科学と環境健康ネットワーク(SEHN)2006年2月28日
医療用品中のフタル酸エステルの懸念
代替品の使用に値する

テッド・シェトラー(SEHN)
情報源:Science and Environmental Health Network, February 28, 2006
Phthalate Safety Concerns Merit Substitute Products
By Ted Schettler, M.D., MPH, Science Director of SEHN
http://www.sehn.org/Phthalate_Safety.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年4月4日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/sehn/060228_sehn_medical_pvc.html


 フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)の有害性の証拠が増加しており、当然の疑問が生じる。”我々はいつ、不必要なそして潜在的に有害な暴露から人々を守るための措置について十分知るのか?” PVCの可塑剤であるDEHPへの暴露について大人に比べて発達中の組織ははるかに感受性が高いということが明らかになって以来、DEHPの安全性についての懸念が高まっている。数百の動物テストが発達中のオスの生殖系の特別な脆弱性を確認しており、テストステロン(訳注:男性ホルモンの一種)合成の損傷を含んで、毒性のメカニズムを定義し始めている。先天的欠損症、病理学的な睾丸の変化、精子の減少、ホルモン・レベルの変更が発達組織のDEHPへの暴露によって引き起こされる。発達中の組織の最低有害影響レベルは、成体の生殖系への影響を引き起こすのに必要な用量よりも桁違いに低い。

 ヒトでの研究では、一般集団がいたるところでEHPに暴露していることを報告しており、ある研究では最も高いレベルで暴露している人々の中には参照用量を超えていると結論付けている。新生児集中治療室における新生児の研究は、医療器具に含まれるDEHPへの高いレベルでの暴露を示している。動物テストによれば、これらの暴露は感受性が最も高い”発達中ウィンドウ”の期間に起こる。新たに定義されたDEHPの代謝物の測定は、哺乳類のトキシコキネティクス(訳注:毒性試験における全身的暴露の評価))に関する我々の理解を進め、従来のDEHP暴露の推定は低すぎるということを示唆している。

 国家毒性計画(NTP)の二つの専門家審議会、アメリカ食品医薬品局(FDA)、カナダ保健省専門家審議会、及び欧州連合は全て、DEHPの動物影響はヒトの健康影響を予測させるものであるとし重大な懸念を提起している。これらの政府の審議会は、DEHPを含むPVC医療器具がDEHP暴露の重要な臨床的ソースであり、集中治療を受ける新生児は最も危険にさらされていると述べている。

 2002年に、FDAは、の緊急医療を要する新生児を含んで、脆弱な患者グループを治療する場合には、入手可能なDEHPを含まない(DEHPフリー)医療器具を使用するよう医療業者に警告する公衆衛生通達を出した http://www.fda.gov/cdrh/safety/dehp.html。2005年10月、第ニのNTP専門家審議会は最近数年間の研究結果を検証し、DEHP含有の医療器具を使用した集中医療を受けている新生児についての”深刻な懸念”を再度、表明した。

 PVC医療器具を用いた医療を受けている新生児に関する最近の研究は、尿中のDEHP代謝物のレベルは実験動物で有害影響の出るレベルに近いことを報告している。これらの研究のひとつは良いニュースを伝えている。二つのハーバード大学関連のボストン新生児集中治療室の新生児を比較して、ある適用でDEHPフリーの医療器具に切り替えた治療室で治療を受けた赤ちゃんのDEHPレベルは著しく低いことを見出した。その病院は、高い品質の治療を維持しながら不必要なDEHPへの暴露から脆弱な患者を保護するという注意深い措置をとったとわけである。

 PVC/DEHP 製品の擁護者らは、DEHP暴露による損傷を受けないと報告されているキヌザル(marmoset)での研究を引用している。キヌザルはオスのホルモン制御系がヒトとは著しく異なる霊長類である。例えば、テストステロンのレベルはキヌザルでは通常高く、ヒトとは異なりテストステロンのレベルの変化に比較的感受性が低い。このことは、テストステロン合成を阻害する化学物質を評価するときには些細なことではない。それはキヌザルは、ヒトでのDEHP毒性を研究するためのモデルとしては相応しくないことを意味する。さらに、ヒトではない霊長類における胎児又は新生児のDEHP暴露の影響は検証されたことがない。

 最近のNTP専門家審議会もまた、アメリカ化学工業協会フタル酸エステル審議会によって提出された比較的新しいが公表はされなかった産業界スポンサーのキヌザル研究を検証した。NTP審議会は、この研究の著者らが暴露の著しい影響を明らかに示したいくつかの動物をデータ分析から除外した不思議な理論的根拠を納得しなかった。したがって、その研究を検証し関連動物モデルとしてキヌザルを用いたことの適切性に関するコメントすることをフタル酸エステル審議会から委託された一人の生殖生物学者もまた、なぜこれらのデータが分析から除外されたのか説明することができなかった。彼はさらにこの研究のお粗末な設計と実施に関してコメントした (http://cerhr.niehs.nih.gov/chemicals/dehp/pubcomm/ACC20Attach20120Schlatt202-06.pdf)。

 PVC/DEHP 製品の擁護者らはまた、DEHPがヒトに有害影響を与えることの証拠が不足していることを攻撃材料としている。ヒトの研究では、男の胎児と新生児の正確なDEHP暴露の評価が必要であり、初期の暴露と後の生殖機能との潜在的な関連を見つけるために、これらの子どもたちが生殖年齢に達するまで長期間追跡しなくてはならない。そのような研究の見込みは少なく、その結果は数十年間入手できないであろう。

 DEHPフリーの代替品は、ほとんど全ての医療介護の用途ですでに入手可能である。PVC器具中のDEHPを他の可塑剤に代替することは、もちろん、その代替品の安全性についての疑問を提起する。確実を期するために、他の可塑剤もまた、厳格な精査を受けFDFAの承認が必要である。しかし、それらの中でもポリプロピレンやポリエチレンのようないくつかの代替ポリマーはどのような種類の可塑剤添加物をも必要とせず、可塑剤の溶出という問題はない。PVCフリーの医療器具、製造者、及び代替物質のリストは http://www.noharm.org/us/pvcDehp/reducingPVC で入手可能である。

 いくつかの大手医療介護機関はPVC医療器具の使用を中止し、より安全な代替品を求めることでFDAの通達に対応している。それらには、アメリカで最大の非営利医療介護団体であるカイザー・パーマネント、カソリック・ヘルスケア・ウェスト、ミラー子ども病院、スタンフォード大学ルーシル・パッカードNICU、その他多くの病院が含まれる。

 現場の医師らの経験で、DEHPフリーの代替品はコストは似たようなものであるが安全で効果的である。カリフォルニア州北部にある550床の病院ミューア医療センターの新生児臨床介護専門家バレリー・ブリスコーは、彼女の病院の新生児集中治療室(NICU)をFDAの公衆健康通達の発行後6ヶ月で、より安全な非DEHP医療器具に切り替えることができた。

”我々は、病院に大きなコスト負担をかけることなく、適切な医療を行うことができる代替品を見つけた。これは私にとって比較的易しいことであった”−とブリスコーは述べた。”私は99%の医療器具に代替品があると言うことができる。代替品を見つけることに非常に成功した。”

 アメリカ西部で最大のカソリック医療介護機関であるカソリック・ヘルスケア・ウェスト(CHW)は昨年11月にPVCフリー/DEHPフリーの静脈注射用バッグ、溶液、及びチューブについて B. ブラウン・メディカル会社と5年間、7,000万ドル(約80億円)で契約した。

 ”我々は、1997年以来、積極的に納入業者にPVC/DEHPフリー用品の納入を働きかけている。B. ブラウン社は、我々の40の病院全てにPVCフリー/DEHPフリー用品を納入する最初の業者になるために一大変革を成し遂げた”−とこの契約に関する記者発表でCHWの代表ロイド H. ディーンは述べた。CHWはかつては全国で最大の医療器具製造会社バクスター・インターナショナル社と契約を結んでいたが、同社は完全なPVCフリー製造ラインを開発するという1999年の株主に対する約束をまだ完全には果たしていない。

 これらの開発の約束にもかかわらず、全国の多くの病院はDEHPの懸念を知らないでPVC医療器具を使い続けており、脆弱な患者を高レベルのDEHPに不必要に暴露させている。懸念の証拠があり、安全な代替品が入手可能であったにもかかわらず、FADはDEHPを含む製品のラベル表示を要求せず、また製造業者に対するより安全な製品製造に向けての指導をしなかったことが妨げとなっている。

 様々な消費者製品中での広範なフタル酸エステル類の使用と一般環境汚染のために、一般国民の間に暴露が広がっている。残念なことに、政策決定に当たり、全ての暴露源による総合暴露を見ている規制当局はない。フタル酸エステル含有製品は、産業化学物質を規制している環境保護庁(EPA)、消費者製品安全委員会(CPSC)、及び、食品医薬品局(FDA)の規制権限の下にある。食品汚染、医薬品成分、医療器具、及び化粧品−、それぞれがフタル酸エステル類を含むかもしれない−に責任のあるFDAの中で、全体像を大きく見ようとする試みは実質的にない。一般的に、一時に目を向けるのはひつの暴露源あるいはひとつの製品である。FDAの医療器具部門がDEHPへの暴露の安全性を検討するときには、医療器具だけを検討し、年間に環境に放出される700万トンのフタル酸エステル類への全国民の暴露の現実を見ていない。

 しかし、この小分割された規制システムの中にあっても、DEHP含有医療用品を代替すべき正当性は十分にある。その正当性にもかかわらず、FDAは、”公衆健康通達:DEHP可塑剤を含むPVC器具”をほとんど宣伝せずにそのウェブサイトに提示した。FDAは、DEHP含有医療用品のラベル表示、及び、医療器具製造者らのより安全な材料の新しい世代に向けての動きを要求するガイダンスをいまだに発行していない。その結果、たとえ医療介護業者らがDEHPを取り巻く懸念について知っていても、彼らは使用している製品の中から潜在的に問題のある器具を特定することができない。購入決定には製品の成分の完全な開示が必要である。

 我々は行動を起こすべきことを十分に知っている。最早、病院には、代替品が存在するPVC/DEHP 製品を、特に脆弱な患者たちに対し、使い続けるどのような正当性もない。医療器具製造者らは、それを求める病院が増大しているPVCフリー/DEHPフリー器具を供給すべきである。そして、FDAは公共の信頼に対する責任を満たすために、DEHP含有医療用品のラベル表示を求め、また、適切な代替品が存在する場合には医療器具市場がより安全な代替品に向けて動くように、その権限を行使すべきである。


訳注:フタル酸エステル類関連資料(日本)

ファクトシート/37.フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)厚生労働省2005年

食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)の一部改正(器具及び容器包装並びにおもちや)」に対して寄せられた御意見等について/平成14年5月厚生労働省医薬局食品保健部基準課

器具及び容器包装並びにおもちゃの規格基準の改正に関する薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会報告について/薬食審第0611001号平成14年6月11日

「フタル酸エステル問題についての厚生労働省通達」医薬安発第1017002号,2002年10月17日

可塑剤とは/可塑剤工業会

2000年7月31日CSN #146:NTPによるフタル酸エステル類評価報告書

2000年9月25日CSN #154:フタル酸エステル類に関する最新の研究状況

2000年11月27日CSN #163:NTPによるフタル酸エステル類の最終報告書

2002年4月1日CSN #231:フタル酸エステル類の使用規制−欧州委員会(EC)−



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