7−2−C HACのATR42導入に伴う問題

Ref.2019.03                                                                     2019.08.10

HACのATR42導入に伴う問題

コミュータービジネス研究所

1.報告の目的

北海道エアシステム(HAC)は2020年度からATR42-600を導入する。 現有のSaab340Bが導入以来20年を経過しているので交代を考えても良い時期ではあり、また時代に即したサービスを提供するために現世代機材の導入は、航空会社にとって避けて通れぬ課題である。 しかしそれに伴って問題も発生する。 HACについての問題とは、現在生産中のプロペラ地域航空機がATR42-600(座席数48席)、ATR72-600(座席数68席)とBombardier DHC-8-Q400(座席数70席)の3機種しかなく、Saab340Bの属する30席級機はもはや生産されていないことである。 それ故にHACがSaab340B後継機として新造機を導入しようとすれば、48席のATR42-600以外の選択肢はない。 現実として天草エアライン(AMX)がDHC-8-200の後継機として既にATR42を導入しており、日本エアコミューター(JAC)もSaab340Bの交代としてATR42-600の導入している。 Saab340Bの後継としてATR42-600導入する時に発生する問題は、33.3%も増加する座席数/機に需要がついて来るのかと言うことである。 AMXでは明らかに座席利用率の低下が認められたが、HACではどのようになるのか、この報告で検討して見ることにする。

2.現在の道内路線

2019年4月現在の道内路線の運行状況は次表のとおりである。 なお括弧内は運航便数/日を示している。

現在の道内路線の運航状況

方面

区間

運航機種と便数/日

備考

ANA

JAL

HAC

利尻線

新千歳〜利尻

737-500(1)

季節運航

丘珠〜利尻

Saab340B(1)

稚内線

新千歳〜稚内

DHC-8-Q400(2)

女満別線

新千歳〜女満別

DHC-8-Q400(3)

Embraer170(3)

根室中標津線

新千歳〜根室中標津

DHC-8-Q400(3)

釧路線

新千歳〜釧路

DHC-8-Q400(2)

737-800(1)

丘珠〜釧路

Saab340B(4)

函館線

新千歳〜函館

DHC-8-Q400(2)

丘珠〜函館

Saab340B(6)

奥尻線

函館〜奥尻

Saab340B (1)

要約

6路線14便/日

1路線3便/日

4路線12便/日

第1表

現在ANAは運航する14便/日のうち12便をDHC-8-Q400(74席)約3機で、加えて釧路線の1便/日をBoeing 737-800(167席)で運航しており、また季節運航の新千歳〜利尻線はBoeing 737-500(126席)で運航している。 HACは12便/日全便Saab340B、3機で運航し、JALはEmbraer 170(76席)1機を投入していると見られる。 これら3社の道内路線の近年の市場分割状況を第1図に示すが、ANAが最大の市場を占めている。 それを各社の市場占有率の推移で見ると、第2図のようになる。 総合的に分析すれば道内路線は全体で年平均36,397人ずつ増加し、その中でANAが市場占有率を62.8%から55.7%と7.1%も下げている。 反面JALは11,7%から14.7%と3.0%の増加、HACが25.6%から29.5%と増加しているので、JALグループ2社がANAの市場を侵食していることがわかる。

 第 1図

第 2図

なお、HACは丘珠より青森県の三沢空港への路線も運航しているが、この報告は道内路線についての検討なので、三沢線については検討対象に入れていない。

3.将来の事業環境と航空会社の動向

HACのSaab340BをATR42-600と交代する計画は、ATR42の発注が確定2機+オプション1機であることから、基本的には最大の競合相手であるANAの将来計画が全く分からないので、現状を基礎として考えていると見られる。 ANAの将来計画については、現有のDHC-8-Q400、24機と737-500、8機の合計32機が三菱Spacejet(標準的座席数88席)と交代すると予想しているが、Spacejetの注文が確定15機+オプション10機なのでDHC-8/73-500路線の全部が現状のまま引き継がれるとは考えられず、新型機との交代を期に路線の整理が進行すると予想される。 当所は、その時に比較的短距離区間で需要規模の大きくない道内路線は整理対象の上位に挙げられると予想しているものの、確証はない。 HACのATR42導入の成否は、実にANAの将来去就にかかっている。 もしANAが道内路線から撤退すれば、道内路線はJALグループの独占市場となるが、ANAが一部でも道内路線に残留すれば、その部分はANAと市場分割することになる。

2020年度からANAは三菱Spacejetの導入を開始するので、ANAが道内路線にDHC-8-Q400と交代にSpacejetを投入する場合と道内路線にはSpacejetは大きすぎるのでDHC-8-Q400の退役に伴い道内路線から撤退するケースの二つが考えられる。 ANAがSpacejetをもって道内路線に残留する場合、ANAの道内路線は現在一般的には座席利用率が低くて採算ぎりぎり見られるが、そこにDHC-8より座席数の多いSpacejetと交代すると採算割れは必至と予想される。 それで現在の6路線全部をSpacejetで継承することにはならず、需要規模の小さい路線は整理されるものと推量する。 更に当所の予想に反して、ANAの運航コストが安くて60%以下の座席利用率でも採算が取れているか、または多少の赤字は覚悟して全国ネットワークを維持しようとするのでなければ、撤退する可能性は十分あると考える。 以上の予測を現状との比較も含めて、一表に纏めたのが第4表である。

北海道内路線の将来予測

運航

現行

ATR/SPJ導入

ANA撤退を想定

区間

使用機種

便数/日

使用機種

便数/日

使用機種

便数/日

丘珠〜利尻

HAC

Saab340B

1

ATR42-600

1

ATR42-600

1

丘珠〜釧路

HAC

Saab340B

4

ATR42-600

廃止

丘珠〜函館

HAC

Saab340B

6

ATR42-600

6

ATR42-600

8

函館〜奥尻

HAC

Saab340B

1

ATR42-600

1

ATR42-600

1

丘珠〜中標津

HAC

ATR42-600

3

丘珠〜稚内

HAC

ATR42-600

2

小計

機数 2機

8

機数 2機

8

機数4機

15

新千歳〜女満別

JAL

Embraer170

3

Embraer 170

3

Embraer 170

6

ANA

DHC-8

3

Spacejet

3

廃止

新千歳〜釧路

ANA

DHC-8

737-800

2

1

Spacejet

3

廃止

JAL

Embraer 170

3

Embraer 170

6

新千歳〜中標津

ANA

DHC-8

3

Spacejet

2

廃止

新千歳〜稚内

ANA

DHC-8

2

廃止

廃止

新千歳〜利尻*

ANA

737-500

1

Spacejet

1*

廃止

新千歳〜函館

ANA

DHC-8

2

廃止

廃止

註:*は季節運航路線を示す。

第 2 表

第2表に道内路線にATR42とSpacejetの両方が導入される場合とANAが撤退する場合を予想している。 そこでHACのATR42の発注が確定3機ではなく、確定2機+オプション1機であることに注目する。 

HACが2機だけを領収するとなれば、現在のHAC路線から1機分4便/日を整理する必要があり、その時にはJALが釧路線も女満別線と並んでJ-AirのEmbraer 170で運航し、HACの丘珠〜釧路線を廃止すると推量する。 それで釧路線に於いてもANAと十分対抗できる体制になる。 ANAはspacejetを北海道内路線に導入するとしても、全路線に投入するのではなく、需要規模の小さい稚内線及び区間距離の短い函館線には導入しない可能性が大きいと考えている。 第二のケースは北海道からANAの全面撤退である。 

当所は以前よりその可能性を示唆しており、そのような事態になれば道内路線はJALグループの独占状態になり、JAL(J-Air)とHACでネットワークを分割して運航するようになろう。 その場合JALは女満別線と釧路線をEmbraer 170で運航し、HACは丘珠空港を運航中心として現行路線に加えて中標津線と稚内線運航すると予想する。 そうなると新千歳空港経由で中標津と稚内へは行けないことになるが、それで問題になるのは主として東北地方の各空港からの旅客であるが、需要としてそれほど大きいものとは考えられず、新千歳空港から丘珠空港に移動してもらうことで対処できるのではないか。  

4.道内路線でのANA Spacejetとの競合

当所は可能性が低いと見るものの、ANAがSpacejetを道内路線に投入するケースを完全に否定することはできない。 前掲第2表でもANAがSpacejetを女満別線、釧路線、中標津線及び利尻線に投入するケースを挙げている。 その場合、釧路線と利尻線はHACの丘珠飛行場からのプロペラ機とANAの新千歳空港からのジェット機の競争になるので、この札幌市場圏における使用空港と使用機材の総合的競争力がどう評価されるのかが問題となる。 そこで過去の実績によるプロペラ機vsジェット機の競争力と丘珠空港利用の競争力への影響を検討する。

  • 女満別線に於けるプロペラ機とジェット機の競争力比較

札幌〜女満別線は新千歳空港からJALがジェット機のEmbraer 170(76席)で、ANAはターボプロップ機のDHC-8-Q400(74席)で運航しており、両社とも3便/日を運行している。 この路線における両社の座席利用率の比較から、プロペラ機vsジェット機の競争力を求めることとし、それを図示したのが第3図である。

第 3 図

この図で見るとジェット機の座席利用率の方が一貫して高く、ジェット機の競争力の方が高いことを示していると分析する。 但し近年はその差が縮まってきているが、当所はターボプロップ機の魅力が認められたのではなく、JAL便の座席利用率が高くて予約が取りにくくなって。その結果ANAに旅客が流れたためと見ている。 

(2)丘珠空港と新千歳空港利用の競争力比較

HACは丘珠空港からSaab340Bで釧路線は標準的には一日4便運航しており、ANAは新千歳空港からDHC-8-Q400で1日2便と737-800で1日1便、計3便/日を運航している。 従って第4図の営業成績は利用空港へアクセスの利便性、使用機材及び運航便数の総合的競争力を反映していると見られる。

釧路線は圧倒的にHACが優勢である。 その理由としてはHACの方が1便多く運航していることに加えて、ダイヤを見ると朝から夕方まで4便が適当な間隔で運航されているのに対し、ANAは集客より機材ぐりを優先したためか早朝に1便、午後に2便を1時35分間隔で運航されており、比較的往復利用がしにくいダイヤであり、結果として低座席利用率になったと分析する。 従ってANAがDHC-8をSpacejetと交代しても、現行のようなダイヤである限り、HACの優位は揺るがないと予測する。 しかし、ダイヤを朝、昼、夕に分散運航するように変更すれば、HACの優位性が低下するのは避けられないであろう。

第 4 図

 次に函館線について第5図に図示する。

第 5 図

函館線は、HACがSaab340Bで6便/日を、ANAはDHC-8-Q400で2便/日を運航している。 結果を第5図に示すが、HACの方が優勢であることは明らかである。 しかし、便数差が大きいのに釧路線ほど集客力に差が出ていないのは、HACの座席利用率が飽和状態に近くなって予約が取りにくくなっている為と分析する。 故にHACが機材をATR42に大型化すれば集客上の優位はさらに高まって、ANAがSpacejetを導入しても2便/日運航である限り、HACの優位は揺るがないであろう。 丘珠空港利用が新千歳空港利用にどのくらい優位なのか、空港差を数量的に裏付けられるデータはない。 丘珠空港へのアクセスは基本的にバスなので、新千歳空港へ直行するJRに利便性をイロージとしては負けている可能性がある。

(3)総合評価

これまでの検討では結局、丘珠空港からのプロペラ機vs新千歳空港からのジェット機の競争力がどう違うのか、量的に把握することはできなかった。 総合的に見て丘珠空港利用のHACに幾分の優位が認められるものの、ANAが新千歳空港からDHC-8に代えてSpacejetを投入したら、その競争力はHACのそれと同等になると見るのが計画上は妥当ではないかと考えるのである。 それを前述の結果から推測する:

  • 釧路線:ANAがジェット化しても現在のようなダイヤであれば、HACのATR42の優位性は維

    持できると見るが、ANAがダイヤをHACと対抗するように配慮するならばHACの優

    位の度合いは低下するのは避けられず、計画上は同等と見るのが妥当である。。

  • 函館線:HACはATR42投入により提供座席数が増加して、予約に於ける旅客の取りこぼしが

    減少する。 そしてANAがジェット化しても2便/日運航であれば、HACの優位性は   

    さらに強まると予想される。 但し、ANAが増便すると競争力は対等になるとも考え

    られるが、それ以前にANAはこの路線のジェット化はしない可能性の方が高いと思う。

  • 利尻線:利尻線はHACが通年運航しているのに対し、ANAはジェット機で季節運航である。

    利尻線は典型的観光路線であるので、ANAは季節運航を継続するものと考えられる。

         どのようになるのかは、今後の客況を見て決めることになるのであろう。

なおJALとANAが競合している女満別線にあっては、ANAはSpacejetを導入すればJALと同等の競争力を持つことになる。

5.ATR導入時点の需要動向

HACが現有のSaab340BをATR42-600と交代しても現行便数を維持するには、提供座席数が33.3%も増加するので、近い将来に需要も33.3%以上増加する見通しが必要である。 それはANAにも共通する問題であり、DHC-8-Q400(座席数74席)をSpacejet (標準的座席数88席)と同便数で交代するとすれば、座席数/機が18.9%増加するので、近い将来に18.9%以上の需要増加が必要になる。 

第 6 図

第6図の示すように、道内7路線のうち増加傾向にあるのは女満別線、釧路線及び函館の3路線で、中標津線、利尻線は微増、稚内線及び函館〜奥尻線は全く需要増加の傾向は見られない。 ANAが現在DHC-8-Q400だけで運航している路線は、新千歳〜女満別、中標津、稚内及び函館の4路線である。

第 7 図

第7図に、これら4路線について2018年度までの実績を、2019-2020年度は現行運航を維持し、2021年度以降はSpacejetと交代した場合の予想座席利用率を図示している。 なお2021-22年度の需要増は増加分の全部ANAが獲得するとしている。 ANAの近年の座席利用率から推測すれば、現行のDHC-8-Q400をSpacejetと交代すると、常識的には殆どの路線で採算割れすると見られる。 第8図はHACの運航する路線について過去の座席利用率実績と将来予測を示したものである。 2018年度までは実績であるが、2019-2020年度はSaab340Bにて現行通りに運航することとし、2021-2022年度は使用航空機をATR42と現行便数で運航する場合を想定している。 なお、釧路線、函館線及び利尻線はANAとダブル・トラックになっているが、将来の需要をHACとANAでどのように分け合うことになるのか予測できないので、この図では2019年度以降の需要増は全てHACが摘み取ることにしている。 例えば座席利用率が100%を超えているところがあるが、実際にはHACからオーバーフローした分はANAが摘み取ることになる。

第 8図

HACがATR42を導入しても、釧路線と利尻線は座席利用率80%超えるが、現在の発注機数では増便ができないので、当然オーバーフロー分はANAに流れると予測される。 釧路線についてはJALがJ-AirのEmbraer 170と交代することも第2表で予想している。 函館線ではHACはATR42の導入により対ANA競争力が向上すると見られる。 一方需要増加の期待できない函館〜奥尻線は、2013〜2018年度の平均座席利用率が42.1%であるので、ATR42と交代すると座席利用率は31.6%程度に低下する。 従って同路線は商業的に維持できる限界を超えるので、存続には公的財政支援による以外方策はないと考えられる。

6.総括

現段階でHACのATR42の導入機数から推測すれば、基本的にANAが道内路線に残留することを前提に、現行便数運航を前提としていると見られる。 HACのATR42の確定注文の2機をどのように使用するのか予測して見ると、2機では8便/日を運航できるので、前掲第2表に示したごとく丘珠〜利尻線(1)、丘珠〜函館線(6)及び函館〜奥尻線(1)の3路線8便を運航すると予想する。 釧路線はJ-AirのEmbraer 170で運航することになろう。 そのようにすれば現行ネットワークをATR42、2機で維持できる。 JALグループではJ-Air路線の拡充を進めていると見られるので、釧路線はJ-Air運航とした方がグループ戦略にも合致し、ANAとの競争にも十分な競争力を維持できると考えていると思う。 それでオプション発注の1機はあくまでも予想以上の集客ができそうな場合などに備えたものと推量するのである。 ATR42導入が問題になるのは市場規模の小さい函館〜奥尻線であるが、この路線は離島路線であるの廃止もままならず、関係地方自治体からの助成によって維持するしかないと思われる。 全体的に見てATR42の導入は確定注文が2機となっているので、HACの事業規模の拡大を目指したものでないことは明らかである。 具体的には釧路線をJ-Airが新千歳から運航するようにして、HACの事業体制を2機体制に縮小することになる。  結局JALグループの道内路線運営の中で、HACの比重が小さくなるのは避けられないと思う。 HACの事業体制の拡大の機会が将来にあるとすれば、それはANAの道内路線からの撤退時でしかありえない。 しかし、ANAが道内路線から撤退するのか否かは、ANAがSpacejetの運用が開始されてからでないと見えて来ず、ANAがDHC-8退役後の道内路線運営をどうするのかによって、HACの将来が大きく変わることになろう。

以上