第一章・材料
和紙
良い和紙とは
和紙の原材料は、楮、三椏、雁皮、麻です。また外国産の楮も使われています。
補助としてパルプの添加もあります。板目木版画で水性絵具を使う場合には、楮を主とした和紙、木口木版画は油性絵具ですから雁皮・三椏系の和紙、銅版画には雁皮紙が好まれます。
楮は三椏・雁皮に較べて繊維が長く丈夫なので、水性絵具の木版画にはもっとも適します。
楮紙は、長い繊維の十分の絡みがあるため丈夫で、強いバレンによる摺りにも耐え、伸縮にも強く、絵具の含みも良いものです。楮に較べると、三椏、雁皮は、繊維が細く短いので、でき上がった紙質は緻密で滑らかな表面を作ります。
雁皮紙は木口木版画の微細な油絵具を摺り取り、また銅版画の繊細な凹版部の絵具をくっきりと写し取ることができる理由です。
三椏紙は、書に用いられます。
麻は、麻薬の大麻として知られているものです。麻の繊維は長く極めて丈夫で、ロープとしても用いられるほどで、強靭な紙が作れるため、大作の日本画にはなくてはならない用紙となっています。
麻は繊維産業の点からも広く栽培されていました。化学繊維に取って代わられるまで、麻袋などはよく目にしていたものです。
楮の繊維は、叩解(こうかい)の加減を調節することで、色んな風合いの和紙を作ることができます。 叩解は、植物の繊維を水に湿潤させた状態で手作業または機械で、叩いてほぐすことです。これによって繊維は細かくフィブリル化(ミクロ的に細分化)して、紙に漉く時に繊維は互いに良く絡まって丈夫な一枚の紙になります。
叩解の少ない場合は、荒い繊維のままの和紙に仕上がります。光に透かして見ると繊維の叩解の度合いが良く見えます。(上図)
叩解を進めると、粘状叩解といって繊維は更に微細に細分化しますので、緻密なきめの細かい緊締(きんてい)した和紙を作ることができます。叩解の加減は紙漉きの要点のひとつです。
パルプは和紙作りの補助原料として使われており、添加されると価格は安くなります。
外国産の楮も使われるようになっています。国産の楮でも、昔は和紙作りの近くに産地があったのです。今は流通も発達して、地元産の楮を使うところは限られています。
四国、九州にはそれぞれに特色のある楮(土佐楮、八女楮)があり、地元で使われています。
那須楮は専業的に生産されているようで、広く各地で使われていますが、同じ那須楮を用いながら各地でそれぞれ特色のある和紙になっています。製造の工程に各地で何らかの伝統から蓄積された技があるのだと思います。
和紙は、材料、材料の調整、叩解の加減、仕上げの加工によって多彩な表情を見せます。日本の各地に和紙の産地が点在しており、同じ楮を使っていてもそれぞれに特徴のある紙が作られています。
「良い和紙」というものが、特にあるわけではありません。使う目的によって決まります。
近場にある紙漉き場へ行った時、バレンの当て皮作りに丈夫で良い楮の和紙が欲しかったので、「良い和紙が欲しいのですが」と言ったところ、「良い和紙というのはありませんが、おっしゃって下されば、どんな和紙でも作りましょう」と言われたことがあります。用途により、それぞれに良い和紙があるので、単に良い和紙というのはありえないということです。
水に浸けても丈夫な和紙もあり、反対に水に浸けると溶けてしまう紙もあります。後者はスパイであれば、いざという時に証拠を溶かせるわけですから、その用途には良い紙ということになります。
私の訪ねた紙漉き場では水性絵具の木版画用の和紙は作っていませんでしたが、私はその場にあった和紙を、二倍くらいの厚みで漉いてドーサを施してもらうことで、製造元からいくぶん安く入手することができています。
良い和紙は高価で、それは原料にもよりますが、やはり手間との関係が大きいようです。
良い原料には惜しみない手間を掛けて高価になり、安価な原料には手間を惜しんで機械の導入、薬品での処理などでいくぶん安価になります。
良い原料に手間を惜しんだり、安価な原料に手間を掛ける、ということはないようです。
高い和紙は良い和紙ということで安心して使うことができます。