プラスチック可塑剤である DEHP (訳注1)に曝露したオスのラットは、若い脳の記憶に関連する領域で、細胞と神経結合の生成が少ないことをカナダの研究者等が報告している。
プラスチック容器やおもちゃで広く使用されている可塑剤のある成分に感受性の高い時期に曝露すると、成長中のオス・ラットの脳の発達に変化が生じるが、同じ曝露でもメスのラットには影響を与えないことを研究者等がジャーナル『Neuroscience』で発表した。
この動物実験は、フタル酸エステルであるDEHPは、細胞と神経結合の数を減少させることにより、若いオスのラットの脳の海馬(hippocampus)(訳注2)の正常な発達をかく乱することができることを示している。海馬は長期間の記憶の生成に関与するので、学習にとって重要である。ラットの海馬は出生後、最初の数週間で成熟するが、人間の場合には海馬は出生前の第3周産期(訳注3)の間に大きく発達する。
これは、発達の重要な時期におけるフタル酸エステル類への曝露と海馬中の細胞及び神経への影響を関連付ける初めての研究である。この研究では測定されなかったが、脳への影響は、認知機能の障害をもたらすかもしれず、生涯を通じて著しい行動の変化をもたらすことがある。人間では、海馬の発達のかく乱は、学習能力と、さらにはIQに影響を及ぼす記憶力の減少をもたらすかもしれない。
DEHPは、柔軟性を持たせるために主に塩化ビニルクロライド(PVC)などの硬いプラスチックに加えられる。それは、子どものおもちゃ、食品保存容器、医療用チューブ/バッグなど多くの用途に用いられる軟いプラスチックを製造するために使用される。これまでの研究は、幼児や子どもは、これらの汚染物質に大人より多く暴露することを示している。若ければ若いほど、DEHPを含む製品やハウス・ダストへの接触が増大し、また恐らく、彼等は代謝率が高いので、これらへの曝露が増大する。
研究では、研究者等は16日齢(ラットの海馬のある領域の主要な発達期)のオスとメスのラットに 10mg/kg のDEHPを7日間連続して注射した。その用量は、オス・ラットにおけるテストステロン(訳注:男性ホルモンの一種)製造に影響を与えることが知られている最小量である。処理及び未処理のラットの海馬組織を分析して細胞と神経の発達を調べた。研究者等は曝露と非曝露ラット、及びオスとメスのラットを比較した。
オス・ラットの海馬領域−CA3と呼ばれる脳の領域で記憶に強く関連する−は、細胞数が少なく、神経細胞間の軸索結合(訳注4)も少ない。結合の喪失は、海馬内での不適切な又は多分かく乱された細胞間のコミュニケーションの結果であろう。
メスのラットは、DEHP曝露後も発達に関する変化−この化学物質の坑アンドロゲンホルモン特性に最も関連するらしい影響−は示さなかった。この発見は、この化学物質のメスとオスとの間の毒性影響の際立った相違を明らかにしている。
これらの顕著な結果は、海馬の細胞と神経が発達中に曝露したラットで発見された初めてのものである。この研究では測定されていないが、この影響は成長するにつれ学習及び行動に変化をもたらすであろう。人間の影響の可能性もまた、さらなる研究が必要であろう。
訳注1:DEHP
フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)/ウイキペディア
訳注2:海馬
海馬 (脳)/ウイキペディア
訳注3:周産期
周産期/ウイキペディア
周産期(しゅうさんき)とは、出産前後の期間の事を指す。ICD-10では妊娠22週から出生後7日未満と定義されており、1995年から、厚生労働省の統計もICD-10の定義を採用している。
訳注4:神経細胞の軸策
神経繊維/ウイキペディア
神経繊維(nerve fiber, axon)は、神経細胞の細胞体から延びる細長い突起で、実体は神経細胞の軸索である。神経線維は活動電位の伝導に加え、神経終末と細胞体との間の物質交換に役立っている。肉眼的に見える「神経」は、神経線維の束(神経線維束)とその周囲の結合組織からなる。
訳注:フタル酸エステル類の有害影響に関する海外情報
訳注:フタル酸エステル類関連資料(日本)
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