被団協新聞

非核水夫の海上通信【2014年】

このコラムは、川崎哲氏(ピースボート地球大学)によるもので、
「被団協」新聞に2004年6月から掲載されています☆☆

2014年12月 被団協新聞12月号

被害者の権利 カンボジアで学んだこと

 10月、ピースボートはスリランカやビルマなど内戦を経験してきた国々の学生を乗せてカンボジアを訪れた。そこで70年代のポルポト政権による大虐殺の実態を学んだ。
 カンボジアでは今でも、責任者を裁き被害者らを救済するための過程が進行中だ。市民団体は「被害者が救済を受ける権利」を掲げており、その中には追悼記念日の制定、記念碑の建立、セラピーやリハビリなどが含まれる。
 補償には「埋め合わせ」という意味があるが、お金で埋め合わせできないものもある。心理的治癒や名誉回復も含めて被害者の権利と考える。カンボジアでのこうした議論は、内戦を経験した他のアジア諸国の学生らにも他人事ではなかった。
 日本では戦後70年を目前に戦後補償論の再燃の兆しがある。慰安婦問題は「政府間で解決済み」と声高に叫ばれているが、被害者の救済と権利の視点が欠落していないか。
川崎哲(ピースボート)

2014年11月 被団協新聞11月号

日本の政策 「核は非人道だが必要」

 10月、国連総会で核の非人道性に関する共同声明が155カ国の署名と共にニュージーランドによって発表された。通算で5回目だ。2012年にスイスなど16カ国が始めた共同声明は、回を重ねるごとに賛同を増やし、国連加盟国の約8割が署名するに至った。当初拒否していた日本は、昨年ようやく署名に回った。その際「核軍縮のためのあらゆるアプローチを支持する」との一文を入れ、日本は核兵器の禁止というアプローチに必ずしも与しないという言い訳とした。
 今年の声明発表にあたっての佐野軍縮大使の演説は日本の姿勢を如実に物語っている。大使は核の非人道性を縷々述べた後、こう付け加えている。「日本は日米安保を堅持し、日本を取り巻く安全保障環境が厳しい中で適切な安保政策をとる必要性を再確認する」
 要は、核は非人道的だが、日本には米国の核がこれまで通り必要だという理屈だ。
川崎哲(ピースボート)

2014年10月 被団協新聞10月号

先制不使用 日本の核政策の転換を

 9月、アジア太平洋地域14カ国の元首相・外相らが核軍縮に関する声明をジャカルタで発表した。豪州のエバンズ元外相が率いるアジア太平洋リーダーシップネットワークと呼ばれるグループで、かつての日豪両政府の国際委員会(ICNND)を引き継ぐものだ。
 声明は全核保有国に対し、核の先制不使用の確約とその条約化を求め、日本、韓国、豪州など「核の傘」の下の国々にも求めている。日本からは川口元外相、阿部原子力委員会委員長代理、猪口邦子参院議員らが名を連ねる。
 日本政府は核の先制不使用に反対し続けてきた。核以外の攻撃に対しても米国の核の反撃が必要というのだ。これが米国の核軍縮の足を引っ張ってきた。
 先制不使用は、核廃絶の大目標から見れば、小さな一歩にすぎない。しかしそれを保守政治家や元高官らが提唱している意義は大きい。日本の政策転換に生かしたい。
川崎哲(ピースボート)

2014年9月 被団協新聞9月号

ウィーン会議 核廃絶の機運高めよう

 昨年3月のノルウェー、今年2月のメキシコに続き、核の非人道性に関する第3回国際会議が12月にオーストリアのウィーンで開かれる。同国のクメント軍縮部長は8月、原水禁世界大会に参加するために来日し、ウィーン会議を核廃絶の機運を高める場にしたいとの意欲を示した。
 オーストリア政府は、核兵器使用の影響に関する会議であって、核兵器の禁止を議題とするものではないという慎重姿勢を変えていない。被爆者の参加を歓迎しつつ、核実験の被害にも焦点を当てるという。
 一方でオーストリア議会は7月、同政府に対して核兵器の禁止に向けて努力するよう求める決議を全会一致で採択している。冷戦時代に東西の窓となり、チェルノブイリ以後は反原発国として歩んできたこの国が、どのような役割を果たすか。
 岸田外相は同会議への日本の参加を明言している。問題はそこで何を語るかだ。
川崎哲(ピースボート)

2014年8月 被団協新聞8月号

安倍政権 実はワシントンに忠実

 集団的自衛権の閣議決定が強行された。次は日米防衛ガイドラインの改訂である。これから日本はどこへ向かうのか。米国のアーミテージ・ナイ報告書を読むとよい。
 アーミテージ元国務副長官とナイ元国防次官補は日米安保政策に強い影響力を持ち、日本を飼い慣らすという意味でジャパン・ハンドラーと呼ばれるグループの代表格だ。第三次報告書(2012年)は日本が「一流国になりたいなら」次の課題に取り組めと提言している。
 まず、原発再稼働。海賊対策とペルシャ湾の船舶航行保護。ホルムズ海峡への掃海艇派遣。TPP参加。国家機密情報の保護。平和維持活動では他国部隊も保護できるように武力行使も認める、等々。
 安倍政権はまさにこの教科書に沿って政策を進めているようだ。「日本を取り戻す」とナショナリストの顔をしながら、実際にはかなりワシントンに忠実なようである。
川崎哲(ピースボート)

2014年7月 被団協新聞7月号

解釈改憲 憲法は政府をしばるもの

 集団的自衛権を行使できるよう憲法解釈を変える動きが進んでいる。これが読まれる頃には閣議決定されているかもしれない。
 集団的自衛権の問題点は山ほどあるが、最大の問題は、憲法の根幹の解釈を政府が勝手に変えるという点だ。憲法は本来政府をしばるもの。政府は憲法の下で、国会が作った法に則り行政を行なう。これが民主主義の基本だ。
 だが集団安保推進派からは「憲法を守って国を守らないのか」、戦争になっても「最後は総理の判断」といった発言が続く。限定容認というが歯止めは「ときの政府の判断」というわけだ。危険なのは政治家だけではない。「決められる」強い指導者を待望する風潮があることも確かだ。
 かつてナチスは選挙を通じて台頭し、全権委任法により合法的に憲法を停止した。「ナチスの手口に学んで」という昨年の麻生副総理の失言が、現実味さえ帯びてきた。
 川崎哲(ピースボート)

2014年6月 被団協新聞6月号

安倍政権暴走 世界のリスクと見られないか

 ニューヨークタイムズが安倍政権に警告を発し続けている。
 就任直後の13年年始の社説は「右翼国家主義者」安倍首相による慰安婦問題・河野談話見直しの動きを批判。同年末には竹富町の教科書問題を紹介した。同時期の社説では武器輸出三原則撤廃を批判、「日本は武器でなく平和憲法の原則を輸出すべき」とした。本年2月には首相の靖国参拝をめぐる日米関係の「冷え込み」を評する記事を載せた。
 そして今の集団的自衛権問題。5月8日の社説は、権力をしばる憲法が「政府の気まぐれ」で変えられてはならない、「日本の民主主義が問われている」とした。これに対し佐々江駐米大使は、集団的自衛権は「国会手続きを経て」決められるとの反論を投稿した。実際は国会の承認もなく閣議決定を強行というのだから反論になっていない。暴走する日本は、世界のリスクと見られてはいないか。
川崎哲(ピースボート)

2014年5月 被団協新聞5月号

米中日印 一般市民の感覚は

 ニューデリーでの国際会議で、インドの元大使や軍事関係者と話をする機会を得た。
 「米・印・日が連携して中国に対抗していく必要があるよね」と言われたので私は答えた。「日本政府は今は中国に対抗姿勢をとっているが、いずれは中国との協調を選ばざるをえなくなる。日本の一般市民に中国の何が脅威だと思うかと問えば、ほとんどの人はPM2・5や食品汚染と答えるだろう。それら喫緊の課題を解決するには中国と対話して共通の環境基準を導入するほかないからだ」。
 彼らは目を丸くして「そんな意見は初めて聞いた。そんな世論もあるのか」と興奮気味だった。彼らは日本の防衛関係者と頻繁に話をしているが、大気汚染の話など出た試しはないそうだ。私にはその方が驚きだ。いったい日本の「安保屋」たちはふだん外国で何を話しているのか。核抑止力の話ばかりしているのだろう、きっと。
川崎哲(ピースボート)

2014年4月 被団協新聞4月号

特別留学生 ブルネイの被爆首相

 ピースボートで訪れたブルネイで広島の被爆者である同国初代首相ペンギラン・ユスフ氏に面会する光栄を得た。現在92歳のユスフ氏は1944年に南方特別留学生として来日、広島文理科大で学ぶ最中に被爆。帰国後、英植民地下で憲法起草に関わり、66年に首相に任命された。豊富な天然ガスの対日安定供給に道を開いた。
 ご高齢のため口数は少なかったが終始笑顔で「日本語は忘れてしまいました。また行きたいなあ」とくり返しておられた。ご自宅には日本人形や富士山の絵が飾られ、日本好きの様子がうかがえた。
 南方特別留学生とは日本帝国政府が当時支配した東南アジアの若者たちを国費で招いた制度だ。日本軍の護衛で海を渡ってきた。富士山にも登ったという。同じ広島の当時の女学生の記憶が「校庭の砂鉄をかき集めたこと」だったのとは対照的で、考えさせられること大であった。
川崎哲(ピースボート)

2014年3月 被団協新聞3月号

安全神話 核兵器運用の実態をみよ

 メキシコ・ナジャリットでの核の非人道性第2回国際会議での議論の多くは、昨年のオスロ会議と重なるものだった。放射線の長期的影響、核の冬による飢饉、核惨事には人道救援が不可能であることなどである。
 だが一つ、オスロ会議になかった議題がある。それは偶発的な核使用のリスクだ。かつて米空軍で核ミサイル運用に携わり現在「グローバル・ゼロ」を主宰するブルース・ブレア氏は、サイバー戦やテロで核が使用される危険性を語った。英王立国際問題研究所のパトリシア・ルイス氏は、誤って核が発射寸前に至った事例の多さを詳細に報告した。
 核抑止論とは、核を使う態勢をとることで結果的に核は使われないという理論だ。だが核兵器運用の実態をみれば、それがいかに現実離れしているかが分かる。まさに安全神話だ。リアリストを自認する方々にぜひ直視してもらいたい。
川崎哲(ピースボート)

2014年2月 被団協新聞2月号

非核自治体 住民を守る主体に

 地方の首長選挙における原発論争が熱を帯びてきている。原子力政策を決めるのは国でも自治体は当事者だ。
 非核自治体の歴史は1980年代の反核運動に遡る。今日5600以上の都市が加盟する平和首長会議は82年に発足。イギリスでは80年に非核自治体連合(NFLA)が生まれ、原発と核兵器の両方に反対する活動を今日まで続けている。
 福島の原発事故後、日本では脱原発首長会議が生まれた。今日会員は約90名。欧州ではウィーン市を中心に非核ヨーロッパをめざす都市連合(CNFE)が誕生している。
 脱原発首長会議の世話人・三上湖西市長は昨年の平和首長会議総会で「原発がテロ攻撃を受ければ核兵器に匹敵する脅威」と警告した。核の非人道性に関する近年の議論は、核惨事における被害想定や救援体制に焦点を当てている。住民を守る主体としての非核自治体の出番である。
川崎哲(ピースボート)

2014年1月 被団協新聞1月号

核保有は恥 非人道から禁止条約へ

 昨年は核兵器の非人道性がキーワードとして浮上した1年だった。3月に核兵器の人道上の影響に関する国際会議がノルウェーで開かれた。10月の国連総会では非人道性の共同声明に125カ国が署名。それまで拒絶していた日本政府も、国内外の批判に押されてついに署名した。
 今年2月には人道影響に関する第2回会議がメキシコで開かれる。核が使われた際の放射線被害、気候への影響と飢饉に加え、大量の避難民や電磁波による通信網破壊など社会経済影響まで議論する。
 議論はそこから、核をいかに使わせないかに移らなければならない。核兵器禁止条約の交渉開始が急務だ。核使用を前提とした安保政策は転換すべきだ。
 禁止条約には実効性がないとの懐疑論もある。だが禁止交渉を通じて、核を持つことがステータスではなく恥であるという国際規範が作られる。それが廃絶への第一歩だ。
川崎哲(ピースボート)