7−3−G 北海道航空網の危機

Ref.No.2022.09                                                                       2022.11.21

北海道内航空網の危機

コミュータービジネス研究所

1.はじめに

北海道内の航空路線網は、全日本空輸(ANA)、日本航空(JAL)及び北海道エアシステム(HAC)の3社で運営されている。 ところがANAについては、その使用航空機、DHC-8-Q400(以下Q400と略す)の高齢化が進んで、すでに20年越えの航空機も出現している。 しかし、ANAは今までQ400以後の道内路線をどうするか全く意志表明しておらず、将来どうするのか不透明である。 一方、離島路線も含む道内航空路線網を運営しているHACは、2020年4月からSaab340B(36席)からATR42-600(48席)と交代した。 現在30席級地域航空機は生産されておらず、ATR42-600が後継機の唯一の選択肢となっているので、結果としての機材の大型化はやむを得ないが、その提供座席増に需要がついて行くのかと言うことが大きな問題となる。 

前述の事情により、ANA/HACが道内路線から撤退するとしたら、北海道はどう対処すれば良いのだろうか。 北海道は日本で所轄地域内に内陸航空路線を持つ唯一の方自治体であるが、将来も道内航空路線網が不可欠なのか問われている。 従前は航空路線維持のリスクはすべて運航会社が担ってきたが、今や地方自治体としての北海道は運航会社が負担しているリスク-財政的負担を背負っても、路線網を維持するのか意思決定を迫られている。 本報告はこの問題に北海道はいかに対処すべきか、助言する目的で作成した。

2.北海道内航空路線の運航会社

北海道内航空路線を運航している会社を第1表に紹介する。 運航会社のうちでHACが路線と便数は一番多いが、輸送量として大きいのはANAである。 札幌圏の空港として、新千歳空港と丘珠(札幌)空港の2空港があり、 即ち北海道内の航空路線は、新千歳空港を拠点とするANA及びJAL便と、丘珠空港を拠点とするHAC便が、別々にネットワークを構築している言う二重構造になっている。

北海道内の航空路線現況(2022年4月現在)

ANA

JAL

HAC

使用機種

DHC-8-Q400(74席)

Embraer E-170(76席)

ATR42-600(48席)

路線

新千歳〜稚内(337km)2便 /日

新千歳〜女満別(354km)3便/

丘珠〜女満別(333km)2便/

新千歳〜女満別(354km)3便 /日

丘珠〜釧路(282km)3便/日

新千歳〜中標津(374km)3便 /日

丘珠〜函館257km)7便/日

新千歳〜釧路(278km)3便 /日

丘珠〜利尻(238km)2便/日

新千歳〜函館(217km)2便 /日

丘珠〜奥尻(198km)1便/日

新千歳〜利尻1便/日(369km)(季節運航)

函館〜奥尻(176km)1便/日

5路線13便/日

1路線3便/日

6路線16便/日

座席数/日

962席/日

228席/日

768席/日

註:HACは道外への路線として1+3/Wを運航している。

第 2  表

3.北海道内航空路線の特性

近年の新型コロナの蔓延は、国民の生活に大きな影響を与え、航空運送業界は輸送旅客数に大きな打撃を受けた。 第1図に近年の北海道内路線の輸送実績を図示するが、2020年度に大きく減少していることが明白である。 なお、ここで「札幌」とあるのは新千歳空港利用客と丘珠空港利用客の合計である。

第 1  図

北海道内路線も一般的な地方路線と同じように、一定の固定需要はあるが成長が殆どないと言う特性を持っている。 固定需要は平年度では78万人弱で、2017-2019年度では78万人弱の需要水準を保持していたので、この数字が平年度の需要水準と見られる。 2020年度に新型コロナによる需要落ち込みが発生したが、2021年度以降に回復基調にある。 しかし、どこまで回復するかはまだ不透明であるが、最良の場合でも2017-2019年度の水準を超える可能性はないと見ている。 このように一定需要はあるものの、将来成長は期待できないと言うのが、北海道内市場の特色である。 また北海道は広いとはいえ一つの地方自治体内であるので、航空路線の区間距離は長くなく、最長の新千歳〜中標津線でも374kmに過ぎない。 以上のように北海道内路線は、成長の見込めない需要と採算性の悪い短距離区間の組合せであって、航空会社にとって営業上魅力のある路線ではないことは明白である。

4.ANAの将来予想

前述のように北海道内路線は、本質的に採算性の悪い特性を持っている。 ANAはQ400以前には、56席のDHC-8-300で運航していた。 現行のDHC-8-Q400とは型式は同じDHC-8であるが、実は300とQ400は全く別の性格を持つ旅客機である。 基本的にはQ400は300の胴体延長型で、座席数が56席から74席に増加し、それに伴いエンジン出力は1,776kwから3,761kwと倍増されて、巡航速度も528km/hから667km/hとなり、地域航空機としては例外的な高速機となった。 すなわち、元々Q400は短距離区間である道内路線には不適格な航空機であるが、道内路線専用機種を導入するのもさらに経済性を悪化することを懸念して、妥協の結果として本土内路線と共通のQ400を投入していると推測される。 ANAはQ400初号機を2003年7月に導入し、2017年12月で24機のフリートが完成した。 それで初号機は来年7月には機齢が20年になるので、そろそろ後継機について検討しなければならない時期に近づいている。 この問題について当所も関心を持っており、Ref.No.2022.03{DHC-8-Q400の後継機問題}を作成したが、その報告ではANAがQ400後継機を導入せず、道内路線からも撤退することの可能性が大きいと結論づけている。 その理由はもし後継機を導入するとなれば、ATR42/72シリーズ機以外選択肢はないが、現行のQ400単独運航路線は道内路線も含めて後継機を導入してまで存続させたいほど魅力のある路線ではない。 

第 2 図

近年の輸送旅客数実績を第2図に、座席利用率の変化を第3図に図示する。

第 3  図

全線総合座席利用率では2017年度から2019年度の間でも60.1%から62.4%の間であり、道内路線のような短距離区間では区間運航費が割高になるので、道内路線は採算割れしている可能性がある。 2020年度以降の座席利用率は論外で、今後大幅に需要が増加するのでなければ、採算割れは必至である。 

第3図に見られるように、ANA路線は2020年度には新型コロナの影響により、需要は落ち込んで全線総合座席利用率で2020年度に45.3%まで低下して、2021年度でも47.0%とわずかしか回復していない。 その中で函館線が落ち込みも大きく回復も遅いのは、HACにビジネス旅客が流れたものと推測する。 その理由として新型コロナ前、HAC函館線の座席利用率は80%に近かったので、その結果HAC便の予約がとれず相当数の旅客がANA便に流れたが、新型コロナによりHACの座席利用率が下がったので、ANA便からHAC便に移行してきたためと推測する。 路線別座席利用率では大分バラツキがあるが、総合的には新型コロナ前でも62.4%なので多分採算分岐点座席利用率付近に有り、新型コロナ後の2021年度水準では赤字は間違いない。 

5.HACの将来予想

HACの問題は、需要に対して提供座席がオーバー・キャパシティなことである。 前述のように北海道内の総需要は年間70万人台で、成長の見込みは全くない。 それなのにHACは2020年度からSaab340BWT(36席)からATR42-600(48席)に使用機材が大型化された。 この不可思議とも思える行為を分析すると、この機種交代はHACの意図したことではないと推測する。 HACのSaab340BWTは、1998年2月に1号機を領収し、2021年4月から10月の間に全機退役したが、使用期間はその時点で23年なので、急いで退役させる必要があったとは思えないが、そうなったのは機材の整備にあると推察する。 数年前にHACの見学ツァーに参加したが、その時丘珠空港で見た整備員は、JACの作業服を着用していた記憶がある。 そのことから、HACは自社では航空機整備能力を持っておらず、運航整備も含めてJACに全面依存していると推察される。 ところがJACはSaab340Bを2021年2月で全機退役してしまったので、それに伴ってその整備支援能力はなくなり、同時にHACもSaab340Bについて整備支援を受けられなくなるので、JACの整備支援依存を継続するためにはATR42に機種交代せざるを得なかったと推測する。 それも世界の航空機製造工業の動向を見ると、遅かれ早かれATR42しか選択肢がなかったことも事実であろう。 それ故に、HACはATR42で採算が取れるような方策を講じる必要があるが、そのためには現段階では社内体制を見直して、運航コストの削減を図る以外方法がない。 けれども、例えば航空機整備の自社化は、現在のJAC委託とどちらがコスト安になるのか不詳である。 ただ、そのようなJACへの依存体制から伺えるのは、JALはHACの自立を希望していないのではないかと言うことである。 どのような機会を狙っているのか分からないが、多分タイミングを見計らってHACを整理したい考えもあるのではないかと臆測する。 保有機数を3機に留めているのは、そのような事情からとも推測するのである。 HACの道内路線の輸送旅客数変遷を第4図に示す。

第 4  図

現実の問題として、HACは2020年4月からSaab340BWTからATR42-600へ交代して3割以上の提供座席増になった。 しかし、北海道内路線は第1図に示したように需要の成長が見込めないので、機材の大型化による座席利用率の低下を防止するには便数を減少させなければならないが、HAC路線は丘珠〜函館線を以外は需給調整ができるほどの便数は設定されていない。 現実としてHACは新型コロナ禍による需要減少と機材の大型化による座席利用率の低下の二つの問題を同時に抱えることになった。 第4図に見るように、HACの道内路線の輸送旅客数は、2019年度の209千人から2020年度には150千人にまで落ち込んだが、2021年度には187千人と急速に回復しており、その中でも函館線の復調が大きい。 これを第5図の座席利用率で見ると、よりわかりやすくなる。

第 5  図

使用機材のSaab340BからATR42-600への交代は、2020年4月から2021年11月の間で行われたので、2021年度実績は機材の大型化を反映しているが、HACの全線総合座席利用率は新型コロナの影響も加わっている2020年度でも、2019年度の72.8%から55.4%と17.4%しか低下していない。 機材大型化による提供座席増により、それだけでも計算上は54.6%まで低下するはずなので、新型コロナの影響は見られないことになる。 第4章で函館線のANAの需要の一部がHACに流れたと推測したが、第5図で見ると函館線の座席利用率が急増しているので、その推測を裏付けている。 HACの機材大型化による座席利用率の低下は、ANA需要をHACに移行させる誘因となったが、それがATR42の損益分岐点利用率に達しているのかどうかは、まだ分からない。

6.今そこにある危機

当所は、北海道内航空路線が今や存続の危機の一歩手前にあると思う。 前述したように、それは長期的にはANAの近い将来に予想される高齢化したQ400の路線存続の可否と、HACの使用機材大型化による採算悪化の懸念であり、短期的には新型コロナ禍による需要の大幅減退である。  新型コロナの流行で国民が事実上行動制限されたために、テレワークやオンライン・ミーティングなど在宅勤務が普及してきたが、それが今後の航空需要にどのくらい影響するのかまだ見えてこない。 今後需要が回復して回復しても、道内路線にあっては最良の場合でも2017-2019年度水準で頭打ちになると見られる。 それ故に、将来の道内路線の需要動向を予想すると、大幅に増加する可能性は全くなく、それがANAの道内路線撤退の気運を加速させると考える。 これまで外部から見る限り、ANAはDHC-8-Q400の後継機について何の取り組みもしていないように見える。 当所は、前報告にて述べたようにANAはQ400路線を他機種と併用されている路線は他機種の組み合わせ運航で対処し、Q400単独路線は原則的には廃止すると予想している。 

一方HACについては、使用機材の大型化による座席利用率の低下があり、全線総合座席利用率は2019年度の72.8%から2021年度は62.2%と10%も低下しているので、ATR42の採算分岐点座席利用率をどのくらいに抑えられるかが鍵となろう。 もし、HACがATR42の損益分岐点座席利用率を実績値以下に抑えられないと損失が生じ、財政危機に陥る可能性が出てくる。 ANAのQ400以後の道内路線の存続の不透明さ、及びHACの財政危機の可能性が道内航空路線の抱える「今、そこにある危機」であると考える。 そして中期的将来の見通しとして、ANAとJAL/HACの道内路線からの撤退も事態も予想するのである。

7.取り組むべき問題

これから北海道が取り組むべき問題は、道内の公共交通機関として、航空がどうしても必要なのかと言うことである。 道内路線のように比較的短距離区間で、成長の見込めない市場を運航する航空事業は、もはや営利事業として成立し難くなってきている。 北海道以外でも同様な環境にある地方路線があり、それら地域航空路線の維持のために様々な方策がとられている。 その一つは地域の地方自治体が関与して実質的に公営航空会社として運営することである。 そのような事例は長崎県のオリエンタルエアブリッジ(ORC)や熊本県の天草エアライン(AMX)であり、両社は実質的に県営航空会社である。 東京都の新中央航空(NCA)も使用機材のDornier 228-200の購入については、国と東京都が購入費を全額補助しているので、会社の形態は純民間の航空事業会社であるが、路線事業については実質的に民間委託の都営航空である。 

JACの伊丹〜但馬線は、当該路線に就航する航空機は兵庫県が購入してJACにリースしているが、伊丹〜但馬線飛行分については無償としている。 また別の事例として能登空港が開港した時、ANAに東京〜能登線を開設させるために地元が収入補償を約束している。 安泰なのは、むしろお荷物との印象の強い離島路線であって、離島路線へは手厚い国の助成がある。 このように地方路線の維持のための方策は様々であるが、今や地元が何らかの財政支援策をとらなければ、地方路線の開設・維持はできない環境になっている。 これからの道内路線網の存続についても、運航航空会社任せではできないと理解した方が現実的である。 またどのような方策を採用するにせよ、地元にとっては多額の財政支出が必要になるので、まず関係地方自治体間で航空路線の必要性についてコンセンサスを作る必要がある。 北海道は47都道府県では最大面積を持ち、内陸の航空路線のある唯一の地方自治体である。 主要の公共交通機関はJR北海道であり、加えて全道的なバス輸送網が主要都市を接続している。 鉄道の主な幹線は、根室、釧路方面への根室本線、網走方面への石北本線、稚内方面への宗谷本線、旭川〜札幌〜函館を接続する函館本線に、札幌〜帯広を接続する石勝線である。 航空路線も基本的にこの区間をなぞっているが、現在旭川と帯広には道内路線は就航していない。 また鉄道のない辺地である紋別空港には東京線は開設されているが、現在札幌線は運航されていない。  これから注目すべきことは、前述のように近い将来に予測されるANAQ400の退役に伴う道内路線の存続と、もう一つの道内航空路線網を持つHACとJ-AirのJALグループの去就である。 今までこの件に関してJALグループが発言したことはないが、当所は、JALグループは全道に路線網を拡大する意図はないが、当面は現状維持すると推測する。 その理由として、道内路線は区間距離が最長の中標津線でも374kmで区間運航コストが割高になり、加えて前述のように将来の成長が期待できない市場であることにある。 それ故に、日本の航空会社は、新型コロナ後の回復のために事業運営の引き締めを図っていると見られるが、その航空会社が好んで採算性に疑問がある道内路線を継続させたいと考えているとは思えない。

しかし、現実に運航していることもあり、地元との友好関係を維持することもあって、 現在は路線を維持していると推測する。 過去の推移から憶測すると、JALグループとしても適当な理由が見つかればHACを廃業させることすらあると思う。 今や北海道内航空運送市場は、営利事業として全く魅力がなくなったと見て良いのではないか。 当所は、地元の北海道はそうなる可能性があることを認識して、問題に対処すべきであると考える。 そのためにこれから北海道が取り組むべき課題の第一は、将来の道内航空路線のあり方を定義することで、それは公共交通機関としての航空が必要なのか、もし必要とするならばその路線網はどうあるべきか、それをどのような事業体で運営するのかと言うことである。 当所としては、ORC、AMX式の公営航空会社の設立より方策はないと考えるのである。 

8.公営航空会社発足までのプログラム

前述したように、短距離区間が多くて運航コストが割高で、将来の需要の成長が期待できない地方航空路線は、今や営利事業としては成立するのが困難であり、そのサービスを維持するには地域の民生政策の一環としてでしか存続できない現状がある。 それから考えれば、北海道も道内航空路線網の存続を確実にするには、公営航空会社を設立して継承させるのが、最も現実的な手段であると確信する。 道営航空会社ではなく、公営航空会社と称するのは、新会社の経営責任を北海道にだけ押し付けるのではなく、その他の関係地方自治体も応分の経営責任を負担すべきと考えるからである。  これまでの検討で将来の道内航空路線の維持には、公営航空会社設立しか方策がないと結論したが、それが一足飛びに実現できるとは思えない。 まず当事者であるANAとJALの、将来の道内航空路線網のあり方と両社の関与のあり方についてのコンセンサスの成立が必須条件となると考えられる。 両社とも損失を補填してまで将来も道内路線を存続しておきたいとまでは考えていないと思うが、何らかの形で市場としては確保しておきたいと考えても当然と推察する。 両社共最終的には道内路線を自社運航することについて執着しないと予想されるので、将来の道内航空路線網の維持は、公営航空会社を設立して運営する以外の道はないと思料するのである。 しかしその方策を進め方として、直ちに公営航空会社へと言うわけには行かない。 第一、その受け皿となる航空会社は存在しておらず、そのような構想についてANA/JALの同意を得ているわけでもない。 それ故に、関係者の理解が得られるように段階的に進める必要がある。

その考え方として;

1.  第一段階として、この構想についてANAとJAL両社の同意を取り付ける。

2.  第二段階は、この構想について両社の同意を得た後、ANAとJAL路線の全線を両社のコードシェア路線として、路線網の一体化を図る。

3.  第三段階では、現在新千歳ハブ・アンド・スポークと丘珠ハブ・アンド・スポークの二重構造になっているのを、丘珠空港を単一ハブ・アンド・スポークの拠点とする路線網を確立する。 この時点から、道内路線は全線をHACが運営する。

4.  第四段階で、新公営航空会社を発足させ、前段階で設定した道内ハブ・アンド・スポークを運営させる。

以上のように四段階に分けて、順次現在の姿から新公営航空会社に運営を移管して行くことが。現実的な方策と考えるのである。

9,公営航空会社構想

(1)公営航空会社の設立

新公営航空会社は全くのゼロから構築するのではなく、JALからHACの経営権を買収して公営航空会社として発足する。 HACの現在の筆頭株主は出資比率57.2%のJALで、北海道関係の地方自治体の持分は北海道の19.2%と札幌市の13.5%とおよそ33%なので、これを北海道及び道内の地方自治体の合計出資比率が50.1%以上となるよう、JALの持株の一部あるいは全部を譲渡してもらう必要がある。 それには現在の地方自治体株主も含めて北海道と関係地方自治体及び有志による有限責任事業組合(LLP)を結成し、同組合がさらにJALから株式を購入してこのLLPの持株比率を51%以上とし、新会社の経営を主導する。 当所は多分JALはこの株式の売却に応ずると考えるが、それは北海道内路線がこれからも持ち続けていたいような将来成長の見込める路線ではないからである。 新会社は、現在も行っているJACとAMXの相互運航支援体制に加入し、さらに拡大してORCも含めた4社の共同運航支援体制の構築を考えれば、より経済的な運用ができると思う。 問題は、JALからのHACの買収について必要な資金額の算定は、残念ながら当所の能力の範囲外なことである。 

(2)運航路線

拠点空港は、新道営航空会社の市場圏が基本的に道内に限定され、一部を除き道内各地の空港への本土からの接続旅客は多くは期待することはないので、丘珠空港とする。 予想される運航路線、運航便数/日、提供座席数、旅客数及び座席利用率は第3表に示すとおりである。 予測旅客数は2017-19年度平均を平年度旅客数として採用した。 ただし、丘珠〜奥尻線は2021年度開設なので、その年度の実績をとった。

新会社の予想運航路線概要

 

運航便数/日

提供座席数

旅客数

座席利用率

備考

丘珠〜稚内

3

73,584

45,689

62.1%

 

丘珠〜女満
別線

9

220,752

150,876

68.3%

 

丘珠〜中標
津線

4

98,112

70,441

71.8%

 

丘珠〜釧路

7

171,696

116,589

67.9%

 

丘珠〜函館

8

196,224

136,605

69.6%

 

丘珠〜利尻

2

49,056

19,175

39.1%

季節増便もあり

丘珠〜奥尻

1

24,528

1,676

6.8%

 

丘珠〜三沢

3

73,584

50,555

68.7%

 

函館〜奥尻

1

24,528

8,813

35.9%

 

合計

38

932,064

600,419

64.4%

 

第 3  表

(3)使用航空機

使用航空機はHAC現用のATR42-600とし、所要機数は8機と算定する。

(4)運航支援体制

運航支援体制については、当面JACの航空機のC点検以上の重整備及び乗務員訓練は委託することとするが、運航整備等は自営部分を拡張して行く。

7.新会社の将来構想

HACを公営航空会社として改組したとしても、新会社の弱みはHACと同じように成長のない市場で経営することでなる。 したがって、運航コスト単価を削減するには、事業を拡大してスケール・メリットを求める以外方策はない。 その方策案を次に述べる。

(1)道内路線網の拡張

将来の道内路線の拡張には、丘珠〜紋別線の再開をはじめとして函館〜旭川〜釧路線や函館〜釧路線の再開も考えられる。 帯広空港はその位置から道内路線網に組み込むのは難しく、過去にも短期間帯広〜函館線が運航されたことがあるが、将来の研究課題になるかもしれない。 基本的に道内の需要は頭打ちなので、道内路線の拡張には限界があり、事業のスケール・メリットを得るには本土路線へ進出せざるを得ない。

(2)道外路線の拡大

現在のHACは丘珠〜三沢線が唯一の道外路線であるが、ANAのQ400の退役時には新会社が道外路線に進出できる機会となる可能性がある。 この報告では基本的に道内路線に焦点を当てて再編成案を論じてきたが、低需要による採算性不良の路線は北海道から本土の東北地方への路線にもある。 最初に第3表にて現行の東北地方空港〜北海道路線を紹介する。  

北海道〜東北地方空港路線の概要

路線

運航会社

使用機材

便数/日

新千歳〜青

ANA

JAL

DHC-8-Q400(74席)

Embraer 170(76席)

2

3

丘珠〜三沢

HAC

ATR42-600(48席)

1

新千歳〜花

JAL

Embraer 170(76席)

3

新千歳〜山

FDA

Embraer 170(76席)

1

JALがコードシェア

新千歳〜
秋田

ANA

JAL

DHC-8-Q400(74席)

Embraer 170(76席)

2

2

新千歳〜
仙台

ANA

JAL

ADO

APJ

IBX

DHC-8-Q400(74席)、Boeing 737-800(166席)

Embraer 170(76席)、Embraer 190(95席)

Boeing 737-700(144席)

Airbus A320-200(180席)

Bombardier CRJ700(70席)

2+1

4+1

2

3

3

ANAがコードシェア

新千歳〜
福島

ANA

DHC-8-Q400(74席)

1

註:略号としてFDAはフジドリームエアラインズ、ADOがAIR DO、APJがPeach及びIBXはIBEXエアラインズを 、Q400を赤字で示している。

第 4  表

なお また道内路線を丘珠拠点の路線網とした場合、東北地方の空港から北海道内の新千歳空港以外の空港へ乗り継ぐ利用客は、新千歳空港〜丘珠空港間を地上移動する不便を強いられる。 それでむしろ東北地方空港からの札幌への路線は、新千歳空港ではなく丘珠空港とした方がこれらの利用客の利便も図れるだけでなく、ANA/JALの採算性の悪いと見られる東北地方空港〜新千歳線問題を一挙に解決できる。

第4表に北海道〜東北地方線の全貌を示したが、これらの路線の中でHACとFDAの運航路線は既に小型化されており、また仙台線は複数の会社が参入しているので、仙台発路線は検討の対象外とする。 

第 6  図

第6図に新千歳〜東北地方線の近年の実績を図示したが、Q400の退役に伴って問題が生じそうなのは新千歳〜青森線、秋田線及び福島線の3路線である。 仙台線では、Q400の運航便数は全16便/日中の2便/日なので、Q400便を廃止したところで問題にはなるまい。 これら路線では福島線は区間距離が720kmと長いが、青森線は307km、秋田線は443kmと比較的短距離である。 第7図に座席利用率の実績を図示する。

第 7図

図示した路線の中で、青森線と秋田線はANA-J-Airのダブル・トラックであるが、福島線はANAの単独運航路線である。 ANAの単独運航路線である新千歳〜福島線は、このような客況では現在運航されているのが不思議なくらいである。 第7図に座席利用率の実績を図示したが、青森線と秋田線の需要水準がこのままで回復しない場合は、Q400の退役時にはANAは路線から撤退して、J-Airだけの単独運航になる可能性が大きいと考える。 その場合でも市場規模と座席利用率実績からして、J-AirがANA便の分まで増便して利便性を維持するよりも、採算性を重視して現行便数を継続する方を選択すると予想する。 その時には青森線の5便/日が3便/日に、秋田線は4便/日が2便/日に減便される。 第7図に示すように北海道〜東北地方路線も当然のこと座席利用率も大きく落ちこんで、40%付近で低迷している。 ただ秋田線には多少需要の上昇傾向がみられるが、新型コロナ前の水準まで戻るのか、また見通せない。 元々これらの路線は新型コロナ前でも座席利用率は60%付近であり、採算が取れているのか否かは微妙な成績である。 それでもしこれらの路線を真会社に移管してATR42-600で運航するようになれば、それだけで座席利用率は50%以上も跳ね上がり、採算性の問題は解決できることも予想できる。 

第 8 図

第8図に問題になりそうな新千歳〜青森線、秋田線及び福島線の近年の需要動向を示した。 また第9図に新千歳〜青森線、秋田線及び福島線の座席利用率の変化を図示する。 前述のように新千歳〜東北地方線は低迷しているが、当所はスケール・メリットを期待して、機会あれば新会社の路線網を東北地方にまで拡張するのが良いと考えるのである。 また今後の状況によっては新千歳〜花巻線への参入も、新会社にとって機会が生じることもありそうである。

第 9  図

8.ANA/JALグループの協調

10月30日に電撃的ニュースが舞い込んできた。 全日本空輸(ANA)と日本航空(JAL)グループの天草エアライン(AMX)、ANAとJALグループの日本エアコミューター(JAC)が、そしてJALとANAグループのオリエンタルエアブリッジ(ORC)が離島路線でのコードシェア運航が10月30日に始まった。今回のコードシェア対象路線は、次の通りである。 但し便数は標準的なものである。

ANAグループとJALグループ間のコードシェア

ANA-AMX

ANA-JAC

JAL-ORC

1

天草〜福岡線3便/日

鹿児島〜種子島線4便/日

長崎〜壱岐2便/日

2

熊本〜天草線1便/日

鹿児島〜屋久島線4便/日

長崎〜五島福江2便/日

3

鹿児島〜奄美大島線1便/日

長崎〜対馬3便/日

4

鹿児島〜徳之島線1便/日

福岡〜対馬2便/日

5

鹿児島〜喜界島線2便/日

福岡〜福江3便/日

6

鹿児島〜沖永良部線3便/日

7

鹿児島〜与論線1便/日

8

奄美大島〜喜界島線2便/日

9

奄美大島〜徳之島線2便/日

10

奄美大島〜与論線1便/日

11

那覇〜沖永良部線1便/日

12

那覇〜奄美大島線2便/日

13

福岡〜屋久島線1便/日

14

徳之島〜沖永良部線1便/日

2路線4便/日

14路線25便/日

5路線12便/日

第 5表

我が国の航空運送業界においては、ANAとJALは営業上では競合関係にあり、過去においては両社間のコードシェアなど夢想すらできなかった。 このようなグループ超えのコードシェアが成立した理由として、保有航空機の大型化、燃料費等の値上がりによる運航コストの増加等により、零細地方路線の維持が難しくなってきているが、公共交通機関として安易に路線廃止することにもためらいがあり、加えて市場として確保しておきたいと言う思惑があるためと推測する。 例えば、ANAは如何なるの路線も自社機で運航して独占的市場を確保するよりも、コードシェアにより他社と市場を分け合う方が、全体としては経済的と判断したからと推測する。 特に離島や北海道内路線のように比較的短距離区間で、将来の需要の成長も期待できない市場にあっては、商業的経済性を維持して路線を存続させることは、ほとんど不可能になりつつある。 それ故にAMXやORCは実質的に県営航空会社であり、東京都のNCAも、保有航空機の購入にあたっては国と東京都から全額補助を受けている。 第5表に掲げる組み合わせをみると、どの組み合わせも一方は第三セクター航空会社である。 これらの地域航空会社は、運航している地域にとっては必要不可欠な公共交通機関であるが、商業的採算を取ることが難しいので、大手航空会社とのコードシェアすることで大手航空会社の営業力を利用したいと言う意図があり、大手航空会社の方も自社機を使用しなくとも実質的に路線網を拡大できる利点がある。 今回は九州地区の離島路線が対象であるが、北海道内路線も似たような環境にあり、この方策も応用できれば、道内路線においてANA/JALの協調再編成も夢ではないと思うのである。

9.これからの課題

残された課題は、この報告で提案した北海道公営航空会社構想を良しとしたところで、北海道と道内地方自治体に新会社に参加するLLPを結成するよう呼びかけることが必要であるが、一体誰がその役割を買って出てくれるのか、皆目見当がつかない。 さらにANA/JAL/HACの運航から新会社の運航に移行する時に空白期間が生じることがあってはならないが、法律上路線の廃止は6ヶ月前に届出すれば良いので、もしANAが事前予告なしに路線廃止を届け出るとすれば、とりあえずHACがANA路線を継承するにしても、6ヶ月間では使用機材の手当てや運航支援体制の整備は物理的に間に合わない。 それで提案するのが第8章の「道営航空会社発足までのプログラム 」であるが、ANA/JALをこの構想に引き込む役割を誰が果たせるのか。

すなわち、猫の首に鈴をつける方法はまだ見つかっていない。  

ANA Q400の退役は時間の問題と思うが、まだその具体的な時期は見通せない。 当所はその時期はQ400の機体寿命よりもQ400の経済的運用が困難になる経済的理由による場合になると思う。 それにはANA全体の事業環境がQ400のような小型機の運用に不適当になった時と推測する。 

J-Airの新千歳〜女満別線にしてもJALがやりたいからというよりも、HACの事業規模を3機にとどめるためと、道内路線におけるシェアを減らしたくないと言う意図の妥協の産物と見るのである。 それ故にANAとJALの両社とも道内路線をこれからも維持したいと強く考えているとは思えない。 しかし、北海道民の視点からは、域内の広さを考えれば航空路線網の維持は不可欠であろう。 日本に地域航空会社は5社あるが、そのうちNCA、ORC及びAMXは実質的に公営航空会社であり、道内路線もそのような公営航空会社でないと存続するのは難しくなると予想する。 当所は道内航空路線網の存続には、HACの公営航空会社化が最も現実的な方策であると確信する。 

以上