EHN 2011年1月19日
広く使用されているフタル酸エステル(DINP)の毒性は
禁止されているものと大して変わらない ラットの試験で判明


情報源:Environmental Health News, January 19, 2011
A widely-used phthalate not so different from banned cousins, rat study finds
http://www.environmentalhealthnews.org/ehs/newscience/less-potent-dinp-phthalate-not-so-different/
Synopsis by Emily Barrett and Wendy Hessler

オリジナル論文:
Boberg, J, S Christiansen, M Axelstad, TS Kledal, AM Vinggaard, M Dalgaard, C Nelleman and U Haas. 2010. Reproductive and behavioral effects of diisononyl phthalate (DINP) in perinatally exposed rats.
Reproductive Toxicity http://dx.doi.org/10.1016/j.reprotox.2010.11.001.

訳:安間 武(>化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2011年2月6日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehn/ehn_110119_phthalate_DINP.html


 動物実験により、もうひとつの広く使用されているフタル酸エステルは胎内及び出生後の早い時期に曝露すると、発達に影響を及ぼすということが初めて分かった。また、その化学物質が脳の発達にも影響を及ぼすことがあることも初めて示された。プラスチック製品中で可塑剤[訳注1]としての使用が増大しているDINP(フタル酸ジイソノニル)は、最近禁止されたもっと毒性の強い他のタイプのフタル酸エステル類[訳注2]のようにオスの生殖系に同様な変化を引き起こす。

 オスの仔には多くの生殖系の変化があったが、メスは行動テストを通じて脳発達の男性化を示した。この結果は、DINP はその抗アンドロゲン特性が深刻な健康影響をもたらすかもしれないので、他のフタル酸エステル類のように注意深く用いられるべきであることを示唆している。

何をしたのか?

 デンマークの研究者らは、ラットの実験で、胎児期及び出生後初期のDINP への曝露は、生殖系及び脳の発達、及び成獣になってからの行動にどのように影響を与えるかを検証した。

 メスラットは、DINPを体重1kgあたり90, 300, 600, 750 又は 900 mg (mg/kg/day)のいずれかを妊娠7日目から出産後17日まで、毎日注射投与された。オスの仔は、胎児の睾丸のサイズとテストステロン(男性ホルモン)の生成が測定された。出生後、科学者らは仔の生殖器を測定し、乳首(オスには通常ない)を数えた。成獣になってからは、研究者らは生殖系器官の全てを測定し、オスの精子の数と質を調べた。

 比較のために、人間で測定される典型的な曝露レベルは約0.01〜1.12 mg/kg/dayの範囲であると見積もられた。このテストで使用された容量は、DINPが弱いフタル酸エステル類であると考えられる事実を反映して、ヒトの曝露レベルよりはるかに高いレベルである。

 彼らはまた、オスとメスの仔の成獣前(こども)と成獣になってからの行動を、運動能力、記憶と学習、空間能力などを含む多くの方法で調査した。これらの特徴と能力の全てはオスとメスで異なっている。

 科学者らは、ラットの行動と生殖系の発達は、その母親がDINPを妊娠中及び授乳中にDINP曝露を受けていたかどうかにより異なるかどうかを分析した。

何が分かったか?

 DINP曝露を受けた母親から生まれたラットは、生殖系と脳に多くの変化を示した。DINPのレベルが高くなると劇的に大きな変化が生じるが、曝露レベルが低くてもある場合には著しい影響が生じた。一般的に、影響は 600 mg/kg/dayあたりから生じる。

 胎児期に曝露したオスラットは睾丸及び精子の発達が不規則であった。睾丸テストステロン(男性ホルモンの一種)もDINP曝露を受けるとわずかに減少した。

 出生時、DINP曝露のオスの仔は、生殖器のサイズと形状、特に肛門生殖器間距離(AGD)に相違を示した。AGDは発達の変化を測定するために使用され、通常はメスよりオスの方が距離が長い。オスの中では、DINP曝露が大きければ大きいほど、AGDは短くなる傾向がある。DINP曝露が大きかったオスの仔の多くは、曝露を受けなかったオスの仔とは異なり、出生後も乳首を持っていた。

 成獣になると、DINP曝露に関連して、さらなる変化があった。曝露したオスは、適切に泳ぐことの出来る精子が少なかったが、全体の精子数は多かった。行動に関しては、運動能力には相違はなかった。しかし、DINPに曝露したメスの仔は空間記憶テストにおいて、曝露しなかったオスと同じであり、曝露しなかったメスよりはるかに成績がよかった。

何を意味するか?

 DINP 曝露により生ずる生殖系及び行動の変化は、毒性の小さいフタル酸エステルが、オス及びメスの両方に胎児の発達に影響を及ぼし、一生の健康影響を生じることが出来ることを示している。

 これらの結果は、化学物質のグループは同じように作用し、消費者製品中ではよく注意して使われるべきとする証拠を提供している。

 この研究は、胎児のDINP曝露に関連する脳と行動における変化に目を向けた最初のものである。曝露したオスは曝露しなかったオスとの間に相違はなかったが、曝露したメスは、モリスの水迷路[訳注3]における空間記憶に関して能力が高まることを示した。事実、曝露したメスの空間能力はオスと同等であり、胎内でのDINP曝露は、そのメカニズムは十分には解明されていないが、メスの脳にオス化効果を及ぼしているのかもしれない。この結果はじれったい(tantalizing)が、DINPのようなフタル酸エステル類がメスの脳の発達に及ぼすかもしれない影響を理解するために更なる研究が必要であることを示している。

 オスに関しては、胎内でDINPに曝露したラットにおける胎児の睾丸の変化、短いAGD、乳首の存在は全て、これらの化学物質が正常なアンドロゲン(男性ホルモン)作用を阻害する能力を持つことを示す証拠である。げっ歯類における今までの研究は、DINP曝露のレベルはいささか高いにも関わらず、生殖系に同様な影響を及ぼすことを示していた。

 ひとつの驚くべき発見は、DINPが精子に及ぼす影響である。高レベルでは、DINP曝露は精子の質を劣化させるように見えたが、全体の精子数は増加した。このことは、DINP が精子生成だけでなく、成熟プロセスにも影響を与えることを示唆している。これらの変化が繁殖能力に影響を与えるのかどうかは不明である。

 現在までのところ、ヒトにおけるDINP曝露に関するこれらの疑問について目を向けた研究はない。

  600 mg/kg/day 以上からの発達影響を示したことに関し、DINPは、10 mg/kg/dayという低いレベルで問題を起こすことが出来るほとんどの強力なアンドロゲンよりはるかに弱いということを示している。しかし、ヨーロッパでは、DINP(及びDIDP)の使用に関しては現在、DEHPの使用より3倍高く、DINPへのヒト曝露は、ますます増加している。

更新 2011年2月1日:ある研究が、ドイツの学生のDINPの代謝レベルは1988年から2003年までの間に2倍になっていることを発見したが、最も高いレベルでも欧州食品安全機関が定義した制限値よりも十分に低かった(Wittasek et al, 2007)。

 この新たな研究が示したように、たとえ効力が弱いフタル酸エステルであっても、曝露レベルが十分に高くなれば問題を引き起こすことが出来る。この新たな研究の結果は、DINPの安全性と人間の集団におけるヒト曝露のレベルに関する研究が必要であることを示唆している。規制当局は、生殖系をかく乱する能力のために、DINPを将来、もっと強いフタル酸エステル類に分類することを検討したいと望むかもしれない。


訳注1:可塑剤
  • ウィキペディア:可塑剤
    可塑剤(かそざい)は、熱可塑性合成樹脂に加えて柔軟性や対候性改良する添加薬品類の総称である。可塑とは「柔らかく形を変えやすい」という意味の語である。
    DINP(Diisononyl phthalate) フタル酸ジイソノニル

訳注2:フタル酸エステル類禁止関連情報
訳注3:フェノタイプアナライジング社−モリスの水迷路について
  • 1981年にモリス等は空間認識の記憶学習を測定する方法として、 ラットを対象とした技術を考案している。 当初は大型の円形プールに透明な水を満たし、避難場所として水面下に隠れた台を置いたものであった。 試行回数を重ねるとラットは避難場所を憶えるという単純な方法論によって、 このモリスの水迷路は標準的測定法になっていった。
    http://obox.jp/nou/morris/index.html


化学物質問題市民研究会
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