Our Stolen Future (OSF)による解説
胎児期のフタル酸エステル類への暴露で
男児の肛門性器間距離が短縮


情報源:Our Stolen Future New Science
http://www.ourstolenfuture.org/NewScience/oncompounds/phthalates/2005/2005-0527swanetal.htm
Swan, SH, KM Main, F Liu, SL Stewart, RL Kruse, AM Calafat, CS Mao, JB Redmon, CL Ternand, S Sullivan, JL Teague, EZ Drobnis, BS Carter, D Kelly, TM Simmons, C Wang, L Lumbreras, S Villanueva, M Diaz-Romero, MB Lomeli, E Otero-Salazar, C Hobel, B Brock, C Kwong, A Muehlen, A Sparks, A Wolk, J Whitham, M Hatterman-Zogg, M Maifield and The Study for Future Families Research Group 2005.
Decrease in Anogenital Distance Among Male Infants with Prenatal Phthalate Exposure.
Environmental Health Perspectives Online 27 May 2005

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2005年6月17日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/osf/05_05_osf_phthalate.html



 プラスチックやパーソナル・ケア用品に広く使用されているフタル酸エステル類への母親の妊娠中の暴露と、男の赤ちゃんの性器発達の変異との間に非常に著しい関連性があることを研究者らが初めて示した。

 この論文では、スワンらは肛門性器間距離インデックス( AGI )と呼ばれている男性生殖系の非男性化を示す指標がフタル酸エステル類への暴露と非常に関連性があると報告している。

  • フタル酸エステル類への暴露量が多いと GAI 測定値が通常より小さくなる。
  • 複数のフタル酸エステルに同時に暴露した男の赤ちゃんはまた AGI がより小さくなる傾向がある。
  • AGI が小さい男の赤ちゃんはペニスの容量が小さく、睾丸下降が不完全な傾向がある。
 彼らの研究は、ある種のフタル酸エステル類がオスの生殖系の非オス化、停留睾丸の可能性の増大、及び大人になってからの精子の数の減少と睾丸腫瘍などを含むフタル酸エステル症候群と呼ばれる一群の影響を引き起こすことを示す動物実験による多くの研究に基づいている。

 スワンらはまた、顕著な AGI 縮小に関連するフタル酸エステル類のレベルは、アメリカ疾病管理予防センター( CDC )によるフタル酸エステル類の人体汚染のテストを受けたアメリカ人の約 4 分の 1 に見られるレベルであると報告している。

何を行ったのか?

 スワンらは、”将来の家族研究グループ(The Study for Future Families Research Group)”によってかつて実施された調査に参加したカリフォルニア州ロサンゼルス、ミネソタ州ミネアポリス、ミズーリ州コロンビアの母親らの協力を得た。彼女らは、もし妊娠の結果、正常に出産しており、赤ちゃんは2〜36ヶ月であり、診療所から50マイル(80キロメートル)以内に住んでおり、調査のために一度は来院できることが条件であった。346人の母親が調査に参加し、この母親のグループから176人の男の赤ちゃんが生まれていた。

 血液と尿のサンプルは、ほとんどの女性について以前の調査時のものを使うことができた。男の赤ちゃんが胎児の時の母親の尿サンプル85体が、アメリカ疾病管理予防センター(CDC)の科学者によって9種のフタル酸エステル代謝物に関し検査された。

 母親のフタル酸エステル類濃度について知らされていない小児科医が幼児及び小さな子どもの性器の標準検査を行う訓練を受けた。

 小児科医らは男の赤ちゃんたちの肛門性器間距離とペニスの大きさを測定し、睾丸が正常か又は下降が不完全か、陰嚢が周囲の組織と区別できるかどうか、そして陰嚢が小さいかどうかを調べた。

 176人の男の赤ちゃんのうち134人(78%)が小児科医の検査を受けた。双子の男の赤ちゃんは検査から除外した。赤ちゃん2人について、母親が性器検査の許可をしなかった。その他は赤ちゃんが大きくなりすぎているか、暴れて信頼性ある測定ができなかった。

 検査を受けた男の赤ちゃんたちは月齢と体の大きさが異なるので、て研究者たちは肛門性器間距離( AGD )を検査時の赤ちゃんの体重で除したものを肛門性器間距離インデックス( AGI )とし定義した。これにより、月齢と体重が異なっても検査対象の全ての赤ちゃんを比較することが可能となった。

 フタル酸エステル類データと形態的データの両方を収集して、出生前の母親から測定したフタル酸エステル類の濃度と男の赤ちゃんの各種性器データとの間の関連性を調べるために、スワンらは統計的分析を行った。
 彼らは、赤ちゃん毎の実際の AGI と、その月齢において期待されるデータとを、どのように比較するかを決定した。

 これにより赤ちゃんたちを3つのグループに分けた。
  • AGI が同月齢の期待 AGI の25%以下
  • AGI が中間
  • AGI が同月齢の期待 AGI の75%以上
 研究者たちはまた、AGD 及び AGI をペニス容量、睾丸位置、陰嚢状態(大きさ、周囲組織との区別)と比較した関連性、及びこれら3つのグループの中でそれぞれ正常な睾丸下降及び正常な陰嚢発達を持つ赤ちゃんの割合を検証した。
 彼らはまた、フタル酸エステルのレベルを分類し、それぞれのフタル酸エステル類代謝毎に赤ちゃんたちを3つのグループに分けた。
  • 低(25%以下)
  • 中(25〜75%)
  • 高(75%以上)
 異なるフタル酸エステルの濃度は関連している傾向があり、フタル酸エステル類の相互作用を検証するにはサンプルの数が小さすぎるので、、AGI に最も強く関連したフタル酸エステル( AGI 関連フタル酸エステルと呼ばれる)に対する合併フタル酸エステル暴露が検証された。AGI 関連フタル酸エステル類の合計は下記のように分類される。
  • 低(AGI 関連フタル酸エステルに対する暴露が少ない又はない)
  • 高(全て又はほとんど全ての AGI 関連フタル酸エステルに高い暴露)
何がわかったか?

 フタル酸エステル類の9代謝物が測定され、そのうち3つの代謝物が AGI と逆の関連性を示した。すなわち、代謝物の濃度が高くなるほど AGI は低くなる関連性を示した。4つの親物質(parent compound)の代謝物がこのパターンを示した。すなわちDBP、DEP、DIBPであり、BzBPの代謝物は有意性に近かった。
代謝物 p 親物質 親物質の用途例
MBP 0.031 DBP カーペットの裏地用PVC要素;ラッカー可塑剤、ネイル・ポリッシュ、固体ロケット推進剤、セルロース・エステル、ビニル・アセテート、香水オイル
MBzP 0.097 BzBP プラスチック可塑剤、PVC床剤用可塑剤、車などのコーティング
MEP 0.017 DEP プラスティック容器可塑剤、ブリスター包装、テープ、プラスチック成形日用品、自動車部品、おもちゃ、オイル、アイシャドー、香水、ネイルポリッシュなどの化粧品成分、殺虫剤スプレー、歯科材
MiBP 0.007 DIBP ニトロセルロース用可塑剤、セルロース・エーテル、ポリアクリレート及びポリアセテート、PVC
DBPの代替として塗料、印刷インキ、接着剤中で使用
 2つの親物質、DnOP と DMPの代謝物は AGI に関連しなかった。他の親物質DEHPの2つの代謝物は示唆的ではあったが、統計的には有意でなかった。

 これらの関連に基づき、スワンらは明らかな逆関連性を持つ” AGI 関連物質”としての4つの代謝物を特定した。各 AGI 関連フタル酸エステル類代謝物質について暴露カテゴリーが低 AGI (25%)のものについてオッズ比を計算した。例えば、出産前に高濃度のMBPが尿中に含まれていた母親は期待 AGI より短い AGI の赤ちゃんを持つ可能性が低濃度の母親に比べて10倍高く(オッズ比=10.2、95%信頼区間=2.5 - 42.4)、中濃度の母親に比べて4倍近く高い(オッズ比=3.8、95%信頼区間=1.2 - 12.3)。

 これらのフタル酸エステル類は抗アンドロゲン(訳注 androgen:男性ホルモン)として働くので、スワンらはフタル酸エステルの組み合わせの方がフタル酸エステル単体よりも強力に作用するかどうかテストすることを望んだ。これを行うために、彼らは複数のフタル酸エステル類に同時に暴露した場合の”即決スコア”を作成した。スコアが高くなるとフタル酸エステル類への合計暴露が多くなる。即決スコアは低 AGI (p = 0.001)の赤ちゃんの割合に直接関連していた。”即決スコアが高い(スコア=11-12)赤ちゃん10人のうち、1人を除いて全て AGI が小さかった。逆に言えば、スコアの低い(スコア=0 )又は 1)赤ちゃん11人のうち、僅かに1人だけが AGI が小さかった”。

 そして彼らは合計暴露が高い赤ちゃんの低 AGI のオッズ比を計算した。合計暴露が高い赤ちゃんは低い赤ちゃんに比べて低 AGI を持つ可能性が90倍高かった。これは極端に大きなオッズ比である。サンプルのサイズが比較的小さいので、このオッズ比を見積もるための95%信頼限界はきわめて広く、4.88 から 1659 である。4.88自身の下限界はリスクが非常に増大する(ほとんど5倍)ことを示している。

 下記のグラフは複合フタル酸エステルの影響を示している。


 平均スコアを表す曲線が示すように、赤ちゃんの月齢が増加すると赤ちゃんの AGI は減少する。( AGI は体重で補正された肛門性器間距離であることに注意)

 高いスコアの赤ちゃんは平均 AGI 以下であり、そのほとんどが25%以下である。低いスコアのほとんど全ての赤ちゃんは平均 AGI 以上である。このパターンは統計的に非常に顕著である。

 高暴露の赤ちゃんはまた、中程度暴露の赤ちゃんよりリスクがはるかに大きい(オッズ比32.1、95%信頼区間3.75 - 276)。

 低 AGI スコアは他の発達障害に関連していた。低 AGI の赤ちゃんの AGI は、月齢と体重に基づく期待値よりも平均して19%短かった。低 AGI の赤ちゃんは不完全な睾丸下降、小さく組織が区別できない陰嚢(p < 0.001)、及び、小さいペニス(p< 0.001)の可能性が増大していた。低 AGI の赤ちゃんの20%は不完全な睾丸下降であったが、長 AGI の赤ちゃんは5.9%であった。

 明らかな性器外形異常、障害、又は異常な測定値はどの赤ちゃんにもなかった。全体として、赤ちゃんの86.6%が正常な睾丸(正常下降)であった。

何を意味するのか?

 この調査はいくつかの理由のために特に注目に値する。

  • それは、胎児期のフタル酸エステル類への暴露が男性生殖系に対する有害影響と関連することを示す最初の人間の調査である。高暴露の赤ちゃんはより短い肛門性器間距離を持ち、このことは動物では男性ホルモン(androgen)であるテストステロン(訳注:testosterone 精巣から分泌される雄性ホルモン)の分泌を阻害する結果となる。男性ホルモン信号は男性生殖系の適切な発達にとって本質的である。低 AGI スコアの赤ちゃんはより小さなペニスを持ち、不完全な睾丸下降である可能性が高く、小さくて組織が区別できない陰嚢を持っている。
  • げっ歯類では、オスの発達段階における男性ホルモン信号の阻害は、性器だけでなく広い範囲の発達プロセスに影響を与える。脳の発達と行動における長期的変化はよく報告されている結果である。
  • 胎児期のフタル酸エステル類暴露と低 AGI との関連性は非常に大きく、統計的有意性は十分である。一般的に、ある種の暴露が有害な結果に関連するという確率が2倍増大するという調査があれば、それは注目に値する。この調査では、あるフタル酸エステルへの高暴露と低暴露を比較すると、有害な結果(短 AGI ( AGD を体重で標準化したもの))となる確率が90倍となることを示した。
  • これらの結果は動物実験の結果及び、よく知られたフタル酸エステル類の作用とよく一致するので、十分にあり得ることである。
  • げっ歯類では胎児のフタル酸エステル類への暴露が、科学者たちが”フタル酸エステル類症候群(phthalate syndrome)”と呼ぶ状態を引き起こす。それは、AGD の縮小、不完全な睾丸低下の発生頻度と”尿道下裂”と呼ばれるペニスの先天性異常の増大、成長後に睾丸がんになるリスクの増大、精子の質の低下、その他の影響を含む。
  • 人間について研究調査している科学者たちは”精巣発育不全症候群(testicular dysgenesis syndrome - TDS)”と呼ばれる男性の異常パターンを認識している。それは、尿道下裂、停留睾丸、精子の質の低下、及び睾丸がんを含む。精巣発育不全症候群(TDS)の原因として有力な仮説はフタル酸エステル類のような内分泌かく乱物質への暴露であった。
  • スワンらの結果は、これら2つの症候群の間の関連性を与えるものかもしれない。
  • この研究調査は一般の人々が典型的に遭遇するフタル酸エステル類の濃度で男の赤ちゃんに有害影響を与えることを示している。AGI の変化が、アメリカ疾病管理予防センター( CDC )の全国規模でのサンプルに基づくアメリカの女性の4分の1に見られるフタル酸エステル類の濃度より低いレベルにおいて観察された。
  • この研究調査の対象となった母親たちは一般大衆の女性の典型であり、職業上又はそれ以外でフタル酸エステル類への異常な暴露を経験していない。フタル酸エステル類への暴露はいたる所で起こるので、”コントロール”(暴露していない)女性群を見つけることは不可能に近い。この研究調査では、暴露上位4分の1の女性は暴露下位4分の1の女性に比べて、生殖系に微妙ではあるが測定可能な相違を持つ男の赤ちゃんを持つ可能性が高いことを示している。実際に、この研究調査の対象者のほとんどの AGI 関連フタル酸エステル類濃度は、アメリカ疾病管理予防センター( CDC )が実施した全国調査(NHANES)によって得られた濃度に比べて低かった。
  • この研究調査は、人間は、男性生殖システムに対するフタル酸エステル類誘引影響をラットのような実験動物よりも受けやすいかもしれないということを示唆している。この研究調査における暴露レベルは動物実験で使用される多くの暴露レベルよりも低かった。げっ歯類においては、胎児期のフタル酸エステル類への暴露は、低レベルでのテストストロン(訳注:精巣から分泌される雄性ホルモン)合成の阻害を含む、睾丸及び副睾丸の異常及びその他のオスの生殖系への影響を引き起こす。他の研究調査では、もっと高い濃度のフタル酸エステル類に暴露している男性は精子数が少なく、精子の運動性が弱く、異常精子が多いことを示している。フタル酸エステル類はまた、少女の早熟な乳房発達にも関連している。


化学物質問題市民研究会
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