C&EN 2005年11月14日
米国国家毒性計画のCERHR専門家委員会 フタル酸エステルのリスクを評価 情報源:Chemical & Engineering News November 14, 2005 Volume 83, Number 46 Panel Ranks Risks of Common Phthalate http://pubs.acs.org/cen/coverstory/83/8346specialtychem5.html 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) 掲載日:2006年1月30日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/c&en/05_11_14_cen_phthalate.html 2000年の報告書(訳注1)で初めて述べられたフタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)についての懸念は、その後の研究でさらに強まっている。 ベット・ハイルマン 訳注1:NIEHSプレスリリース 07/14/2000 米専門家委員会 新生児用医療器具へのプラスチック可塑剤 DEHPの使用に懸念を表明 フタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)は世界中で塩化ビニル(PVC)製品の添加剤として最も広く使用されている。それはまた、潤滑油、香水、ヘアースプレー、化粧品、建築資材、床材、塗料、おもちゃ、そして医療器具、等に用いられている。しかこの十年間、DEHPの安全性は疑惑を受けており、最近の健康影響の多くの分析・研究はこの成分の使用のされ方について重大な懸念を述べている。 その懸念とは、乳児、特に男の子の生殖系に与えるDEHPの潜在的な影響である。げっ歯類が子宮中で又は生まれて直ぐにDEHPに曝露すると、様々な発達系及び生殖系への影響が引き起こされることは広く知られていることである。過去2年間に発表された研究は、このフタル酸エステルがヒトにも同じような問題を引き起こすかもしれないという懸念を強くするものである。 これらの深刻な懸念のために欧州連合は、子どものおもちゃに含まれるDEHP及び他のフタル酸エステル類の多くを禁止した。1998年、アメリカ玩具製造者協会−現在の玩具産業協会はアメリカ消費者製品安全委員会と自主的な協定を結び、おしゃぶり、ガラガラ、及び歯がためにDEHPを使用しないこととした。しかしアメリカ政府はこの化学物質に関し、法的に規制しておらず、幼児用のおもちゃの中にまだ微量に存在していることが示されている。 国家毒性計画のヒト生殖リスク評価センター(CERHR)は2000年にDEHPに関する健康リスクに関する報告書(訳注1)を作成し、曝露の異なるタイプについて様々な懸念を表明した。2005年10月、CERHRによって組織された新たな専門家委員会は、2000年の報告書と同様な結論に達した。 例えば、同委員会はビニル製医療器具により医療を受けている重症の病気の男の乳児は、生殖系発達に有害影響を与えるかもしれないDEHPを体内に取り込む可能性があると結論付けた。 再評価は、2000年の評価後に発表された多くの調査−約150−によって促された。CERHRの委員会は3つの主要分野における有効な科学的証拠を評価した。ヒトの曝露、生殖毒性、発達毒性である。またデータのギャップと必要な研究を特定した。 結論は2000年のものと大きくは違わないが、もっと多くのデータによって裏付けられた。”結論の確実性は2000年に得られたのものよりはるかに高いが、結論そのものは大きくは変わっていない”−と同委員会のメンバーでブラウン大学毒物学者キム・ボーケルハイデは述べた。” 同委員会は規制機関ではなく、様々な曝露についての懸念やその欠如を表明できるだけである。それにも関わらず、その報告書は、”政策決定のために明らかに重要である”−とCERHRのディレクターであるミカエル D. シェブリーは述べた。実質的に今までの多くの報告書の最終版としてまとめられる総合報告書はカリフォルニア州の「プロポジション 65」に基づく決定に影響を与えるであろうと彼は述べた。「プロポジション 65」は、発がん性又は生殖毒性が知られている化学物質のリストを毎年、公表することを義務付けるものである(訳注2)。
同委員会は懸念のレベルとして5段階を設定した。無視できる懸念、最小の懸念、若干の懸念、懸念、深刻な懸念、である。DEHP曝露は1歳未満の乳児の生殖系発達に有害な影響を与え得るという懸念、及び1歳以上の男児の生殖系発達に有害な影響を与え得るという若干の懸念を述べている。 同委員会は、ビニル器具を用いた医療を受けている男の乳児はDEHPによる相当なリスクに曝されていると結論付けた。これらの乳児は1日に体重当り6,000μg/kgの用量を受けている。同委員会は、これは最新の新生児集中治療室の複合DEHPを含む医療器具の使用実績から得た現実の曝露を初めて定量化したものであると特に注記している。集中治療室で乳児が受けるDEHPの用量は、げっ歯類に有毒な用量に近い−と同委員会は述べている。 さらに、同委員会メンバーは大きな子どもに比べて、早産の乳児はDEHPに特に影響を受けやすいと言及している。彼らの代謝系は未熟かもしれず、消化器官はDEHPをより多く吸収するかもしれず、血液-精巣バリアが化学物質を透過させやすいかもしれない−と同委員会メンバーは述べた。
同委員会はまた、妊婦がDEHPを可塑剤とする医療器具で繰り返し治療を受けると、生まれてくる男の赤ちゃんに有害影響を与えるに十分な量の曝露を受けることになると示唆した。 DEHP可塑剤入りの医療器具によって及ぼされる危険を回避することはやさしい。DEHPを含まず機能は同等な価格的競争力のある医療器具はほとんどの用途に対し入手できる”−と公益団体である”サイエンス&エンバイロンメンタル・ヘルス・ネットワーク”の科学部長テッド・シェトラーは述べた。” ヒト生殖リスク評価センター(CERHR)の新たな報告書で、様々な人口集団のDEHP曝露レベル(主に食品とダストの吸引による)はデータが更新された。幼児の1日当りの体重当り平均曝露量25.8μg/kgは、欧州委員会で設定された1日当り37μg/kgという許容量より低い。しかし、曝露カーブの最高点の乳児らは欧州委員会の限界より高い。 同委員会への意見として、BASF(訳注:全世界に展開する巨大化学会社)のラルフ・パロッドは、DEHPはキツネザルのオスの生殖系を損なわないと報告している研究について言及した。パロッドは、霊長類であるキツネザルはげっ歯類よりもヒトへの有毒影響を予測するための動物モデルとしてよいと主張した。その研究では、キツネザルは生後3ヶ月から成熟する18ヶ月まで体重当り 2,500 mg/kgの用量のDEHPを与えられた。その研究はDEHPを与えられたキツネザルとコントロール・グループの間には、精巣又は前立腺の重量、又は生殖系のどのような他の側面に関しても相違はなかった−と彼は述べた。 しかし、CERHR委員会はキツネザルは二つの理由でヒトのための動物モデルとしてよくないと結論付けた。キツネザルの腸でのMEHP(DEHPの代謝物質)の吸収率は、ヒトやラットに比べて低い。また、新たな情報によれば、キツネザルはDEHPの毒性の主要な特徴であると信じられているホルモンかく乱に対し、ほとんどの他の生物種より影響を受けにくいかもしれないと示唆されている−とファイザー世界研究開発の毒物学者で委員会メンバーであるロバート E. チャピンは述べた。”キツネザルは、ヒトとは基本的に生物学的相違があるので、キツネザルのデータは使えない”−と彼は述べた。アカゲザル又はマカ−クザルでのDEHPの影響研究は、ヒトにもっと関連するであろうと彼は説明した。 げっ歯類の胎児では、DEHPの高用量は抗雄性ホルモンとして働き、 テストステロン(訳注:精巣から分泌される雄性ホルモン)の合成を妨げる。停留睾丸、ペニスの異常、肛門性器間距離(肛門とペニス基部との距離)の短縮をもたらす。肛門性器間距離は、性器の雄らしさの喪失を最も敏感に示す指標であると考えられている。げっ歯類に対するDEHPの影響を評価する時に、この指標を考慮することが重要であるとチャピン述べた。 2005年5月、ロチェスター大学医科歯科校の疫学者シャナ H. スワンと同僚らはエンバイロンメンタル・ヘルス・パースペクティブ(EHP)に85人の男の赤ちゃんのフタル酸エステル類への曝露に関する研究を発表した(訳注4)。フタル酸エステル類の曝露は妊娠中の母親の尿中の代謝物の測定によって評価された。スワンは、母親がより高いレベルの4つのフタル酸エステル類:フタル酸ジエチル、フタル酸ジブチル、こフタル酸ベンジル、及びフタル酸磯ブチルに曝露したこれらの赤ちゃんは、肛門性器間距離インデックス(肛門性器間距離を体重で調整したもの)がより小さく、また性器が小さくて部分的な睾丸停留を伴いやすいと報告した。この研究で測定されたDEHPの3つの代謝物と肛門性器間距離インデックスとの関連性は統計学的には有意ではなかった。しかし、代謝レベルの増加にともなう肛門性器間距離インデックスの変化を反映する回帰係数は3つの代謝物のうち2つが大きかった。 訳注4: 胎児期のフタル酸エステル類への暴露で男児の肛門性器間距離が短縮 (OSFによる解説) スワンはまた、85人の男児のそれぞれについてフタル酸エステル類の総曝露を検証した。”フタル酸エステ類のスコアが高い10人の男児のうち、1人を除いて全て肛門性器間距離インデックスは短かった”−と彼女はC&ENの記者に語った。逆に総曝露スコアが最も低い11人の男児のうち、肛門性器間距離インデックスが短かったのはただ1人であった−と彼女は説明している。
委員会のメンバーであるボーケルハイデは、スワンがフタル酸エステル類の混合物の影響を考慮することは、それらのあるものは同じ挙動モードを持つので、不合理ではないと述べた。全体的に見て、”我々は、特に発達中の男の胎児と乳児へのある種のフタル酸エステルの曝露を削減するよう努めるべきである”−と彼は述べた。 ”DEHPに対する“CERHR の評価は非常に控えめであるが一般的に公平である”−とアメリカ化学協会のフタル酸エステル類委員会のマネージャであるマリアン K. スタンレーは述べている。委員会の結論として動物に影響が観察されなかったレベルに基づき、一般的なヒトの集団の安全係数は概略100〜1,000である−と彼女は述べている。言い換えれば、げっ歯類では1日当りミリグラムで影響が出始めるが、一般的なヒトの集団でDEHP曝露の影響が出るのは1日当り体重のキログラム当りマイクログラムの範囲である。 DEHPの再評価に関する専門家委員会の最終的報告書は今月中にCERHR のウェブサイトに掲載されるであろう。連邦政府官報で告示されるパブリック・コメントの後、専門家委員会の最終的報告書とパブリック・コメントからなるDEHPに関する総合報告書が作成されるであろう。その総合報告書は様々な連邦政府の健康及び規制機関に配布されるであろう。 ヒト生殖リスク評価センター(CERHR)はDEHPを規制する権限はないが、総合報告書はこの高生産量化学物質の市場に影響を与えるに違いない。欧州可塑剤中間体協会によれば、年間30万トンのDEHPがヨーロッパで消費されており、DEHPは世界の可塑剤の半分を占めている。アメリカの生産量は企業秘密である。欧州化学品局(uropean Chemicals Bureau)はDEHPをカテゴリー2の生殖毒性物質と分類しており、この新たな報告はその分類等級を下げることにはなりそうにない。さらに、CERHRの総合報告書は食品医薬品局(FDA)に、医療器具におけるDEHPの使用を法的に規制させることになるかもしれない。FDAによる2002年の評価は、DEHPを可塑剤とするビニルは、ある適用では安全に使うことができるが、新生児には問題を及ぼすかもしれないという結論であった。 |