「木版画の世界」から「研ぎ角、切り出し角」
研ぎ角は、刃物の切れ刃の研ぎ角で、刃物を砥石に当てる際の角度になります。
研ぎ角を鋭角にすれば切れ味は鋭くなりますが、使い方に無理をすると刃は欠けやすくなります。
研ぎ角を鈍角にすると、切れ味の鋭さは減じますが刃は長持ちします。
刃物にはそれぞれ使い途によって伝統的に研ぎ角が試行錯誤によりでき上がっているようです。刺身包丁の鋭角と出刃包丁の鈍角などです。刺身は切れ味によって食味が違ってくるとさえ言われています。出刃包丁は骨ごとぶつ切りにすることを考えると刺身包丁で兼用することはできません。
研ぎ角は鋭角の方が切れますが、切れ味を少し我慢しても刃を長持ちさせなくてはならなかったり、刃の欠けるのを避けたりするためには、鈍角さも必要になります。(図)
出刃包丁は研ぎ角の鈍角さと刃自体の厚みがあります。
しかし薄い刃物は鋭角な切れ味を必要とすることが多く、薄刃をそのまま鋭角に研いだままでは、刃先は欠ける危険性が多くなります。
そのため、刃としてはまず鋭角に研いでおいて、更に刃先のわずかをいくぶん鈍角に研ぎます。(図)
刃は全体として鋭角で、切れ刃の部分をほんのわずかに鈍角にすることで鋭く薄い刃先を丈夫にします。
これが二段刃、二段研ぎ、または小刃、小切れです。
版木刀も二段刃で研ぐことで刃持ちを良くしょうとしますが、切れ味を優先するなら二段刃にしないこともあります。
版木刀の二段刃はほんのわずかな幅で良いのです。あまり幅広く二段刃を作ると、切れなくなった際に中砥で表刃を研ぐにしても時間を要することになります。
二段刃の角度は切れ味を優先するなら鋭角気味にし、そうでなければ鈍角気味にすることにします。
刃を折りながら使う薄いカッターの刃でも良く見ると二段刃に仕上げてあります。調べてみると、他にも二段刃に研いであるものは色々あります。
切り出し角は、主に版木刀の場合に関連しています。
刃の峰と切れ刃が作る角度のことです。(図)
切り出し小刀の種類で繰り小刀の場合は鋭角になり、白書き刀では鈍角になります。切り出し角は使う用途で違ってきます。
木版画での版木刀の切り出し角については、直線を彫るには鈍角の版木刀の方が刃が広く版木に食い込んだ状態なので、刃が安定して直線が容易になります。
しかし鈍角の刃では曲線が無理になります。
版木刀の切り出し角が鋭角では、曲線を彫るのが容易になります。しかし鋭角では直線を彫る場合には刃がぐらついたりしてあまり得手ではありません。
版木刀をいくつか持っている場合には、鋭角から鈍角まで用意するのも方法です。しかし版を彫っている場合には、その版には直線も曲線も混在していますので、こまめに取り替えるというのも不便です。
直線にも曲線にも無理なく使える切り出し角について、彫師のN氏に聞いた角度に45度という研ぎ方があります。これは有力な方法です。
細かい所、曲線などに際しては版木刀を立て気味にして使い、直線では彫り進む方向に刃を寝かせ気味にし切り出し角の鈍角のような使い方で、広く彫りに対応することもできます。
切り出し角については、各自の好みもあり、また研いでいると鋭角になったり、鈍角になったりと、研ぐ手元が一定しないこともあります。そんな中から自分に合った切り出し角に出会うこともあります。
切り出し角の極端な鋭角さも、極端な鈍角さも使い勝手が悪くなります。
鋭角が過ぎると少しの無理で刃先が欠けることになり、鈍角過ぎると緩い曲線さへも自在に彫ることが難しくなります。
また切り出し角の鋭さをいくらか減らして刃先の欠けるのを防ぐ方法に「峰おろし」があります。峰おろしをすることで刃先を丈夫にしょうとする研ぎ方です。(図)
しかし、版木刀で彫ることにこだわらないで彫り進めていた版画家に、平塚運一、畦地梅太郎などがいます。
平塚運一は、平刀で刻むように形を彫り、平刀の刻んだ段が独特の味になっています。
畦地梅太郎は、見当ノミより広い平刀をまるで版木刀のように使いながら形を大らかに彫り進めていました。