人を待ったり、代わりに答えたりしない。そして終わったらすぐに出口「EXIT」のドアを出て到着ロビーで友人を待つことだ。中でウロウロしていると不審者として捕まります。それとキャンバス(絵)を持っていると、何かを隠していると疑われたり面倒なことになりますのでやめましょう。みなさん海外旅行にはご用心。

5/24『メルボルン記その5・ユニークな展示』につづく

風邪を引いてしまった。のどが痛むし
咳が出る。うーん



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特に悪意はありませんし下心もありませんので、なにとぞご了承下さい。


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