Our Stolen Future (OSF)2006年10月5日
ホルミシスは欠陥のある理論
ジョーン・ピータソン・マイヤーズ

情報源:Our Stolen Future New Science, October 5, 2006
Hormesis is a flawed theory
by John Peterson Myers / Environmental Health Sciences
http://www.ourstolenfuture.org/Commentary/JPM/2006-1005hormesisflawed.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年10月23日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/osf/06_10_osf_Hormesis.html


 マサチューセッツ大学の研究者、エドワード・キャラブレスはホルミシスの理論を唱道している(訳注1)。その理論は、高用量で有害影響を持つ化学物質は低用量では有益な影響を持つことができる−というものである。彼はさらにこのことは、低用量で有益なら厳格な浄化基準を遂行する必要はないのだから健康基準は緩和することができることを意味すると主張している。

 キャラブレスの言うことは半分正しい。低用量は、高用量での実験ではでは予測できない影響を持っている。しかし、これはキャラブレスが達した政策への影響とは全く反対の影響をもたらす。従来の高用量テスト手法では多くの低用量有害影響を見逃すからである。

 キャラブレスの浄化基準は緩和されるべきとする勧告は危険である。高用量での実験は低用量での結果を予測することができないという認識は基準の強化にこそ導くものであり、基準の緩和ではない。

 毒性が明確ではないものへの暴露はいかに問題となり得るか? 発達中に遺伝子発現が変更されると発達プログラムによってとられる経路が変わる。ホーらによる発達中のビスフェノールAへの暴露がいかに成ラットの前立腺がんを引き起こすかということに関する研究がよい例である(訳注2)。ホーらによれば低用量、のビスフェノールAは、細胞分割に関わるある遺伝子をキャラブレスが刺激(stimulatory)とみなす何かから阻害する。

 それはこのように考えるとよい。もしあなたがニューヨークからロンドンに向かう船を操縦するパイロットで、もし誰かがエンジンを爆破すればそれは”有毒”であることは自明であろう。しかしもし彼らがコンパスを操作して出発点でその進路を3度変更したなら、いずれあなたはヨーロッパのどこか、フランスの海岸にでもたどり着くであろう。発達の経路のわずかな変更は、暴露の時点では明白に有毒に見えなくても、甚大な有害影響をもたらし得る。


Reponse of estrogen responsive gene to estradiol,
from Welshons et al. 2003.
 ウェルションらは、いかに低用量での影響は高用量での実験からは予測することができないかを示す分子レベルでの詳細な分析を発表した。

 彼らの主要な観察はエストラジオールやビスフェノールAのようなエストロゲン様化合物は極めて低いレベルでの暴露で遺伝子発現を引き起こし得るということである。

 低用量での遺伝子発現の増加は、毒性(over toxicity)を引き起こすのに必要な暴露レベルより数百万倍低い暴露レベルで起きることがある。右のグラフはウェルションらの2003年の論文からのものであるが、高レベルのエストラジオールは酵母アッセイ中でエストロゲン様反応を阻害する。これらの高レベルでは明白な毒性である。そのレベルより100万倍以上低いレベルでは、エストラジオールはこのエストロゲン反応遺伝子の発現を引き起こす。その低いレベルは、エストラジオールの反応の通常の生理学的レベルである。用量が増加してそのレベルを越えるとエストロゲン受容体は完全に占有されて、この系の反応は約 1ppt のレベルから一定となる。エストラジオールが明白に有毒になる1ppmまでは追加的反応は見られない。

 ボンサールによれば、エストラジオールやビスフェノールAのようなエストロゲン受容体を通して作用するエストロゲン様化合物は、低用量では作用する遺伝子を高い毒物学的レベルの用量においては作用を止めることができる。それらの化合物はまた、他のホルモン受容体との反応を開始して、負のフィードバック・ループを伴い、低用量反応を止める。

 ”これらの事実は内分泌学の入門コースで学生達に教えられることである”とボンサールはコメントしている。”ホルモン擬態化学物質について非単調な用量−反応関係は、したがって少なくともいくつかの反応が予想される。”

 キャラブレスは、このようなパターンを見て、低用量刺激(low dose stimulation)と高用量毒性(high dose toxicity)をホルミシスと理解したのかもしれない。彼の解釈の問題は、100を越える研究が低用量暴露におけるBPAの有害影響を実証していることである。作用するとは考えられていない発達期にエストロゲン反応遺伝子を作用させると多くの組織に有害影響を及ぼし、例えば、動物実験で(胎内暴露した成獣に)前立腺がんを引き起こし(訳注2)、乳がんのリスクを増大させ(訳注3)、女性の脳構造を非女性化し、女性の行動を男性化し、インシュリン耐性を誘引する(訳注4)。

 キャラブレスは彼の主張の基礎をその著作の中の’ホルメティック’反応の広範な発生に置いている。’ホルメティック’反応は、曲線の勾配がある点で符号を変えるために数学風に命名された’非単調な用量−反応曲線’(NMDRCs)と呼ばれる用量−反応曲線の大きな集合の中の特別なケースである。したがって、J-形状、U-形状、又は逆 U-形状は全て非単調である。これらは勾配の符号が変わらない単調曲線(言い換えれば、その曲線又は直線が上向きならば、常に上向きであり続ける−もちろん水平でもあり得るが)と対照的である。

 一般的に、キャラブレスは非単調な用量−反応曲線(NMDRCs)が起きるメカニズムを無視している。そのことは低用量刺激(low dose stimulation)が有益であると主張することを容易にする。もし彼がそのメカニズムが遺伝子発現の低用量刺激を伴うということを容認するなら、彼は不適切な時期に遺伝子を作用させると有害な影響をもたらすということを認めなくてはならない。

 ひとつの顕著な例は、エストロゲン様薬剤ジエチルスチルベストロール((DES)に関するレサ・ニューボールドによる研究から導かれる。ニューボールドは、高用量のDESに胎内で暴露すると成人してから体重が減ることを示した。成人の広範な生殖器官の障害をもたらす低用量の範囲では成人に体重減少の影響は生じない。しかしはるかに低用量(1ppb)では異様な肥満を引き起こす。

 低用量刺激は有益であるとするキャラブレスの主張は、正常な発達プログラムの一部ではない刺激(stimulation )は問題ををもたらすらしいというもっと大きな生物学的ポイントを無視している。細胞増殖を刺激すれば、がんリスクが高まる。免疫系を刺激すれば、アレルギー過敏反応のリスクが高まる。このことは、過敏反応免疫系がぜん息、自己免疫疾患、湿疹などと関連する世界では特に関連性がある。

譲れない線(Bottom line):
 ホルメティック反応の広範な観察は健康基準を緩和することを正当化するという意見は単純であり間違っている。キャラブレスは、現在の規制は非単調な用量−反応系がいたるところにあることを認めるべきであるとする点では正しい。しかしこの観察に対する適切な対応は、遺伝子発現の低用量刺激の有害影響は今日の法定テスト手法では予測することができないのだから、基準を緩和することではなく、それを強化することである。




訳注1:
Our Stolen Future (OSF)による解説/公衆の健康政策決定のためのホルミシスは基本的に欠陥がある(当研究会訳)

訳注2:
Our Stolen Future (OSF)による解説/ラットでの実験:エストラジオール及びビスフェノールAへの発達期の暴露 成長後に遺伝子 PDE4D4 のメチル化を妨げ、前立腺がんにかかりやすくなる(当研究会訳)

訳注3:
Our Stolen Future (OSF)による解説/胎児期のビスフェノールA暴露はウィスター系ラットの乳腺に前腫瘍病変引き起こす(当研究会訳)

訳注4:
Our Stolen Future (OSF)による解説/ビスフェノールAのエストロゲン様効果が生体条件で膵臓 β 細胞機能をかく乱しインスリン耐性を誘引する(当研究会訳)



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