第四章・その他
「木版画が上手になるためには」
私が数カ所の木版画講座と教室を担当しての経験から言えることですが、作品作りの際に失敗したくないとして、何とかとりあえずまとめようとする人は、その作品が当面でき上がったとしても、身につくものは少なくて、そのでき上がりを喜ぶだけで終わります。
長く木版画作りを続けるには、失敗の積み重ねが良い作品作りの土台になります。
なぜ失敗したかの要因を探ることで技術は身につきます。
何となくうまくいった場合でも、次も成功するとは限りません。なぜうまくできたのかが分かっているなら、それは課題を一つ克服していることです。
失敗し、先達の教えを請うことでその要因が特定できれば、それを避ける技法が得られます。しかし、先達がいない場合は、その要因が分からないまま、いつまでも同じ失敗を繰り返すことになります。
講座や教室で私が自慢していることの一つが、たくさんの失敗の経験を持っていることです。
そんな私からみれば講座、教室で色んな人が色んな失敗をしてもほとんど驚くこともなく、その要因は簡単に思いつくわけですから、助言ができます。
私のいる時に失敗をして下さい、といつも言っています。
もっともその助言がすぐに実行可能かどうかは、技術の面からは一概ではありません。
材料、道具の面からの助言の実行は簡単ですが、費用が掛かります。
しかし私自身の場合には、道具で解決できるということは、大いに喜んだことです。
道具では解決できない面が多いのですから、とりあえず前門の虎(道具)を乗り越えて後門の狼(技術)に取り組めば良いことになります。
道具への費用を惜しんでいては、自分の作品の失敗が、道具か技術か何なのかを迷いながら失敗の和紙を積み重ね、精神的な疲れも計りしれないことになります。
彫師でも摺師でも経験の積み重ねがあり、更に良い道具を使うわけですからかなうわけがないのですが、経験、技術は買えないとして高価でも道具は手に入るのです。
考えてみると専門家用の道具は使い良くできていることが多いものですから、経験が少ないとしてもその使い良さは利用しなくては損です。
木版画に取り組むための技法書についてです。
私にとって特に参考になった本としては、
「木版画 材料と技法」(小野 忠重著 美術出版社)1956年(昭和31年)をまず挙げます。
「木版画 材料と技法」は、数十冊の版画関連の著作のある小野さんの本で、私にはとても参考になりました。顔料についてはこの本をきっかけとして、更なる専門書への調べに発展していきました。130頁の薄い本ながら版木、バレン、彫刻刀、和紙、更に木口木版についての言及まであります。
それでもバレンの包み方については、写真による段取り図もありながら「どんな方法でもよいから、使いよいように包みなおして下さい。」と書いてあり、慣れない頃の私は戸惑うばかりでした。
絶版のようですが、かなりの改版を重ねて出回っていますので、古本でも十分に入手が可能と思います。
「日本製品図説 錦絵」より
次の二冊は、古い伝統木版画の材料、道具、技法などについての記述、図などが読み物としても楽しめます。前記の小野本と違っていずれも木版画の実践者ではなく、学者による取材、研究の本です。
「日本製品図説 錦絵」高 鋭一 編(へん)輯(しゆう) 内務省
1877年(明治10年)
浮世絵の彫り摺りの道具、技法について、明治期に記されたものです。
まとまったものとしては、最も古いと思います。
初版本は和紙の袋とじです。手摺り木版画で道具、職人図などがあり、興味深いものです。古書で入手しましたが、高価でした。
「錦絵の彫と摺] 石井 研堂 著 芸艸堂 1929年(昭和4年)」
明治文化研究家で錦絵にも造(ぞう)詣(けい)の深かった編集者の石井研堂が、昭和初めの錦絵の彫りと摺り、道具を取りまとめたもので、木版画の源流の中国へも旅をしてかの地の木版画周辺も取材しています。始まりは錦絵の収集から木版による年賀状作りへと進み、技法の探求へと発展してまとめたと書いてあります。
当時の錦絵製作の道具、材料、工程などにも思い至ることができます。
木版画の技法書以外で、私に取って重要な一冊が次の本です。
「絵画材料事典」森田 恒之 訳 美術出版社 1973年(昭和48年)
翻訳本ながら絵画材料について相当に詳しい事典で、常に手元にあって何かと調べたり、拾い読みをしたりしています。絶版になっていましたが、再刊されて入手できます。
展色材・接着剤、顔料・染料・体質、希釈剤・溶剤、支持体、道具・備品・設備……などの項目があり、索引数は約千ほどもあります。
巻末の参考文献が詳しくて、私はその日本での出版のものは九割がた入手しています。
木版画の技法書では、どれほど詳しく書かれていても、力の加減とかコツのような面は読んでいるだけではなかなか伝わりません。
機会を見て木版画教室へ通われることをお勧めします。その時の教室選びによっては、その後の木版画作りが相当に左右されることになります。
教室の選択については、その教室の展覧会を見ることです。それによってその教室では、どんな講座が行われているのかが分ります。
似たような感じの作品ばかりが並んでいる場合は、その講師が教えられる狭い範囲での作品作りしか許していないということです。講師が狭い範囲の技法しか知らないし、できないので、その範囲以外では対応できないのです。
また彫り、摺りが一定の水準で作品が並んでいるかどうかという点では、その講師がまず彫り、摺りについて基礎的に教えることができているかどうか、を意味します。
摺りでは、潰しが平らに均一にできているかを確認するのは、よい判断基準です。広い面の摺りが平らに均一にできているようなら、道具が揃っていて、その道具の使い方を良く教わり、よく学び、よく実践しています。特に透明水彩絵具で平らに均一にできているようなら最良です。
手前みそになりますが、私の担当する教室・講座での展覧会では、多彩な題材、色々な技法で、各自が好きなように作品作りに取り組んでいるのが良く見て取れるはずと自負しています。
作品作りに優先して、材料、道具について幅広く講習することもあるため、いくらか費用はかさむことになりますが、それは彫り、摺りに際して力強い味方になっています。