第三章 技法
 摺り
 「椿油、オリーブ油、ベビーオイル、てんぷら油」

 椿油・オリーブ油などは、木版画ではバレン綿に含ませて使います。そうすることで、木版画を摺るときに湿らせた和紙の上でバレンの滑りが良くなります。
 椿油は、ツバキ科の常緑高木・椿の種子から採った不乾性油です。薄い黄色の油で、特有の香りがあります。伊豆諸島、九州地方に産し、整髪用には最上であり、また食用になります。
 また椿材は、環孔的散孔材で気乾比重約0.81、緻密さもあり堅いので木口木版画の版木にも使えます。椿の葉は、和紙作りに際して干し板に張りつけた湿った和紙を擦って艶を出すのにも用います。
 オリーブ油は、モクセイ科の常緑小高木オリーブの熟果から採取する不乾性油です。食用、薬用、化粧品、石鹸の原料などに広く利用されます。地中海地方原産で、日本では、瀬戸内海の小豆島で栽培されています。 オリーブは、平和の象徴とされていて、国連旗には、地球を囲むようにデザインされています。(下図)
     (椿油) (国連旗)
 ノアの箱舟では洪水後に、箱舟から放した鳩がオリーブの枝をくわえて戻ってきたことで陸地があることを知るという場面があります。
 ベビーオイルは、メーカーによって成分は一定していませんが、ミネラルオイルという石油系の化学的に安定した、酸化しない保湿効果のある鉱物油が使われています。その他に微量の色々なものが添加されています。ベビーオイルのばれん綿への使用は、私には判断できかねています。保湿効果がある、という点は気掛かりです。
 木版画では、椿油もオリーブ油もベビーオイルも滑りを良くするのに使われています。
 木版画を摺る際の油としては、どの油が良いのでしょうか。
 オリーブ油の凝固点は0℃〜-6℃、寒い冬場には、粘って滑りが悪くなることがあります。
 椿油の凝固点は-15℃〜-21℃なので寒い冬の室内でも特に粘ることはありません。
 ベビーオイルの凝固点は不明です。
 てんぷら油は論外です。
 私は、椿油の使用をお勧めします。椿油は、不乾性油ですからバレン綿には1滴を落とせば、しばらく用は足ります。
 見るからに油で煮しめたようなバレン綿では油分がとにかく多過ぎます。
 バレンの滑りが悪い場合に、他の理由なのにもかかわらず、バレン綿にとにかく油を補給することで滑らせようとしています。
 そのような状態で摺ると、摺られた紙に移った椿油は、やがて酸化して、紙は油焼けで変色してしまいます。
 椿油は、最小限の使用で済ませることです。
 バレンの滑りが悪い場合に、やたらと椿油を補給しないで、用紙の湿しの水分が多いのではないか、また一色摺った同じ部分に続けて摺っていないか、ドーサの引いていない用紙に摺っていないか、ドーサが弱いのではないかなど、そんな要因を考慮します。
 バレンの滑りは、単に椿油の補給に頼らないことです。
 用紙の湿しは、紙を親指と人差し指・中指に挟んで弾いて紙鳴りがしない程度に湿っていれば十分です。
 湿しが多いほど摺りやすく力も通り良いのですが、限度を超えると紙を傷め、摺り上がりの色が寝ぼけることになります。摺るのに力は必要ですが、程よい湿しでしっかり摺るのが良い仕上がりになります。湿しの加減を数量的に示すのは無理です。信頼のおける摺りの先達に一度きちんと湿しの状態を確認してもらうのが最良です。
 バレン綿の上には、バレンを摺りに使う時には置きますが、摺りに使わない時はバレン綿の上には置きっぱなしにはしないようにします。
 不乾性油の椿油は竹皮を通してバレン縄、当皮にまでやがて染みて行きます。
 当皮の糊にもバレン縄にも油は良いことはありません。
 私は、今では庭の椿の実を九月末から十月末頃までに採取し、殻を割り中身をバレンの竹皮にこすり、それをバレン綿の上でなすって、椿油を与えて使っています。(下図)
 椿油分は、時たま補給する程度で十分ですし、バレン綿が油でまみれるほどでは、使い過ぎです。
 摺師は、椿油の使い過ぎを防ぐために、小さな器(竹筒などでも)に綿を丸く詰め込んで、それに椿油を含ませておいて、バレンを時々そこへ擦りつけ、それをバレン綿に擦りつけて摺っています。これによってバレン綿への過剰な油分が防がれています。
 椿の実は硬い殻のままだと次の季節まで十分に保存できます。
 また、公園などの椿の実は、見向きもされずに採集し放題ですから、いくつかの椿の木を目当てにして初秋に集めておきましょう。
 趣味の木版画作りなら一年間に使うのは10個もあれば良いでしょう、
 そして使い切らないうちに、次の実りの季節になります。あまり古くなると、中身は干からびてしまうこともあります。
 私は、現在は市販の椿油を木版画のバレンに使うことはありません。私の担当する木版画講座の受講生の方々にも、実を配っています。
 市販の椿油は頭髪に使います。油の伸びが良いので2、3滴も使えば十分です。髪がしなやかになってとても具合が良いです。
 そうして、木版画を摺る際には、時々バレンを頭髪でこすっていますが、バレンの滑りは快適です。
 オリーブ油、ベビーオイルはまだしも、サラダ油、てんぷら油は酸化しやすく、固くなって滑りはかえって悪くなります。


木版画「椿」
3版3色摺り
(色面法による


五所作
五所菊雄のメールアドレス 画像ですので打ち直して下さい。
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