■ 2013年に読んだ本
  
分子生物学者の福岡伸一先生、現在ではフェルメールの絵の復刻など、様々な分野で大活躍ですね。本書はご自身の専門分野ですが、これまた潔い本で、「科学は物体を原子レベル、またはそれ以上に細かく分割して理解しようとしてきたが、けっきょくそれではわからないこともあるのだ」ということを示しています。いくら物体を細かくしたところで生命の痕跡はどこにも現れない。科学的手法の限界さえちらつきます。それでも、その「世界は分けてもわからない」という認識を持つことからスタートしなければならない。これは科学的にも意義深い考察だと思います。
2013年11月 「映画の見方がわかる本/町山智浩」 (洋泉社・単行本)
大好きな映画評論家、町山さんによる映画解説本。サブタイトルにもある通り、「2001年宇宙の旅」から「未知との遭遇」まで、1967年から1979年の主要映画についての解説がひもとかれます。映画に限らず小説、政治、宗教などの豊富な知識を総動員し、映画の背景をとことん語り尽くすスタイルは、ちょっと他の映画評論家には真似のできる芸当ではありません。「2001年〜」を観てよくわからなかった僕などには、とてもためになる一冊でした。
2013年11月 「日本の黒い霧(下)/松本清張」 (文藝春秋・文庫)
日本の戦後史に残る様々な大事件について、著者独自の見解を示した一作。映画になった松川事件などが取り上げられており、その映画に興味を持った僕には興味深い内容でした。
以前に一度読んだあと、本書を原作とする映画を観ていたく感動し、再読に至りました。
前回の感想
主人公となる宏樹が自己の空虚を悟って嘆くのは映画だけのシーンかと思っていたら、しっかり原作のほうにもありましたね。ただ、映画に比べると小説のインパクトは薄い気がします。
2013年11月 「それから/夏目漱石」 (新潮社・文庫)
かなり昔に読んだものの再読です。
前回の感想
ためいきが出るほどに素晴らしい作品。文学的趣向に満ちあふれた傑作です。僕の読んだ漱石作品の中ではいちばん好きです。

今回読んで強く思ったのは、父親の駄目さ加減です。もちろん代助が甘えん坊で手前勝手な考えの持ち主なのは間違いありませんが、この父親が悪いのです。働けるはずの息子に金銭的補助を施し、「お前の面倒くらい見てやる」と言い放ち、結局自分の思うように”支配”している。これでは代助を否定しているのと同じことです。家族が手を出せば出すほど、代助は駄目になっていく。必要なのは心配ではなく信頼のはずなのに。代助はいったん家族からすっぱり手を切ることで、はじめて人生の道が開けていくことでしょう。
2013年11月 「坊ちゃん/夏目漱石」 (新潮社・文庫)
それから」を読んだついでに、こちらも読んでみました。以前に読んだ時には、爽やかな青春物語のような印象を受けましたが、今回の感想はまったく違います。他人を認めることができず、交流することができない、坊ちゃんは寂しく哀しい人だという印象を強く受けました。最後までそれは変わらず、読後には打ち捨てられた寂しさが残ります。読むたびに違う感想を持ちそうです。こんなに短い話なのに、これはちょっとすごいですよ。
2013年10月 「人間の土地/サン・テグジュペリ」 (新潮社・文庫)
夜間飛行」にいたく感動し、本書を手にとりました。飛行士であった著者の経験を描いたエッセイですが、実に多くの示唆を含んでおり、人生の指南書とも呼べる作品です。優れた書物や映画と同様、本書も、大事な問いかけを与えてくれます。
「あなたの好きなものは何ですか?」
「あなたのやりたいことは何ですか?」
そして僕らはその答えを考え続けるのです。著者の残した美しい言葉、美しい風景に酔いしれながら。
2013年10月 「邪馬台国はどこですか?/鯨統一郎」 (東京創元社・文庫)
再読です。歴史ミステリーとして、僕のような歴史オンチにはたいへんためになる(と思わせてくれる)一冊です。とにかくトンデモ仮説が紹介され、その仮説が丁寧な解説により、本当のことのように思えてくる様は痛快です。歴史に詳しい人が読んだらどう思うのか、聞いてみたいところです。
前回の感想
2013年10月 「タモリ論/樋口毅宏」 (新潮社・新書)
「笑っていいとも」終了に伴い、いちやく話題の本となりました。「さらば雑司ヶ谷」に続き、著者の本を読むのは2冊目ですが、これは「タモリ論」というよりは、タモリを中心とした芸能界雑感という感じです。さほど鋭い指摘もないので、得るものは少ないかなあというのが正直なところ。
2013年 9月 「わらの女/カトリーヌ・アルレー」 (東京創元社・文庫)
10年以上ぶりの再読です。前回は満点をつけましたが、やはり今回の感想も同じです。犯罪小説で僕のオールタイムベストがこれです。翻訳小説というと登場人物が多くて大変、というのがありますが、本作では、主要人物は3人だけで、順番に一人ずつ登場しますので、そうした困難さはありません。読みやすく、かつ格調の高い翻訳も完璧です。人間の持つ浅はかさ、いやらしさなどがとても効果的に表現されています。ダークだけれど潔いラストは心地よいくらいです。
2013年 9月 「旅をする木/星野道夫」 (文藝春秋・文庫)
5点満点の本が続くのは、それを選んで再読しているためです。本作は、僕の中では特別な一冊、心の一冊というべき作品です。なんという瑞々しい感性、そして文章なのでしょう。そして、ただキレイキレイなだけでなく、常識にとらわれることなく、人間の心の深い部分にまで踏み込み、それでいてダークさを全く感じさせない。これは奇跡です。悲しみを隣に湛えてこそ成り立つ喜び、死と背中合わせの命の尊さ。人間存在の本質を感じさせてくれる一冊。いつ、どこを読み返しても心に響きます。
前回の感想
書評家・豊崎由美さんを含め、各所で絶賛の嵐だったので、買ったその日に、積ん読本を振り切って読み始めました。一作が20ページほどの短編集です。いかに善良で普通の市民が犯罪を犯すに至るのか、短い物語の中で、時に大胆に省略もいとわない描写でつづられます。省略しすぎて結局よくわからない話もあるものの、人間の不可解さが描かれた好短編集だと思います。他の作品も読んでみたくなりました。
2013年 5月 「さらば雑司ケ谷/樋口毅宏」 (新潮社・文庫)
一部で熱狂的に指示されていたこともあり、手に取りました。なかなかハードなバイオレンス、そしてエログロ描写が続きます。確かに面白いですが、B級映画的な面白さであり、中途半端なところに留まっている気もします。