米環境NGO (CHE) 2004年7月23日
子どものぜん息及びアレルーギー症状と
屋内のホコリ中のフタル酸エステル類との関連性


情報源:The Association between Asthma and Allergic Symptoms in Children
and Phthalates in House Dust: A Nested Case-Control Study
Bornehag, CG, J Sundrell, CJ Weschler, T Sigsgaard, Bjorn Lundgren, Mikael Hasselgren, Linda Hagerhed-Engman. 2004
Environmental Health Perspectives, in press, Online 15 July 2004

Briefing by Collaborative on Health and the Environment (CHE)

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2004年9月12日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_04/04_09/04_07_che_Asthma_Phthalates.html

 この概要書は『米・環境健康展望インプレス・オンライン2004年7月15日に掲載されたスウェーデンの子どもたちに関するレポートをアメリカの環境NGOである Collaborative on Health and the Environment (CHE)が解説したものです。

概要

 この研究は、屋内のホコリに含まれるフタル酸エステル類への曝露と子どもの鼻炎、湿疹、ぜん息との関連性示すものである。

 ぜん息とアレルギーは深刻な子どもの疾患であり、注意を喚起すべき発症率にまで増加している。ぜん息はアメリカの子どもに最もよく見られ慢性疾患であり、1980年以来、発症率は倍加している。ぜん息発作を引き起こす多くの要因は知られているが、ぜん息が全体として増加している原因はよく分からない[もっと詳細に]。湿疹は、幼児や子どもに最もよく見られる皮膚疾患であり、アメリカ皮膚学会によれば、1970年以来、約30%増加している。

 フタル酸エステル類は現代の製品中で広く使用されている化学物質である。過去数十年間、フタル酸エステル類はどこにでも存在し曝露するようになり、実際にはそれを避けることはできない。フタル酸エステル類には多くの種類があり、それぞれが化学的、物理的、毒性学的特性を有している。

 この研究中で述べられている数種類のフタル酸エステル類

  • DEHP: フタル酸ジ-エチルヘキシル。ほとんど PVC プラスチック中で使用されており、通常、DEHP を重量で30%含んでいる。
  • DnBP: フタル酸ジ-n-ブチル。ラテックス接着剤、マニュキア、その他化粧品類、セルロース・プラスチック中の可塑剤、ある種の染料中での溶剤、PVC 可塑剤として使用されている。
  • BBzP: フタル酸 n-ブチルベンジル。ビニルタイル、カーペット・タイル、人工皮革の可塑剤として、またいくつかの接着剤として使用されている。
 さらに詳しいフタル酸エステル類についての情報


何をしたか?

 ボルネハグらはスウェーデンで3〜8歳の子どもたちのコホート内症例対照研究(nested case-control study)を実施した。研究者らは、初期及び中間時の質問票を用いて、198症例(case)と202対照(control)を特定した。子どもたちは、診断を下した医師により後に検査を受けた。症例(case)として分類されるためには、調査参加者が次の症状のうち少なくとも2つを過去1年間に経験していることであった。風邪ではないのに呼吸が苦しい、鼻炎、または湿疹。”対照(control)”は、初期及び中間時の質問票のいずれでもアレルギー症状がないと報告のあったものである。質問票の結果は、医師の診断結果とほとんど一致していた。

 医師たちが子どもたちの全てを検査した2週間の期間に、研究者たちはホコリの試料を収集し、視覚検査を実施し、子どもの家の屋内空気質の評価を行った。家を改築(新築)すると湿度の問題があるので、そのような家の子どもたちは除外された。また最初の調査票以降に引っ越した子どもたちも除外された。分析室において、子どもたちの寝室から収集されたホコリの試料中から検出された異なる種類のフタル酸エステル類が特定され、定量化された。

 研究者たちはまた、家庭の PVC 床材の反応を記録した(フタル酸エステル類は PVC の物理的特性を変える(柔らかくする)ために可塑剤として加えられている)。

 ボルネハグらは、医師たちが診断した3つの健康状態(ぜん息、湿疹、鼻炎)のそれぞれと寝室のホコリ中のフタル酸エステル濃度との関連性を検証するために統計的な分析を行った。調査結果に影響を与えると思われるタバコの煙及びその他の要因への曝露は考慮された。

何がわかったか?

 ぜん息またはアレルギーと診断された子どもたちに関しては健康な子どもたちに比べて、その寝室のフタル酸エステル濃度は明らかに高かった。また、これらの子どもたちは PVC 床材の家で暮らしている傾向がより強かった。PVC 床材の寝室のホコリは他の寝室に比べて BBzP と DEHP の濃度が高い傾向があった。

 関連性はフタル類酸の種類によって異なる。鼻炎(rhinitis)または湿疹(eczema)と診断された子どもたちに関しては対照群(control)の子どもたちに比べて寝室のホコリ中の BBzP 濃度が明らかに高かった。

 ぜん息(asthma)と診断されたは子どもたちに関しては対照群(control)の子どもたち比べて寝室のホコリ中の DEHP 濃度が明らかに高かった。

 研究者たちはホコリ中のフタル酸エステル濃度とぜん息、鼻炎、または湿疹になる可能性との間に用量−反応関係があることを見出した。濃度が高ければ高いほど、子どもたちは、これら3つの疾患うちのどれかにかかりやすい。

 寝室のホコリ中のフタル酸エステル濃度が最も高かった子どもたちは、最も低かった子どもたちに比べて、ぜん息、鼻炎、湿疹に2〜3倍、かかりやすい。

 左側のグラフは、ボルネハグらによって観察された2つの用量−反応関係を示している。ぜん息のリスクは DEHP の濃度が高いほど、高く、鼻炎のリスクは BBzP の濃度が高いほど高くなる。

 赤い*印は統計的に顕著なそれぞれのオッズ比を示している。グラフはボルネハグらの表3から作成された。

 彼らの分析では、結果に影響を与える性別、年齢、家での喫煙、家屋の構造など一連の変動要因が考慮された。

 これら疾患のひとつと診断された子どもたちの寝室の床材は PVC であることが多かった。しかし、研究者たちが指摘するように、BBzP/DEHP と健康影響との関係は PVC に関する化学物質のためであるとは単純には言い切れない。

 ボルネハグらは DEHP と BBzP との間には異なる健康パターンがあり、これらの健康影響はその毒性学的及び物理化学的特性の相違により生じるということを示唆している。それぞれのフタル酸エステル類は人間や実験動物において異なる代謝経路のみならず異なる毒性学的側面を持つので、曝露経路もまた異なる。空気中の DEHP の85%以上は空気中の微粒子と関連しているが、一方、BBzP はガスとして存在しやすい。ガス相の物質は微粒子に付着した物質とは異なり、肺中に沈積する。

何を意味するか?

 これはフタル酸エステル類がぜん息とアレルギーに強く関連していることを示す最初の疫学的調査である。
 著者らは、今までの調査がいくつかのフタル酸エステル類はアジュバント(抗原に対する免疫性を増加する化学物質)として作用することを示唆していることに注目している。そのような発見は、ボルネハグらがフタル酸エステル類が影響を与えているメカニズムについて示唆しているので、この論文の中で彼らが報告していることの関連性に生物学的裏づけを与えるものである。

 彼らの結果は、1997年にぜん息を引き起こすフタル酸エステル類の可能性ある役割として提案されたモデルと一致するものである。このモデルは、MEHP と呼ばれる DEHP の一次代謝物が、感度を高めるために免疫システムによって用いられる主要な天然の分子構造と似ているという観察に基づいている。そのモデルでは、MEHP は、プロスタグランジン(訳注1)やトロンボキサン(訳注2)と呼ばれる分子の天然受容体を結びつけることでこれらの分子を模擬し、呼吸器系組織を超感度にしてぜん息を引き起こす。これにより気道内に炎症を起こすリスクが増大する。
訳注1:哺乳動物の多くの組織中にある脂溶性カルボン酸; 強力なホルモン(様)物質で, 子宮筋収縮・血圧降下などの作用がある; 妊娠中期の人工流産剤として用いる
訳注2:最初血小板から単離された一群の細胞機能調節物質の総称; 血小板を凝固させ, 血管を収縮させる

 最近のぜん息及びアレルギーの劇的な増加とフタル酸エステル類が環境中のいたるところに存在することを考慮すると、これらの結果は公衆の健康にとって地球規模的な示唆を含んでいる。プラスチック、化粧品、接着剤、染料、PVC 床剤のような建材に使用するために、毎年世界中で350万トンのフタル酸エステル類が生産されている。ドイツの研究では、アメリカイタリアで人々のフタル酸エステル類の濃度が驚くほど高いということを示している。

 ぜん息が増加するペースが速いので、環境的要因があるに違いない。遺伝的要因で説明するには変化が速すぎる。[もっと詳細に]

 この研究チームによれば、”過去30年間にわたり先進国で報告されているアレルギーとぜん息の増加に対し複合的要因が関与していると思われるが、プラスチック製品が先進国の家庭、学校そして職場など、あらゆるところに存在するようになった時期に、これらの増加が見られるようになったということは印象的である”。


化学物質問題市民研究会
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