トキエア構想への考察
2021.04.14
1.はじめに
旧知の伊藤忠商事OBの西口氏の情報で、新潟でTOKI Aviation Capital Co., Ltd.という会社が地域航空設立の構想を立ち上げていることを知った。 近年は地域航空業界には大きな動きはなく、むしろ最大手の日本エアコミューター(JAC)が、親会社のグループ運営の方策がジェィエア(J-air)の強化に進んでいるために、離島路線だけに集約されてきており、全体として地域航空業界は伸び悩みの感がある。 当所としてもこのTOKI Aviation構想には大きな関心があるので、この構想についての考察を試みることにする。
2.TOKI Aviationの構想
公表されているTOKI Aviationの構想している地域航空会社トキエアの概要は次の通りである。
- 会社名:トキエア
- 使用機:フランスATR社の新型機が2機と発表されているが、新型機とは事業計画では滑走路
長が890mの佐渡空港への就航が予定されているので、そこから800m級滑走路で運用
できると見られるATR42-600Sの導入を想定していると推測される。
- 路線計画:新潟空港を拠点に佐渡、仙台、札幌(丘珠)、関西及び中部空港への路線
- 事業開始:設立から3年目
- 必要資金:設立から3年間に計35億円
3.トキエアの事業構想
(1)使用機
使用機と想定されるATR42-600Sは、現在ATR42-600をベースに開発中であり、型式証明取得は2022年に計画されている。 標準的座席数は48席であるので、この報告での検討は48席配置を前提とする。 日本では東京都が小笠原父島に1000m滑走路の空港を建設して、同機を使用して東京〜小笠原線の開設を計画している。 トキエアが乗り入れを計画している佐渡空港は890m滑走路なので、ATR42-600Sの導入は必須条件であろう。 航空機価格は発表されていないが、ATR42-600のカタログ価格は15億6000万$/2014年とされており、それからインフレーションの影響と-600Sとするための改修-エンジンの出力向上、方向舵の改修、スボイラーを使用した揚力制御、及び自動ブレーキの採用-の費用を考慮すると、感覚的ではあるが約2割増しとみれば18億$くらいにはなりそうである。
(2)路線計画
発表された事業計画によれば、新潟空港を拠点に、佐渡、仙台、札幌・丘珠、関西、中部空港などへの乗り入れを計画している。
(3)運航支援体制
今回公表された資料の中には、運用コストの安い事業体制についての具体的な説明はない。
(3)予約システム
今回公表された資料の中には、どのような予約システムとするかについての記述はない。
4.トキエア構想ついての考察
公表された事業計画について考察する。
- 使用機
使用機をATR42—600Sとすることは、佐渡空港への乗り入れを計画するならば、必要な選択である。 また機数については2機運用も可能であり、それはJACの創立時の運用もそうであったので実績もある。
しかし、もし可能ならば3機は欲しいところである。 それは当面一年に一度の耐空証明検査のために1週間程度1機稼働になるからである。 3機体制ともなれば、その時でも2機稼働なので減便の度合いが少なくなる。 すでに2機を仮発注しているとのことであるが、発表されている準備資金から推察すると、飛行機を領収後直ちに売却し、それをリースバックするいわゆるセールス・アンド・リースバックの手法をとると見られる。 この場合、自己資金で購入するより機材費が高額になると予想される。
- 路線計画
発表された事業計画によれば、新潟空港を拠点に、佐渡、仙台、札幌・丘珠、関西、中部空港などへの乗り入れを計画しているが、すでに新潟から新千歳線(JAL、ANA)、中部空港線(ANA)、小牧線(FDA)、関空線(APJ)、伊丹線(JAL,IBX,ANA)、が開設されており、既存航空会社との直接競合するのは得策ではないので、そのような路線を除外すると、実際にトキエアが開設しても良さそうなのは佐渡線、丘珠線、及び仙台線だけになる。 これらの路線の見通しとしては、まず佐渡線は過去の運航実績では年間1万人前後しか輸送していない。 これは新潟港と佐渡島両津港間にジェットフォイルが運航されているからで、この高速サービスが無くならない限り、今まで以上に航空需要を喚起できる見込みはない。 ジェットフォイルより安い運賃を設定すると言う考えは、需要を喚起できても収支に問題が発生すると思う。 仙台線は需要見通しが難しいが、ある程度の需要は期待できそうである。 丘珠線については、新潟〜新千歳線に248千人/令和2年度の需要があったので、その一部を分け合う形で丘珠線は成立すると考えられる。 但し、丘珠空港には地元との間で発着回数制限の取り決めがあるはずなので、乗り入れが実現できるか事前に確かめる必要があろう。 以上に述べた実行できそうな路線だけでは、TOKI Aviation Capitalが主張するような「松山を超えられる経済効果」上げるには相当の障害がありそうである。
- 運航支援体制
運航支援体制については、今までのところ何もわかっていないので、予想を交えて考察して見る。
トキエアにはLCCの看板を掲げようとしているが、通常より価格の高い航空機を使用し、独立会社なので全ての空港で乗客・貨物のハンドリング体制を整備して、さらに関連マニアルの整備等も自前で行わなければならない。 保有機数は2機でしかないので、運航費の中に占める固定的なオーバーヘッド・コスト-開業費償却、管理経費等-の配分は割高になり、それに伴い単位あたりの運航費も割高になると推測される。 また新規参入航空会社としては保険費用も運航費に対する割合が1割近くになる可能性もあり、少なくとも大手航空会社並みの1〜2%程度に収まる可能性はない。 人件費だけは会社の裁量で決定できるが、賃金を安くすると要員、特にバイロットや整備士等の技術要員の確保が難しくなり、結局、職員の待遇は最低でも同業者並になると予想する。 パイロット訓練についてはJACのフライト・シミュレーターが借用できる可能性はあるが、もしATR42-600Sが、短距離離発着のためにATR42-600と異なる性能を持つフライト・シミュレーターが必要になれば、実機訓練またはどこかのATR42-600S用のフライト・シミュレーターの借用も必要になりそうである。 加えて、発表では開業準備費は35億円とされており、営業開始後5年はこの開業準備費の償却も運航費に付加される。 全般的に見れば、既存航空会社より運賃を安くできる要素は何もないと考えられる。
- 予約システム
予約システムとしては、営業所の電話予約、旅行代理店での予約やインターネットによる予約の方法があり、実務は外部に委託しても、それを集約する機能を会社が持つ必要がある。 予約システムも大手航空会社の予約システムに加入させてもらうことが、営業範囲を広げるために望ましい。 そのためには大手航空会社と自社便についてコードシェア契約を締結するのが得策と思う。 これはフジドリーム(FDA)と日本航空(JAL)とアイベックス(IBX)全日本空輸(ANA)の前例もある。 予約システムによっては、事業の性格自体が変わる可能性があることを指摘しておきたい。
- その他
計画する路線に東京線が入っていないのは不思議に思う。 (社)佐渡観光交流機構が発行した「2019年度 佐渡観光データ調査分析業務報告書」によれば、県外からの佐渡島への入り込み客の令和元年実績で次のようになっている。
佐渡島への海路による入り込み客(令和元年)
|
関東方面 |
東北方面 |
中部方面 |
北陸方面 |
関西方面 |
北海道方面 |
中国・四国・九州 |
入込み客数 |
179,215 |
16,780 |
25,202 |
6,696 |
13,993 |
24,18 |
3,767 |
第 1 表
以上に示すように、関東方面からの入り込み客が圧倒的に多いので、障害はあるが佐渡〜東京線は取り組むべき対象と考えるのである。 予想される問題の第一は、使用空港として認められるのは羽田空港になるのか、調布空港になるのかと言うことである。 現在羽田にはブロペラ機による定期便はないが、もし羽田への乗り入れが可能になれば、事業収支は著しく好転すると予想する。 調布空港への乗り入れは、東京都と地元の協議で、同空港は都内路線にだけ使用できることになっているが、新中央航空が近い将来にATR42-600Sを導入しで小笠原線を開設すると予想されるので、その時に佐渡〜調布線を開設できるよう東京都に陳情するのも無駄ではないように思う。 それが実現すれば新中央航空と営業や技術面での提携がやりやすくなる。
- 総評
結論として言えば、もし今回公表されたものが現段階の計画の全てであるとすれば、この程度では単に願望を述べたに過ぎず、この構想に対する具体的な取り組みは、あまりにも研究不足である。
5.トキエア構想の試案
前述の通り、現段階のトキエア構想はあまりにも内容に不足が多すぎると思うが、悪口を言っているだけのように取られるのも本意ではないので、この構想を立ち上げた趣旨を慮りながら、実現可能性のある事業計画試案を提示することにする。
- 事業運営の基本方針
トキエアの事業運営の基本方針は、JALグループとの提携であり、全便をJALとのコードシェア便として運航する。 その理由は次の通りである。
- JALグループのJACがATR42/72を運用しているので、全面的な技術支援を期待できる。
- JALグループの予約システムに加入すれば、自動的に全国的販売ネットワークが利用できる。
- 仙台空港及び丘珠空港の空港ハンドリングをJAL及び北海道エアシステム(HAC)に委託できる。
また主基地である新潟空港と佐渡空港の空港ハンドリングは自社実施を想定するが、カウンター・スペースはJALのものを一部借用することを想定する。 佐渡空港の空港ハンドリングは全て自社で行うことを想定しているが、適当な業者があれば代理店運営としても良い。
- 航空機の運用
使用機はATR42-600Sの2機とする。 中核基地は新潟空港とするが、必要に応じて新潟空港にある他社の格納庫を一時利用できることを条件とする。 定時点検はATR42-500のカタログには、’A’checkが400 Flight Hour毎、’C’ checkが4,000 Flight Hour毎とあるので、とりあえずそのようになると想定すれば、’A’ checkは新潟空港で自社が行い、’C’checkはJACに外注する。 従って、トキエアの整備体制は運航整備実施のみを対象とする。
- 路線便数計画
通常、航空機の稼働は1日あたり3〜4便(往復)が可能であるが、トキエアの場合佐渡空港の運用時間が8.5型(8:45〜17:15)と短いので、そのため全体の稼働時間が低くなる。 それでここでは稼働を3便/日として計画する。 すなわち、トキエアの運航便数は6便/日とする。 運航を計画する路線と便数は次表のとおり。
トキエアの想定事業計画
計画路線 |
区間距離 |
推定需要(人) |
計画便数/日 |
輸送旅客数 |
座席利用率 |
想定運賃 |
旅客収入 |
新潟〜佐渡 |
67km |
10,000 |
2 |
10,000 |
29% |
7,350円 |
5.9億円 |
新潟〜仙台 |
254km |
101,000 |
2 |
55,000 |
80% |
22,500円 |
9.0億円 |
新潟〜丘珠 |
795km |
216,000 |
2 |
55,000 |
80% |
33,700円 |
14.9億円 |
計 |
|
327,000 |
6 |
120,000 |
58% |
|
29.8億円 |
註:旅客収入は、消費税税抜き収入の収納率を88%と想定
第 2 表
なお、想定する輸送旅客数は、佐渡線は過去の実績、仙台線及び丘珠線は類似路線からの推定であり、運賃は佐渡線については過去の事例、仙台線と丘珠線は他の同等区間距離路線から設定した。
- 事業性の予測
事業性については、相当に会社体制を細かく設定しないとコストが予想できないので予測できないが、2機で約30億円の収入が確保できれば、過去の事例からして事業性が確立できる可能性はあると思う。 この事業計画試案に必要な人員は、乗務員 5クルー(15人)、整備士3クルー(6人)、運航管理者3人、グラウンド・ハンドリング3クルー(12人)の33人に加えて、間接要員も必要なので、概ね50人程度の職員が必要と推測される。 一般的に総経費に占める人件費の割合は25%前後であるが、職員は地元に居住するのでその生活費として7〜8億円が地元で消費されると予想され、これらは直接的な経済効果となる。
6.総括
Toki Aviation Capitalの提案するトキエア構想は、やりようによっては成立する可能性はある。 ただ、現在までに公表されている内容だけから推察すると、今はまだ願望の段階のように伺える。 この構想を実現するには、現在の関係者だけでは力不足のようにも思え、もし今後賛同者を集めて出資を求めようとするには、もっと実務に通じた準備要員を集め、より具体的な計画とする必要がある。
以上