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scene 17 : armed peace

腕が重い。

重い、と表現するのも正確ではないか。特に疲れている訳でもないしだるいというのとも違う。ただ動かせない。いやそうしようと思えば動くのだが、動かせる状況にない、らしい。振り払う訳にも ― 「振り払う」という事は何かに押さえ付けられているのか。だが別に自由を奪われている感じでもなく、寧ろ何やら暖かくて心地良い。恐らく振り払うとその心地良さが消えてしまう、或いは何か大切なものを損なう結果になりそうなので動かしてはいけないのだろう。

そう結論したところで眼が覚める。夢だったかと思ったと同時にまだ先刻からの感覚は続いているのに気付き、傍を見る。すぐ隣で彼女が僕の左腕に縋って眠っていた。なるほどそれで動かせなかった訳だ。眠っているうちに無意識に腕を取ったのだろう、ごく緩く腕を絡めているだけなので煩わしい訳でもないし、その気になればそっと腕を抜くこともできそうだが、そうしたいとも思わない。左腕を動かさないよう注意しながらシーツを彼女の肩まで引き上げると、彼女が身動きしたので思わず中途で動作を止め、息を殺して様子を窺う。幸い眼は覚まさなかったので、ほっとしてこちらも枕に頭を戻す。彼女は顔を伏せていて表情は見えないが、 暗い室内のひやりと澄んだ空気の中で規則正しい寝息が微かに聞こえる。眠りに落ちてまだ精々2時間程度しか経っていないだろう。金曜の夜で床に入ったのもいつもよりは遅目だったが、明日は(正確には既に今日だ)晴れそうなので久し振りに近くの植物園に行こうという話になっていた。早起きして持って行く昼食を作ると彼女が張り切っていたのを思い出す。

彼女がまた少し身動きして、僕の腕を自分の方へ少し引き寄せる。普段目覚めている時には互いに余り腕を組んだりしないが、だからと言って別にそれが嫌いな訳ではない。彼女が望みさえすればいつでも喜んで腕を差し出すし、正直なところ人前でもそう不自然でなく互いに触れ合えるという点で「腕を組む」という行為はある意味便利なものだと思う。大切な相手の身体の感触や温かさを確かめる事は単純に安心感と精神的充足感をもたらすものだ。半ば微睡みつつそんな事を考えていると彼女が更に僕の腕を引き寄せたが、今度は両腕で抱え込むようにして、子供が枕や毛布にするように頬と胸に押し付ける。


まずい。


一気に覚醒状態に逆戻りした。触れ合うにしても限度、いや時と場合というものがある。少なくとも片方は明瞭に意識があるのに他方がぐっすり眠り込んでいる状態でここまで密着するのは間違いだ。もはや安心とか充足といった次元では済まされない事態になってくる。あちらはたまたまそこにあるものを完全に無意識に引き寄せているに過ぎないが、相手が誰で自分とどういう関係にあるか十二分に認識した上でこういった無防備かつ挑発的な行動に出られる側は堪ったものではない。今更腕を引抜こうとしてももはや手遅れだし、無理にそうすれば彼女を起こしてしまうだろう。そうなればなぜ起こしたのか説明する必要が生じるし、説明すれば彼女に気を遣わせることになる。それは避けたい。下手をすれば今後、少なくとも当分は僕から不自然に離れて寝ようとするかも知れない。何としても避けたい。かと言っていつまでもこの状態に耐えられるかと言えば甚だ心許ないが、それでもなお耐えねばならない。とにかく彼女の抱き枕か熊の縫いぐるみ状態の現状を多少なりとも緩和できればどうにか ― 多分 ― できるのだ。頼むから何とか ―

不意に彼女が腕を離す。離しただけではなくこちらにくるりと背を向けた。急な事に何か拍子抜けしたような心持ちでそっと体を起こして様子を窺うと、彼女は何も無かったかのように(実際彼女にとっては何も無かったのだが)すやすやと寝息を立てている。意識的にしたことではないとは言え余りの無邪気さと変わり身の早さに内心苦笑して、ほっとしたのか幾分残念なのか自分でもはっきり判断できない溜息を吐いてまた仰向けになり、眼を閉じる。


どうも眠れない。たった今まで彼女に抱き締められていた腕が妙に寒々しくて落着かないのだ。数分前までの状況に何とかしてくれと願っていたのだから随分と勝手な言い草なのは承知しているが、いきなりふいとそっぽを向かれれば寂しくもなる。確かに何とかしてくれとは思ったが、「離してくれ」と願った訳では決して無い。ただ少し腕を緩めてくれる程度で充分だったのだ。眼を開けて彼女の方を見やったが、今やぴくりとも動かない。少し離れてしまったのでここからでは寝息さえ聞こえない。些か心配になってきてまたそろりと体を起こし、背中越しに彼女に半ば覆い被さるようにして腕を伸ばす。その髪に指先が触れたと思った瞬間、

「うーん」

小さく声を上げて彼女がまたこちらへ寝返りを打った。しまった、と思った時はもう遅い。上半身を起こすために左腕を彼女の頭のすぐ上に置いて支えにしていたところにくるりと振り向かれたので、まともに胸に飛び込まれる形になった。不意を突かれて驚いたのもあって、両腕を半端に宙に浮かせたままやけに情けない格好で枕に押し戻される。彼女は何やらよく聞き取れぬ事を呟きながら、ぴたりと身体を寄せてきた。

これはまずい。最初の状況の何倍もまずい。先刻は身体部位的にはいわば末節に近い腕だったが、今度はまさに体当たりを受けたようなものだ。こう立て続けに刺激を与えられると心臓に悪い。そもそもその心臓の上に彼女の頭が載っている訳で、これで冷静になれる事を期待する方が無理だ。自分の心臓の鼓動で彼女が眼を覚ましはしないかと真剣に思う。いや寧ろ目覚めてくれた方が助かるのだが、どうやらその様子は無い。いっそ何か無理のない理由をつけて彼女を起こせないかと考えても、今の精神状態で『無理のない』言い訳など考えつく余裕がある筈も無い。何とかして彼女の目を覚まさずにそっとシーツの上に寝かせ直さねばこちらの神経が持たないと思ったとほぼ同時に、彼女が腕を伸ばして僕の身体に巻き付け、ご丁寧に寝間着をきゅうと握り締める。万事休すと言うのはこういう状況を指すのかと思う。頭を少し動かしてこちらに向けたので、薄闇の中でもふわりと閉じられた白い目蓋が見て取れる。見るべきでは無かったと悔やんでも後の祭りだ。

暫くの間何とか眠ろうとしてみたが、彼女の体温と呼吸と感触が直に伝わってくる状態で穏やかな眠りに着ける訳がないという事実を嫌と言う程確認しただけだった。眼を開ければ彼女の顔が視界に入るし、何やら甘い匂いが断続的に鼻孔をくすぐる。状況さえ違えば手放しで歓迎するのだ、頼むから目覚めてくれと幾ら願っても、彼女は相変わらず無邪気に寝息を立てるばかりだ。となれば残る策はどうにかして全く別の事に注意を集中してこの現状から気を逸らし、できれば眠れるよう最善の(或いは最悪の)努力をするしかない。

まず明日の予定について思い巡らせる。駄目だ、これは彼女が関わっているので全く気を逸らすことにはならない。ならば仕事の書類はどうだ。以前似たような状況に陥った際に何度かこれで切り抜けた事がある ― 今回程差し迫った状況では無かったが。ともかく提出したばかりの次の研究調査の計画書を表題から各項目の一字一句まで思い返してみたが、そもそも大した長さでもないし記憶が新し過ぎるのでじきに終わってしまう。その間にも彼女が僅かに動いたり腕を更にきつく巻き付ける度に何度となく現実に引き戻される。と言うより正確にはこの努力自体、既に彼女の情報で飽和状態の上に変更不可のファイルに、敢えて気付かぬ振りをして全く無関係なデータを無理矢理上書きしようとしているようなものなのだ。先月から取掛かっている論文の内容を整理しようともしてみたが、書く事は大方決まっているしただ頭の中で文章を練る段階はとうに過ぎている。仕事も助けにはなりそうも無いので、更に別の分野を考えてみる。一昨日読んだ新刊書は、いやあれは殆ど面白く無かったので思い返す気も起こらない。では何か昔読んだもの、思い出すのにある程度の努力が必要なものなら気も逸れはしないか。そこでいつの間にか無意識に彼女の肩を抱いているのに気付き、慌てて手を離す。


― 真実を知り乍ら是を秘さんと苦闘せし痛み ...


不意にトマス・グレイの『教会墓地の哀歌』の一節が浮かぶ。そう言えば十代の頃、地域で何か催しがあった際に地元の開業医が実に荘重に暗唱して賞賛された事があった。上手かっただけに、また丁度同じ時期にどこかで読んだA.C.クラークのほんの数頁だが強い印象を受けた短編と印象が重なったこともあって当時はかなり陰鬱な気分になったが、少なくともこの場合には気分を静める役に立つかも知れない、と考えて頭の中で古い記憶を掘り起こす。眼を閉じて、医者の抑えたバリトンを思い出しながらゆっくりと出だしの節を辿る。" 夕暮れの鐘が別離の弔いを告げ、牛の群れは嘆きつつ牧場を " ― 「唸りつつ」だったか ― もう随分長い間思い出しもしなかった詩だが、余程あの医者の名演が強烈だったのか途中からは割に容易く出てくる。やはり昔訪れた寒村の外れの古い教会に立並ぶ苔むした墓石を思い描きつつ、頭の中に響く声を聞くうちに意識は半ば浮遊したようになり、そのまま過去の記憶の映像の中に踏み込んでゆくかのような感覚に捕えられる。やがてまだ近く遠く響く声は眼前の石に刻まれた墓碑銘を読み上げ ―

すぐ耳許で、陰鬱な鐘の音と重々しいバリトンの朗読には全く似つかわしくないもの ― くすりという小さな笑い声が聞こえてぎょっとする。徐々に深い淵に沈もうとしていた意識が一気に水面に浮上する。思わず眼を開けると、既に薄まり始めている闇の中で僕の左肩に頭を載せこちらに顔を向けたた彼女が、閉じた目蓋はそのままで口元に微かな笑みを浮かべていた。しまった、と思った時その唇が動き、甘えるように僕の名前を囁く。

蔦に覆われた塔も憂鬱な梟も名も財も無く地中に横たわる若者も、一瞬にして霧散した。その時初めて自分の左腕がしっかり彼女の背中に回され、右手で髪を弄んでいたのに気付く。狂気の群れの恥ずべき争いから遠ざかる事はできようとも、彼女の掌の中からは一歩も逃れる術は無いのだ、と僕はその時思い知った。


*


 (12k) 「 ― てもいい?」

「うん?」

耳に柔らかく響く音楽のように聴いていたその言葉が質問文なのに気付いて慌てて聞き返すと、彼女は一瞬じっとこちらを見詰めてから繰返す。

「さっき見た早咲きの薔薇がきれいだったから、あとでもう一度見に行ってもいい?って言ったの」
「ああ、それは勿論」

よく晴れて風も心地良い土曜の昼下がり、彼女と僕は植物園をゆっくり半分強ほど回った後、木陰の芝生に座って昼食を取ったところだった。彼女はまたこちらをじっと見る。小さな少女がするように榛色の眼を見開いて真直ぐこちらを見上げるこの仕種を彼女は時々するが、ある種感情が読み難い表情なので場合に依ってはどうも落着かないと言うか、彼女が何か言うまで審判を待つ被告人か何かにでもなったような心境に陥る。

「退屈だった?」
「いや」
「だって、何だかずっとぼんやりしてるんだもの」彼女は少し拗ねたように言う。
「朝から何度もあくびばかりして。眠いの?」
「いや ― ああ、まあ」

彼女は眉を寄せて困惑した表情になる。

「でも、ゆうべそんなに遅かったわけでもないし。眠れなかったの?今朝なんて珍しくわたしより一時間も後に起きたじゃない」
確かにそうだ。だがそれはプラトンからミルトン、ニーチェ、アダム・スミス、孔子まで思いつくものを片端から試して尽く失敗に終わり、結局夜もすっかり明けて漸く彼女が僕から離れてくれた後に何とか無理矢理眠りに着く事ができた約一時間半後だ。浅い眠りの中でも何やら艶めいた誘惑と頻りに闘いながらヴェーバーの『社会学の基礎概念』を暗唱していたような気がする。彼女の言葉を若干訂正するなら、彼女より後に「起きた」のではなく飛び跳ねるように寝室に入ってきた彼女に「起こされた」のだ。普段なら一晩位2、3時間程度の睡眠しか取れなくとも差程日中に影響しないのだが、今回の場合精神的消耗が著しかったせいか起きた時には3日連続で徹夜でもしたかのような気分だった。今思えばいっそ全く眠らない方がましだったかも知れない。何にせよ眠れなかった事情が事情なので説明する訳にもいかず、ただ漠然と事実を認める以外の対応を思い付かない。

「ああ、まあ」

彼女は増々難しい顔になる。

「何か心配事でもあるの?」
「いや、そうじゃない。何と言うか、妙な夢を見て熟睡できなかったらしい」

全く嘘ではないと自分に言い聞かせてそう答えたが、彼女の表情が明らかに心配そうなそれに変わったのでこれはまずかったと気付く。二人で暮らし始めた当初、僕が以前から悩まされていた悪夢の事で彼女に少なからず心配を掛けた事情があるので、それが解決した今でも彼女は良くない夢というものに多少敏感に反応するのだ。それ位分かっている筈なのだが、どうも今日は頭がよく働かない。

「夢?嫌な夢?」
「いや。つまり ― よく憶えていないんだが、こう何かお伽話とかそういう類の、現実味の無いような奇妙な夢だ。魔女の呪文で自由を奪われるとか、水の精に誘惑されて引きずり込まれそうになるとか」

選りにも選って何という例えだと回らない頭を抱えたくなったが、彼女は首を傾げて考え込む。

「本当に心配事はないのね?疲れてたのかしら。ゆうべはそんなふうにも見えなかったけど」
「いや、疲れていた訳じゃない。まあ少し寝苦しかったか何かだろう」
「そうなの?ゆうべは涼しかったし、わたしはぐっすり眠れたけど。一緒に寝ていても何かの加減で違ってくるのかしら。そう言えば、わたしは逆に何だかとてもいい夢を見たような気もするわ」
「 ... それは良かった」

できる限り嘘は言いたくない、と言うより嘘を言うと彼女は直ぐに察してしまうので、とにかく早くこの話題を通過したい。しかし睡眠不足で眠いのは事実だし、このままではまた生欠伸ばかりして彼女の不興を買う怖れがある。

「とにかく心配する程じゃない。そうだな、天気もいい事だしここで2、30分程仮眠させて貰えれば頭もすっきりするかも知れない」
そう言ってその場にごろりと横になる。

「あら、だめよ」

驚いた事に彼女はきっぱりと反対する。

「ほんの少しだけだ。閉園時間まではまだ充分あるし、薔薇もゆっくり見に行ける」
「違うの、ここで寝ちゃだめ。だって」

妙な所で言葉を切って頭上を指差すので、頭を反らせてその先を見る。もう花も終わりに近い接骨木の木がまだ時々微かな甘い香を風に乗せながら青々とした葉を茂らせ、濃くはないが心地良い日陰を作っている。

「なぜ駄目なんだ?」

意味が分からず視線を戻して尋ねると、彼女は少し意外そうな顔をする。

「ニワトコの木の下で眠ると、善くないものを呼び寄せるって言うじゃない」
「枝で悪いものを払うんじゃなかったか」
「でも、家の中に持ち込んじゃいけないって言うわ」

そう言えばそうだったか。とにかく頭が働かない上に、一度横になると自分でも驚く程の早さで睡魔が襲ってくる。

「何にしても迷信だ」

そう言って眼を閉じたが、彼女は頭の後ろに回した腕を揺さぶって眠らせまいとする。

「迷信にもそれなりの意味があるって、あなたよく言ってるじゃない。ますますひどい夢を見るようになったらどうするの?起きてても夢遊病者みたいになっちゃうのよ」

彼女は普段特に迷信深い訳でもないが、声がかなり真剣だ。悪夢を見たなどと言い訳した事を激しく後悔する。仕方なく何とか起き上がって他に適当な木陰はないかと見渡したが、どこも既に占領されているか下で寛げる程の陰を作っていないかのいずれかだ。この陽気に日向で半時間も寝そべっていたら、日射病にならなくとも妙な具合に日焼けしてしまうのは間違いない。そんな事をのろのろと考えていた僕を暫し黙って見守っていた彼女が口を開く。

「家に帰って休んだ方がいい?」

その声には微かに惜しそうな響きもあったが、それよりも心配が勝っているのが分かる。僕は彼女を見詰め返し、覚悟を決めた。

「いや、大丈夫だ。折角来たんだから予定通りゆっくり見て回ろう。その代わり」
「その代わり?」

鸚鵡返しに問う彼女に答える前に、その手を取って自分の腕にしっかり巻き付ける。

「な ― なあに?」
「家に帰るまで、午後はこの状態で歩いてくれると有難い。まあ眠気覚ましと思ってくれればいい」
「そうなの?」
「何と言うか、腕をしっかり押さえられると意識が活性化するらしい。僕の場合はだが」

疑わしいような困惑したような複雑な表情を見せつつも、彼女は敢えて反論はせず僕について素直に立ち上がる。

「出来ればなるだけぴったり寄っていてくれるとなおいいんだが」

ますます怪訝な顔で見上げながら、彼女はそれでもその通りにする。

「よく分からないけど、いいわ。何だか元気になったみたいだし」


その後2時間程園内を散策した後、僕達は夕食の買物をして帰宅した。その間殆ど僕は彼女を傍から離さなかったので、普段人前で殊更べたべたする事に慣れていない彼女は(こちらにしてもそうなのだが背に腹は代えられない)大いに照れていたようだが、その彼女自身に要らぬ心配を掛けないためと、意識してやった事では無いとは言え原因は彼女なのだから多少は寝不足の責任を取って貰っても構うまいというこちらの勝手な論理もあって、最後まで付合って貰う事にした。流石に帰宅後夕食まで暫く横になったが、思った程回復に時間は掛からなかった。昼間彼女にくっついていたことがある種充電のような効果をもたらしたのかどうか、それは分からない。


その夜彼女に、最も色気がないと思う本は何かと聞いてみた。彼女はまたもや妙なことを聞くという顔をしたが、少し考えた後に答えた。

「料理の本かしら」

些か予想外の答えだったのでその理由を聞くと、

「確かに、料理やそれを食べることはある意味芸術的で官能的だって言うひともいるけど、写真や何かの視覚的な部分を除いたら、肝心のレシピそのものはずいぶん素っ気ないと思うの。『まずオーヴンを180度で10分間予熱する。玉ねぎ半個を櫛型に切り、肉300gに塩胡椒して共にマリネ液に浸け ― 』『5mmの厚さに伸ばした生地を6.5cmの丸型で抜き、フォークで空気穴を数カ所に開け ― 』これ以上簡潔で想像力を刺激しない文章ってないわ。実際にそれを見ながら料理するときに、色んな解釈ができたり言外の意味を想像できるような書き方じゃ大混乱になっちゃうから、それで正しいんだけど」


明日は半日使って彼女の持っている料理の本を片端から読むことにしよう、と僕はその夜心に決めた。




quoted poem: " Elegy : Written in a Country Churchyard " by Thomas Gray

14.7.2004


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