EHP2006年1月号 Correspondence
胎内フタル酸エステル類曝露の
マーカーとしての肛門性器間距離の有効性

マックユーエンらとスワンらの往復書簡

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 1, January 2006
Correspondence
Validity of Anogenital Distance as a Marker of in Utero Phthalate Exposure and Authors' Response
Letter: McEwen Jr. GN and Renner G
Response: Swan SH, Main K, Kruse R, Stewart S, Redmon B, Ternand C, and Sullivan S
http://ehp.niehs.nih.gov/docs/2005/8688/letter.html#lett

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年1月2日
マックユーエンらの手紙スワンらの返答

胎内フタル酸エステル類曝露のマーカーとしての肛門性器間距離の有効性
マックユーエンらの手紙の手紙

参照: Decrease in Anogenital Distance among Male Infants with Prenatal Phthalate Exposure
 EHP2005年8月号の記事でスワンら(2005) (訳注)は、男の幼児の肛門性器間距離(AGD)が母親の妊娠中のフタル酸エステル類曝露に関連していることを示すと主張している。母ラットの抗アンドロゲンへの曝露によりAGDがオスの新生仔ラットで短くなることが示されていた(Gray et al. 2001)。しかし、ヒトのAGDに関して、又は、胎内でのホルモン的曝露の追跡がたとえあったとしても、AGDに与える影響についてはほとんど知られていない。さらに、調査に存在する明確な限界は、著者らにより報告された関連の有効性を損なうものである。いくつかの主要な検討は下記の通りである。

訳注:Environmental Health Perspectives Volume 113, Number 8, August 2005 掲載論文
Decrease in Anogenital Distance among Male Infants with Prenatal Phthalate Exposure
 OSFによる解説を「胎児期のフタル酸エステル類への暴露で男児の肛門性器間距離が短縮」として当研究会が日本語訳。

 この調査で評価された全ての男の幼児は正常であるように見えた(Swan et al. 2005)。従ってテスト母集団には潜在的な有害影響の証拠はない。ヒトの幼児のAGDとその変動についてはほとんど知られていないので、報告された値が正常なのか異常なのかについて結論を引き出すことはできない。調査対象の中に見られるAGDの値の範囲は、正常な調査対象の中で起きると予測される一般的な生物学的変動を表してるように見える。

 ヒトの男の幼児におけるAGDに関する唯一の利用できる歴史的データ(Salazar-Martinez et al. 2004)は、男の幼児の異なるパラメーター(肛門から陰嚢の基部)を使用したが、それは母親のフタル酸エステル類曝露と類似の関連を示さなかった。

 スワンら(2005)は、ヒトの他の解剖学的パラメータ(身長など)の多くが遺伝子的要素を持っているのに、調査対象のAGDに影響を与えたかもしれない変数として両親の遺伝子によって発現される形質を考慮していなかった。

 調査対象は年令、身長、体重など広い範囲で変動した。この変動を補正するためにスワンら(2005)は、AGDを体重で割った”肛門性器間距離インデックス(AGI)”と彼らが命名したが新たなパラメーターを定義した。有効性の確認なしにはAGIの有意性は分からないし、変動がホルモン的曝露に関連すると仮定することもできない。スワンらは、AGIは男の幼児の正常な性器発達に比例すると示唆しているが、彼らはそれを支持する証拠を出していない。また、”男児の年令毎のAGI”のプロットは大きなバラツキが見られる(Figure 1; Swan et al. 2005)。サラザール−マルティネスら(2004)は男の幼児に体重ではなく、身長に最も関連があることを見出した。

 定義によれば、AGDはヒトの解剖学的構造の一次元パラメータを表している。同様な解剖学的パラメータ(例えば、解剖学的な手足の長さ)を類推して、AGDは体重ではなく、体長に比例していそうである。従って、スワンらの調査の中で使用された(体重に関連した)AGIには生物学的なもっともらしさはほとんどなく、恣意的であるように見える。

 スワンら(2005)は、母親の尿中のフタル酸エステル類濃度を尿の容量で標準化していない。このことは、個人の尿中フタル酸エステル類の高い濃度はフタル酸類エステルへの高曝露のためではなく、むしろ尿容量が小さいことに起因していた可能性があり、母親の曝露分類カテゴリーに疑問を投げかける。フタル酸エステル類のレベルは個人の唯一回のサンプルに基づいており、尿サンプル採取時の胎児の発達状態は報告されていない。

 多くの母親の要因(アルコール消費、薬物投与、職業、体重)が胎児の発達に影響を与える。たとえあったとしても、どの要因がヒトの幼児のAGDに影響を与えたのか、これらのデータがなければ、混乱要因を排除することはできない。

 スワンら(2005)が報告した母親の尿中のサンプルのフタル酸エステル類のレベルは極度に低く、対応する曝露は、選択されたフタル酸エステル類がげっ歯類で有害影響を及ぼすことが見出される曝露よりも数桁低い値である。例えば、一日に2リットルの尿を排出すると仮定すれば、報告されたフタル酸ブチルベンジルは約60μg/日、又は体重60kgの女性に対し1μg/kg/日が対応する。フタル酸ブチルベンジルはラットにおいて100mg/kg/日以上の用量(Nagao et al. 2000)、又はスワンら(2005)によって見られたレベルより100,000倍高いレベルでわずかなホルモン様影響を持つことが示されている。代謝物フタル酸モノエチルの場合には、対応する親成分フタル酸ジエチルはラットにおける有害生殖影響がないことが見出されているレベル(4,000 mg/kg/日, テストされた最高用量)より1,000,000倍低いオーダーである(化粧品と非食品に関する科学委員会 2002)。スワンら(2005)によって主張されるそのような低いレベルでのヒトへの曝露が有意な構造的相違を生成するということは、生物学的にも毒物学的にも全く驚くべきことである。

 まとめとして、ヒトに関する評価項目としてのAGDの適切性は全く不確かであり、スワンら(2005)によって報告された相関は生物学的なもっともらしさに欠けており、証明されていない。

 著者らは、化粧品、トイレタリー、及び香水産業の利益を代表する団体に雇われている。

Gerald N. McEwen Jr.
Cosmetic, Toiletry and Fragrance Association
Washington, DC
E-mail: mceweng@ctfa.org

Gerald Renner
Colipa
The European Cosmetic Toiletry and Perfumery Association
Brussels, Belgium


References

Gray LE, Ostby J, Furr J, Wolf CJ, Lambright C, Parks L, et al. 2001. Effects of environmental antiandrogens on reproductive development in experimental animals. Hum Reprod Update 7:248-264.

Nagao T, Ohta R, Marumo H, Shindo T, Yoshimura S, Ono H. 2000. Effect of butyl benzyl phthalate in Sprague-Dawley rats after gavage administration: a two-generation reproductive study. Reprod Toxicol 14: 513-532.

Salazar-Martinez E, Romano-Riquer P, Yanez-Marquez E, Longnecker MP, Hernandez-Avila M. 2004. Anogenital distance in human male and female newborns: a descriptive, cross-sectional study. Environ Health 3: 8-13.

Scientific Committee on Cosmetic Products and Non-food Products. 2002. Scientific Committee on Cosmetic Products and Non-food Products Intended for Consumers Concerning Diethyl Phthalate. SCCNFGP/0411/01, Final. Available: http://europa.eu.int/comm/health/ph_risk/committees/sccp/documents/out168_en.pdf [accessed 7 December 2005].

Swan SH, Main KM, Liu F, Stewart SL, Kruse RL, Calafat AM, et al. 2005. Decrease in anogenital distance among male infants with prenatal phthalate exposure. Environ Health Perspect 113:1056-1061; doi:10.1289/ehp.8100 [Online 27 May 2005].


肛門性器間距離とフタル酸エステル類曝露
スワンらの返答

 手紙の中でマックユーエンとレナーが提起したいくつか点を我々は議論したい。

 第一に、我々の調査(スワンら、2005)における全ての幼児は正常に見えたので、マックユーエンとレナーは有害影響の証拠がないと推論した。しかし、幼児期に影響の証拠がないということは、後の人生で深刻な有害影響がないということを意味しない。例えば、母親のジエチルスチルベストロール(DES)曝露の後、平均19年で若い女性に見出された膣がんは、それまでは完全に正常であるように見えた女性に発症した(Herbst et al. 1971)。この場合、DESの例とは異なり、我々は幼い男の子達の解剖学的変化のいくつかの証拠を持っている。肛門性器間距離(AGD)はヒトのアンドロゲン作用のための測定としてはほとんど用いられたことがないが、我々のデータはAGDの短縮は胎内でのアンドロゲン作用の減少を反映していることを示唆している。AGDは精巣下降及び性器容量の程度と関連し、小さなAGDの子どもは小さな陰嚢を持つ傾向がある。これらは全てアンドロゲン減少作用の兆候である。

 マックユーエンとレナーは我々の調査(スワンら、2005)の中で報告されたAGDの範囲は正常な調査対象を代表しているようだと述べている。これはこの測定を利用した最初の母集団ベースの調査なので、実際、この情報はまだ有効ではない。しかし、AGDは、女性のAGDが過剰なアンドロゲン曝露によって増大する先天性副腎皮質過形成のような医学的状態の診断に用いられていた(Callegari et al. 1987)。AGDはげっ歯類とともにヒトにおいても性的二型性であることが知られている(Salazar-Martinez et al. 2004)。

 マックユーエンとレナーは、以前の調査 [n = 42; (Salazar-Martinez et al. 2004)]がヒトの幼児のAGDの代替測定を用いられたことを指摘している。しかし、我々の記事の中で指摘したように(スワンら、2005)、この代替定義は我々が使用したものより精度が悪く、げっ歯類の毒物学的調査に最もしばしば用いられる肛門性器間距離の測定に対応しない。我々のAGD測定の使用は、従来の毒物学調査と我々の調査の間に一貫性があることを示す。

 我々の調査(スワンら、2005)で、マックユーエンとレナーがそうすべきであったと示唆したような両親の遺伝子によって発現される形質を検討できるデータ(例えば両親の身長、又は父親のAGD)を我々は持っていなかった。もしAGDが両親の身長によって(幼児の体のサイズを通じて)影響を受けたなら、この関連は体のサイズを調整することによって管理されるべきである。さらに、遺伝子の表現型変数が観察される関連を説明するために、それはまた、母親のフタル酸エステル類レベルに関連付けられるべきである。これはまた、興味深い発見となるであろう。

 マックユーエンとレナーは、体重で割ってAGDを標準化したAGIを使用することについて疑問を提起している。体のサイズのいくつかの測定を検討した結果、我々の記事(スワンら、2005)で議論されているように、AGI がデータ(フタル酸エステルとは無関係に)として最も適切であった。バンデルバーグとフゲット(1995)はげっ歯類でも同様にそのことが真実であることを見出した。年令により若干のバラツキがあるという事実は予測されたことである。全ての1歳の幼児が同じ長さを持つわけではない。

 マックユーエンとレナーは、我々が同意する”曝露分類の誤り”の潜在的な要因が存在しているのかもしれないこと指摘しており、我々もそう述べた(スワンら、2005)。しかし、それら測定誤差の要因がAGDに関連していないなら、それらの存在は我々が示した関連の強さに過小見積りをもたらしていたであろう。

 我々は、母親の喫煙やアルコール消費のような潜在的な多くの混乱要因を検証した。タバコもアルコールもその普及の程度は全く低かった(スワンら、2005)。影響を受けた結果ではっきりと感知できるものはなかった。もちろん、見せかけの”測定できない混乱要因”は常にどのような観察調査にも潜んでおり、除外することは決してできず、疫学調査の批評家の批判の対象としてお気に入りである。観察調査への代替のためのどのような建設的な提案も歓迎される。我々が知っている唯一の代替は妊婦に任意にフタル酸エステル類を曝露させる(又は曝露させない)というやり方であるが、これは倫理上許されない。

 げっ歯類調査は一時に唯一のフタル酸エステルをテストする。我々が実証したように(スワンら、2005)、女性らは、その多くが生殖毒性を持つことが知られている測定可能な多数のフタル酸エステル類に曝露していた。我々がこの複雑な混合物の毒性に関するデータを持つまでは、げっ歯類対ヒトにおけるこれらの化合物の相対的毒性について結論を引き出す情報がない。さらに、特定のフタル酸エステル類のげっ歯類調査における用量は高いにもかかわらず、最近の研究もっと低い用量での影響が実証された(Lehmann et al.)。残念ながら、フタル酸エステル類の環境レベルでの影響はまだ検証されていない。我々はそのようなレベルでのフタル酸エステル類との有意な関連を見出したので、我々は、環境レベルは、それは低いが、ヒトの身体的変化に関連していると結論付けることができる。

 我々の調査(スワンら、2005)は相対的に小さく、再現されなくてはならない。今後の調査が間違いなく、潜在的な曝露と結果の誤った分類の要因の多くを除去するであろう。それにもかかわらず、この種の初めての調査において、我々は大きな毒物学論文(ray et al. 2000)によって示唆された仮説をテストするために、胎児期のフタル酸エステル類曝露はこれらの化学物質の抗アンドロゲン作用を反映するヒトにおけるいくつかの測定に関連するということを詳しく述べた。これらの毒物学的調査において用いられたこれらに対する同様な結果の測定、それが我々が見出したものである。

 著者らは、競争的金銭利害関係はないことを宣言する。

Shanna H. Swan
University of Rochester
Rochester, New York
E-mail: shanna_swan@urmc.rochester.edu

Katharina Main
University of Copenhagen
Copenhagen, Denmark

Robin Kruse
Sara Stewart
University of Missouri-Columbia Columbia, Missouri

Bruce Redmon
Christine Ternand
University of Minnesota Medical School
Minneapolis, Minnesota

Shannon Sullivan
University of Iowa
Iowa City, Iowa


References

Callegari C, Everett S, Ross M, Brasel JA. 1987. Anogenital ratio: measure of fetal virilization in premature and fullterm newborn infants. J Pediatr 111: 240-243.

Gray LE Jr, Ostby J, Furr J, Price M, Veeramachaneni DNR, Parks L. 2000. Perinatal exposure to the phthalates DEHP, BBP, and DINP, but not DEP, DMP, or DOTP, alters sexual differentiation of the male rat. Toxicol Sci 58: 350-365.

Herbst AL, Ulfelder H, Poskanzer DC. 1971. Adenocarcinoma of the vagina: association of maternal stilbestrol therapy with tumor appearance in young women. N Engl J Med 284:878-881.

Lehmann KP, Phillips S, Sar M, Foster PM, Gaido KW. 2004. Dose-dependent alterations in gene expression and testosterone synthesis in the fetal testes of male rats exposed to di (n-butyl) phthalate. Toxicol Sci 81(1):60-68.

Salazar-Martinez E, Romano-Riquer P, Yanez-Marquez E, Longnecker MP, Hernandez-Avila M. 2004. Anogenital distance in human male and female newborns: a descriptive, cross-sectional study. Environ Health 3:8; doi: 10.1186/1476-069X-3-8 [Online 13 September 2004].

Swan SH, Main KM, Liu F, Stewart SL, Kruse RL, Calafat AM, et al. 2005. Decrease in anogenital distance among male infants with prenatal phthalate exposure. Environ Health Perspect 113:1056-1061; doi:10.1289/ehp.8100 [Online 27 May 2005].

Vandenbergh JG, Huggett CL. 1995. The anogenital distance index, a predictor of the intrauterine position effects on reproduction in female house mice. Lab Anim Sci 45:567-573.



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る