国産地域航空機開発の行方
経済産業省が提唱した国産地域航空機開発計画は、2002年に三菱重工業(株)(以下三菱重工)が開発検討に着手し、この時点では30席級リージョナル・ジェツトの開発が進行するかに思えた。 しかし、2005年になって市場が70席級以上の航空機を指向しているとして、2007年末まで70-90席級航空機の市場調査をやり、事業化の是非を決定すると発表された。 この時点でもこのプロジェクトは三菱重工の商業プロジェクトとして進められると思い、これでYS-11の時のような誰がプロジェクトの責任者なのか判然としない体制は免れると考えていた。 しかるに、今年の9月6日の日本経済新聞で、このプロジェクトのために特別目的会社を設立し、それがプロジェクトを主管するが、実際の作業は三菱重工に委託すると言う経済産業省案が紹介された。 この記事を見て、少し形は違うがこれはYS-11の時の仕組みと基本的に同じではないかと考えた。 結局、三菱重工は自身がリスクを背負って迄、このプロジェクトを自社プロジェクトとする意志のない事を表明したのであろう。 それではまた、YS-11の轍を踏む事になるのだろうか。
YS-11と今回の国産航空機プロジェクトの仕組みを比べてみよう。
国産地域航空機 |
YS-11 |
|
プロジェクトの主 |
特定目的会社 |
特殊法人 日本航空機製造(株) |
主管会社の構成 |
メーカー、銀行、商社等 |
左に同じ |
資金調達 |
国からの補助金、民間融資 |
左に同じ |
開発・生産体制 |
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・設計 |
外部委託(三菱重工) |
特殊法人 日本航空機製造(株) |
・生産管理 |
外部委託(三菱重工) |
特殊法人 日本航空機製造(株) |
・製造 |
外部委託(三菱重工) |
外部委託(機体6社) |
・販売 |
外部委託(三菱重工) |
特殊法人 日本航空機製造(株) |
・アフターサービス |
外部委託(三菱重工) |
特殊法人 日本航空機製造(株) |
SPCは基本的に資産の流動化、分かりやすく言えば資金集めだけができる法人であり、実働業務はできないので集めた資金による事業は全て外部委託になる。 上表で見るように、今回提案されている仕組みはYS-11の時よりもさらに進んだ完全な丸投げである。 三菱重工は受託作業については当然かかった費用がSPCから支払われるので、このプロジェクトが仮に失敗しても失うものはSPCへの出資分だけである。
YS-11の時も赤字だ赤字だと騒がれたが、赤字なのは日航製だけで、製造を受託した機体メーカーはその代価として製造コスト+一般管理費+利益と言う防衛庁方式で支払いを受けていたので、受託作業は赤字どころか多分相当な利益を得たと考えられる。 今回の仕組みも基本的にはYS-11と同じで、委託作業の範囲が広がった分だけ受託企業の儲かる機会が増え、従ってSPCが赤字を背負う可能性はYS-11の時より大きいと見られる。 日航製は曲がりなりにも実働部分を保有していたので、下請け企業の管理もある程度は出来たかも知れないが、SPCは基本的に資金調達に特化した会社組織なので、航空機開発を委託・管理する能力は殆どない場合が予想され、下請け企業の思うままにプロジェクトが進行する可能性が高い。
事業信託方式をとれば、多少のの歯止めにはなるかも知れない。 それではこのままで行くと、再度YS-11の轍を踏む事になるのだろうか。 私はその公算が大と思う。 それではどうすれば良いのか。 一案はSPCではなく日本版Airbus Industrieの設立であろう。 これにはAirbusと言う成功したモデルがあるので参考になる。 第二案はSPCと三菱重工の間にAirbus Industrieのような実働しうるプロジェクト管理会社を置く事である。 この場合、SPCは航空機開発・製造を三菱重工以下に委託し、そのプロジェクトの管理・監督をプロジェクト管理会社に委託する事になる。 Airbusの初期の形が、もし参加国をSPCと例えればこの形となる。 但し、この方式は管理会社を運営する人材の能力にその成否がかかつている。 我が国ではそのような人材を求めるのは難しいので、外国の経験者をスカウトも考えなければならないと思う。
我が国でも有限責任事業組合(LLP)が法制化されているので、これらの事業形態を採用すればJapanese Airbus Industrieの設立、運営は可能と考える。
北海道の視点では、この国産航空機の製造拠点を誘致したいと言う考えも出て来ると思う。 理論的には提案の仕組みでも北海道がSTCに影響力を発揮できる位の資本参加をすれば良いのだが、広く投資を集めるとは言いながらも、そのような行動が経済産業省や航空工業界に歓迎されるとは思えない。 今迄のやり方も見れば結局は仲良し仲間でやりたいのであろう。
しかし、時計を戻すような考え方をすれば、こう迄して国産地域航空機開発をやる必要はあるのだろうか。 この企画は航空機開発・製造技術の培養と維持並びにその波及効果を狙ってと言うのが、今迄の大義名分であろう。 しかし、YS-11以後、40年以上もBoeingの下請けでやって来て、いまさら自主開発しなければならないと言っても、説得力はない。 先日のこの問題を取り扱ったテレビ番組で、航空評論家はこれらのBoeingとの作業を通じて、我が国は炭素繊維や機体構造の製造等で日本の技術が如何に高くなり、それなしではAirbusもBoeingも航空機製造が出来ないくらいになっていると賞賛していた。
それならば、なにも自主開発等と力まなくても、地域航空機分野に於いても、BombardierかEmbraerの地域航空機の下請けの強化で済むとも考えられる。 少なくとも今迄はBoeingの下請けで事足りていたのではないか。 もしこの方式が不適当であったらとっくに止めているはずである。
それがBoeing 767、777、787と三代も続いていると言う事は、この下請け方式でも十分と言う事の表明と同じであろう。 現に今回の国産地域航空機開発も、前述の提案のような仕組みを必要とするのは、日本の航空工業界が自身でリスクを背負って迄、航空機の自主開発等やる気はないと言っているのと同じである。 経済産業省を除けば、誰もやる気がなさそうなプロジェクトに多額の税金をつぎ込むより、従来通りの安全な下請け路線でも、目的は達せられるのではないか。 もし、その意図に日本の地域航空発展もあるならば、地域航空で地域おこしをやりたい地方自治体に、今回の開発に想定している予算を使って、適当な地域航空機を購入して無償払い下げすれば、どこまで当てになるのか分からない国産地域航空機などより余程、地域航空の発展に寄与するであろうし、多分その方が投入する税金が少なくて済むであろう。
こう言えば、暴論とのそしりを免れないことは自覚しているが、今迄の進み方を見るとYS-11の反省が全くないように見える。 「YS-11の悲劇」(山村 尭著)と言う本があるが、この本にはYS-11プロジェクトがどこで失敗したのか詳細に分析されている。 この本にも代表されるようにYS-11プロジェクトの不具合はいろいろな出版物で指摘されているが、今回の当事者は一切こう言う著作は読まなかったのだろうか。
一方では、PX/CX利用の民間航空機開発や東京都の主唱する航空機開発など、相互に関連がなく提唱されている。 このような動きを見れば、今回の国産地域航空機開発計画は国民が挙って期待するものでも、支持しているのでもない事は明らかである。 この国産地域航空機開発計画は何のためにやらなければならないのか、また何故このような形でなければならないのか、プロジェクトの関係者に計画そのものの是非も含めて、プロジェクトの再考を強く促すものである。
以上(2006.10.11)