Our Stolen Future (OSF)2006年10月27日
DEHP は脳を男性化する重要な酵素に
低用量で非単調な影響を及ぼす

Toxicology 227: 185-192 掲載論文を
Our Stolen Future (OSF) が解説したものです

情報源:Our Stolen Future, October 27, 2006
DEHP has low-level nonmonotonic impact on enzyme crucial to masculinizing brain
http://www.ourstolenfuture.org/NewScience/oncompounds/phthalates/2006/2006-1029andradeetal.html

オリジナル論文:A dose-response study following in utero and lactational exposure to
di-(2-ethylhexyl)-phthalate (DEHP):
Non-monotonic dose-response and low dose effects on rat brain aromatase activitys
by Andrade, AJM, SW Grande, CE Talsness, K Grote and I Chahoud. 2006.

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年10月31日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/osf/06_10_osf_DEHP_non_monotonic.html


 健康基準を設定する−すなわちどの程度低い暴露なら許容できるリスクしか及ぼさないかを設定する−ために数十年間行われてきたテストは、高用量テストが低用量影響を予言できるという前提にもとづいていた。一旦ある用量が十分低くて影響を起こさないことが分れば、もっと低い用量でテストする必要はないとされていた。テストにおいて影響が出なかった最低のレベルは人に対する暴露の安全基準を確立するための基礎として用いられている。

 従来の毒物学のこの基本的な前提は、"非単調”用量−反応曲線(NMDRC)を示す動物実験によって、疑念が持たれている。これらの反直感的なパターンでは低い用量の方が高い用量より大きな影響を引き起こす。重要な点は、高用量は低用量で何が起きるかを予言することができないということである。このことは高用量の実験に基づく安全基準は有効ではないということを意味する。

 この論文では、アンドレイドらはフタル酸エステル類での”非単調”用量−反応曲線(NMDRC)初めての事例のひとつを発表した(訳注1)。彼らはフタル酸ジ 2-エチルヘキシル (DEHP) はラットの脳の男性化に重要な酵素であるアロマターゼの活性を高用量では増加させるのに対し、低用量では抑制するということを示した。

状況

 この論文の重要性を完全に理解することはこれらの背景にある問題を理解するために役に立つ。
  • 豊富な動物実験が、精巣機能とアンドロゲンに依存する発達プロセスに関するDEHPの影響を報告している。これらの研究は一般的には通常人が遭遇する範囲より十分高い用量が用いられている。スワンら(2005)が母親のフタル酸エステルのレベルと男の赤ちゃんの性器の発達の異常との関係を見出した時(訳注2)、その影響は動物実験の結果と定性的に一貫していたが、それはもっと低い暴露レベルで起きているように見えた。
  • いくつかの細胞実験は、DEHPはまた、アンドロゲンをエストロゲンに変換する最終段階で必要なアロマターゼ P450 酵素、CYP19 の活性を阻害することを示している。
  • ラットの中央神経系が発達している時に、アロマターゼは脳のある部分でアンドロゲンをエストロゲンに変換する。エストロゲンは特定の脳の領域にある主要な神経構造の性的差異のために必要である。
  • 健康基準を設定するための毒物学的テストにおける標準的なアプローチは、限られた数、通常は3〜5の高用量を使用する。これらの実験は、影響が現れないレベル、すなわち”有害影響が観察されないレベル”、又は NOAEL(無毒性量) を特定する。一旦 NOAEL(無毒性量)が特定されると、生物種間や人における子どもと大人の間の感受性の相違のような問題を考慮するための一連の安全係数を用いて人の暴露の許容レベルが計算される。このアプローチは、用量−反応曲線が単調であることを前提にしている。”逆U字”、又は”J字”形の用量−反応曲線はホルモンの研究において日常的に現れており、ホルモン的活性汚染物質の研究における規則性が増大しているにもかかわらず、これらの非単調曲線は健康基準の設定において採用されていない。
何をしたか?

 アンドレードらは、二つの非常に異なる範囲の暴露レベル、0.015〜1.215 と 5〜405 mg/kg/day でDEHPの影響をテストした。最も低い用量は一般のドイツ人が日々に摂取する量の中央値に相当する量が選ばれた。最も高い用量は母親には明白な害を及ぼさないで男の子どもに有害な生殖系への影響を引き起こすことが知られている量に相当する量が選らばれた。したがって、使用された最低用量は最高用量よりも27,000 倍低かった。

 暴露は、妊娠6日目から授乳21日まで毎日、胃管(原注:ピーナッツ油に混ぜたDEHPを強制的に注入)によって妊娠したメスラットに与えられた。

 出生1日後(PND 1)及び22日目に同腹のオス及びメスの1又は2匹の仔が脳のアロマターゼ活性の分析のために選ばれた。彼らは、性的二型核として知られる脳の一部である視床下部/視交叉前領域(HPOA)に注目した。

何が分ったか?

 予想されるように彼らは仔ラットの脳におけるアロマターゼ活性についていくつかの基本的な事実を確認した。
  • HPOA におけるアロマターゼ活性はオス及びメスともに出生後遅い時期に比べて(PND 22)、出生直後((PND 1)の方が高い。
  • アロマターゼ活性は脳全体よりも視床下部/視交叉前領域(HPOA)における方が高い。
  • PND 1 のHPOA におけるアロマターゼ活性はオスの方がメスよりも高いが、PND 22 では差がない。
 彼らは異なる用量でのDEHPの影響を、オスとメス、及びPND 1 と PND 22 の比較で検証した。

 アンドレードらの論文から採用。ボックス中の水平ラインは中央値である。ボックスの限界は25%四分位、バーはは75%四分位である。* はコントロール(黒ボックス)から著しく異なることを示している。赤ボックスはアロマターゼ活性を抑制した用量に対応する。紫はアロマターゼ活性を増加。緑はコントロールから有意な差異はない。青ラインはコントロール・グループの中央値である。
 最も重要な発見は PND 1 のオス DEHP 高用量はアロマターゼ活性が増大したが、一方低用量では抑制されたことである。アロマターゼ活性に有意な減少を引き起こす最低用量は 0.135 mg/kg/day であった。二つの中間用量 1.215 mg/kg/day と 5 mg/kg/day においては暴露及び非暴露の動物の間に差異は観察されなかった。この用量−反応曲線は非単調パターンである。

  PND 1 のメスでは、DEHP は統計的に有意な影響は与えていない。

 PND 22 では、オスのアロマターゼ活性は 0.405 mg/kg/dayの暴露によって高められたが、これは低用量範囲における高目の用量のひとつである。他の用量は高い場合も低い場合も有意な影響を与えなかった。

 対照的に、PND 22 のメスののアロマターゼ活性は、最低レベルの0.015 mg/kg/day を含んでテストした全てのレベルで高められた。

何を意味するか?

 アンドレードらは、DEHPが子宮内で暴露した仔ラットのアロマターゼ活性を変更することを示した。この活性は脳の男性化にとって重要である。

 最も重要なことは、彼らが、標準的な毒物学手法でテストされるレベルよりはるかに低い環境的に関連するレベルで影響を示したことである。  PND 1 のオスで示されたパターンはまさに非単調である。彼らは、”この二相の反応はもし我々が高い用量範囲のみでテストしていたなら見逃していたであろう”という事実を強調している。”

 この発見は、ホルモン的活性化合物の毒物学的テストを設計において核心として用いられている前提は間違っているということを意味している。高用量テストは低用量影響を予言しない。アンドレードらによれば、”低用量及び高用量の暴露間の定性的に異なる影響は、生物学的変換(biotransformation )経路又はたんぱく質結合の飽和、細胞内共同因子の破壊、及びリガンド親和性及びシグナル伝達(Signal Transduction)の効率の相違などいくつかの理由によって起きる(参照:Welshons et al. (2003) )。”

 この核心となる前提が有効ではないので、DEHPのような内分泌かく乱物質の既存の健康基準は非常に弱いという強い可能性がある。それらの基準は可能性ある低用量影響の調査をせずに高用量テストを用いて設定されている。このことはビスフェノールAでは複数の評価項目の測定において非単調用量反応曲線を示すことが研究によりすでにはっきり示されている。


訳注1:
訳注2


化学物質問題市民研究会
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