パレスティナ2002 - ver.24

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外科医のスペシャリティ



当直中に、Dr.Mohamedと外科医のスペシャリティの話をした。
ユーゴでの外科医のスペシャリティをとるためには、外科系の各科を初めの4年間の間に2-3ヶ月の単位でローテーションをする。 ローテーションするのは、消化器外科、血管外科、胸部外科、小児外科、形成外科、泌尿器科、整形外科、 脳外科というほとんどの外科系の科である。
そして、それらの科のローテーションの最後にそれぞれ試験があり、合格しないとその科を終了したことにはならないそうだ。 その試験は、口頭試問であるが、12の大きなテーマに関するもので、たやすいものではないそうだ。
そして、そのローテーションの間にも、自分の一般外科としての当直などはこなすことになるという。 彼は自分の人生のなかで、外科医のスペシャリティをとる試験がもっとも大変だったと言っているぐらいだから、 相当大変だったことがしのばれる。
それに比べると、日本の外科医の認定試験は、全くいい加減であり、外科の症例を提出して口頭試問に答えるだけであり、 大した準備もいらない。
外科系の各科のローテーションは学生時代にはやるものの、外科医になってからは必要とされない。 現在、他科にまたがる研修を試みているところもあるが、一般的ではない。 よって、幅広い知識は必要でなく、臨床の実力とはあまり関係ないところで、認定が行われる。
取得するほうも、いつでも取れると言う意識であり、取ったからと言って、なにか特別変わるかと言うと大した変化はない。
ここには他の国出身の外科医が多数いるのだが、誰に聞いても、外科のスペシャリティのためのレジデントは いろんな外科系のローテーションをsystematicにおこなっている例が多いので、 日本のようにほとんどローテーションしない外科医というのは、世界的に見るとマイナーである。
そして、そのスペシャリティというのは、その努力なりに評価されていて、スペシャリティのあるなしは天と地との違いがある。
日本の外科医は、その実力としても、専門の領域は良いが、それ以外の知識が非常に乏しく、現在の教育体制は やはり問題があると言わざるを得ない。 このあたりは今日本の外科学会でも、検討がされているようであるが、ちょっと世界的には大きく後れを取っているといわざるを得ない。


武器密輸船問題


昨日からの嵐で、ホテルは停電中である。外は風も強いし、出歩く気にもならない。 急に寒くなったせいか、一昨日よりのどが痛くで風邪をひいたようである。
ということで、昨日は一日お休みにした。
今日はかなり良くなったので、頑張ってクリニックに行ったが、嵐のために患者は来ないし、Dr.アラジャも来ていない。 数人外来に来たので、仕方がないから私が見て適当に処方をしたが、どうもそれでも良いようなので、 ここの処方のシステムは結構いい加減である。
外はすごい嵐で、海は写真のように大荒れである。
さて、先日来、パレスティナの武器密輸船拿捕の話が伝えられている。 これについて、パレスティナ人に意見を聞いてみた。
すると、誰に聞いても、一様に皆このニュースに否定的で、イスラエルのデッチあげだと言う。 その理由は、種々あるが、まず、紅海で拿捕されているのがおかしいという。 イスラエルはガザの沿岸を完全に掌握しているから、拿捕するならガザの港で出来るはずであり そのほうがより直接的なはずである。紅海であればスエズ運河を通ったり、いろいろと障害がある。
そもそも、他の時期ならまだしも、これだけ衝突が頻回に起きていて、イスラエルのチェックが厳しくなっている時に あえて武器を密輸しようと考えるのは不自然だし、もし持ち込もうとしても到底無理である。 また、ガザの南部の海はイスラエルの管理であるし、北部は遠浅で、大型船は接岸できない。 もし来たとしても、イスラエル軍が頻回にパトロールしている中で持ち込むのは事実上無理である。
そして、イラクから出た船にパレスティナ人の船長が乗っていてもおかしくない。 パレスティナ人は世界中にいるからである。 だからと言って、彼がパレスティナに住んでいるとは限らないし、PAと関係があるとも言えない。 イスラエルはこの手のプロパガンダをするのがうまく、信用できないとのことである。
私も、確かにただでさえガザは周囲をイスラエルに包囲されていて、身動きできない状況であり、 パレスティナ人が自治区外に出ることさえ不自由なときに、あえてこういうことを計画するのかどうかは疑問である。
また、このニュースがジニ大使の来るタイミングにタイミングよくあわせて出てくるのも出来すぎているように思う。 シャロンが鬼の首を取ったようにアラファト批判をしているのも気になるところである。
今後の展開を見てみたい。


AlQuds病院


クリニックからAlQudsに帰った。
帰ると、Dr.Ahmad Kandilからわざわざ連絡があって、今日の夜に手術をするので、AlQudsの外科に5時にいてほしいとのことである。
今日は本来Shifaの当直だが、寒いし、体調がわるいので、止めようかなと思っていたところだった。 よって、こちらの手術に参加して、Shifaは休むことにした。
約束どおり、5時に外科病棟に行った。 手術患者は腹壁瘢痕ヘルニアで、しかも、とんでもない肥満である。 久々のAlQudsだったが、入院患者は相変わらずで、帝王切開後が2人、Dr.Elenの尿道下裂術後が3人、それと、この患者であった。
Dr.Ahmad Kandilは結局6時頃きた。なぜか写真のようなアラブの伝統的ないでたちである。
ハッタというらしい。 この布の模様の色は、意味を持っていて、一般的に黒(アスワド)はAuthority の色だそうで、赤(アハマル)はジャブハルなどの左翼、 緑(アハダル)がハマスなどの右翼だそうだ。 しかし、ハマスは最近は赤を見につけるそうだし、 Ahmad KandilはAuthority が嫌いなのだが、Authorityを装っているそうだ。このあたりは色々あって、良く分からない。

その後、手術を始めた。
AlQudsでは事実上外科の手術は始めてである。
手術は肥満のため結構大変だった。私が前立ちで、第二助手に今日の当直医が入った。
手術方法自体は通常通りだが、なにせとんでもない肥満である。剥離も大変。 その上多くの内ヘルニアを合併していて、あちこち癒着を剥離しながら、修復した。
かれこれ2時間くらいかかりようやく終わる。
このような肥満の患者はここでは結構多いようで、深部静脈脈塞栓や肺梗塞の予防のために、 手術2時間前に抗凝固薬の投与をするそうであるが、 その後は一切薬を使わず早期離床を促すそうだ。
Dr.Ahmad KandilがアメリカのMayo clinicにいたときは、弾性ストッキングをすべての患者に使っていたとのことだが、 ここではコストとの関係からつかえないという。
そして、やはりたまに深部静脈脈塞栓や肺梗塞になるとのことだ。

また、このときShifaの腸間膜静脈血栓の患者についても聞いてみた。というのはここ2日Shifaに行けなかったからである。
すると、実は今日セカンドルックをしたところ、右半結腸の血流も悪く、右半結腸切除を追加したそうだ。 結局上腸間膜静脈領域はすべて壊死に陥ったと言うことになる。
よって、これ以上の手術はもうない。しかし、患者の予後は極めて不良であることが予想される。 なにせ小腸が15cmくらいしか残っていないので、吸収上皮がほとんどないのであるからだ。
「あとはICUの腕次第だ」とDr.Kandilは言った。

手術が終わり9時過ぎになった。今日はAlqudsには珍しく、ICUに患者が入院していた。 ちょうど麻酔医が見に行くと言うので一緒に行ってみた。どうやら心不全で喘息と腎不全のある患者が呼吸困難で入院したようである。 見に行くと、まず患者はすごい肥満である。Xrayを見ると著明な心拡大をともなう心不全である。
彼らは感染もかぶっているも知れないと言う。幸い尿量は確保されている。 麻酔医がCVラインをいれて、輸液を管理するという。
これは完全に内科の患者なので、私の出る幕はないが、こういった患者はここには多そうである。

ということで、ホテルに帰ったが、なんと停電のため部屋の電気はつかない。 仕方がないので、Directorの部屋でAlQudsのDirectorであるDr.Mohamedと話をしながら過ごした。

良い機会なので、彼自身がAlqudsの現状についてどう思っているかを聞いてみた。
すると、彼も患者数が少ないのは気にしているらしく、保険の件については、現在検討中で、 MOHにベッドの一部を売ると言った形で患者を受け入れることを考えていると言う。
しかし、売るのは全部ではないそうだ。 彼も、所詮雇われ院長であるから病院の運営自体にたいして大きな決定権を持っているわけではないらしい。
体調も悪く、停電もあり、結局この日は11時過ぎに早々に寝た。