2005年7月20日アメリカ医師会機関紙(JAMA)掲載記事紹介
内分泌かく乱化学物質
疾病への潜在的な原因として探査


情報源: Journal of the American Medical Association, Jul-20-2005
Endocrine-Disrupting Chemicals Probed as Potential Pathways to Illness
By Richard Trubo


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2005年9月6日

 【サンディエゴ】 過去60年間、人間はその数が増大する環境中の化学物質に曝露してきた。実際、アメリカでは8万種以上の化学物質が商業的に使用されており、おもちゃや洗剤から農薬や食品容器にいたるまで広い範囲の製品中で使用されている。これらの広範に使用されている化学物質のあるものはホルモン様の影響を体に与えるかもしれないという証拠が数多く累積しているという事実が、特に発達途上の胎児や新生児が曝露する時に引き起こされる潜在的な長期的健康リスクについての懸念高める。

 当地サンディエゴで6月に開催された内分泌学会における丸一日のシンポジウムで、指導的研究者たちは、疾病や機能不全への増大する罹病性と関連しているかもしれないホルモン様作用を有する植物エストロゲンのような天然に生じる物質とともに、これら合成化学物質の影響に関する最新の研究成果を共有した。潜在的な危険性は”脆弱な胎児”(10年以上前にカリフォルニア大学バークレイ校内分泌学者ハワード・バーン博士の造語)や新生児に対して最も大きく、これら胎児や新生児は内分泌化学物質によるかく乱に対して特に感受性が高い。

 しかしそれらの影響はしばしば長い年月、目にはっきりと見えない。胎内で重大な分化の段階に内分泌かく乱作用を持つ化学物質に曝露すると、生涯の後々になるまで発現又は検出されないかもしれない永久的な影響が生じる可能性があると、国立環境健康科学研究所分子毒性学試験所発達内分泌学部門長で理学修士のレサR.ニュボールドは述べた。

 発達中の組織は、DNA修復メカニズムの欠如、まだ完全には機能しない解毒酵素、及び、まだ形成中の血液脳関門などの要素のために、内分泌かく乱化学物質に特に脆弱かもしれないといことが現在は大いに認識されている−と彼女は付け加えた。

フタル酸エステル類への曝露

 身の回りの多くの製品、例えば軟質ビニル製おもちゃ、シャンプー、石けん、ネイルポリッシュ、床材、医薬品などに用いられている化学物質のグループであるフタル酸エステル類は、発達途上に及ぼす潜在的な有害影響について詳細に検証されている。ロチェスター大学医学歯学部小児科婦人科教授であり疫学者でもあるシャナ・スワン博士は最近のフタル酸のヒトへの影響の研究の中で、母親のフタル酸エステル類への曝露と男児の生殖系発達障害との有意な関連性を初めて明らかにした。

 ヒトのフタル酸エステル類への曝露の範囲は全国健康栄養検査調査((NHANES 1999-2000)におけるデータで既に示されているが、それによれば、テストされた尿サンプルのうち75%以上が測定可能なフタル酸エステル類の代謝物を含んでいた(Silva et al. Environ Health Perspect. 2004;112:331-338)。ハーバード大学公衆衛生学部の研究は、尿中のフタル酸エステルの代謝物のレベルと精子の運動性及び濃度との容量反応関係を示すヒトのデータを提供している(Duty et al. Epidemiology. 2003;14:269-277)。

 スワンと彼女の同僚らは多拠点妊婦コホート調査(the Study for Future Families)に参加するために応募した女性らを評価した。適格な母子85組を調査して、研究者らは妊娠後期の母親の尿中に9種類のフタル酸エステル類の代謝物の存在とその濃度を確認した。その後、これらの母親の男児に対し、研究者らは肛門とペニス基部又は陰核との距離、いわゆる肛門性器間距離(AGD)を測定した。肛門性器間距離(AGD)は性的二形基準であり、げっ歯類では雄化の繊細な指標で、雄のAGDは雌に比べて約2倍の長さがある。

 スワンらの研究結果は、ヒトのAGDと4つのフタル酸エステル代謝物との間の有意な関連性を示した。これら4つの代謝物の尿中の濃度が高いほど幼児のAGDは短い。複合フタル酸曝露が最も高い男児12人のうち11人が年齢及び体重で換算した100分位の25以下であった。より短いAGDは、不完全な睾丸降下と小さなペニス容量に関連していた。これらの結果はげっ歯類の研究で見られるものと類似しており、内分泌かく乱物質が雄の雌化への役割を演じているかもしれないと彼女は述べた。

 スワンによれば、彼女の研究で男児に観察された性器の変化のパターンは、胎内でフタル酸エステル類に曝露したげっ歯類に記述される”フタル酸エステル類症候群”と一貫性がある。AGDの短縮に加えて、この症候群は睾丸、副睾丸、及び gubernacular cord agenesis によって特徴付けられる。

ビスフェノールAのリスク

 詳細に検証されているもうひとつの物質はエストロゲン様化合物ビスフェノールA(BPA)であり、それらは哺乳ビン、食品容器、歯科充填物などに見られる。年間の世界生産量は約64億ポンド(約300万トン)であり、最近の米疾病予防センターの報告書によれば、 アメリカの成人394人の母集団から得た尿サンプルの95%が測定可能なBPAを含んでいた(Calafat et al. Environ Health Perspect. 2005;113:391-395)。

 プラスチック産業界はBPAは非常に耐久性があるとしているが、フレデリック・ボンサール博士のような科学者らは、日常生活の条件下で、ポリカーボネート・プラスチック容器や缶詰の缶(のライニング)などの製品中のBPAは食品や飲料水中に溶け込むと主張している。”多くの研究が、非常に低濃度のビスフェノールAに胎児が曝露すると様々な器官に構造的な損傷が起きることを示している”とミズーリ・コロンビア大学生物科学教授であるボンサール博士は述べ、さらに”非常に低濃度のppbレベルのBPAがヒトや動物の細胞に接触すると、細胞の機能を変化させる”とし、”ヒトの曝露の範囲はこれよりも100〜1000倍高い”と付け加えた。

 最近の研究では、BPAを含むエストロゲン様化学物質(1日10 μg/kg)が妊娠したマウスに与えられたが、その用量は妊婦の典型的な曝露よりも低い値であった。研究者らはBPAが発達中のマウスの前立腺に、出生後にがんのリスクを増大させることを予測させる変化を及ぼしたことを見出した(Timms et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2005;102:7014-7019)。

 動物による他の研究報告が2005年5月26日に内分泌学会のオンライン版で発表されたが、これは非常に低用量のBPAに対する周産期の曝露とこの物質の思春期の乳腺発達への影響を評価したものである。この研究によれば、乳がんのリスクを増大させることを示唆する乳腺の形態形成に永続的な変化が見出された。研究の共著であるタフツ大学医学部解剖学及び細胞生物学部門教授アンナM.ソト博士は、これらの発見は”乳がんの発症は先進国で増加しており、また、BPAのような内分泌かく乱物質が環境中に放出されるようになったことと平行して増大しているので、特に気にかかる”と述べた。

世代をまたがる

 内分泌かく乱物質は妊娠中に曝露した母親の子孫に多くのリスクを及ぼすかもしれない。ワシントン州立大学生殖生物学センターのディレクターであるミカエルK. スキナー博士は妊娠中期(胎児の生殖腺が決まる時期)に二つの内分泌かく乱物質、抗アンドロゲン殺菌剤ビンクロゾリン(ぶどう酒用ぶどう畑で使用される)、及び、エストロゲン様殺虫剤メトキシクロル(DDTの代用)に曝露した妊娠ラットについて言及した。この一過性の胎内での曝露は、成長してから精子形成細胞のアポトーシス(自然死)が増大して不妊症を引き起こす(Anway et al. Science. 2005;308:1466-1469)。

 ビンクロゾリン曝露グループ(1日に100 mg/kg 曝露:生体条件に比べると比較的低濃度であるが環境レベルよりは高い)は、その後4代にわたり交配が行われた。”驚くべきことには、各世代のラットは、ビンクロゾリンに曝露したことがないのに、同じ疾病を持っていた。この血統に疾病を誘引するエンドクリン・レセプターが存在するように見える。環境中の有毒物質により我々は次世代の全ての雄の90%以上に受け継がれる疾病状態を導入したことになる”とスキナー博士は述べた。

 スキナー博士はこの発見を環境的有毒物質の危険性を考える際の”新たな規範 a new paradigm”と呼んだ。この世代をまたがる影響の可能性あるメカニズム(機序)を説明する時に、彼はDNAのメチル化(メチル基がDNAに結合)による化学的変化、及び、雄の生殖細胞系列の後生の永久的なプログラムの書き換え(DNA系列での変化ではなく他の要素により起こる遺伝子の表現又は遺伝子の変化)を指摘した。

ゲニステインにも用心

 研究者が内分泌かく乱物質の研究を行うための興味を抱く物質の全てが人工物質であるというわけではない。興味深い植物成分のひとつ、ゲニステインは自然界の植物エストロゲンであり、大豆製品中の主要なイソフラボン(訳注:ポリフェノールと総称される植物成分のフラボノイド類に属しエストロゲン様作用を持つ物質)である。実際、大豆の調合乳を飲む乳幼児は発達曝露のリスクの可能性について赤信号を出すに十分な高いレベルにある。

 生殖の生物学(Biology of Reproduction)のオンライン版2005年6月1日で発表された動物実験研究で、研究者はゲニステインを新生児に1日当り 0.5、 5、 50 mg/kgを、それぞれ投与した。出生後の最初の5日間、最も高い容量のゲニステインを投与された動物は、18月齢での子宮腫瘍の発症率が35%であり、卵巣中の形態的な変化が見られた(多卵母細胞小胞を含む)。

 ”これらの動物は早期の生殖老化をともなった。その卵巣は奇形であり、完全には機能しなかった”とニューボールドは述べた。

 ある報告書によれば、大豆の調合乳中のイソフラボンへのヒト乳幼児の日々の曝露は、成人が大豆食品を摂取することでホルモン影響が生ずる用量に比べて(体重ベースでは)6〜11倍高い(Setchell et al. Lancet. 1997;350:23-27)。しかし、現在、研究者らはゲニステインについての動物実験の結果がヒトに対してどのような意味を持つのかわからないとして、”我々は注意しなくてはならないと私は思う。人間は多くのエストロゲン又は内分泌かく乱物質に曝露しており、これらの曝露を可能な限り減らすことが重要である”とニューボールドは述べた。

産業界の反応

 スワンのフタル酸エステルについての研究が発表されると直ぐに、アメリカ化学協会のフタル酸エステル委員会は、”初期の分析ではスワンの研究は堅固な科学的精査に耐えない多くの弱点を持っている。著者らが自ら結果は確認される必要がると述べている”と断言する声明を発表した。

 一方、アメリカ・プラスチック協会のビスフェノールA世界産業グループのウェブサイトは、リスク分析ハーバード・センターによって召集され、アメリカ・プラスチック協会によって資金が提供されている研究者の委員会による2004年レビューを特集した。その中で、委員会は、”どのような評価項目においても低用量BPAの影響についての一貫し確固とした証拠は見出せない”としている。

 それにも関わらず、カリフォルニア州議会では、ウィルマ・チャン(民主党、オークランド)議員により、3歳以下の乳幼児用のおもちゃと保育用品におけるBPAとフタル酸エステルの使用を禁止する法案(AB 319)が提出された。この法案に関する聴聞会の開催は未定である。

 ”EPA(環境保護局)は、これらの化合物のそれぞれに対し、どのようなレベルなら許容できるかについて苦悩している”とニューボールドは述べた。”誰もが真剣になっているが、我々はもっと多くの研究が必要である”。


訳注:下記当研究会訳の記事を参照ください。
EHP2005年8月号 NIEHS News/米国内分泌学会でのワークショップ/内分泌かく乱化学物質の認識が高まる


化学物質問題市民研究会
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