Rock Listner's Guide To Jazz Music

Jazz

僕はもともと熱心なロック・ファンだった。いや、今でももちろんロック愛好家なんですが、長いこと聴いていると自己のロック観のようなものが確立されてしまい、また聴くべきものはほぼ聴いてしまったという行き詰まり感もあって、じゃあ、いっちょうジャズでも聴いてみようかということになったわけです。あと、ロック・ファンはどうしてもジャズに対して、アチラの方が高尚な音楽なんじゃないかというコンプレックスがあって、ジャズがどれほどスゴイ音楽なのか聴いてやろうじゃないか、というのもありました。ジャズを本格的に聴き始めたのは2002年の春頃。最初の数年、ジャズ以外の音楽を聴かない生活を続けていたこともあり、6年くらいでジャズというものがどんなものかわかってきました。

まず一般的にイメージされている「ジャズは知的かつ上品でオシャレ」というのは間違いであるということ。確かにそのような演奏があるのは事実ですが、総体としては派手で熱く、チンピラ臭がプンプン漂う音楽であるということ、そしてそういうものの方が聴き応えがあるということがうことが聴けば聴くほど分かってくる。本当にジャズが好きな人なら「上品でオシャレ」と思っている人は殆どいないと思うし、大物ミュージシャンの多くは難解で複雑な面を持ち合わせていることもわかっているはず。50年代の富裕層(≒知性と教養がある)はジャズなんて不良向けの低俗な音楽だと見下していたと聞きます。ハード・ロックだってちっともハードでない名曲が山ほどあるように、外から見た勝手なイメージが実態と違うというのはよくあることで、「知的でオシャレ」と画一的に捉えることができるほどジャズは底が浅いものだと一般的に思われているのがそもそも間違っているのです。このサイトでは、 熱く、重く、シリアスな 、そしてミュージシャンが人生そのものを賭け、心から湧き上がるパッションを昇華させた音楽=文字で表現するとその魅力がロックとなんら変りないジャズという音楽を攻略してやろう、という心意気のある人へのジャズ・ガイドとなること念頭に作られています。

かつて、ディープ・パープルの誰かのインタビューで「イアン・ペイスはあるジャズ・ドラマーのプレイを聴いて今自信を失くしている」というのを読んだり、キング・クリムゾンの「The Nightwatch」のレビューで「最近フリージャズを聴いた自分にとってこの演奏は型にハマっていて大したことがない」なんていうコメントを目にしたりしたことがありました。こういうコメントを見たりしているとロックを聴いている人はどうしてもコンプレックスを抱いてしまうものです。でも何年かジャズを聴いてきた経験から言うと、恐れる必要は何もない。確かに総合的なレベルで見てジャズ・ミュージシャンの演奏技術はロック・ミュージシャンのそれと比べると非常に高いし、音楽全体への深い理解もある。でもロックの世界で一流と認められている人たちなら、演奏も音楽性もジャズ・ミュージシャンにまったくひけを取らない。どこの世界でも一流は一流。だから音楽としてどちらがレベルが高いなんて考えることじたいに意味がなく、それぞれの違いを楽しめばいいという当たり前の結論に至ることになる。ジャズの方が高尚だと主張するジャズ・ファンは自分の好みの音楽の方がレベルが高いに決まっていると正当化するための方便として言っているにすぎません。ジャズで名盤とされているアルバムは耳当たりが良くて親しみやすいものが非常に多く、これは高尚さを自慢するジャズ・ファンというのは意外と単純であることを意味しています。また、自分の好みに対して頑なまでに保守的であり、理解できないものに対しては「こんなのはジャズじゃない」という決まり文句を発して常に自分の感性が正しいと引き篭もる精神的に幼い人が多いのも特徴で、そういう人に「ロックは低俗だ」と言われてもロック好きにとっては痛くも痒くもないのです。

話を戻すと、ジャズの世界でも演奏や音楽性で本当に凄いと言える人はやはり一握りだけ。同じメンバーで5年、10年と活動し、音楽性を発展させるロック・グループは数あれどジャズの世界では皆無(MJQに発展はない)というのは、グループ表現としてのジャズが型にハマっているということでもあり、やはりジャズはそれほど小難しいものではないということが言えます。

さて、それはさておき新しい音楽を聴こうと思い立ったら誰もが当たる問題・・・それはどの作品から聴き始めれば良いかということ。情報源は、雑誌や初心者向けガイドブック、インターネットというところで落ち着くんでしょうが、この情報の充実度において、ジャズはロックよりも圧倒的に劣ります。なにせ、これまでにリリースされたアルバムの数が半端じゃない。マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンのリーダー・アルバムは正規盤だけでも尋常でない数で、どこから手を付ければ良いのかわからず途方に暮れてしまう。ロックの世界では、ネット上で特定のアーティストのディスコグラフィを見つけることは難しいことではないし、雑誌でもメジャーなアーティストはほぼ完全なディスコグラフィーが繰り返し掲載されています。しかし、ジャズにはそのような資料が少ない。せいぜい表面だけをなぞった大同小異の初心者向けガイドブックがあるくらいで、インターネット上でも充実した情報にめぐり合うことは少ない。

このサイトを開設したのも、ジャスを聴きはじめる人、あるいは初心者向けガイドブックを読み終えた人が次にとっかかりとなる情報を少しでも提供できれば、という思いからです。もちろんハードロックやプログレが好きな僕の個人的な音楽観で書かれているので、感性が合わない人には役にたたないかもしれませんが自分の感性以外でモノは書けないのでその点はご容赦いただきたいと思います。

21世紀に入ってからジャズ黄金時代(後述)の魅力を知った僕は、当然ながらその時代の空気を吸っていません。だから当時の作品の重みを理解できない部分がどうしてもある。反面、当時の空気に振り回されずにニュートラルに接することもできるので、これから聴き始めようとしている人の視線に近いと思っています。また、このサイトに掲載した CD は近年購入したものばかりなので今でも入手しやすいものがほとんどです。その点でも「これから」の情報として活用しやすいものになっていると思います。(注:サイト開設当時は入手しやすかったCDが今では入手困難になっているものもあるようです)。



ガイドブックの落とし穴

ジャズには隠れた名盤が山ほどあるのも特徴です。録音されて間もなく発売された作品でその時代のリスナーに支持されたものが名盤とされ、初心者向けガイドブックに掲載されているものは殆どがそういうアルバムだと言っていいでしょう。確かにその時代の空気を吸っていたリスナーに評価されたものに敬意を表するのはやぶさかではありません。しかし、その時代には理解されなかったものでも今聴くと素晴らしいものはあるし、録音後、何年も経ってからリリースされたものにもにもやはり素晴らしい内容のものは沢山あって、しかもそういう類のものが初心者向けガイドブックに掲載されることはほとんどないのが現実。隠れた名盤を探すのもジャズの楽しみのひとつだと思います。

名盤の落とし穴

ジャズやロックのように、ある程度の歴史を持ち、音楽としての全盛期を過ぎている音楽にこれから手を出そうという人にとって、専門誌の大物アーティスト特集や初心者向けガイドブックはありがたい存在です。そして、そこで紹介されている名盤というのはほぼ決まっているため、どうしてもそこから聴き始めることになる。いざ、聴いてみてその素晴らしさに納得することもあればピンと来ない場合も当然出てきます。しかし、その1枚で結論を出すのは早計。少なくとも、そのミュージシャンのリーダー・アルバムを2枚は聴いてから判断した方がいいんじゃないかというのが僕の意見。というのは大物ミュージシャンたるもの、当然奥行きがあるはずで、たった1枚で理解できるはずがないからです。それに最大公約数的に人気のある盤が、自分の好みに合っているという保証もなく、とりわけジャズには人気盤と個人の嗜好のギャップが出やすいように思います。例えば、リー・モーガンというと「Candy」や「The Sidewinder」が出てきますが、ジャズ・メッセンジャーズでのパフォーマンスの方がモーガンの魅力が詰まっていると思うし、リーダー・アルバムでも他に魅力的なものがたくさんある。極端な例を持ち出せば、ジョン・コルトレーン永遠のベストセラー「Ballards」がコルトレーンの音楽を象徴するものと思っているコルトレーン・フリークなどいないでしょう。ロックの場合は売れたアルバムと内容の充実度は結構リンクしているけれど、ジャズは必ずしもそうではない。むしろ殆ど話題にならないものの中に素晴らしいアルバムがいくらでもある。雰囲気だけ楽しめれば良いという人ならともかく、本格的にジャズを聴いてみたいと思っている人には是非心に留めておいていただきたいところです。ラックにCDがズラリと並んでくると、自分の愛聴盤が初心者向けガイドブックに意外と載っていないことに気づくでしょう。


ブルーノート

僕がジャズのCDを片っ端から聴きはじめたころ、近所のCDショップではジャズ輸入盤の安売りをよくやっていて重宝したのと同時に、1枚 1,200円前後(2001年当時:ポピュラー系CDはもう少し高かった)でほとんど外れがない、充実した演奏が聴けるジャズというのはなんと素晴らしい音楽なんだろうと思ったものです。もちろん、AmazonやHMVで購入したものも多くあり、数もだいぶ揃うに連れてレーベル(レコード会社)が徐々に頭に入ってくるとブルーノートという名前が目に付くことに気づきました。ニューヨークや東京にあるジャズ・クラブとは何の関係もないこのレーベルはスタンダードや安易なブルースよりもオリジナル曲を重用、少額とはいえギャラを払って録音前にリハーサルをさせ、本番でもテイクを重ねるなどして、レコード1枚通しての完成度を何よりも重視。録音にもこだわり、ジャケットを含めた「作品」としてレコードを作っていたというのがおおまかな特徴。一方で、プレスティッジに代表される他のレーベルは、ただメンバーを集めてぶっつけ本番でジャム・セッションを録音し、何曲かを集めてアルバムとしてリリースしているだけというものが多い。それがジャズの世界では当たり前でブルーノートの姿勢が特別であることが徐々にわかってきたのです。ブルーノートのようにアルバムとしての完成度を追い求める姿勢は、LPレコードを作品として製作するようになった70年代のロックの世界では普通のことで、だからブルーノートのポリシーはアルバム志向の70年代ロック好きには非常に馴染みやすいし、しかもクオリティが高く、その時代時代を反映したさまざまなジャズが揃っているのも美点。実は、先に書いた近所のCDショップで安売りされていたのはブルーノートの輸入盤で、ほとんど外れがないと感じたのはそれが大きな理由だったんだと後になって気づいたというわけです。

もちろんブルーノート以外のレーベルにも名盤は沢山あります。しかし、トータルとしての完成度や時代を見る目は他をリードしているし、「決定版 ブルーノート・ブック」という素晴らしいガイド・ブックが存在することもあり、このレーベルからジャズを辿ってその素晴らしさを理解していくのは決して間違った道ではないと思います。今、僕の CD ラックを眺めて良い作品だと思えるのものを探すと圧倒的にブルーノートの作品が多いのはただの偶然ではありません。星の数ほどあるジャズのアルバム、どこから攻めれば良いか迷っている人に対してブルーノートから、というのは自信を持ってお勧めできるアプローチです。

余談ですが、僕がジャズを聴き始める前には、ジャズという音楽は高度なアドリブと演奏者同士の阿吽の呼吸によって同じ曲でもそのときによって6分の演奏になったり10分の演奏になったりする、極めてフレキシブルなところが自慢の音楽であると刷り込まれていました。実際に、そのような演奏はあり得るものの、それはシンプルな形態の曲にほぼ限定されていて、ブルーノートのアルバムに収録されているようなオリジナル曲でそんな芸当はできない。それは、ボーナストラックとして収録されている別テイクとオリジナル・テイクが、簡単には聴き分けることができないほど似ているだけでなく、演奏時間もほとんど変わらないことからもわかります。事前にリハーサルをして録音されるブルーノートの作品はそれほどまでに作りこまれているのです。



ジャズの黄金時代

どんな音楽にも、もっとも輝いていた時代というのがあります。まず基本的な形ができ、ある段階から急速に発展して、革新派が現れ、革新と伝統がバランスした新しいスタイルとなり、そして衰退して落ち着いていくという流れは実は多くの音楽が辿ってきた道でもあり、その発展していく時期こそが最も充実した時代になっているのも多くの音楽で共通している。クラシックで言えば18〜19世紀にかけてのバッハ、モーツァルト、ハイドンで基礎ができ、ベートーヴェン、更にはワーグナー、マーラー、ブルックナーが発展させ、シェーンベルク、ウェーベルンが革新したといった流れのように。ロックなら60年代後半から70年代中頃あたりまでがその時期に該当するでしょう。ジャズの黄金時代は50年代中盤からせいぜい70年くらいまでで、それ以降のジャズに発展はなく、成熟しきってしまって新しい展開が望めなくなってしまいました(発展したものはポピュラー音楽化した)。

現代において新譜を楽しみにできるのは僕の場合、ジョシュア・レッドマンとブラッド・メルドーくらいで、それ以外の新譜を聴いても、黄金時代の名盤たちに迫る感動を受けることは殆どありません。極端な攻め方ですが、70年以降のジャズはまずは横に置いて、黄金時代に集中して聴いてみる方がジャズを理解する近道だと思います。しかも55年〜70年までのジャズの空気は現代のジャズ・ミュージシャンではもう創出できない。時代の空気が違うし、過去と同じことをやっていても評価されないからです。だからこそ、独自の魅力を放っている黄金時代のジャズが今でも熱心に聴かれるのでしょう。

尚、40年代から50年代前半までに隆盛を極めたビ・バップは一部抜きんでた個性と技量を持つプレイヤーに強く依存したもので、グループとしての音楽の完成度は高いとは言えず、その点ではまだ未熟な音楽だったと個人的には思っています。しかも辛いのはレコード技術の問題(当時はLPなんてなかった)から、長時間の演奏を記録することができなかったために作品としてのレコードを製作するという志向がなく、録音技術の未熟さから来る音質の悪い音源集しか残されていません。ビ・バップはジャズ・ファンの中でもさらにマニアックな領域のように感じるし、そのフィーリングも56年以降のハード・バップと比べると古臭い感じがしてしまう。だから僕は、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、バド・パウエル、J・J・ジョンソン、マックス・ローチといったビ・バップ世代のジャズ・メンがあまりピンと来ないんです。

ジャズの聴き方

ジャズを本格的に聴いてやろうと思っているロック・リスナーなら、それまでに自分が聴いてきたロックのアルバムについて詳しい知識を持っていることでしょう。自分の所有しているそれらのCDにはどんな曲が入っていて、誰が作曲したか、どんなメンバーか、プロデューサーは誰か、なんてことが頭に入っているはず。そのくらいの熱意がなければ、本格的にジャズにハマることは難しいと言えます。なぜならジャズの場合、同じメンバーで何枚もアルバムを作るといったことは稀だから。CDのコレクションが増えるほど多くのミュージシャンを知ることになり、そこから幅を広げることができる。それこそがジャズの楽しみ方の醍醐味のひとつ。したがって、参加メンバーが誰なのか(この演奏は誰なのか)に関心を持てないような人には幅を広げることが難しく、結果的に熱心なジャズ・リスナーになることもないでしょう。逆に、誰がどんな演奏をしているかに興味が持てる人なら、手がかりは無限大。次々に新しい出会いがあるはずです。

一方で気に入ったらどんどん深くそのミュージシャンを知りたいという聴き方をしてきた(僕のような)タイプの人には大きな障壁があります。ロックの場合、あるグループのCDを全部買い揃えることはそれほど難しいことではなく、実際そういう買い方、聴き方をする人は珍しくないはず。そんな人に忠告しなければならないことは、ジャズで全部聴いてやろうなんて思わないことです。なにしろアルバムが多すぎる。ミュージシャンも多すぎて、ある程度名前が通っているミュージシャンを一通り聴くことですら骨が折れる。だから、よほど気に入ったミュージシャンならともかく、アルバム全部を集めようなんて思わず、ほどほどに聴いた方がいいでしょう。また、そう思った方が精神衛生上よろしい。お気に入りのミュージシャンを完全制覇するよりも幅を広げていった方が、逆に好きなミュージシャンの良さが理解できるということもあります。

またロックのようなポピュラー・ミュージックは、決められた通りのアレンジで演奏されることが普通であり、聴きこんでいるうちに、どのタイミングでどんな音が出てくるかまで記憶してしまうもの。魅力があるからこそ聴き込み、その結果、曲のすべてを覚えていること=理解できたこと思うようになりがちです。しかし、ジャズというのは演奏を味わうものであるために、その表現が気に入れば1回聴いただけ楽しめてしまう。この感覚が身に付くことはジャズの聴き方が板に付いてきたことを意味するのですが、一方で、それでわかったような気になって次々に他のアルバムに手を伸ばしたいという欲求が湧いてきます。もちろん、ジャズはアレンジや作り込みよりもそのときの表現で勝負する音楽であるため、本来そういう聴き方は正しいんですが、ハッキリ言ってジャズはもう終わった音楽なので、時間をかけてゆっくりと過去の資産を聴いてやろうというという気持ちの余裕を持った方が良いと自戒の念を込めて言っておきたいと思います。

好まれるピアノ・トリオ

ジャズの世界においてピアノは伴奏楽器、つまり脇役です。ピアニストが脇役という意味ではありません。むしろピアニストは譜面や音楽理論に強い人が多く、ビッグバンドを率いるリーダーのほとんどがピアニストであることもそれを証明しています。しかし、ジャズの歴史上でピアノ・トリオがその時代の音楽をリードしてきたことは一度もありません。僕は周囲の人に(まあ滅多にないんですけど)「ジャズを聴いてみたいんだけどお勧めは?」と訊かれたときには基本的でオーソドックスなクインテット編成のアート・ブレイキーやマイルス・デイヴィスの名盤を勧めます。するとその次に「今度はピアノ・トリオを聴いてみたい」と言われることが実に多い。そのくらいジャズを知らない人には標準と思われているフォーマットではあるんだけれど、ピアノ・トリオは数ある編成の一形態であり、実際名盤と呼ばれるものの中に占める割合は想像以上に低く、名盤に選ばれるようなピアニストはごく一部でしかありません。現代のジャズの世界でも優れたピアニストは数多くいるにもかかわらず、ピアノ・トリオで人気が高いピアニストはチック・コリア、キース・ジャレット、ブラッド・メルドーくらいしか思い浮かばないし、とても主流といえるほど影響力がある編成とは言えません。もちろん、ピアノ・トリオにはピアノ・トリオならではの魅力はありますが、あくまでも傍流のひとつであり、ここまで一般的に認知され人気が高いの不思議でなりません。