Rock Listner's Guide To Jazz Music

PCオーディオ
(2010年3月)



個人的には、パソコンに取り込んだ圧縮音源をわざわざ本格的なオーディオ装置で聴きたいとは思っていなかったものの、iTunes に曲を溜め込んで CD は殆んど売却してしまった同居人を迎えるにあたって、今のオーディオ環境で iTunes のライブラリを聴けるようにしようと考え始めた。いろいろと調査してみると、巷ではPCオーディオなる言葉が既に一定のジャンルを確立しつつあるらしいことがわかってきた。

よくよく考えてみると、iPod などの DAP のために PC に音楽を溜め込んでいる人は相当な数に上り、CD をいちいち引っ張り出さなくてもパソコンから簡単に好きなアルバムや曲を選んで聴けるという手軽さがウケて、広がりを見せているのは当然の流れなのかもしれません。

さらに調べてみると AirMac Express(以下、AME) というデバイスに遭遇。無線 LAN を経由して光デジタルで出力、DACを介せば高音質で音楽を楽しめるという。このような軽々しいオーディオのスタイルは教条主義的オーディオマニアには相手にされないかもしれないものですが、気軽で音がそれなりに良ければ前向きに取り入れたいと考える僕はむしろ興味をそそられる。拙宅には既に無線LAN環境があり、価格もリーズナブルとあって即導入してみることにしてみた。

デジタル出力で単に音を出すだけであれば AME を AVアンプ TX-SA805 にを直結すれば事足りるものの、AVアンプの横広がりで音の密度が下がる音場が、音楽鑑賞を目的とした場合にはどうにも気に入らない。CD と同じようにクレルやマッキントッシュで聴けるようにするために、やはり DAC も必要と考えた。

尚、DACという製品は大雑把に言えば10万円以下が売れ筋商品で、それ以上の高額製品と二分化されているようで、気軽に聴こうという目的なら当然前者を選択することになる。しかし、10万円以下の製品は僕が絶対に使わないヘッドフォン・アンプを兼用したものが多く、DAC としての機能以外のところにコストがかけられているのは無駄な感じがしてしまう。そんなときに日本で発売が始まったのがケンブリッジ・オーディオの DacMagic。この製品は手ごろな価格でありながら、DAC機能に限定した(当時は)数少ないモデルのひとつで、入出力端子が豊富でコンパクトということもあって、ウチの利用目的に唯一あてはまるものだったことからの選択となった。

尚、音声フォーマットに対する僕の見解は「iPod を楽しむ」の「ビットレートとファイル形式」ところで書いてある通り「iPodで聴く限り、AACなら64kbps未満(現在の iTunes バージョンではもう選べない)にビットレートを落とさない限り違いはわからない」ですが、ちゃんとしたオーディオ・システムで聴き比べるとやはり違う。非圧縮(WAV)、Apple Lossless、AAC 256kbps、AAC 128kbps、AAC 64kbps の5パターンで試してみたところ、ビットレートごとの違いも判別可能で、やはり圧縮率が高い音源ほど音の滑らかさが低下、特に高音のクリアさがなくなり全体的に眠い音になります。また、予想通りのことではあるけれど非圧縮の WAV と非可逆のロスレスの音の良さは際立っていて素晴らしい音で聴ける。尚、ロスレスと WAV は「自分の耳では聴き分けできない」と感じたんですが、WAV であっても Apple Losslessで転送され、AME でデコードされる仕組みと後で知り、同じと感じたのは当然のことだったようです。

では、CD プレイヤーと比べてどうか。結論からいうと、iTunes からの再生音のクオリティは CD と何ら変わりない。厳密に言えば違うかもしれないけれど、環境や気分によって感じ方が変わる人間のブレ幅よりも遥かに小さい差でしかなく、ブラインドでの聴き分けは不可能。DACを通さずに、アナログで接続した場合でも音の劣化はほとんどなく、切り替えて聴き比べるとほんの少し音の情報量が劣るかも、という僅差レベルで漠然と聴いていたらその違いの判別はやはり不可能。尚、AME を利用した場合、iTunes のイコライザーを調整することで、さまざまな音のバランスを楽しむことができるのはひとつのチャームポイントと言えます(イコライザーを使用することによる音質低下も一切感じない)。これなら CD の代用として十分。いや、むしろイコライザーを操作すれば自分好みのサウンドが容易に作り出せるという利点が勝るとさえ言える。特にトーン・コントロールを持たないアンプを使用している人には大きなメリットと成り得るでしょう。その安さとオーディオ機器然としていない形態から、教条主義的オーディオマニアはAMEをゴミ扱いをしていますが、実際にブラインドでCDプレイヤーとの聴き分けできる人はおそらく皆無ではないかと思います。

尚、iTunes は iPhone のアプリ「Remote」を使うことで家中のどこにいても、まるで iPod のように好きな曲を選ぶことができるという利便性もある。iTunes さえ立ち上がっていればソファに座ったまま、好きな曲を自由に選ぶことができるという気軽さは、CD はもちろん、他のソフトを使った PCオーディオにはない大きな魅力と言えます。

それから、iTunesに限らずPCで楽曲管理をすることの大きなメリットのひとつが、CDフォーマットの壁、具体的に言うと収録時間の壁がなくなることでしょう。たとえば、ジョン・コルトレーンの「The Complete 1961 Village Vanguard Recordings」は、4日分の音源が4枚のCDに分かれているものの、初日と最終日以外の演奏が複数のCDにまたがってしまっている。マーラーの交響曲第2番「復活」は80分を超える場合がほとんどで、CDは2枚組となり、CDの入れ替えによって演奏が途中で分断してしまう。PCで楽曲のタグを管理すれば、本来ひと続きの演奏をそのまま聴くという当たり前のことができるようになる。クラシックの交響曲全集では、例えばベートーヴェンの7番と8番が同じCDに入っていたりすることが多く、7番が終わって余韻に浸りたいところで8番が始まってしまう。これも単独で普通に1曲ずつ味わうという当たり前のことができるようになる。

PCオーディオのために整えた環境のあまりの便利さ、そして CD と遜色ない音質、収録時間や収録形態に左右されない自由度、CDプレイヤーよりも融通が利くイコライザー機能に魅せられてしまった僕は、1200枚以上は軽くある CD をすべてロスレスで iTunes に取り込むことを決意した。CDの置き場所を節約するために、入手が難しいものや思い入れが強いもの以外は売って、これから出会う音楽への投資に回すことにします。

さて、PCオーディオを実現するにあたって揃えた DAC、DacMagic と SE-U55SX(寝室用に導入し、後に売却) についても触れておきます。メインのオーディオ・システムでパイオニア DV-600AV からアンプへの直結と、それぞれの DAC を介した場合との比較をしてみましたが、先に結論を言うとほとんど変わらない。少なくとも音楽の表現を変えるほどの違いはなく、ブラインドで聴き分けることができる人はまずいないでしょう。

ロスレス音源で1200枚以上のアルバムを溜め込むにあたって IOデータの HDL-C1.5 という NAS も導入。USB接続と比較するとアクセスが格段に遅く、データを頻繁に書き込む装置としての使い勝手はイマイチですが、ファイルコピーをしながら動画再生中と音楽を同時に行っても、コマ落ちや音の途切れはなく使えています。また、大量の音楽データを取り込んだあとに HDD の障害でそれまでの手間が水泡に帰すことはなんとしても避けなければならないのでバックアップ用にもう1台同じディスクを用意。そのバックアップにフリーウェアの定番 BunBackup を利用してみると、うまく差分バックアップができず、1枚 CD をインポートするとすべてのデータをバックアップしなおす原因不明の挙動が実用的ではないことから、他のバックアップソフトをいろいろ試してみたものの、いずれも同様、最終的には GoodSync という有料ソフトで解決できました。このソフトはシンプルですが使い勝手も良くお薦めできます。

(2011年4月追記)DacMagicの電源に問題があるのか、CD 2枚に1回くらいの割合で音の瞬断が発生するようになった。昔から iTunes の問題で音切れがあったので、いつから DacMagic に問題があったのかわからず、ACアダプター(なんとAC-DCアダプターではなくAC 12Vへの降圧アダプター)を交換しても症状が変わらない。修理に出して直るかどうかも不安だったので、オンキヨーのDAC-1000にリプレースしました。拙宅の環境では、2つのアナログ出力と3つのデジタル入力があることが望ましく、安価なDACとなるとこの製品しか選択肢がない(デジタル入力が2つだったDacMagicはセレクターで対応していた)。デジタルものは基本的に音質に大差ないという僕の考えの通り、音質的には特に違いは感じません。それでもほんの僅かながら音の見通しが良くなった気がするのは、このDAC機器の見た目がしっかりしていることなどのプラシーボなのかもしれません。ちなみにオーディオマニアの目線で安価なDAC、と一応は書きましたが、たかがデジタルからアナログに信号を変換するだけの機器に6万も出すことを安価と考えるのは個人的には異常だと思います。高額品を崇拝するオーディオマニア界の風潮から、このDACが高く評価されることはないでしょうが、一方で何十万もするDACと聴きわけできる人も恐らくいないことでしょう。後日談: DacMagic は寝室で使ってみると問題なし。何が原因だったのやら。

PCオーディオの満足度(利便性):★★★★ コスト・パフォーマンス:★★★★