丘珠空港の未来像
コミュータービジネス研究所
1.はじめに
現在まで夏季にだけ乗り入れているフジ・ドリーム・エアラインズ(FDA)が、冬季も運航するには現在の1,500m滑走路では不可能なので、1,800m滑走路への延長の話が持ち上がっていると聞いたが、当所としてはFDAの本音として冬季運航はやりたくないので、難題を持ち出している可能性があることを指摘した。その後札幌市のホームページも見たらと言う助言をいただいたので、再度調査、検討することにした。
その結果、この混乱は札幌市の希望的観測、あるいは誤解から始まったように見るのである。どこでFDAと札幌市の間でボタンのかけ違いが生じたのかそれを記述するが、これはあくまでも当所が知り得た情報から推測するもので、もし当所の知らない重要な事情があれば、この報告の内容が変わってくることをあらかじめお断りしておきたい。
2.札幌市が期待している札幌空港の将来像
札幌市は、札幌空港(正式名称は札幌飛行場、通称丘珠空港)の利用促進のために本年6月に「丘珠空港の将来像(案)」を発表した。 それには、「一年を通して道内外との路線を展開することにより、市民・道民の安全・安心な暮らしに寄与するとともに、多様な交流を支える広域交通拠点となる空港」を目指しており、その実現のために概ね10年後を目途に将来像の実現に資する機能を有する空港」となるように、取り組みとして滑走路長の300m程度の延長を国に要望してゆく」こととしている。 加えて空港運用時間の拡大、路線の拡充も目指しているが、問題になりそうな新千歳空港との棲み分けについては、「新千歳空港との連携」としてリージョナル・ジェットを丘珠で受け入れることで、新千歳空港発着枠の有効活用に貢献できるとしている。 しかし、なぜリージョナル・ジェット空港なのか。 法律上は、空港とは航空法第2条4項に「空港法第2条に規定する空港という」となっており、空港法第2条では「[空港]とは公共の用に供する飛行場をいう」ので、そこにはリージョナル・ジェット空港もプロペラ機空港もない。 実は、札幌飛行場は空港法にいう「空港」ではなく、空港法の附則第2条により「共用空港」として共用空港として指定されている。 従って、もし滑走路を1,800mに延長したら、それで運用できる飛行機はなんでも使用できるのである。 空港によっては実態的にブロペラ機しか飛ばない空港もあるが、それは法律によるものでなく、空港周辺住民との協定によるものである。 故に札幌空港の滑走路が1,800mになれば、物理的にはBoeing 737級の旅客機も乗り入れ可能である。 もし札幌空港をリージョナル・ジェットまでしか使用できない空港とする制限を付けたければ、家主である陸上自衛隊にそのような措置をとってもらう必要がある。 札幌市は、札幌空港での立場は、単なる間借り人であることを理解していないのではないか。
また札幌市の希望的観測あるいは誤解というのは、FDAが札幌空港を魅力ある市場と見ているということではないかと推察する。 そこにはなぜFDAが夏季にだけ札幌空港に乗り入れているのかということを、理解していないように思える。 札幌市が「札幌空港をリージョナル・ジェット空港に」と唱えるのは、Boeing 737のようなより大型のジェット旅客機導入というより、陸上自衛隊や周辺住民への説明がやりやすい、そしてFDAの就航実績があるというだけの姑息な理由と憶測するのである。 このような事情を理解すれば、札幌市の描く「丘珠空港の将来像(案)」が砂上の楼閣であることに誰もが気づくはずである。 そこに、FDAと札幌市の認識のすれ違いがあると見ており、そしてそれがこの問題の発起点であると考えるのである。
3.FDAが札幌空港では季節運航しかしない理由
FDAが札幌空港では季節運航しかしない理由として、当所は「できないこと」と「したくないこと」の二つの理由があると推測する。 「できないこと」は機材量の不足である。 FDAのホームページには、2022年4月27日から10月29日までの夏ダイヤと10月30日から2023年3月25日までの冬ダイヤに分けて時刻表が掲載されている。 それを第2表で紹介する。
FDA 2022年度の運航計画
区間 |
夏ダイヤの運航便数/日 |
冬ダイヤの運航便数/日 |
備考 |
|
1 |
新千歳?山形 |
1 |
1 |
|
2 |
新千歳?松本 |
1 |
1 |
|
3 |
丘珠?松本 |
1 |
0 |
|
4 |
仙台?出雲 |
1 |
1 |
|
5 |
静岡?新千歳 |
1 |
1 |
|
6 |
静岡?丘珠 |
1 |
0 |
|
7 |
静岡?出雲 |
1 |
1 |
|
8 |
静岡?福岡 |
4 |
4 |
|
9 |
静岡?熊本 |
1 |
1 |
|
10 |
静岡?鹿児島 |
1 |
1 |
|
11 |
小牧?青森 |
3 |
3 |
8/1?8/22は1便増便 |
12 |
小牧?花巻 |
4 |
3 |
|
13 |
小牧?山形 |
3 |
2 |
8/1?8/22は1便増便 |
14 |
小牧?新潟 |
2 |
2 |
|
15 |
小牧?出雲 |
2 |
2 |
|
16 |
小牧?高知 |
3 |
3 |
|
17 |
小牧?福岡 |
5 |
5 |
|
18 |
小牧?熊本 |
3 |
3 |
|
19 |
神戸?青森 |
1 |
1 |
8/1?8/22は1便増便 |
20 |
神戸?花巻 |
1 |
1 |
|
21 |
神戸?新潟 |
1 |
1 |
|
22 |
神戸?松本 |
2 |
2 |
|
23 |
神戸?高知 |
1 |
1 |
|
24 |
福岡?新潟 |
1 |
1 |
|
25 |
福岡?松本 |
2 |
2 |
|
|
運航便数計 |
47 |
43 |
|
第 1 表
なお、静岡及び松本空港からの北海道路線を赤字で示した。FDAは第1表に示す運航便数を16機で運航しているので、稼働率は夏季では2.94便/機であるが、冬季は丘珠線の休止と小牧?花巻線と山形線の減便で合計4便/日分、1.4機分の機材余裕を出している。 そして、冬季にこの1.4機分を利用して重整備を行っていると推測する。 夏季の繁忙期には整備機会をできるだけ少なくして、需要増に対応する手段は一般的な手法であり、FDAもそうしているのは間違い無いと思う。 夏季の2.94便という稼働は、FDAの平均区間距離の700km強から推測するとほぼ稼働上限に達しているので、夏ダイヤ期間中は殆ど重整備はやっていないと見る。 それ故にもし札幌空港線を通年運航すると、重整備の機会が減少すると言う問題が発生するので、札幌空港路線を通年運航したいと考えても、現在の保有機材量ではできないと見られる。
FDAが通年運航に乗り気でない「したくない」理由は、冬季の需要減にあると推察する。 参考に新型コロナ発生前の松本線と静岡線の上期(4月から9月まで)と下期(10月から3月まで)の発生旅客数を第1図と第2図に示す。
第 1 図
第 2 図
FDAは運航ダイヤを2022年には3月27日から10月29日までと10月30日から2023年3月25日にわけて設定しているが、これは統計上の上期と下期に一致するものとして見れば、第1図と第2図に見る通り下期の方が発生旅客数が少ないことが明白で、特に静岡線はその差が大きい。 これがFDAが丘珠線の通年運航をやりたくないことの理由である。 松本線の冬季の落ち込みが比較的少ないのは、多分スキー客の発生が多いからではないかと思う。 札幌市の「丘珠空港の将来像(案)」は、このような冬季の需要減を無視している。
4.季節増便を新千歳空港利用でなく札幌空港とした理由
静岡と松本空港からの札幌圏への路線は、それぞれの空港から新千歳線が通年運航されているので、丘珠線は夏季需要に対応する季節的な増便と解釈できる。 それで季節増便を新千歳空港利用でなく札幌空港とした理由は、新千歳空港での空港ハンドリングを一正面のままでおきたかったからと推測する。
FDAの北海道線の時刻表
|
|
便名 |
松本発 |
札幌着 |
便名 |
札幌発 |
松本着 |
松本線 |
新千歳線 |
211 |
09:20 |
11:00 |
212 |
14:55 |
16:35 |
丘珠線 |
225 |
15:35 |
17:10 |
224 |
11:45 |
13:25 |
|
静岡線 |
新千歳線 |
163 |
11:45 |
13.30 |
154 |
12:10 |
14:00 |
丘珠線 |
171 |
09:30 |
11:15 |
172 |
17:40 |
19:35 |
第 2 表
第2表に示すように、松本線の211便は11:00に新千歳空港に到着するが、静岡線の225便も札幌空港に11:15に到着するので、もし新千歳空港だけの使用とすると、2便を同時に取り扱う必要が出てくる。
また札幌発12:10の静岡行き164便と丘珠発11:45の松本行きも時間帯が重なっている。 即ち、新千歳空港の空港ハンドリング支援体制が一正面で季節増便に対応できず、多分北海道エアシステム(HAC)の支援も受けて、札幌空港を使用することにしたと推察するのである。 以上のような実態からすれば、FDAに丘珠線の通年運航を要望しても、受け入れられることではない。 但し、断る理由を需要や支援体制離の問題にすると「やってみなければ分からない」とか「需要喚起に協力する」と言うような水掛論になる可能性があるので、FDAは地元が反論しにくい技術論を断る理由として取り上げたと見るのである。
5.札幌空港の現状を変えるべきではない理由。
前述のように、FDAが札幌空港の通年運航に乗り気でない以上、札幌市が「丘珠空港の将来像(案)」の実現に固執するならば、別の理由を探す必要がある。 札幌空港の拡充が必要になるケースとして考えられるのは、新千歳空港の取り扱い容量のオーバーフローである。 しかし、当所は寡聞にしてそれは聞いたことがない。 第二に札幌圏の二つのハブ空港の必要性である。 このような一市場圏に二つのハブ空港が存在するケースには前例があり、首都圏の羽田空港と成田空港、関西圏の伊丹空港と関西国際空港に加えて中京圏や北九州圏にも存在する。 しかし、札幌市の「丘珠空港の将来像(案)」は、札幌圏市場に2空港を必要とするほどの需要があるのかには触れていない。 まして札幌空港は飛行場施設としては陸上自衛隊の基地であり、1時間4発着までの制限もあると聞く。 2022年度4月のダイヤでは基本的に32発着使用しており、現在の札幌空港の運用13型、13時間であるので平均して2.5発着/時間となるが、駐屯する陸上自衛隊全体が1日13時間も勤務しているとも思えないので、一般的な8時間を枠内とすれば、実態的には4発着/時間に近づいている時間帯もあるのではないか。 また陸上自衛隊の使用航空機はヘリコプターが主力なので、通常型航空機とヘリコプターの混用による稼働の制約も考慮する必要があると思う。 札幌市の「丘珠空港の将来像(案)」は、札幌市の視点からだけ見れば大変よくできた将来像と言えそうだが、航空会社がそれを望んでいるのか、そして大家である陸上自衛隊がどう対応してくれるのかについては全く触れていない。 札幌市は、多分今まで夏季に札幌空港に乗り入れてくるFDAの乗り入れを想定しているに違いなく、それはFDAが札幌空港での通年運航には1,800m滑走路が必要と言う話と符号があってくる。
しかし前3章で述べたように、FDAがどこまで本気で札幌空港の拡充を望んでいるかについては、「丘珠空港の将来像(案)」は触れていない。 そこで札幌空港をリージョナル・ジェット空港として整備したとしたら、FDA以外のリージョナル・ジェット運航会社は乗り入れてくるのだろうか。 日本でリージョナル・ジェット機を運用している航空3社あるが、それらを第3表に取りまとめる。 なお運航路線は2022年4月のもので、札幌空港利用路線は赤字で、新千歳空港利用路線は青字で示している。
日本のリージョナル・ジェット機運航会社
項目 |
IBX |
FDA |
J-Air |
主要株主 |
(株)日本デジタル研究所(47.9%)、前澤和夫(18.8%) |
鈴与(株) 100% |
JAL(100%) |
運航拠点 |
仙台、伊丹、中部 |
静岡、名古屋(小牧) |
伊丹 |
コードシェア |
ANA |
JAL |
(JALの子会社) |
保有機 |
CRJ700NG(70席)×10 |
Embraer 170(76席)×3 Embraer 175(84席)×13 |
Embraer 170(76席)×18 Embraer 190(95席)×14 |
運航路線 |
中部?仙台、中部?松山、中部?福岡、中部?大分、中部?鹿児島、伊丹?仙台、伊丹?福島、伊丹?新潟、伊丹?大分、福岡?仙台、福岡?新潟、新千歳?仙台 |
小牧?青森、小牧?花巻、小牧?山形、小牧?新潟、小牧?出雲、小牧?高知、小牧?福岡、小牧?熊本、神戸?青森、神戸?花巻、神戸?新潟、神戸?松本、神戸?高知、福岡?松本、福岡?静岡、新千歳?山形、新千歳?松本、丘珠?松本、新千歳?静岡、丘珠?静岡、仙台?出雲、静岡?出雲、静岡?熊本 |
羽田?三沢、羽田?山形、伊丹?函館、伊丹?青森、伊丹?三沢、伊丹?秋田、伊丹?花巻、 伊丹?山形、伊丹?仙台、伊丹?新潟、伊丹?出雲、伊丹?沖、伊丹?松山、伊丹?大分、伊丹?熊本、伊丹?長崎、伊丹?宮崎、伊丹?鹿児島、福岡?仙台、福岡?徳島、福岡?高知、福岡?松山、福岡?宮崎、 福岡?奄美大島、新千歳?女満別、新千歳?花巻、新千歳?秋田、新千歳?仙台、新千歳?新潟、鹿児島?奄美大島、鹿児島?徳之島 |
第 3 表
FDAについての予測される将来動向は、前3章と4章に記述しているのでこの章では省略する。
まずIBXであるが、IBXは全便をANAとコードシェアしており、その運用方針はANAが主導していると見られる。 そう見れば、ANAグループが札幌空港に乗り入れる必然性はないと思われる。 J-Airについては、JALグループはすでにHACが札幌空港、J-Airは新千歳空港と棲み分けており、それを変える必要があると考えているとは思えない。 結論として、札幌空港の滑走路を延長しても、FDAの通年運航や他の2社の乗り入れを保証する材料とはなり得ないと考える。
6.結論
以上に述べたように、FDAが通年運航に乗り気でないのは、第一に保有機材量がそれに対応できるほどではなく、加えて冬季の需要が期待できないことにある。 夏季に札幌空港線を運航するのは、一定の需要が見込めることと新千歳空港での空港ハンドリングのオーバーフローを回避するためと推測する。 従って前報告でも述べたように、FDAが滑走路の300m延長を持ち出したのは、素人分かりのする通年運航拒否の説明のためと見るのである。 ここで生じたボタンのかけ違いは、FDAは300mの滑走路延長を条件とすれば、それはなかなか困難なことなので、それで札幌市が通年運航を諦めるだろうと考えたのに対し、札幌市は滑走路を300m延長すればFDAは通年運航を約束してくれたと思い込んだことと想像するのである。 しかし、いずれにせよ滑走路の延長は近い将来に実現できる見通しはない。 歴史的にみれば札幌市の今までの取り組みは、チグハグであったと思うのである。 その表れは札幌市営地下鉄にある。 その東豊線の終点は札幌空港から1km強離れている栄町である。 なぜ札幌空港まで敷設しなかったのだろうか。 多分それほどの需要は見込めないと見たのであろう。 札幌市は、札幌空港の振興を掲げているが、一方では空港が大きく活性化するとは考えておらず、今でも空港利用客はJR札幌駅または地下鉄栄町からバスを利用しなければならない不便を強いている。 札幌市が取り組むべきことはFDAの通年運航ではなく、近い将来に直面する大問題にある。 それはANAの道内路線である。 ANAは道内で5路線13便/日をDHC-8-Q400で運航している。 ところがQ400は機齢が20年を超え始めており、そろそろ後継機を手配しなければならない時期となっているが、いままで一向にANAがそれに動いている気配がない。 以前には三菱スベースジェットを発注していたので、それが後継機になりそうと期待されたが、スペースジェットの開発が取りやめになったので、現在はQ400の後継機問題は完全に振り出しに戻っている。 まだANAがQ400後継機を導入しないと決めた訳ではないが、現実的にはANAの道内路線がQ400以後も存続するのか不透明である。 もし、ANAが道内路線から全面撤退するとなれば、その肩代わりを委託できるのはHACしかない。 それでそのような事態が発生した時に、HACが事業体制を拡張し、札幌空港を拠点として道内路線を運営できるようにするには、札幌市が何をすればよいのか考えて準備しておくことと思う。 札幌空港には、民間航空にとっては陸上自衛隊の飛行場の間借り人でしかないという基本的な制約があり、それを脱却できる可能性は全くない。 それでそのような制約を前提とした上での活用策を研究し、札幌空港の将来像を描いてゆくより方法がないように思う。 当所の結論は、現状の制約を前提とした上での利用促進策を考えるべきと考えるのである。
以上