Ref.2014.02 2014.04.07
ANA北海道戦略の考察
1.報告の目的
当所は過去に発行した報告の中で、全日本空輸(ANA)が北海道内路線から撤退すると予想している。
その理由はANAの道内路線の低座席利用率にある。 たとえば2013暦年の一年間の全線座席利用率は48.4%であった。 航空運送業界の常識から見れば、この座席利用率で採算が取れているとは考えられない。
従ってこれらの路線は廃止するのが合理的判断であると考えていた。 この問題発生の主たる原因は、北海道内の航空需要が頭打ちとなっているのに、2011年度から従来使用していたDHC-8-Q300(56席)を機材の高齢化から3割も座席数の多いDHC-8-Q400(74席)に交替したことにある。 ANAグループにはQ400より小型の機材は保有していないので、それで当所は近い将来にANAは道内路線から撤退すると予想していた。 しかしその時期については予想がつかず、今年の2月に発表された中期事業計画に於いても、それは明示されていない。 そうなると「近い将来に道内路線から撤退」とした当所の予想は当たるのだろうかと言う疑問が生じてきた。 それで、従来のいわゆる常識的判断と離れて、ANAの北海道内路線戦略を見直して見ることにした。
2. ANA戦略の考察
ANAの北海道戦略についての考え方の見直しにあたって、どこに問題があるのか考えてみた。 そして、それは部分最適(経済的合理性)対全体最適(戦略的合理性)と言うことではないかと考えるに至った。
従来の思考は部分最適であり、それに従って道内路線に限って考えれば、廃止することには経済性合理性があると考えられる。 しかし、それはANAグループ全体の中で見ればどうなるのか。 たとえば道内路線をANAネットワークに含めることによるネットワーク効果、事業規模拡大による経済的スケールメリットなどの利点は当然あろう。 従前の分析はANAグループ全体の戦略についてどう影響するのか、考えが及んでいない。 戦略的合理性はかならずしも数字で示せることばかりではないと思う。 たとえば直接的競合相手である日本航空(JAL)グループは、JAL本体は新千歳〜女満別線しか運航していないが、実質的にJALグループと見られる北海道エアシステム(HAC)のネットワークと併せてみれば、道内路線の概ね1/3を担当している。 それでもANAは道内路線では圧倒的な存在感があり、多少の採算性を犠牲にしてもこの優位性をみすみす失う必要はないとも考えられる。 即ち数字に出てこないメリットである。
JALグループは前述のように北海道内にローカル・ネットワークを運営しているが、その他に西日本に於いてはJACが、琉球地域では傘下のJTAグループが同様のローカル・ネットワークを運営しており、JAL本体のネットワークを拡大、補強している。 ANAは前述の北海道内ローカル・ネットワークの他に、多少地理的条件は違うが、たとえば九州内路線に於いては地域航空のオリエンタルエアブリッジ(ORC)を事実上グループに取り込んで、九州内路線を結構きめ細かく運航している。 九州内でそのよう戦略を取ってJALグループ、直接的には日本エアコミューター(JAC)と対抗しているのであろう。 ANAは北海道にはORCに相当する関連会社が無いので、本体が運航していると見ることもできる。
ANAもJALグループと同じように、本体のメイン・ネットワークを補強するローカル・ネットワークを運営するグループ戦略を持っていると読めば、北海道に於いてその傘下のANA WINGSを使って道内路線を維持することは十分考えられるが、反面その意義がなくなれば撤退もありうるのである。
3. HACの対応
もしANAがその戦略から道内路線をこれからも維持するとすれば、HACの将来構想にも重大な影響が出てくる。 今まで考えていたようなANAの撤退による「棚ぼた式」の道内航空市場でのシェア拡大は、単なる空夢に終ってしまう。 それで改めて将来構想を検討する必要がある。
それには二つの選択肢がある。 実はANAグループに入れてもらうのが最も安易な将来となりそうだが、それは論外なので、現実に出来る選択肢は次の二つに限定されると考える。
l 単独でANA/JALと三社並立で道内航空市場を分割する
l JALグループに加入して、その一員として道内航空史上の一部を担当する
前者の「単独」事業路線は苦しい事業経営を迫られるのは避けられず、後者の「JALグループ入り」の方が経営的には楽であろう。 しかし、それは当然商業的採算の重視となり、道内の民生的路線の維持には赤信号がつきそうである。
最近の報道によればHACのJALグループ再加入交渉で債務超過状態の解消を条件としているとのことであるが、北海道が期待するような道内路線ネットワークの維持については、まだ交渉中のようである。
しかしJALは、JALが優位にあり、採算性もそこそこであると見られる女満別線は運航しているが、もしHACを吸収して道内路線のネットワーク化を図るとすれば、それは不採算である民生路線も抱え込むことであり、それは道内路線戦略の大きな転換に通ずる。 要するに、JALグループがANAと北海道に於いてもANAグループとネットワーク戦争を始めることになる。 現在でもJALはHACと全便をコードシェアとしているので、既にANAと対決状態にあると見ることもできるが、しかしそれはHAC主導であって、JALが積極的にANAと対抗しようとしているのではない。 しかし、JALがHACを再度子会社化するならば、その時から北海道に於けるJALグループ対ANAグループの正面戦争となる。 JALグループの売り上げからすればHACの赤字等は年度変動幅の内であり、財政的には大きな影響を与えるとは考えられないが、それでもHACのグループ入りは、再建途上にあるJALにとってそれは戦略的な意義がなければならない。 JALはどのような戦略的意義を持ってHACのグループ再加入交渉に臨んでいるのであろうか。
それ故に、HACもその将来進路を決定するにあたり、「単独」で行くか「JALグループ入り」するか慎重に検討しなければならない。 それにはHACの主要株主である北海道を始めとする道内地方自治体とも十分協議する必要があろう。 北海道の離島や札幌以外の都市間を接続する路線は、再建途上にあって少しでも財政状態を改善したいJALにとって、マイナスにはなってもプラスになるとは考えられない。
それ故に、今回のJAL/HAC交渉は決してJALが希望した訳ではなく、外部の圧力によりやむを得ず始めたともとれるのである。 もしそうであれば、JALはこの交渉を纏める為に譲歩する理由は全くないので、厳しい態度で交渉に臨むと見るべきであろう。
最近の報道で見る限り、北海道はHACのJALグループ入りを望んでいるように見受けられるが、一方では道議会からは現行路線の維持についてJALの確約を求めたが、JALは確答を避けているとのことである。
それは当然のことである。 特にHACの民生的路線は経済的にはJALにとって重荷にしかならない。
更に大きな問題は、HACの機材の高齢化に関わる問題である。 HACの運航機材は1998-1999年に導入したので、機齢は15年にも達している。 現代の航空機は大変丈夫に出来ているので、それが即安全に関わることはないが、整備費の増加や現代的旅客サービス水準への適合については問題があろう。 それでSaab社も客室の近代化改装も提案している。 JALはグループのJACが同じSaab340Bを11機運航しているので、HAC分と合わせれば14機にもなるが、それらのSaab340Bは退役による機材交替、或は近代化改装の選択を迫られているのである。 ただいずれにせよ高額の投資が必要なので、JAL本体が再建途上である為かその動きは顕在化していない。 しかし、HACが今後「単独」で進むにせよ、「JALグループ入り」をするにせよ、将来も事業を継続するとなれば、この問題は避けて通れない。 「単独」の場合、HACは自身でこの問題解決に必要な資金調達をしなければならない。 「JALグループ入り」すればそれはJALの問題になるが、今のところそれが何時実現するのか見込みが立っていないようである。
4. HACの路線
HACが「単独」で進むか「JALグループ入り」するかで、その運航する路線も変わってくると予想される。
「単独」で進む場合は北海道主導の経営となろうから、そのネットワークは民生色が強くなると考えられる。 要するに北海道の民生政策の一端を担うことになる。 「単独」事業で進ませる時は、それが目的であるから当然である。 一方「JALグループ入り」に進むと言うことでは、道内ネットワークはJALグループの全国ネットワークとの整合性が重視される。 また、路線ごとの採算性も重要な要素となろう。 従って「JALグループ入り」した場合は、北海道の期待する民生路線が全て運航されるとは限らない。 その態勢の発足後暫くは現在路線を引きずるかも知れないが、JALの全国ネットワークに併せて整理されるのは時間的問題でしかなくなる。 道民は不満かも知れないが「JALグループ入り」で進むと言うことは、そう言うことである。 どちらの選択にも一長一短はあるので、ここは長期的思案のしどころである。
5. 道内路線の将来展望
「単独」で進むにせよ、「JALグループ入り」するにせよ、前項で述べた問題の解決にはまずHAC自身の持つ将来展望が前提となる。 それによって、「単独」で進むのか、「JALグループ入り」するのか、そしてSaabの機材交替は何時必要なのか、代わって導入される航空機はどのような航空機が必要になるのかと言うことにもなる。 注意すべきは「JALグループ入り」した場合には、「後継機は不要」と言う選択肢があると言うことである。 その場合は高齢化するSaab340Bを退役させ、適当な後継機がない、或は後継機に投資する程事業に将来展望がないとし、HACを清算することも考えられる。 離島路線も運航するのに適切な機材がなければ、路線廃止もやむを得ないと言うことになる。 現実としても、現在も生産中の30席級機はなく、生産中のターボプロップ地域航空機は50席級のATR42のみである。 従ってHAC路線に50席級機では大きすぎると見るならば、路線廃止、会社清算に進まざるを得なくなる。 この手は既にANAが東京〜三宅島線でやっている。 ANAは同路線を運航していたDHC-8-Q300を全機退役させたが、DHC-8-Q400は三宅島空港の1200m滑走路運航には安全上の問題があるとして、今年4月から路線廃止に踏み切っている。 但し、HACが清算されたとしてもそれは即JALが北海道から撤退することではないと思う。 それはJAIRの運航するCRJ/E170で運航出来る路線に留めると言うことである。
HACが「JALグループ入り」をして、そしてJALにその後の民生的道内路線の維持を保証させると言うのは、あまりにも虫のよい話である。 それ故に、もし北海道が道内の民生的路線の維持の保証と、加えてANAの道内路線維持に対する保険を必要とするなら、今はHACを生き残らせる以外の方策はない。 そして生き残り策は、HACに三社並立で戦って行ける企業体力をつけることしかない。 具体的には事業規模の拡大である。 現在の3機体制ではじり貧の将来しかないと断言する。
そして当所は今こそ北海道内路線の維持について、道民の意思を再確認すべきと思う。 将来もANA/JALの企業戦略の流れにまかせておくのか、 自前の安定的航空ネットワークを維持しようとするのかと言うことである。 HACの将来は一に道民の意思にかかっているのである。 以上