2022.12.10
トキエア設立計画への論評
1.はじめに
最近の報道によれば、新潟市において「トキエア株式会社」なる地域航空会社が設立準備中とのことである。 新地域航空会社の創立は、1998年10月12日の天草エアライン(AMX)の創立以来実に25年ぶりであり、地域航空業界に新しい仲間が増えることは喜ばしいことなのでその成功を祈念するが、その計画について危惧する面もある。 例えば使用機材はATR72-600(72席)であるが、現在の日本の地域航空会社にはATR系列の旅客機は15機が導入されているが、そのうちATR72-600は、日本エアコミューター(JAC)の2機だけで、13機は48席のATR42-600である。 それでトキエアの計画に対してATR72が大きすぎることはないかと言うことがある。 それで当所としてもトキエア計画の当否について検討してみることにした。
2.トキエアの事業計画
最初に公表されているトキエアの事業計画の概要を紹介する。
1. 会社名:トキエア株式会社(TOKI Air Co.,ltd)
2. 本社所在地:〒950-0078新潟市中央区万代島5-1万代島ビル
3. 会社設立:2020年7月
4. 事業内容:定期航空運送事業、不定期航空運送事業及び航空機使用事業
5. 資本金:4億5,655万円
6. 代表取締役:長谷川 政樹
7. 就業員数:60名(設立当時)
8. 予約システム:記載なし
9. 使用機種:ATR72-600(72席) 2機
10. 就航予定路線:新潟〜丘珠(2023年3月予定)、新潟〜仙台 (2023年10月予定)、
新潟〜中部(2023年12月予定)、新潟〜神戸(2023年12月予定)
11.将来計画:ATR42-600Sを導入して新潟〜佐渡及び佐渡〜成田線開設
3.トキエア事業計画の分析
当面の事業計画では、前述のようにATR72を2機保有して、1号機を使用して新潟〜丘珠線を開設し、2号機で新潟〜仙台線、新潟〜中部線及び新潟〜神戸線を開設する。 1機当たりの稼働は一般的には3便/日と見積もれるので、多分1号機で新潟〜丘珠線を3便/日運航し、2号機で新潟〜仙台線、新潟〜中部線及び新潟〜神戸線を各1便/日を運航する計画と推測する。 ここで検証すべきは路線の予想需要と使用機種の適合性である。 また他社との競合関係も考慮する必要がある。
(1)新潟〜丘珠線
トキエアの新潟〜丘珠線と競合するのは、全日本空輸(ANA)と日本航空(JAL)が運航している新潟〜新千歳線である。 新潟〜新千歳線の輸送旅客数と座席利用率の変化を第1図と第2図にて図示するが、 新型コロナの影響のない2017-2019年度を見ても、この路線の基礎需要は年間15万人であり、それも固定的需要であって、将来に増加する兆候は見られない。
トキエアの計画する新潟〜札幌線における他社との競合(2022年4月現在)
区間 |
トキエア |
競合他社 |
||||
日本航空(JAL) |
全日本空輸(ANA) |
|||||
使用機種 |
運航便数/日 |
使用機種 |
運航便数/日 |
使用機種 |
運航便数/日 |
|
新潟〜丘珠 |
ATR72-600 |
3 |
||||
新潟〜新千 |
Embraer 170 |
1 |
DHC-8-Q400 |
2 |
第 1 表
第 1 図
従って、トキエアの丘珠線は、現在新千歳線で輸送されている年間15万人の需要の中から獲得しなければならない。 ATR72の3便/日の年間輸送量は概ね15万席なので、採算の取れそうな座席利用率60%以上を確保するには、9万人以上の需要をANA/JALから奪取しなければならないことになる。
第 2 図
しかし第2図に示した実績座席利用率を見ると、現在の需給関係が逼迫していると思えないので、トキエアの参入は供給過多になる恐れがある。 それ故にトキエアが必要と見られる年間輸送旅客数9万人を獲得できる可能性は低いと予想する。 また新潟〜新千歳間の所要時間は、ジェット機を使用するJALは120分/110分、高速ターボプロップ機を使用しているANAが120分/120分であるが、ATR72はこれらの飛行機より低速であり、さらに新潟〜新千歳よりも新潟〜丘珠の方が区間距離は長いので、所要時間が長くなる。 札幌側のアクセスでは、新千歳空港から札幌市内まではJR利用で33〜39分、1,150円に対し、丘珠空港からはバス利用で30分、500円であるが、それがどのくらいトキエアの競争力の向上に役立つのかは不明である。
(2)新潟〜仙台線
この路線では他社との競合関係は発生しないので、どのくらいの需要があるかが問題になる。 ずっと昔にANAが1年間だけ運航して2万人強の輸送実績をあげた記憶があるが、今やそれを確かめようがない。
そこで類似都市間の実績から予測することにする。 現在フジドリームエアラインズ(FDA)が仙台〜出雲線を運航しているので、次の公式から予測する。
仙台〜出雲線実績×新潟県の人口/島根県人口=13,966人(2021年度) ×2,152千人/658千人=45,676人
となり、45千人強が予測される。 ATR72の年間提供座席数/便は52,560席であるから、計算上座席利用率は87%にもなるので、予測誤差を考慮しても1便/日を運航するには十分な需要はありそうである。
(3)新潟〜中部線
この区間は現在もANAがDHC-8-Q400で1便/日を運航している。 新型コロナの影響のない2019年度の輸送実績は61,633人/座席利用率57.2%であったので、ここにトキエアが参入できるほどの需要はなく、この路線を計画するのは不適当である。 さらにFDAが新潟〜小牧線をEmbraer 170で2便/日を運航しており、それからも新たに新潟〜中部線を開設する理由が見当たらない。
(4)新潟〜神戸線
この路線は、2021年度にFDAがEmbraer 170で1便/日で開設している。 従って新型コロナの影響を受けている2021年度の輸送実績は402人/座席利用率51.6%であったが、今後兵年度でどのくらいの需要量になるかは不明であるが、今のところ2社が運航できるような需要量があることを証明するものはない。
4.トキエアの運営
前述のようにトキエアの計画によれば、当初開設を計画4路線のうち、仙台〜新潟線以外は既存会社との競争をして行かなければならない。 競合3社の中で、JALとFDAはジェット機を使用しており、ANAはターボプロップ機ではあるが、DHC-8-Q400はATR72-600より高速であり、ダイヤの上で差がつけられる可能性がある。 従って使用機材により競合他社に優位に立てる可能性は低いので、競争力を維持するために他社より低運賃を設定しなければならなくなる可能性がある。 国内線にジェット旅客機が導入された当初は、ターボプロップ機よりジェット機の運航費が高かったので、ジェット旅客機便搭乗にはジェット料金を付加されたことがあった。 それでトキエアは他社より多少運賃を安く設定して競争力を高める工夫はできそうである。 ただし、フリートは2機なので固定的費用の配分が多くて運航費単価が高くなるのは避けられず、どのくらい運賃差をつけられるかが、大きな課題となろう。
またトキエアの事業計画の最大の欠陥は、予約システム(CRS)をどう構築するのか触れていないことにある。 現在の航空会社の営業は、完全にCRSに依存しており、いる。 路線計画でANA/JALと競合しているので、ANA/JALのCRSに入れてもらうこともできまい。 今やCRSなしでは航空会社の運営は不可能であり、それから考えるとトキエアの事業計画は航空会社の事業計画になっていない。 既存の航空会社ではスカイマーク(SKY)と新中央航空(NCA)を除いて、ANAまたはJALとコードシェアすることで、ANA/JALのCRSを利用している。 現在の航空会社の営業は、完全に予約システム(CRS)に依存しており、これ無しには経営はできないのが常識となっている。 ところがトキエアの事業計画は予約システムをどうするか触れていない。 路線計画でANA/JALと競合しているので、ANA/JALのCRSに入れてもらうこともできまい。 トキエアの事業計画の最大の欠陥は、予約システムの構築に触れていない、すなわちどんな方法で航空券を売るつもりなのか見えないことにある。 今やCRSなしでは航空会社の運営は不可能であり、それから考えるとトキエアの事業計画は航空会社の事業計画になっていない。 現在のANA/JALのCRSへの加入会社は第2表に示す通りである。
ANA/JALのCRS加入会社現況
CRS設立・運営会社 |
ANA |
JAL |
加入特定本邦航空運送事業者 |
エアドゥ(ADO)、ピーチ(APJ)、 スターフライヤー(SFJ)、 ソラシドエア(SNA) |
|
加入特定本邦航空運送事業者以外の事業者 |
アイベックス(IBX) オリエンタルエアブリッジ(ORC) |
ジェイエア(J-Air) 北海道エアシステム(HAC) フジドリーム(FDA)、 天草エアライン(AMX) 日本エアコミューター(JAC) |
第 2 表
5.トキエアの事業計画の評価
トキエアの事業計画は、公表されている範囲では、航空会社の設立・運営計画としては不十分である。
事業計画全体を公表していないのかもしれないが、この程度の事業計画だとしたら新潟県と地域の地方自治体が出資に応ずるとは思えない。 この事業計画の最大の欠陥は、予約システムの構築について、すなわちどのように航空券を販売して行くのか、全く記載されていないことにある。 予約システムとしてANAまたはJALのCRSに加入するのか、自前の予約システムを構築するかで、事業計画は全く変わってくる。
例えば、ANAのCRSに加入すれば、新潟〜中部線はすでにANAが運航しているので、この路線を運航する訳には行かない。 JALのCRSに加入したら、JALは新潟〜丘珠線の開設を認めるだろうか。
自前のCRSを構築するのはインターネット利用で可能かもしれないが、実際の航空券販売はどうするのか。
どこかの旅行代理店会社に委託するのか、それともオンライン販売に限定するのか、その方法で営業のやり方や経費が大きく変わってくる。 トキエアの事業計画がそれに触れていないのは、経営陣の経歴も影響しているのかも知れない。 公表されている経営陣の経歴を見ると運航の現場出身者ばかりで、経営企画や営業の経験が不足しているかに見える。 またもう一つの問題は、使用機材を50席級のATR42-600とせず、72席のATR72-600を選択したことで、参入できる路線の需要規模の底辺を50%も底上げしてしまった。
その結果、参入機会のありそうな路線を減らしてしまったことになる。 ATR42とすれば需要がオーバーフローする場合も出てくるかも知れないが、そうなってもそれは会社の損失にはならない。 この辺りの感覚は、多分現在の首脳陣にはなかったように思える。 そして、そのような事業に対する感覚の違いが、トキエアの事業計画を現実的でないものにしていると考えるのである。 これまでの検討では、当所はこの事業計画が市場分析から積み上げたというよりも、ATR72ありきで出発したのではないか。 一口で言えば、トキエアの事業計画はイメージ先行と見るのである。
6.代替案の提案
それではどうすれば良いのか、この章で当所の考えを披露することにする。 まず、第一にすることは、ANAまたはJALのどちらかのCRSに加入することである。 自社CRSは費用ばかり増えて、ANA/JALに対抗できる勢力とはなり得ない。 トキエアがどちらのCRSに加入するかで、ATR72を使用して当面展開できる路線が明白になる。 一般論でいえば、地域航空会社の生き残る道は、一に地元の地方自治体を巻き込むことであり、ついでANAまたはJALグループのどちらかに加入することである。 例えば、新中央航空(NCA)は東京都の、オリエンORCは長崎県の、AMXは熊本県の支援を受けている。 しかし、トキエアに対する地元の財政支援がどうなるのか不透明なので、もしトキエアの事業計画を現実的なものにするとしたら、当所はANAまたはJALグループへの加入を前提とし、その加入先の路線網を補完するような路線計画を立案することである。 例えば、過去に北海道エアシステムが仙台〜函館線を運航していたことがあるので、ある程度の需要が存在することが確認されている。 仙台から出雲線と広島線が開設されているので、新潟〜出雲線や新潟〜広島線も検討の対象として適当そうである。 長崎線と鹿児島線は、離島路線への接続ができるので、ある程度の観光需要は見込めそうである。 第3表にANA/JALのCRSに加入した場合の路線展開の可能性を身示した。
加入CRSによる路線展開の可能性
ANA CRSに加入 |
JAL CRSに加入 |
|
運航可能路線 |
新潟〜仙台線 |
新潟〜仙台線 |
仙台〜函館線(ANA道内路線に接続可能) |
仙台〜函館線(HAC路線に接続可能) |
|
新潟〜広島〜長崎線(ORC路線に接 |
新潟〜〜鹿児島線(JAC路線に |
|
新潟〜出雲〜福岡線 |
新潟〜出雲〜福岡線 |
第 3 表
またANAは近い将来にターボプロップ機であるDHC-8-Q40(以下Q400と略す)の退役を考慮しなければならない時期が近づいているが、まだQ400の後機継問題には着手していないように見える。 新潟からは新千歳線がQ400で運航しているので、これを肩代わりして、新潟からトキエアを北海道に導入し、新千歳〜女満別線、中標津線、釧路線、稚内線及び函館線もトキエアに移管することも考えられる。 ただ、以前の検討で道内路線にはATR72では大きすぎるので、その面からもATR42を選択しなかったことが悔やまれる。
この面からみれば、ANAと組んだ方が将来展望は開けそうである。 JALグループにはHAC、AMX及びJACと3社も地域航空がそんざいするので、トキエアの出番に制約があると思う。
さらに言えば、トキエアが新潟市に本拠を置き、新潟県等の県下地方自治体の支援を期待するとしたら、使用機材はATR42-600とすべきであった。 それで将来の佐渡線開設への姿勢を明確にできたし、佐渡空港を1,100m滑走路で運用できるようになれば、佐渡線の開設も可能になる。 将来ATR42-600Sを導入すれば、東京都の調布空港路線の開設の可能性も出てくる。
7.結論
要約すれば、トキエアの事業計画は、予約システムのあり方、すなわち営業のやり方に触れていないために、実際に経営が成立するのか判断できない。 また既存勢力であるANA/JALとどのように提携できるのか、それとも競合するのか不透明になり、また使用機材をATR42ではなくATR72としたために、将来の参入市場の広さに自ら制約を課すことになってしまった。 以前は事業認可申請に添付する事業計画は黒字でなければならなかったが、現在は法が改正されて事業計画に収支までは要求されないので、国土交通省は事業認可すると思う。 昔だったら、トキエアの事業計画が承認されることはなかったと推測するのである。 ともあれ、トキエアの進展を見守って行きたい。
以上