被爆者対策の歴史と現行法

原子爆弾被爆者援護法案要綱(1989.2.14国会参院六会派提出、12.15本会議可決)

第一 目的
 この法律は、広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者及びその遺族が今なお置かれている特別の状況にかんがみ、国家補償の精神に基づき、これらの者に対して医療の給付、一般疾病医療費、被爆者年金又は特別給付金の支給等必要な措置を講じ、もってこれらの者を援護することを目的とすること。(第一条関係)

第二 定義
 この法律において「被爆者」とは、次のいずれかに該当する者であって、被爆者援護手帳の交付を受けたものをいうこと。(第二条関係)
(一) 原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内にあった者
(二) 原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に(一)の区域のうちで政令で定める区域内にあった者
(三) (一)及び(二)に掲げる者のほか、原子爆弾が投下された際又はその後において、身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者
(四) (一)、(二)及び(三)に掲げる者が当該(一)、(二)又は(三)の事由に該当した当時その者の胎児であった者

第三 被爆者援護手帳
一 被爆者援護手帳の交付を受けようとする者は、その居住地(居住地を有しないときは、その現在地)の都道府県知事(広島市又は長崎市の区域にあっては、広島市長又は長崎市長。以下同じ。)に申請しなければならないこと。(第三条第一項関係)
二 都道府県知事は一の申請に基づいて審査し、申請者が第二のいずれかに該当すると認めるときは、その者に被爆者援護手帳を交付するものとすること。(第三条第二項関係)

第四 援護の種類
 この法律による援護は、次のとおりとすること。(第四条関係)
 (一) 健康診断の実施
 (二) 医療の給付
 (三) 一般疾病医療費の支給
 (四) 医療手当の支給
 (五) 介護手当の支給
 (六) 被爆者年金の支給
 (七) 特別給付金の支給
 (八) 葬祭料の支給
 (九) 原子爆弾被爆者保護施設への入所等
 (十) 旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律(昭和六十一年法律第八十八号)第一条第一項に規定する旅客会社(以下「旅客会社」という。)の
鉄道への乗車等についての無賃取扱い

第五 健康診断の実施
 都道府県知事は、被爆者に対し、毎年、健康診断を行うものとすること。(第五条関係)

第六 医療の給付
 一 厚生大臣は、原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し、又は疾病にかかり、現に医療を要する状態にある被爆者に対し、必要な医療の給付を行うこと。ただし、当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは、その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。(第八条第一項関係)
 二 医療の給付の範囲は、次のとおりとすること。(第八条第二項関係)
 (一) 診察
 (二) 薬剤又は治療材料の支給
 (三) 医学的処置、手術及びその他の治療並びに施術
 (四) 病院又は診療所への収容
 (五) 看護
 (六) 移送

 三 医療の給付は、厚生大臣が指定する医療機関(以下「指定医療機関」という。)に委託して行うものとすること。(第八条第三項及び第十条から第十四条まで関係)
 四 一により医療の給付を受けようとする者は、あらかじめ、当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生大臣の認定を受けなければならないこと。(第九条第一項関係)
 五 厚生大臣は、四の認定を行うに当たっては、原子爆弾被爆者等援護審議会の意見を聴かなければならないこと。(第九条第二項関係)
 六 厚生大臣は、被爆者が、緊急その他やむを得ない理由により、指定医療機関以外の者から二の医療を受けた場合において、必要があると認めるときは、医療の給付に代えて、医療費を支給することができるとすること。被爆者が指定医療機関から二の医療を受けた場合において、当該医療が緊急その他やむを得ない理由により一によらないで行われたものであるときも、同様とすること。(第十五条第一項関係)

第七 一般疾病医療費の支給
 厚生大臣は、被爆者が、負傷又は疾病(第六の一の医療の給付を受けることができる負傷又は疾病等を除く。)につき、都道府県知事が指定する医療機関(以下「被爆者一般疾病医療機関」という。)から第六の二の医療を受け、又は緊急その他やむを得ない理由により被爆者一般疾病医療機関以外の医療機関からこれらの医療を受けたときは、原則として、その者に対し、当該医療に要した費用の額を限度として、一般疾病医療費を支給すること。(第十六条から第十八条まで関係)

第八 医療手当の支給
 一 都道府県知事は、被爆者であって、負傷又は疾病につき第六の一の医療の給付を受け、又は第六の六の医療費の支給を受けることができる医療を受けている者に対し、その給付又は医療を受けている期間について、医療手当を支給すること。(第十九条第一項関係)
 二 医療手当は、月を単位として支給するものとし、その額は、一月につき、八万円とすること。(第十九条第二項関係)

第九 介護手当の支給
 一 都道府県知事は、被爆者であって、政令で定める程度の精神上又は身体上の障害(原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかである負傷又は疾病による障害を除く。第十の一(四)において同じ。)により介護を要する状態にあり、かつ、介護を受けている者に対し、政令で定めるところにより、その介護を受けている期間について、月額十万円の範囲内において、介護手当を支給すること。(第二十条第一項関係)
 二 その精神上又は身体上の障害が一定の重度の障害に該当する者に支給する介護手当の額は、一による額が五万円に満たないときは、五万円とすること。(第二十条第二項関係)

第十 被爆者年金
一 被爆者年金の支給(第二十一条関係)
(一) 被爆者には、被爆者年金を支給すること。
(二) 被爆者年金を受ける権利の裁定は、これを受けようとする者の請求に基づいて、厚生大臣が、原子爆弾被爆者等援護審議会の意見を聴いて、行うこと。
(三) 被爆者年金の額は、三十四万八百円とすること。ただし、第六の四の認定を受けた者に支給する被爆者年金の額は、七十九万千円とすること。
(四) 被爆者が政令で定める程度の精神上又は身体上の障害の状態にある場合については、その者に支給する被爆者年金の額は、(三)にかかわらず、その傷害の程度に応じ、三十四万八百円(第六の四の認定を受けた者に支給する被爆者年金については、七十九万千円)を超え、百六十七万円(第六の四の認定を受けた者に支給する被爆者年金については、七百六万六千八百円)を超えない範囲内において、政令で定める額とすること。
(五) (四)の傷害の程度を定めるに当たっては、原子爆弾の放射能の影響を受けたことによる疾病の特殊性について特に配慮しなければならないこと。
(六) 厚生大臣は、(四)の傷害の程度及び額を定める政令の制定又は改廃に当たっては、あらかじめ、原子爆弾被爆者援護審議会の意見を聴かなければならないこと。
二 被爆者年金の額の改定
(一) 厚生大臣は、被爆者年金の支給を受けている者が新たに第六の四の認定を受けたとき等一定の事由に該当する場合には、原子爆弾被爆者等援護審議会の意見を聴いて、当該被爆者年金の額を改定すること。(第二十二条第一項関係)
(二) 被爆者年金については、政府は、国民の生活水準、賃金、物価その他の諸事情に変動が生じた場合においては、変動後の諸事情を総合勘案し、速やかに、被爆者年金の額を改定する措置を講じなければならないこと。(第二十三条関係)
 三 被爆者年金の支給期間及び支給月(第二十四条関係)
(一) 被爆者年金の支給は、平成二年七月(被爆者援護手帳の交付を受けた日が同月一日以後であるときは、その交付を受けた日の属する月の翌月)から始め、権利が消滅した日の属する月で終わるものとすること。
(二) 二(一)により被爆者年金の額が改定されたときは、改定後の額による被爆者年金の支給は、改定された日の属する月の翌月から始めるものとすること。
(三) 被爆者年金は、毎月、それぞれその月の分を支給すること。
 四 被爆者年金を受ける権利を有する者が死亡したときは、当該被爆者年金を受ける権利は、消滅するとすること。(第二十五条関係)
 五 被爆者年金を受ける権利を有する者が、禁錮以上の刑に処せられたとき等一定の場合には、被爆者年金の支給を停止すること。(第二十六条関係)
 六 被爆者年金と恩給法(大正十二年法律第四十八号)第四十六条に規定する増加恩給その他被爆者年金に相当する給付との調整の規定を置くこと。(第二十七条関係)
 七 被爆者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき被爆者年金でまだその者の死亡前に支給していないものがあるときは、その者の配偶者等一定の範囲の者は、自己の名で、死亡した者の被爆者年金の支給を請求することができるとすること。(第二十八条関係)

第十一 特別給付金
 一 特別給付金の支給
(一) 死亡した第二に掲げる者の配偶者等一定の範囲の遺族には、特別給付金を支給すること。ただし、その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかである場合を除くこと。(第三十条第一項、第三十一条及び第三十二条関係)
(二) 特別給付金を受ける権利の裁定は、これを受けようとする者の請求に基づいて厚生大臣が行うこと。(第三十条第二項関係)
二 特別給付金の額及び記名国債の交付(第三十三条関係)
(一) 特別給付金の額は、死亡した者一人につき百二十万円とし、十年以内に償還すべき記名国債をもって交付すること。
 (二) (一)により交付するため、政府は、必要な金額を限度として国債を発行することができるとすること。
 (三) (二)により発行する国債は、無利子とすること。
 (四) (二)により発行する国債については、政令で定める場合を除くほか、譲渡、担保権の設定その他の処分をすることができないとすること。
 三 特別給付金と恩給法第七十五条第一項の扶助料等との調整の規定を置くこと。(第三十四条関係)

第十二 葬祭料の支給
 都道府県知事は、被爆者が死亡したときは、その葬祭を行う者に対し、葬祭料として、死亡した者一人につき二十万円を支給すること。ただし、その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかである場合を除くこと。(第三十六条関係)

第十三 被爆者年金の支給の制限
 被爆者年金、特別給付金又は葬祭料(以下「被爆者年金等」という。)の支給を受けることができる者が、故意に、障害若しくは死亡又はこれらの直接の原因となった事故を生じさせた場合等一定の場合には、その者には、当該障害又は死亡に係る被爆者年金等の支給を制限すること。(第三十七条関係)

第十四 原子爆弾被爆者保護施設への入所等
 厚生大臣は、高年齢である被爆者、小頭症の病状にある被爆者その他の被爆者について、特に入所及び保護(治療を含む。以下同じ。)を必要とすると認めるときは、原子爆弾被爆者保護施設に入所させ、その保護を行うものとすること。(第三十八条関係)

第十五 旅客会社の鉄道への乗車等についての無賃取扱い
 一 被爆者及び政令で定めるその介護者は、運賃を支払うことなく、旅客会社の経営する鉄道、航路又は自動車線に乗車し、又は乗船することができるとすること。(第三十九条第一項関係)
 二 国は、一による取扱いに伴う鉄道、航路及び自動車線の運賃を負担するものとすること。(第三十九条第三項関係)

第十六 被爆二世又は被爆三世に対する適用等
 一 都道府県知事は、被爆二世又は被爆三世から申出があった場合には、その者に対して、第五の例により、健康診断を行うものとすること。(第四十条第一項関係)
 二 被爆二世又は被爆三世で、原子爆弾の傷害作用に起因する疾病にかかっている旨の都道府県知事の認定を受けた者は、第二に掲げる者とみなしてこの法律の規定(被爆者年金、特別給付金及び葬祭料に係る規定を除く。)を適用すること。(第四十条第二項関係)

第十七 原子爆弾被爆者保護施設
 一 国は、原子爆弾被爆者保護施設を設置しなければならないこと。(第四十一条第一項関係)
 二 原子爆弾被爆者保護施設は、第十四による入所及び保護を行う施設とすること。(第四十一条第二項関係)

第十八 原子爆弾被爆者相談所
 一 都道府県並びに広島市及び長崎市は、原子爆弾被爆者相談所を設けることができるとすること。(第四十二条第一項関係)
 二 原子爆弾被爆者相談所は、被爆者の健康及び生活上の問題について相談に応ずる施設とすること。(第四十二条第二項関係)
 三 国は、予算の範囲内において、原子爆弾被爆者相談所を設置した都道府県及び市に対し、その設置及び運営に要する費用の全部又は一部を補助することができるとすること。(第四十二条第三項関係)

第十九 原子爆弾被爆者等援護審議会
 一 厚生大臣の諮問に応じ、この法律の施行に関する重要事項を調査審議させるため、厚生省に原子爆弾被爆者等援護審議会(以下「審議会」という。)を置くこと。(第四十三条第一項関係)
 二 審議会は、一の事項につき、関係行政機関の長に意見を述べることができるとすること。(第四十三条第二項関係)
 三 その他審議会の組織及び運営に関し、所要の規定を置くこと。(第四十四条から第四十六条まで関係)

第二十 不服申立て
 被爆者年金又は特別給付金に関する処分についての異議申立ての期間の特例等不服申立てに関し、所要の規定を整備すること。(第四十七条から第五十一条まで関係)

第二十一 交付金
 国は、政令で定めるところにより、医療手当、介護手当及び葬祭料の支給並びにこの法律又はこの法律に基づく命令の規定により都道府県知事が行う事務に要する費用を都道府県(広島市長又は長崎市長が行うこれらの支給及び事務に要する費用については、広島市又は長崎市)に交付すること。(第五十六条関係)

第二十二 放射線影響研究所に対する助成等
 一 国は、財団法人放射線影響研究所に対し、その事業に要する費用について、予算の範囲内において補助するものとすること。(第五十七条第一項関係)
 二 国は、財団法人放射線影響研究所の事業を推進するために必要な助言、指導その他の援助を行うように努めるものとすること。(第五十七条第二項関係)
 三 財団法人放射線影響研究所は、原子爆弾の放射能の人に及ぼす影響及びこれによる負傷又は疾病に関する調査研究、被爆者に対する健康診断及び指導、当該負傷又は疾病の治療等の事業を総合的に実施するように努めるものとすること。(第五十七条第三項関係)

第二十三 罰則
 罰則に関し、所要の規定を置くこと。(第六十一条及び第六十二条関係)

第二十四 施行期日等
 一 この法律は、平成二年七月一日から施行すること。(附則第一条関係)
 二 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(昭和三十二年法律第四十一号)及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(昭和四十三年法律第五十三号)を廃止すること。(附則第二条関係)
 三 健康診断の特例及び調査の規定を置くこと。(附則第十三条及び第十四条関係)
 四 老人保健法(昭和五十七年法律第八十号)に一般疾病医療費の支給の対象となる負傷又は疾病に関する医療等に要する費用についての負担の特例の規定を置くこと。(附則第十五条関係)
 五 その他経過措置等所要の規定を整備すること。