Our Stolen Future (OSF)による解説 2006年10月17日
DEHP(フタル酸ジ 2- エチルヘキシル)は
マウスにアトピー性皮膚炎のような皮膚病変を高める

Environ Health Perspect doi:10.1289/ehp.9282 掲載論文を
Our Stolen Future (OSF) が解説したものです

情報源:Our Stolen Future New Science, October 2006
Di-(2-ehylhexyl) Phthalate Enhances Atopic Dermatitis-Like Skin Lesions in Mice
http://www.ourstolenfuture.org/NewScience/oncompounds/phthalates/2006/2006-1010takanoetal.html

オリジナル論文:Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 8, August 2006
Di-(2-ethylhexyl) Phthalate Enhances Atopic Dermatitis-Like Skin Lesions in Mice
http://www.ehponline.org/docs/2006/8985/abstract.html
Hirohisa Takano1,2, Rie Yanagisawa1, Ken-ichiro Inoue1, Takamichi Ichinose3, Kaori Sadakane3, and Toshikazu Yoshikawa2
1Environmental Health Sciences Division, National Institute for Environmental Studies, Tsukuba, Japan;
2Inflammation and Immunology, Kyoto Prefectural University of Medicine, Kyoto, Japan;
3Department of Health Sciences, Oita University of Nursing and Health Sciences, Oita, Japan

Full Report: http://www.ehponline.org/members/2006/8985/8985.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年10月21日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/osf/06_10_osf_DEHP_atopy.html


 アレルギー反応の流行はこの数十年間で先進諸国の間で急速に増加している。このことは、全体的な大気汚染が改善されている時期に起きており、また、この期間に室内埃中のダニやゴキブリ粉などによるアレルギー誘発物質(アレルゲン)が特に増えたと信じる理由もない。これらの観察によりある科学者らは、まだ特定されていない環境暴露が人々の免疫系の感受性を高め、その結果、アレルギー物質は増加していなくてもアレルギー反応を高めるのではないかと考えている。

 この論文では、タカノ(訳注1)らは、環境中に存在するレベルのフタル酸エステル DEHP がダストマイト(室内埃中のダニ)アレルゲンに対するマウスのアレルギー性反応を悪化させるということを報告して、このアレルギー反応が増加しているということの理由のひとつの手がかりを与えている。

 彼らは、DEHP への暴露は、フタル酸エステルへの暴露が現在いたるところで起きている先進諸国(訳注:OSFの解説では developing countries となっているが、原文ではdeveloped countries)におけるアレルギー反応の発症の増加に寄与しているかも知れないと結論付けている。

 DEHPの低い用量の方が、使用した最も高い用量よりも大きな反応が得られた。これは、フタル酸エステル類についての”非単調”又は”逆U字”の用量−反応曲線に関する初めて報告である。高用量が低用量影響を予言しないこれらの曲線は、いくつかの内分泌かく乱物質について報告されており、内分泌学の研究ではよく観察されている。

 タカノらは DEHP へのアレルギー性反応において非単調な用量−反応曲線を観察したばかりでなく、反応を最も効果的に引き起こす用量は、1953年に発表された肝臓毒性研究に基づき、EPAによって確立された”低影響レベル”、9 mg/kg/day よりもほとんど1,000倍近く低いことを彼らは見いだした。それはまた、最大安全レベル(いわゆる参照用量)としてEPAにより特定された暴露のレベルに近かった。

 フタル酸エステル類は、化粧品、おもちゃ、医療器具、及び潤滑油などのプラスチック製品や身体手入れ用品で広く使用されている。化学物質の多様なグループは、子どものぜん息、アレルゲン関連たんぱく質反応、及び停留睾丸、低精子数、精巣腫瘍、及び肛門性器間距離の短縮などいくつかの男性生殖器間の問題に関連している。

何をしたか?

 タカノらはよく使用されているプラスチック可塑剤、フタル酸ジ 2- エチルヘキシル(DEHP)が、よくある室内埃ダニアレルゲン、ヤケヒョウヒダニ(リンクは訳者)(Dermatophagoides pteronyssinus 以降 DP と呼ぶ)、に暴露したマウスのアレルギー反応の激しさの程度を増すかどうかを確認したいと望んだ。DP は、ダニアレルゲンを刺激して、マウスの免疫系をの反応により発疹や他の皮膚症状を引き起こすことができる。

 この研究では、出生7日後のマウスが3つのコントロール・グループと4つの実験グループに分けられ、各グループは16匹のマウスから構成された。
  • 3つのコントロール・グループ:(1) 処理なし、(2) 生理的食塩水とオリーブ油を投与、(3) 生理的食塩水とオリーブ油を投与し室内埃アレルゲンに暴露。オリーブ油は2つのコントロールに投与されたが、オリーブ油は実験動物に DEHP を投与するための搬送媒体(vehicle)として使われたためである。

  • 4つの実験グループ:動物はダニアレルゲンに暴露され、またオリーブ油に溶かした DEHP の投与を受けた。DEHP の用量は、それぞれ 0.8、4、20、及び100μg DEHP であった。
 ダニアレルゲン(DP)は16日間にわたり8回、マウスの右耳の低部に注射された。最初にDPを注射した日を第1日とし、その後の暴露は第2、4、7、9、11、14、16日目に行われた。DEHP の投与は腹腔内注射で4回、-4、3、10、17日目に行われた。

 DEHP の各投与の1日後、研究者らは耳の厚みを測定し、皮膚の乾燥、発疹(ただれ、吹き出物)、水腫、及び傷を評価した。それぞれのカテゴリーは、0 から 3 で(0:症状なし、 1:軽微、2:中程度、3:重篤)採点された。

 耳の免疫細胞反応は最後の DEHP 投与の2日後に測定された。タカノらは、アレルギーに関連する特別な白血球である好酸球(eosinophils)の数を調べた。組織もまた、好酸球の化学的生成物のひとつである eotaxin 及び、macrophage inflammatory protein-1 alpha(MIP-1alpha)について分析が行われた。

 研究者らはまた、マスト細胞の数を調べ、その拡散を評価し、顆粒の消失を確認した。マスト細胞は赤い皮膚(red skin)及びアレルギー反応に関連する他の症状を引き起こすヒスタミンを出す。


Adapted from Takano et al.
高野らの論文から採用
何をしたか?

 右のグラフは、実験の過程で得られたアレルギー反応の程度の臨床的スコアの変化を示す。  3つのDEHP処理(0.8、4、20μg)について、DEHP 暴露はマウスのダニアレルゲンに対する感受性の程度がアレルゲンだけに暴露(Dp+vehicle)に比べて著しく増大している。

 対照的に、100μgの投与を受けたマウスの臨床的スコアは Dp+vehicle コントロールと相違がない。

 最も強いアレルギー性皮膚反応、細胞及び組織影響と免疫タンパクの増加は20μg用量で起きた(右グラフの赤ライン)

 予想されるように、アレルゲンには暴露したが DEHP には暴露していない(Dp + vehicle)マウスは、最初の暴露後5日目から、処理のない又は生理食塩水/オリーブ油のグループよりも強い皮膚アレルギー症状を示している。これらのマウスでは、乾燥、皮膚の発疹、傷、水腫、及び耳の厚みの肥大は全て、アレルゲンに暴露していないグループに比較して著しく増加した。これらのことは、アレルゲンが暴露マウスにアレルギー反応を実際に生成しているということを示している。


Adapted from Takano et al.
高野らの論文から採用
Untreated group:処理なし
Saline + vehicle group:食塩水+オリーブ油
DP + vehicle:ダニアレルゲン+オリーブ油
その他:DP+オリーブ油+示される用量のDEHP
* p < 0.05 処理なし及び食塩水と比較
** p < 0.01 処理なし及び生理食塩水と比較
ΦΦ p < 0.01 DP+オリーブ油と比較

 高野らは免疫細胞反応の中に同様なパターンを見つけた。例えば、DEHP 暴露が 0.8、4、20μgと増加すると、白血球細胞(右側グラフ)と免疫マスト細胞の顆粒放出(degranulation)は用量にしたがって増加する。これらはアレルギー反応の兆候である。

 20μg処理グループのマウスはアレルゲン/オリーブ油(DP+vehicle)のマウスに比べて最も大きな変化を示した。100μgで暴露したマウスは、アレルゲンには暴露したが DEHP には暴露していない(DP+vehicle)と違いはなかった。

 上記の通り臨床スコアに関して、最も大きな影響は100μg処理のマウスではなく、アレルゲンと20μgDEHPに暴露したマウスの中に見られた。コントロールと食塩水/オリーブ油のグループには変化が見られなかった。

 アレルゲンの投与はまた、MIP-1 alpha のたんぱく質発現、及び免疫反応に関連する細胞生成物である eotaxin を増加させた。アレルゲンと DEHPは、処理のない場合に比べると 4 及び 20μgの場合に発現を増加し、アレルゲン/オリーブ油に比べると4μgの場合に eotaxin を高めた。

何を意味するか?

 これらの結果は、アレルギー疾患罹患率の増加は、免疫系の感受性を高める汚染物質が大きく寄与し、環境中のアレルゲン自体が増加したためではないという理論と一貫性がある。例えば、ゴキブリ粉が都市の屋内で増えたという証拠はないが、ぜん息の罹患率は過去20年間にアメリカの都市で着実に増加している。同様にこの同じ期間、大気汚染はほとんどのアメリカの都市で改善されている。これらとは対照的に、フタル酸エステル類を含む製品は過去数十年間ますます広まっている。

 タカノらは DEHP は、一般的なアレルゲンに暴露した後に、環境中に存在するのと同等な低用量レベルでアレルギー反応を高めることができるということを実証している。タカノらによれば、アレルギー反応を引き起こすために十分な用量は、米EPAによって安全であると現在みなされている用量に近い。

 著者らは、”DEHP は、げっ歯類の肝臓中の組織学的変化に基づき決定された無毒性量 NOAEL (19 mg/kg/day (原注:1950年代に収集されたデータに基づいた基準))よりも約1,000倍低い用量でアトピー対象である NC/Nga マウス(訳注:アトピー性皮膚炎が自然発症するマウス)に DP (アレルゲン)に関連する皮膚病変の悪化及びケモカイン(chemokine)発現を引き起こす”と述べている。

 これまでの研究でアレルギー性ぜん息と、フタル酸エステル類及びディーゼル排気の両方との関係は確立されている。

 しかしタカノらの結論は、もうひとつの理由でもまた重要である。すなわち低用量 DEHP は高用量 DEHP よりも大きな影響を引き起こす。特に、DEHP は 0.8〜20μg の用量でコントロールに比べて免疫反応を高めるが、もっと高い 100μgの用量ではそのような影響を引き起こさない。より高い用量の方がより低い影響を引き起こすというこの反応パターンは非単調用量−反応曲線(NMDRC)と呼ばれる。これはフタル酸エステル類では初めて示された。

 同様な”逆U字”形状曲線は、アルキルフェノールやビスフェノールAなどの内分泌かく乱物質の影響を検証する動物及びラボでの研究で報告されている。

 これらの用量−反応曲線は、それらが健康基準を確立するための標準手法を無効にするという点でも重要である。なぜか? 0.8〜20μgのレベルで見られたこの低用量反応はもっと高い用量での結果からは予測できないことである。毒物学は通常、高用量での経験は低用量での結果を予測することができ、もし高用量で影響がなければ低容量でも影響はない−と誤った仮定をする。

 100μgの DEHP に暴露したマウスとアレルゲン+オリーブオイル(DP+vehicle)に暴露したマウスとの間に相違がないことは、より低いレベルでの暴露は影響がないであろうことの証拠とされてしまう。もし100μgで影響がないと一旦決定されてしまうと、多分十中八九、これらの低用量での影響は決してテストされることはないであろう。

 いかに DEHP がアレルギー反応を増大させるかということは、ケモカインと呼ばれる炎症性細胞たんぱく質の発現を増加させる能力と関連しているかもしれない。この研究で測定された二つのケモカインのレベルは 4 及び 20 μg のレベルで DEHP によって高められた。これらの信号たんぱく質は組織中に炎症性細胞が広がるのを助け、その結果アレルギー症状を高める。アトピー性皮膚炎に関連するアレルギーをもった人々はアレルギーを持たない人々よりもケモカインのレベルが高い。

 この動物実験は、DEHP と、アレルギーに関連する皮膚症状であるアトピー性皮膚炎とのあいだの関連を明確にしている。この研究結果は、”一般環境中での DEHP への暴露は最近のアトピー性皮膚炎の罹患率増加に寄与している可能性がある”と提案しており、ある種のフタル酸エステル類への低用量暴露がアレルゲンの存在下でアレルギー性反応を高めるという証拠を追加するものである。


訳注1:
 高野裕久 ( 医学博士) 国立環境研究所
 本論分の著者のうちの Hirohisa Takano, Rie Yanagisawa, Ken-ichiro Inoue and Toshikazu Yoshikawa の各氏は、EHP 2006年9月号 サイエンス・セレクションが紹介した下記論文の著者でもあり、当研究会でも紹介している。
Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 9, September 2006 / Effects of Airway Exposure to Nanoparticles on Lung Inflammation Induced by Bacterial Endotoxin in Mice
http://www.ehponline.org/docs/2006/8903/abstract.html
小さな増悪因子:ナノサイズ粒子はマウスにおける細菌性エンドトキシンの肺への影響を悪化させる (当研究会訳)

訳注2:
フタル酸エステル類に関する研究紹介記事の一部




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