EHP 2006年10月号 NIEHS ニュース
米国国家毒性計画(NTP)
フタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)に関する
概要ドラフト


情報源:Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 10, October 2006
NIEHS News
NTP Draft Brief on DEHP
http://www.ehponline.org/docs/2006/114-10/niehsnews.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年10月1日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/06_10_ehp_NTP_Draft_Brief_DEHP.html


 プラスチック可塑剤フタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)の安全性についての疑問、特に輸血のような医療措置における暴露についての疑問は、数十年間、特に最近の数年間は内分泌かく乱についての高まる懸念もあり、渦巻いている。2005年10月、米国国家毒性計画(NTP)によって召集されたヒトの生殖へのリスクの評価のための独立専門家委員会(NTP-CERHR)は、ヒトの DEHP への暴露に関し、特にその潜在的な生殖毒性及び発達毒性について何が知られているのかを検証し、重要な研究ニーズを特定しようとした。

癒しの最中も害を与えているのか? 医療用チューブやその他の器具の使用による乳児の暴露を含めて、可塑剤 DEHP への暴露による潜在的な生殖影響についての懸念が NTP による入手可能な健康に関するデータの新たな検証を促進させた。image: Jacqueline Hunkele/iStockphoto
 専門家委員会の報告書、利害関係者やピアレビュー者からのコメント、及び専門家委員会会議の後に発表された新たな情報に基づき、NTPは2006年5月にDEHP暴露と有毒性について概要ドラフトを発表した。8月下旬にピアレビューが完了し、その概要は現在、まとめの最終作業が行われており、間もなく発表される NTP-CERHR 論文 『DEHPの潜在的なヒト生殖及び発達影響』 に追加される。

 この論文は、CERHR 専門家委員会報告書、専門家委員リスト、報告書に向けられた全てのパブリック・コメント、及び DEHP に関する NTP による概要からなる。この概要は専門家報告書が述べていることを概説するものであるが、それは単なるエグゼクティブ・サマリー以上のものであリ、それは様々なパブリック及びピアレビュー・コメント、及び同報告書が作成された後に受け取った追加的調査研究に関する NTP の見解を表すものである。

 2005年の専門家委員会の会議は、2000年に発表された評価(訳注1)を初めて再評価したことで特徴付けられる(訳注2)。DEHP が調査されるべきことの重要性が強調されるのに当初の発表があってから5年の経過が必要であった。

 ”DEHP を再び評価することは CERHR プロセスが健全であることを示している”−と NTP-CERHR の副委員長ポール・フォスターは述べている。”CERHR が過去に遡り、検討すべきことがたくさんあると述べたのはのは初めてのことであり、我々は我々の最初の結論が変わっているかどうかを見るために見直しを行い再評価すべきである。”

 フォスターによれば、この概要は、教育を受けた素人が DEHP の有毒性能力についての懸念を客観的な見方で捉えることができるような情報にするために、論文の複雑で詳細な科学的知識を抽出したものである。

可塑剤に関するハードな科学

 DEHP は硬いポリ塩化ビニルに柔軟性を与える唯一の化学物質である。DEHP で柔軟性を与えられたプラスチックは多数の製品中に見られるが、それらには建材、食品容器、及び医器具などもある。DEHP はプラスチック中で強固な化学的結合を形成しないので、ある量は外部に漏れ出ることがあり、その化合物は容器中の食品、屋内空気、家庭内のほこり、及び医療に関連する様々な物質や用品(バッグ中の血液やチュービング)中で検出されている。

 DEHP はオスのげっ歯類に生殖系及び発達系に問題を引き起こすが、ヒトに対する影響を示すデータは十分ではなく不確かである。しかし、低レベルでのヒトへの暴露は拡大しており、ある集団は特に高い暴露を受けていることが知られている。例えば、概要ドラフトによれば、特定の医療措置を受けている新生児及び乳児は、一般の集団が受ける暴露の100〜1,000倍高い暴露を受けるかも知れない。

 動物での研究では発達中の生殖系は有害な DEHP 関連影響に特に脆弱なので、専門家委員会は2005年の報告書に長期の医療を受ける重篤な状態にある男の新生児や乳児に対する”深刻な懸念”を付け加えた。NTP はその概要ドラフトに賛意を示しており、また、1歳以下の男の乳児、及び妊娠中にある医療措置を受けた女性の男の子どもに対する懸念にも同意した。胎内での又は出生1年以後の低レベル暴露は懸念は少なく、一般的なバックグラウンドでの暴露による有害影響の懸念は最小であると付け加えた。

公正さとバランス

 概要ドラフトは科学者ら及び利害関係者らの双方から一般的に公正であるとみなされている。”私には、それは専門家レビュー委員会における議論と審議に基づいた非常に公正なものに見える”−とフォスターは述べた。米国化学工業協会(ACC)フタル酸エステル類審議会は、概要も専門家委員会報告書もともに”公正であるが、非常に保守的である”と考えていると同審議会の会長マリアン・スタンレーは述べた。”我々は、1歳以上の子どもや妊娠中又は授乳中の女性など2、3のケースで懸念が2000年報告よりも低減したことは確かに喜ばしい。我々はそれは正当であると考える。”

 しかし、フタル酸エステル類審議会は新生児及び幼児の DEHP 暴露についての NTP の懸念レベルには同意していない。”DEHP 医療器具は50年以上使用されており、ヒトに有害であるとする確認された証拠はない。FDA が2002年7月の公衆衛生通知で述べたように、治療は DEHPへの暴露によるどのようなリスクにも勝るのだから、重篤な状態にある新生児に対し多くの懸念を抱く必要があるとは信じな い”とスタンレーは述べた。

 他の医療問題とともに DEHP を含有する医療器具を代替品に替えることを主張する(訳注3)健康と環境団体の連合である危害のない医療(HCWH)は NTP の立場に満足した。”委員会が深刻な懸念を表明し、我々はそれに同意するので、医学的な暴露についてつまらない議論をするつもりはない”−と HCWH を代表して科学と環境健康ネットワークの科学ディレクター、テッド・シェトラーは述べている。

 シェトラーは、妊娠中及び授乳中の女性の DEHP 暴露に対する懸念のレベルを定義することは避けている。”我々は、そのような女性のグループについてはまだ懸念がある(訳注:4)。”一般集団の中で妊娠中や授乳中の女性は DEHP だけでなく、共通の毒性メカニズムを通じて作用する他のフタル酸エステル類にも暴露しているということが強調されるべきであると我々は考えており、そのことは DEHP だけの暴露よりもっと多くの懸念をもたらすものである。委員会は複数のフタル酸エステル類への複合暴露に目を向けなかったが、この複合暴露が現実の世界である。”

懸案事項

 複合暴露の問題は、もちろん、CERHR だけでなくリスク評価の共同体が直面している大きな科学的ジレンマである。フォスターは、”私は、我々の弱点のひとつは、単一の化学物質に基づいてこれらの評価を行ったことであると考えている。主に米疾病管理予防センター(CDC)から、しかしまたヨーロッパの機関等から発表される多くの暴露情報から分ってきたことは、多くの集団は複数のフタル酸エステル類に暴露しているということである。我々はそのような複合暴露をどのように取り扱い、リスクの脈絡にどのように織り込むかについて適切な手法を実際には案出していない。” 彼は CERHR のシステムは、新たな適切な手法が適用可能になったなら、それを採用する必要があると付け加えた。

 他の注目に値する課題は動物での研究結果をヒトの健康に外挿することについてである。”我々は、げっ歯類で我々が得た影響をヒトに当てはめることが妥当かどうか吟味し理解することを試みつつ、もっと多くの研究を続けていこうとしていると私は考える。これは決定的な研究ではない”−とスタンレーは述べている。

 ヒトではない霊長目による研究は単純ではなく、この概要ドラフトに対する議論ある反応のひとつを表している。シェトラーによれば、ヒトではない霊長目、特に、2005年10月に発表された研究、『出生障害研究B:発達及び生殖毒性学(Birth Defects Research B: Developmental and Reproductive Toxicology)』によって提案されたように、マーモセット(訳注:熱帯アメリカ産キヌザル)はげっ歯類よりも DEHP に対して脆弱性が低いということについて意見の不一致がある。産業界がスポンサーとなっている研究は、ヒトの毒性を推定するためにはマーモセットはよい研究モデルとしているが、専門家委員会が結論を出したちょうどその時に発表されたこの2005年10月の研究は、その信頼性を問題にし、この議論は現在に至るまで満足のいく解決に至っていない。

 また、未解決の問題として DEHP の代謝とその毒性メカニズムの問題がある。概要ドラフトでレビューされた限定された疫学的データはまだ答えることのできない疑問を提起している。しかし、研究は全ての領域で続けられている。”科学はまだ前進し続けている。科学はまだ創造されている”とスタンレーは述べている。”新たな技術が利用可能となったなら、ある時点で科学は突然飛躍し、もっと多くのことを理解することができるようになる。”

ジュリア R. バーネット(Julia R. Barrett)


訳注1
NIEHS プレスリリース 2000年7月14日/米専門家委員会 新生児用医療器具へのプラスチック可塑剤 DEHPの使用に懸念を表明(当研究会訳)

訳注2
Chemical Engineering News Cover Story November 14, 2005 Volume 83, Number 46 pp. 32-36
Panel Ranks Risks of Common Phthalate / Additional research underscores concerns about DEHP that were first expressed in 2000 report

(C&EN 2005年11月14日/米国国家毒性計画のCERHR専門家委員会フタル酸エステルのリスクを評価)

訳注3
ヘルスケア・ウイズアウト・ハーム(HCWH) 2006年4月19日/大手医療用品会社 環境によい新たな非塩ビ製品をCleanMed 2006 で発表(当研究会訳)

訳注4
Our Stolen Future (OSF)による解説/胎児期のフタル酸エステル類への暴露で男児の肛門性器間距離が短縮(当研究会訳)
Our Stolen Future (OSF)による解説/肛門性器間距離が短い男児の母親達の予想される日々のフタル酸エステル類への曝露(当研究会訳)

訳注5
Our Stolen Future (OSF)による解説/DEHP(フタル酸ジ 2- エチルヘキシル)はマウスにアトピー性皮膚炎のような皮膚病変を高める(当研究会訳)



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