パレスティナ2001 - ver.8

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*:一部刺激の強い内容、写真を含んでいますことをおことわりしておきます。


Shifaの長い1日


今日は金曜日で休日なのだが、Shifaでは、私の属するグループが月に一回の休日当番の日であったため、 朝からShifaに行くことになっていた。 これは今まで暇だった分を帳消しにするだけではなく、私の医師生活の中でも相当大変な一日だった。
この日は、朝9:00に病棟の回診をしたところから始まった。

昨日の夜に入院してきたのは、急性虫垂炎と外傷性の血胸の患者でいずれも保存的に見ていて、大したことはない。 しかし、糖尿病で右の第3趾以下を切断した患者の断端が化膿し再切断が必要である可能性がでてきた。 とりあえず、朝は検査待ちということになる。

その後、我々の普段いる外科棟のreceptionと呼ばれる救急外来に降りて行く。 ここはSurgical ER(Emergency room)であり、外科系の救急患者が来る。 医者は外科と整形外科、脳外科、耳鼻科など各科の医師がそれぞれ当番で待機しているが、なにせのべつ巻くなしに患者が来る。
一般外科は、シニアのドクター、Dr.Mohamed(右上手前)とジュニアのドクターのDr.Awanのコンビで当番になっていた。 Dr.Mohamedは、ユーゴスラビアの医科大学を出て、ユーゴで5年、パレスティナにもどり、Shifaのレセプションで4年、 外科で4年目という経験を持ち、非常に優秀な外科医であり、この日の外科の責任者であった。
Dr.Awanはトルコの医科大をでて、ここで外科の修行をしている最中である。(写真左) 私も外科チームに加えてもらう形で仕事をし、主にDr.Mohamedと行動をともにした。


午前中はほとんどERにいた。 普段と比べてどうなのかは分からないが、一般外科の患者は外傷の縫合は数限りなく来るし、 肛門周囲膿瘍や痔核、膿瘍などの小外科処置の必要な患者も息をつく暇もなく来る。
> 私も単なるお客さんではなく即戦力とみなされ縫合や小外科の処置を行う。 書類はアラビア語なので、他の医者にたのんで、私はひたすら処置をしていた。 中には爆発による指の末節骨の切断もきて、これは整形外科医に頼んだが、 この程度の断端形成はERで普通に行っていた(写真右)。

しかし、仕事はこれだけでは終わらない。

たとえば、交通外傷の血気胸の患者が広汎な皮下気腫になり転送されてきたり(写真左、Xray)、 転落で腎外傷を起こし血尿が出ているとか、交通外傷で両側の大腿骨骨折を起こした患者の腹の所見を見たりなどということである。 もちろん、重症の場合はICUに直行して緊急処置を施す。 よって、ERでは座って休む暇はない。処置が終わると次の処置が待っていて、エンドレスである。 こういう状況で鍛えられているから、ここで働いている医者はGPでも外科一般のすべての科(整形外科、脳外科、耳鼻科、泌尿器科等)に関する救急の知識を持っており、 非常に優秀である。

朝から休みなく動き回っているうち、朝みた糖尿病の患者の足の膝下切断手術が緊急に決まったので、手術室に呼ばれた。 もちろん手術に入るためである。
足の切断は日本では主に整形外科がやるが、ここの病院では糖尿病の患者の場合外科がやり、 外傷の場合整形外科がやるという取り決めになっているそうである。 術者はDr.Mohamedで私は助手を務めた。
1時半頃に手術は始まり、2時間くらいで手術は終わった。

そして、時間は4時過ぎになった。 すると、手術室のみんながいそいそと奥の準備室に移動していく。 何のことだかわからなかったのだが、呼ばれたので行ってみると、みんな手際よく食事の準備をしている。
聞くとラマダン中の休日の当番日には、ここで皆で食事を作り食べるのが習わしだそうである。 料理はパレスティナ料理で、メインはバーミヤンという肉料理である。アザーンのなるのを待って食事を食べる。 今日は結構働いたなあなどと、そのときはのんきなことを考えていた。
しかし、これは単なるつかの間の休息だった。


食事の後Dr.Mohamedと病棟に呼ばれた。するとERから虫垂炎が3人入院していた。 診察しに行くと、3人のうち2人は手術が必要な状態であった。そこで、2件の緊急手術がその後急遽アレンジされた。
すると手術の準備をしているさなか、外ではイスラエルの爆撃が始まった。3日連続である。
Shifaはガザの中心に近い場所にあるので、alqudsよりもミサイルの着弾する音が大きく聞こえる。 しかし、この日ばかりはそんなことにかまっている余裕はなかった。 爆撃をうけてERに次々と患者が搬送される。
どうも子供が多い、幸い軽症であり、整形外科の医師が対応する、ERはテレビ局がカメラをもちこんだり、 警察が銃をもってうろうろしていたり、大変な喧騒であった(写真左)。

その後手術室に行き、虫垂炎の手術が夜の10時半に始まった(写真右)。 2件の虫垂炎を私とDr.Mohamedのコンビでやり、1件目は助手を、2件目は術者をやらせてもらった。 今日3件の手術をしたことになるが、どうやらすこしは信頼を得たようだ。
ただし、ここのスタッフに聞くと、メジャーサージャリーの術者は半年位ここにいるということでないとやらせてくれないだろうとのことである。 まあ、もっともな話で、それだけ、しっかり管理されているということでもある。

この日、手術室で外科以外の科が行ったのは、子供の異物誤嚥で全身麻酔下で気管支鏡をやったのが2件。 両側大腿骨骨折のプレート固定が一件であった。休日の緊急だけであるから、当番も結構大変である。 午前12時に手術は終了した。

やれやれ一段落したと思ったところで、午前1時にERに重傷患者が飛び込んできた。


銃創で血気胸を起こした兵士
である。ユダヤ人入植者に撃たれたらしい。

救急車からERのICUに直接搬送される。そこからはまさにERの世界。緊急の救急処置がバタバタ始まった。 処置としては、日本の救急救命センターとさして変わりはない。
医薬品も道具もあり、スタッフもいるので、気管内挿管をしたり、胸腔ドレーンをいれたり、ラインをとって輸血をオーダーしたり、 様々なことが同時に手際よくおこなれた。皆非常によくトレーニングされている。
逆に言うと、こういった場面がいかに多いのかということがわかる。


夜間であるが、私も含め外科医3人と救急医3人がかりで処置が続く。これにナースも2人加わっている。
救急ナースは男性で非常に手馴れていて知識も豊富である。






診断は外傷性の血気胸と頭部外傷だが、レントゲンを撮ると銃弾が頭の中に残っているようだ。 これは脳外科の医者がきて対応した。 全身のCTを撮りに行き、様々な処置をして、ICUに入室し一段落したのが4時半。
嵐のような時間だった。 そして、5時半頃ようやく仮眠を撮った。




写真
  左上:銃創による外傷性血気胸の患者。左胸に弾丸が貫通している。気管内挿管、左胸腔ドレーンが挿入された。
  右上:右耳介、後頭部から弾丸が入っていた。
  左下:レントゲンにより、弾丸が頭蓋内に残っていた。
 中央下:左の血気胸が分かる。(胸腔ドレーン挿入後)
  右下:CTを施行。肺挫傷はあるが、腹部は問題なし。画像は診断に十分なレベルであった。


その後も救急車の音は絶え間なく続いていたが、幸いERに呼ばれないので、そのまま寝ていた。 すると、7時半にまたERによばれた。またGun shootingである。ストレッチャーがすごい勢いで、 ERのICUに二台続けて入っていった。私も続いて入った。
今回は二人搬送され、一人はすでに死亡していた。もう一人は背中を撃たれたらしい。
死体を乗せたストレッチャーを傍らにどかして、もう一人に対し、 我々に今日のDutyの医師が加わり、バタバタと処置をする。
結局、胸腔内は問題なく、皮下に残った弾丸の摘出のために手術室に搬送した。 一応この時点でDutyは終わっていたので、その後の処置はその日の外科当番にまかせて、終わるはずであった。

そして、ERに戻ったらまた別の救急の搬送があった。今度も銃創である。
しかもすでに挿管されている。首から頭を打たれたらしい。
3回目となると私もさすがに慣れて、大分スムースに動けた。ただしアラビア語が分からないので、 状況とそぶりから判断するしかない。しかし、やることは日本と同じである。
結局、胸腔、腹腔内はOKでバイタルサインは安定している。 輸血ラインをとり、レスピレーターにつないで、CTに行った。 その後は他科とその日の当番に任せて24時間の勤務がようやく終了した。

写真左:背中から撃たれた兵士。幸い傷は表面であり、胸腔内には達していなかった。
写真右:左の患者のレントゲン写真。右下背部には弾丸の破片が残っていた。
 

大変な1日であった。
このShifa病院は、交通外傷、転落、銃創と多発外傷の患者がのべつ巻くなく運ばれてくる。 医療レベルは高く、検査器具もMRIはないがCTは満足できる画像であるし、ICUのレベルも高く、 医師も看護夫(ICUにいるのは主に男性)も十分トレーニングされている。
特に銃創に関しては、経験のない日本の医師(私のことだが)では太刀打ちできない。 バタバタ銃創患者が運ばれてくるなか、私に写真を撮らせてくれて、この状況を是非日本に紹介してほしいと頼まれた。 様々な写真があり、中にはちょっと見せるのをはばかられるものもあるが、あえて公開する。
これをみて是非いろいろと感じてほしい。