7−A 日本の航空運送業界は市場競争のできる環境になったのか

                                                                                                                                         2002. 5.10

      日本の航空運送業界は市場競争のできる環境になったのか
                        (北海道国際航空の再建に関して)

                                         コミュータービジネス研究所
                                               代表 矢島 征二


A. JAL/JAS統合の承認とその意義
 今年の4月26日、公正取引委員会はJALとJASの経営統合計画を承認すると発表した。これで、わが国の航空運送業界は長い間の三社体制から二強時代に入ることになる。
JAL/JASの経営統合計画が発表された当時は、この統合はすんなりと認められると言う空気が強かったが、予想に反して結構難航し、結局JAL/JASが市場競争促進策を講じると言う計画修正をすることによって、統合計画が認められることになった。 公正取引委員会が、わが国の航空運送業界が市場競争のできる環境にないことを指摘したのは、まさに歴史的なことである。 平成12年1月までの旧航空法は独占禁止法の対象外であったため、以前はこんなことは話題にもならなかったが、現在の航空法では過疎地域への路線維持などの例外を除き、航空運送事業も独占禁止法の適用を受けることになった。
 しかし、計画発表当初に統合計画がそのまま認められると考えられた背景は、第一に経営困難に陥っていると伝えられるJASの救済に航空局が乗り出しているのだろうと言う旧態依然とした航空運送業界の意識と、航空運送業界を取り巻く発着枠や空港ビル施設の配分などのインフラストラクチャーは基本的に規制緩和前のままであるが、物理的にも簡単に変えられるものではないので現状もやむを得ないと言う空気があったためと推測する。 確かに航空局は平成12年2月から施行された改正航空法によって新規参入企業を認めることになったが、インフラストラクチャーについては、従来の既得権益をそのまま温存する形で目をつぶってしまった。 市場における自由競争環境においては、企業はその経営結果について自己責任を負うのが原則であるが、それには対等に公平な競争ができる市場環境が整えられていることが大前提である。 航空法の規制緩和についての議論段階では、競争環境をまず整えるべきだと言う意見も出されていたが、結局、市場の自由化促進と言う大義名分に押し切られてしまった。 そして、その手抜きの結果が、JAL/ANAのように規制時代に育て上げられた企業の既得権益を守り、既成企業のなかでも後発で、すなわち、その分だけ行政による業界育成の恩恵の少ないJASが、実質的にJALに吸収されるような結果となったが、最大のしわ寄せはスカイマークと北海道国際航空のような新規参入組に寄せられてしまった。

B. 新規参入航空会社に対する競争環境
 北海道航空問題研究会が北海道国際航空の将来を検討課題とするならば、この環境問題を深く探る必要がある。航空運送業界のインフラストラクチャーの配分について従来の権益を踏襲したために、新規参入は少ない発着枠、空港ビル利用での不自由などの不利益を被り、それが会社の競争力に影響したと見ても当然であろう。かって、筆者は航空局飛行場部関係者と面談したときに、国有空港において独占営業権を認められている空港ビルが特定業者(大手三社)にしかサービスしないのは問題であることを指摘した。 
 その後、空港ビルは新規参入にも便宜を計らなければならないと言う審議会答申が出たように記憶しているが、以前はそれこそ箸の上げ下げまで行政指導していた航空局が、多くの空港に於いて営業権許可者であると言う立場にも関わらず、空港ビルに対して新規参入が不公平な扱いを受けないように積極的に動いたと言う話は、筆者は聞いたことがない。詰めた言い方をすれば、航空局は既得権益をそのままで、新規参入に不公平な市場環境の不利を負わせたが、門戸は開いたと言う形をとり、市場経済の時代に対応したふりをしたと言っても過言ではないと思う。 そして、その最大権益である羽田の発着枠は混雑空港の特例と言う形で既得権益を追認し、新規参入はごく小規模なものでなければスタートできないような環境を作った。 
そこで、スカイマークと北海道国際航空はスケール産業である航空運送事業に、対等な競争力を持てないような小さな事業規模で参入することになつた。
もっとも、羽田の発着枠が十分与えられたなら、両社が適切な事業規模で参入したかどうかは怪しいものがある。 結果として見るならば、両社の事業構想はあまりにも稚拙な面があった。 幹線における低運賃キャリヤーを目指しながら、低運賃に見合うコスト削減の手法が取られたとは言い難い。 基本的に両社が参入した時の計画事業規模は、低運賃キャリヤーとして不可欠なプライス・リーダーの地位を獲得するには小さすぎる事業規模であったし、競合他社より従業員の賃金を除けば安い運航コストにはならない。
すなわち、事業目的と取られた事業運営手法の整合性が取れていないのである。 当初、コスト削減の方法として外注の多用があげられていたが、わが国に期待するような料金で委託できるサードパーティの航空機整備や空港ハンドリングなどの運航支援業務会社の有無などは、なにも実際に参入しなくても分かることである。 そして、競争相手に多くを委託して料金の高さに泣くなどと言うことは、同情の余地もない。
運航コストも大手の6割を目指すなどと言っていたが、それが不可能であることは他社の公開資料である有価証券報告書でも少し克明に調査すれば見当がつくはずである。 結局、新規参入は競争相手を大手の普通運賃としていたが、平均的に見ればすでに実質運賃は新規参入の目指す水準近くになっていたのである。
筆者は、そのとき業界紙に新規参入の提供できるのは低運賃ではなく、大手の多様な運賃による平均的運賃に対抗する単一運賃でしかないと寄稿したが、反応は殆どなかった。 しかし、現在国土交通省の公表している各社の旅客収入の実績データは、筆者の予言が正しかったことを証明している。
しかし、当事者である新規参入会社は自身が低運賃キャリヤーだと思い込み、ところが実際に取られた運営手法はそれとも適合しないものであった。 その最たるものは、新造中型機を選択したことである。
低運賃航空会社としてスタートするときには、その初度投下資本を少なくし、運航コストを下げるために少しでも安い中古機を導入するのは常套手段である。 航空旅客の大多数は機種で便を選択することはないのは明白であり、まして低運賃キャリヤーを選択する旅客の選択基準の第一は運賃などである。 例えば、安い海外ツァーの大部分は、申込前どころか出発の10日前くらいでなければ機種どころか航空会社名すらわからないのが普通である。 それでは中型新造機を選択した理由は何だったのだろうか。 プライス・リーダーとなるにはなんと言っても市場専有率が高いことが要求されるので、もし機種にこだわるなら、競争相手と同等の機種-この場合ならボーイングB747の方が理屈にあっている。 会社の財務力が問題で中型機にこだわるなら、エアバスA300の中古機にすればリース料は新品のボーイング767-300ERの1/4位で済んだと予想する。 そうなれば運航コストは少なくとも一割は安くなったはずである。 機種選択として、集客力に何の影響もない競争会社の第二線機であるボーイング767、それも長距離路線用の300ERを購入して、わざわざ最大離陸重量を大幅に低く設定して運用するなど、理解に苦しむことが多い。 新規参入会社には運航や整備のプロはいたのだろうが、航空事業企画のプロはいなかったのであろう。 
このように、新規参入組の不手際が多く、参入規模が大手の既得権益を犯さなければならないほどのものでなかったので、本来的に新規参入が公平な競争のできる環境は整っておらず、新規参入の経営困難の原因の一部でもあると言うことを暴露するに至らず、新規参入の自己責任だけが浮かび上がった形になった。 
もし、新規参入が20機なり30機の事業計画を立てて、保有機数について大手と同じ割合だけ羽田発着路線に使えるようにしてくれと言っていたら、もっと早く問題が表面化したであろう。 それだけの規模があれば、競争相手に委託しなくても自分でコスト・コントロールの出来る自営で殆どの業務が出来たに違いない。
規制緩和を総論でのみ受け止め、具体的な形の実現を求めなかった新規参入の責任は、経営不振と言う形で取らされている。 

C. JAL/JAS統合のもたらす影響
 今回の公正取引委員会の指摘により、JAL/JASは最大12便分の羽田発着枠を返上すると言っているが、そうすれば二強体制のなかでも公平な競争環境が出来るのであろうか。北海道国際航空の将来を論ずるには、JAL/JAS統合後に同社に都合の良い、少なくともより公平な競争環境になるのかを見極める必要がある。
これについて筆者の見解を述べよう。

1.羽田発着枠を9便分を今年10月に返上、要求あればさらに3便分を返上
 これは、平成17年2月に発着枠配分がやり直されるので、その時に減らされる分の前倒しと見て良いであ ろう。しかし、JAL/JASは羽田発の幹線だけでもJAL45便+JAS34便=79便 (2002年4月ダイヤ)も 持っており、ダイヤと機材の大きさの調整をすれば、9便程度では実害はそれほど多くないと見られる。 
もともと条件なしで統合したとしても、このくらいの幹線の減便をやらなければ合理化効果はでないと考え られる。 したがって、幹線自体では実害なし、ここで余剰となった枠を使用しての地方路線計画分がマ イナスとなるのであろう。 しかし、9便分と言うのは機材量では3機分であり、現在はスカイマークも 北海道国際航空も充当する機材がなく、実際には一部はANAグループが使用し、残りは仮使用と言う形 でJAL/JASがそのまま当分使用することさえ可能性がある。 まして、追加の3便にいたってはゼスチ ュアとして見せるだけのものであろう。

2.空港施設等の新規参入会社への提供
 これも、統合後は両社が同目的で使用している施設を纏めて余剰を整理しないと合理化にはならないので、 これは公正取引委員会の指摘がなくてもいずれは出てくるものである。 むしろ、統合で余剰施設が出て も、空港ビル側は新たな引当先がないと引き取りを渋ることが多いので、今回の措置で余剰施設返還促進 の大義名分が出来て、JAL/JASにとってプラス材料となるであろう。 報道では対象となる空港は明示さ れていないが、多分羽田と拡大してもJAL/JASの両方が使用している空港までではないか。 
航空機整備等の支援についても、会社側は商業ベースではやりたいのに現場の抵抗が多いと言うのが実情 なので、むしろ社内の抵抗を抑える口実が出来たと見ることができる。 要するにこの項目ではJAL/JAS
が不本意に失うものは殆どないであろう。

3.国内線全線の普通運賃の一割値下げ
この値下げによって150億円の減収と発表されているので、これを両社の国内線旅客収入規模は凡そ6千 億円から見ると、実に普通運賃から得られる収入は全体の1/4でしかないと推測できる。 したがって残 りの3/4は団体運賃や事前購入割引運賃の収入と推定できるが、そちらを調整すれば150億円の減収が実 際に発生するかどうかは別の問題となる。 割引率も普通運賃で一割と言うことは全体では2.5%にしかな らないのである。 ところが普通運賃の一律値下げは、競争環境の促進と言うより新規参入つぶしになる 可能性の方が大きいと見ている。 国土交通省がインターネットで航空各社の旅客キロあたりの平均収入 を公表している。 各社の平均区間距離が違うので条件は異なるが、これらのデータから回帰式により推 測するとスカイマークと北海道国際航空の平均運賃は三社のそれよりも大幅に安いとは言えない。
各社の旅客キロ当りの平均収入比較(平成13年度上期)

                   東京〜札幌       東京〜福岡
    区間距離           894Km        1,041Km
    ADO/SKY          16.1円         14.2円
    三社平均(推定)       16.5円         13.0円

ここから推測できるのは、新規参入社は主として大手三社の団体運賃や事前割引の利用で来ない旅客を、 普通運賃の運賃差を利用して集客しているとと言うことである。 普通運賃(2002年4月)では東京〜札幌 線では 北海道国際航空は23,000円と三社は28,000円、東京〜福岡線はスカイマークは21,000円、三社 は31,000円と大きな差があるが、団体旅客や事前割引利用客は新規参入会社の顧客ではないと見られる。
これを多少の時期のずれを無視して旅客キロ当りの収入にして比べるとより明らかになる。 
各社の旅客キロ当りの収入比較

                   東京〜札幌       東京〜福岡
    普通運賃-三社       29.8円         28.4円
    普通運賃-ADO/SKY    24.5円         19.2円
    三社平均(推定)       16.5円         13.0円
         ADO/SKY平均      16.1円         14.2円
         平均割引率-三社     44.6%          54.2%
         平均割引率-ADO/SKY   34.3% 26.0%

それでは、JAL/JASが普通運賃を一割下げたらどうなるのだろうか。 新規参入会社の主たる顧客層であ る普通運賃利用客の一部は、JAL/JASの便数の増加による利便性の向上も手伝って、JAL/JASに戻るか もしれない。 即ち、普通運賃の値下げは、利用客にはうれしい知らせであるが、新規参入の競争力を損 なう可能性がある。 公表されているスカイマークと北海道国際航空の財務状態から推察すれば、両社が これに同じく運賃値下げをもって対抗できる可能性はないであろう。
結果として、この運賃値下げは二強体制を強化する効果の方が大きいであろう。

D. これからの業界環境における新規参入の対応
 こうして見てくると、公正取引委員会の指摘によってJAL/JASが多少の発着枠の返上等をしたからと言って、これからは新規参入が大手と対等な競争が出来るとは考えられない。 むしろ、二強の全面戦争が始まればその余波を食ってはじき飛ばされるのは新規参入であろう。 5月9日の朝日新聞では、ANAグループの結束強化と北海道国際航空との提携の可能性などが報道されている。 JAL/JASが9便の発着枠を返上したところで、羽田発幹線のJAL/JASの便数優位は明らかで、これに対抗するためにANAが機材とある程度の幹線発着枠を持つ新規参入に目をつけたとしても不思議ではない。 なにしろ、二社が統合或いは合併しても、両者の持てる発着枠が既得権益として確保できることについて前例ができてしまった。 仮にANAが北海道国際航空だけでなくスカイマークも統合するとしたら、発着枠は三社分の総和になるのだろう。 JAL/JASはANAグループより多く持っているのだし、今度は返上しても引当先がない。
一律運賃値下げも、過去において新規参入のあった幹線だけに大きな割引を行い、その他の路線ではそのような割引をしていないので、競合つぶしの恣意的な運賃操作を指摘された結果と思うが、東京〜札幌及び東京〜福岡線以外の路線についての利用者への還元の趣旨であろう。 しかし、一方では東京〜札幌及び東京〜福岡線が含まれているので、これらの路線においては公正取引委員会公認の競合つぶしの運賃政策と取れる面がある。 それはスカイマークと北海道国際航空が、それに対抗できるコスト競争力を持っていないのが明白だからである。 もし、JAL/JASが、この値下げの結果赤字にでもなれば-それは確認しようもないが、日本の航空会社の利益率の低さから見れば十分可能性がある-ダンピングによる競合つぶしととられても止むを得ない側面を持っている。 
結論として言えば、今度のJAL/JAS統合に関わる措置によって、新規参入に公平な競争基盤が出来るとは考えられな い。 公正取引委員会は総論では正論を打ち上げたが、実行段階で骨抜きされてしまったと見られるのではないか。 それでは、もし新規参入がそのなかで生き残ろうとするならばどうすれば良いのか。 
まずやるべきは、二強体制を前提とした事業構想の見直しと、それに合致した経営手法の策定である。 第二には、新たな事業構想が公平な競争環境のもとにおいて戦えるように、公正取引委員会や航空局等に具体的な方策を働きかけることである。 いままでは一般論としての規制緩和に多くを期待しすぎたと見られる。 総論としての規制緩和は、なんら実効的効果はないものと考えなければならない。
前述のように今取られようとする措置は、公平な競争環境を作るにはあまりにも不足と考えるが、少なくとも現在の環境が不適当であることは認めているのである。 それをどう是正すべきか、行政が動き出すのを手をこまねいていてはいけない。 これこそ、現段階における企業の自己責任の範囲である。

E. 北海道国際航空の将来
 最後に、北海道航空問題研究会のテーマである北海道国際航空の将来の在り方について触れることにする。北海道国際航空が現事業体制で事業を継続して行くことの難しさは既に明らかである。 また、ここまで に述べた来るべき二強体制下でも、低運賃キャリヤーとして生き残るのは、現在の事業規模とコスト水準が大幅に改善されなければ困難であろう。 ここで1機を増機して3便/日の事業拡大を行ったところで、採算性の抜本的な改善には届かない。 もし、低運賃キャリヤーとして生き残ろうとするならば、競争力のあるコスト水準の得られる事業規模まで-それはおそらく10機以上の規模である-拡大すべきである。  筆者は北海道国際航空を低運賃キャリヤーではなく、「地縁的顧客市場を主として狙ったニッチ航空会社であると定義しているが、ニッチの選択を誤らなければ、この方向に進めば二強の競争の枠外で生き残れるかもしれない。 但し、一時的な再建資金の問題は残っているが、それさえ可能ならば、この方法だけが北海道国際航空として生き残れる唯一の方法であろう。
前述の報道にあるような大手との提携や統合は、北海道国際航空としての名目上はともかく、実質的には会社の終焉を意味する。 この場合の最大の問題は、多くの個人株主や地方自治体株主への対応と北海道/札幌市からの融資の返済であろう。 このときには同社は融資を受けることになった理由を失っているからである。 受けた補助金は多分そのままであろうが、その場合融資も含めて、北海道国際航空に助成及び融資をした結果責任を責められる地方自治体が出てくることも予想できるが、それは別の問題である。 
もし大手、今回の場合はANAしかないが、との提携が実現するとしても、ANAが北海道国際航空の70億円以上に達すると見られる債務をすべて引き受けるような踏み込んだ関係にまで進めるのかは疑問がある。 結局、北海道国際航空の持つ羽田の6便の発着枠をいくらに評価するかと言うことであろう。
ただ、JAL/JASから9便の羽田発着枠が出てくるので、ANAが北海道国際航空に機材をリースして羽田 発着枠を9〜12便まで北海道国際航空が獲得させ、それから具体的な提携を行うと言う方法も考えられる が、それは北海道国際航空と言うよりANAの問題である。 しかし、公正取引委員会がJAL/JAS統合を 承認したことによって、わが国の航空運送業界の統合・合併は、有りえないJAL/JAS/ANAの三社合体を 除けば、いかなる組み合わせも殆ど無条件で認められると見ても間違いないのではないか。
北海道国際航空が生き残ろうとすれば、既存航空会社との公平な競争環境を実現するよう関係先に働きかけるのは当然のことであるが、それは時間がかかることなので、出来るだけ既存航空会社との直接競争の避けられる分野で事業基盤を固めるのを優先すべきであろう。                            以上