ナノテク研究プロジェクト
ナノ物質データ収集システムの議論

安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年12月23日
更新日:2012年3月15日
フランス・義務的報告システム導入

このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/project/nano_data_registration.html

1.従来の化学物質のデータ収集

 前世紀には、データがなく安全が確認されていない数万の化学物質が市場に出ていたために、それらの化学物質による人の健康と環境への影響が懸念されました。そこでEUでは、データがなく安全の確認されていない化学物質は市場に出さないというノーデータ・ノーマーケットの理念に基づき、新たな化学物質規則REACHを制定し、2007年に発効しました。このREACHでは1業者あたり年間10トン以上製造又は輸入される化学物質については、製造又は輸入される量に応じて定められている基準に従って、業者は安全評価を行い、必要なデータを登録しなくてはなりません。
 アメリカ及び日本では、産業界から高生産量化学物質に限り、自主的にデータを収集するための"高生産量化学物質(HPV)チャレンジプログラム"[1]及び"ジャパンチャレンジプログラム"[2]がそれぞれ立ち上げられました。しかし"自主的"であるがために、必ずしも十分なデータは収集できていません。

2.新たなナノ物質

 今世紀に入り、ナノテクノロジーの進展とともに、あらゆる分野にナノテクノロジーが適用され、多くのナノ物質やナノテクノロジー関連製品(ナノ製品)が市場に出るようになりました。しかしナノ物質やナノ製品に対する国の安全基準やデータの登録要求がないために、市場に出ているナノ物質はデータがなく安全が確認されていないという、まさに前世紀の化学物質が歩んだのと同じ道をたどっています。

 例えば、日焼け止めや歯磨き、塗料、紙などに使用されている二酸化チタン(TiO2)の現在の世界の製造量は年間約400万トンで通常サイズ(バルク)のものがほとんどですが、ナノサイズのもの(TiO2 ナノ粒子)が今後増大し続け、2025年までにナノサイズのものが通常サイズのものに全て置き換わる可能性があると言われています[3]。
 一方、TiO2 ナノ粒子はヒトや生態系への有害影響を懸念する研究が多数報告されています[4]。他の多くのナノ粒子にも言えることですが、TiO2 ナノ粒子は表面を機能化するために、例えば酸化アルミニウムなどでコーティングされますが、用途によりコーティング材質が異なり、従って毒性や環境中での挙動や運命が異なる可能性があります。
 現在、TiO2だけでも異なる種類はすでに200種、存在すると言われています[3]。従ってTiO2だけでなく全てのナノ粒子の種類は膨大な数になることが想像できます。これらのナノ粒子は安全情報やデータなしに市場に出ているわけで、人と環境の安全を確実にするためには、当然それらのデータを早急に収集する必要があります。一度市場に出てしまったナノ物質のデータを収集するためには、現在、既存化学物質のデータ収集のために費やしている労力と同等、あるいはそれ以上の労力が必要になります。

 このような状況を懸念して、イギリスでは2006年に、アメリカでは2008年に、ナノ製造者にデータを自主的に提出することを求めるプログラムが立ち上げられましたが、結果として"自主的"であったために、うまくいきませんでした。
 2009年1月にカナダは工業的ナノ物質の使用に関する詳細について強制力のある報告義務求めることを計画中であると報道され、同じく2009年1月にフランス政府はナノ物質の製造・輸入業者に義務的な申告を求める法案を提案しました。2009年7月にノルウェーは事業者に対し重大なリスクが特定された場合にのみナノ物質の報告を求める自主的制度を提案しました。

3.各国のナノ物質データ収集制度の概要
3.1 イギリス
 2006年9月に英環境食糧地域省(DEFRA)は、"工業的ナノスケール物質の自主的報告計画(Voluntary Reporting Scheme: VRS)"を立ちあげました[5]。2006年9月から2008年9月までの2年間運用するというもので、この計画は自主的なものであり既存の法律を置き換えるものではないとしています。
 この計画の意図は、自由・工業的ナノスケール物質による環境と人の健康に対するリスクに関し適切な管理の方向に進むために、潜在的なリスクに関する証拠を築く必要があり、自主的報告計画はこの証拠を収集するための政府の取組のひとつの要素であると位置づけていました。

 2008年9月までの2年間をパイロット期間としましたが、この期間の応募数は11社しかありませんでした[6]。これについて2008年11月の英国王立環境汚染委員会報告書は4.74項で、"2年間の運用で自主的報告計画は機能しなかったことは明らかであり、データ提出は法的拘束力のあるものとすべきである"と勧告しました[7]。

3.2アメリカ
(1) ナノスケール物質スチュワードシップ・プログラム(NMSP)
 2008年1月28日、米環境保護庁(EPA)は、今後のナノスケール物質のリスク管理を行う上での科学的基盤とするために、ナノスケール物質スチュワードシップ・プログラム(Nanoscale Materials Stewardship Program: NMSP)を立ち上げました[8]。このNMSPはナノスケール物質のリスク管理のための情報を2008年7月28日までに提出することを求めるものでした。このプログラムの対象物質はTSCA化学物質目録上の物質状況である分子的同一性(注)により決定される新規又は既存のどちらかの化学物質であるナノスケール物質です。
(注)分子的同一性
 EPAの定義する分子的同一性とは、分子中の原子のタイプと数、化学結合のタイプと数、分子中の原子の結合、分子内の原子の空間的配置のような構造的及び組成的特徴に基づくものとし、これらの特徴のいずれかが異なる化学物質は異なる分子的同一性を持つ、すなわちTSCAにおいて異なる化学物質であるとみなされる。

 このNMSPは基本及び詳細プログラムからなります。
  • 基本プログラム:
    参加者は工業ナノスケール物質に関する入手可能な情報を自主的に報告する。
  • 詳細プログラム:
    参加者は、長期にわたってテスト実施を含むデータを自主的に開発する。
 このEPAのプログラムの対象となるナノ関連企業の数は180社程度存在すると言われていましたが、EPAウェブサイトに発表された最新応募数は提出期限を過ぎた2008年12月8日現在、基本プログラム/詳細プログラムでそれぞれ29社/4社だけと予想より大幅に少ないものでした[9]。NMSPの最終報告書は2010年の早い段階に発表されると言われています。

さらなる詳細情報
 『TSCAのもとでのナノスケール材料のスチュワードシップ・プログラムのためのコンセプト・ペーパー (2007年7月14日 仮訳 文責:岸本充生)』
http://staff.aist.go.jp/kishimoto-atsuo/nano/0714StewardshipJ.pdf

(2) 義務的データ収集規則
 2009年8月4日、有害物質規正法(TSCA)の省庁間試験委員会(ITC)は連邦官報を出し、EPAは既存のナノ物質のデータを義務的に収集することを告知しました[10]。しかし、具体的な実施についての報道はまだありません。
 Nanotechnology Law Report(2009年8月4日)の記事jによれば、 TSCA第8条(a)はEPAが下記に関するデータの義務的提出を求める権限を与えています[11]。
  1. 報告が求められる化学物質又は混合物毎の一般名又は商品名、化学的同定、構造分子
  2. 物質又は混合物毎の用途カテゴリー又は提案する用途カテゴリー
  3. 物質又は混合物毎の製造又は加工される総量、製造又は加工される合理的な推定総量、用途カテゴリー毎の製造又は加工される量、及び用途カテゴリー毎又は提案される用途カテゴリー毎の製造又は加工される合理的な推定量
  4. そのような物質又は混合物の製造、加工、使用、廃棄により生じる副生物に関する記述
  5. そのような物質又は混合物の環境及び健康への影響に関する全ての既存データ
  6. 職場においてそのような物質又は混合物へ暴露した個人の数、及び暴露するであろう合理的な推定人数、及びそのような暴露期間
  7. 廃棄の仕方又は方法、及びそのような物質又は混合物に関するその後の報告書の中でそのような仕方又は方法の変更
 また同記事は、省庁間試験委員会(ITC)が関心あるとしてあげるナノ物質には次のようなものがあるとしています[11]。
 フラーレン、二酸化チタン・ナノワイヤー、二酸化チタンナノ粒子、ナノ酸化亜鉛、ナノ銀、シリカ、水晶、酸化セリウム、酸化インジウム、すず、デンドリマー、単層カーボン・ナノチューブ、多層カーボン・ナノチューブ、カーボン・ナノファイバー、セレン及びカドミウム・クオンタムドット、ナノセラミック粒子、及びナノクレイ等です。尚、新規ナノ物質には製造前届出(PMN)(注)で対応するとしています。

(注)製造前届出(PMN)
 TSCA第5条(a) 製造前届出(Premanufacture Notice / PMN):製造・輸入事業者は製造・輸入90日前に製造前届出を提出する。これに基づいてEPAがリスク評価をする。暴露情報に関する要求項目は決められているが、ハザード情報に関しては新たな試験実施は求められておらず、手持ちのデータを出せばよく、決められたデータセットも存在しない。

3.3 オーストラリア
 2006年2月16日、国家工業化学物質届出評価機構(NICNAS)はナノ物質に関する情報要求(CALL FOR INFORMATION: NANOMATERIALS)を発表しました。[12]。同情報要求によれば、これは自主的な情報収集システムであり、その目的は”どのようなナノ物質が市場で入手可能であるかを理解するのを助け、ナノ物質を評価するための規制の仕組みの適切性を確保するための取り組みに注力することを助けることである”としています。
 2009年11月にパブリック・コメント用に発表されたナノ物質の規制改革のための公開討議資料[13]によれば、この自主的な要求は限定された情報しか引き出すことが出来なかったと述べています。
 そしてこの規制改革提案では短−中期間用としてふたつの選択肢、すなわち自主的な届出(一回限り)と義務的な届出(一回限り)及び義務的届出と評価プログラムの実行可能性の検証−を提示してコメントを求めています。

3.4 日本
 2010年3月18日に開催された経済産業省主催の「ナノマテリアル製造事業者等における安全対策のあり方研究会」において、経済産業省は2009年7月13日付でナノマテリアル製造事業者等宛てに経済産業省製造産業局長名で「ナノマテリアルに関する安全対策について」と題する通知文を発出して製造事業者等にナノマテリアル情報提供を要請したが、2010年3月現在、46社中延べ31社から情報提供があったとの報告がありました。
 この情報提供の対象となるナノ物質は、生産量が一定以上であるか、今後生産量が増加する傾向の高い次の6物質に限定したとしています。
 カーボン・ナノチューブ、カーボンブラック、二酸化チタン、フラーレン、酸化亜鉛、シリカ

 尚、提供された情報に関する結果は、経済産業省のウェブサイトに本年3月31日に公開されました。[14]。
 この情報収集に関して経済産業省と事業者との間でどのような協議が行なわれたのか、また収集の目的が何であったのか、国は安全性の評価を事業者にきちんと求めたのかどうか明確にされていません。
 また市場に出ている全てのナノ物質について、事業者に安全性評価を行なわせ、そのデータを提出させるシステムを求める当研究会の観点から、次のような問題点を提起します。

▼問題点

  • 経産省報告書は、検討対象とした6物質は、現時点において国内で生産されているナノマテリアルの生産量の99%以上を占めているとしているが、実際にはカーボンブラックがその大部分を占めており、検討対象とした6物質中に占めるカーボンブラックの生産量は90%以上であり、シリカを加えると99.8%以上を占める。これでは多種多様なナノマテリアルを代表しているとは言えず検討対象としての妥当性に欠ける。
  • もっと広範なナノマテリアルを対象とし、それらが持つ多種多様な特性を検討して対応方針を策定すべきである。
  • 収集対象を生産量の多い主要ナノ物質(6種)だけに限定しており、全てのナノ物質を対象としていない。市場に出ている全てのナノ物質及びナノ物質を含む製品のデータ登録と安全性を評価するシステムを構築すべきである。
  • 経産省報告書によれば、MSDSにナノサイズではなく従来のサイズの物質の有害情報が記載されているものがあるとしている。このようなMSDSでは川下事業者にナノ情報が正しく伝わらない。
  • 経産省報告書によれば、"有害性情報について自ら試験を実施した事業者は一部であり、 ナノマテリアルは製品によってその特性が大きく異なると一般的に理解されていることから、ある事業者の製品の有害性情報に基づいて同一ナノ材料分野であっても他の事業者の製品の有害性が評価できるとは限らないことに留意する必要がある"と問題点を指摘しているが、まさにその通りである。 また、事業者はナノ安全性評価を実施できる施設を必ずしももっておらず、多くの事業者は自社製品のデータに基づく安全性テスト/評価を行なわずに市場に出していることが推定される。
  • また「平成21年3月31日ナノマテリアル製造事業者等における安全対策のあり方研究会報告書」[14-1]の表3に事業者が提供・発信すべき項目が示されているが、"※上記項目は情報提供・情報発信を行う際に参考とするべきものであり、必ずしも全ての項目について情報提供・情報発信を行う必要はない"との既述がある。このような強制力のない"自主的なデータ"提出ではうまく機能しないことは、例えば米TSCAの例を見ても明らかである。
3.5 カナダ
 WWICS / PEN 2009年1月28日の記事によれば、カナダは工業的ナノ物質のリスクを評価し、人の健康と環境を保護するための適切な安全措置を策定するのに役立てるために、工業的ナノ物質の使用に関する詳細について強制力のある報告義務求める世界で初の国になることを計画中であると報じています[16]。
 エンバイロンメンタル・カナダ(カナダ環境省)の報道担当官によれば、"これは一回限りの要求であり、規制の枠組みの開発に向けて利用される情報を収集するものである。2008年中にあるナノ物質を1kg以上、製造又は輸入した会社と研究所が対象となる。今回の要求は、継続的に情報を提出することを求めるという規制又は規則ではない"と述べています。
 しかし、エンバイロンメンタル・カナダからこのような計画が実施されたという発表の有無は不明です。

3.6フランス
 SAFENANO 2009年1月23日の記事によれば、2009年1月7日フランス政府は環境法の修正を提案したが、そこにはナノ物質の義務的な申告の条項を含んでいるとしています[17]。
 ナノ粒子状物質への暴露から健康と環境へのリスクを守ることを目的とする新たな提案は、ナノ粒子物質を製造、輸入、又は市場に出そうとするものは定期的に、これらの物質の名称(identity)、量及び用途を当局に報告すべきことを提案しています。さらに、物質の名称と用途に関する情報は、国家防衛を潜在的に損なわない限り、公開で入手可能となるようにすべきと言明しています。
 提案された法案はまた、ナノ粒子物質を製造、輸入、又は市場に出そうとするものは当局の要求によりこれら物質の危険性、及びそれらの危険性を及ぼすかもしれない潜在的な暴露に関する入手可能な全ての情報を提供すべきことを求めています。

(2012年3月15日 更新)
SAFENANO 2012年3月5日の記事によれば[17-1]。、フランスは2013年にナノ物質の義務的報告を導入を決定しました。100g以上のナノ物質を製造、輸入、供給している会社に対し、量と用途情報を含む年次報告書を規制当局に提出することを求めル物です。情報は毎年5月1日に環境省に送付されなくてはならず、集められたデータはフランス国家食品安全・環境・労働機関(ANSES)によって管理されます。したがって2012年のデータを含む報告書は2013年5月1日が締め切りです。正当性が認められれば、特別秘密保持条項が研究開発(R&D)及びビジネスに適用されます。

この法令は”ナノ粒子状態の物質”を次のように定義しています。
  • 欧州議会及び理事会規則((EC)No 1907/2006(REACH)第3条で定義されている物質で、意図的にナノスケールに製造され、非束縛(unbound)状態又はアグリゲート(aggregate)又はアグロメレート(agglomerate)の状態であり、サイズ分布が最小比率閾値(a minimum proportion threshold)の粒子については、1 又はそれ以上の次元の外部寸法が1nmから100nmの範囲にあるような粒子を含む物質。
  • 特別の場合には、そして環境、健康、安全、又は競争力に関する懸念について正当化される場合には、サイズ数分布の最小比率閾値は小さくすることができる。

  • この法令は、1又はそれ以上の外部次元が1nm以下のフラーレン、グラフェンナノフレーク、及び単層カーボンナノチューブもこの定義に含め、混合物中に自由状態で含まれ又は他のコンポジットに組み込まれており、使用中に放出される可能性のあるナノ物質にも適用する。
この定義は基本的には欧州委員会2011年10月18日 ナノ物質の定義に関する勧告に準じています。
サイズ分布最小比率閾値(a minimum proportion threshold)について、ここでは具体的な閾値を示していないが、後日フランス当局が具体的な閾値を決めるのか、あるいは欧州委員会の定義である”サイズ数分布50%”を指しているのか不明なので、ヨーロッパの仲間(CIEL)に問い合わせたところ、フランスは欧州委員会の定義である”サイズ数分布50%”で行くとの確認をフランス当局からすでに得ていたとの連絡がありました。

3.7ノルウェー汚染管理局(SFT)
 2009年7月8日、ノルウェー技術委員会は、ノルウェー市場ではナノ物質の監視が欠如しているとして、ノルウェー汚染管理局(SFT)がノルウェーの事業者に化学製品中のナノ物質の使用を報告するよう求める制度を設立したと発表しました[18]。
 この制度では、化学製品中のナノ物質についての情報は、ノルウェー汚染管理局(SFT)によって管理されるノルウェー製品登録への申告に別項目として統合されることになり、REACHを補足するものになるとしています。
 しかしこの制度は、完全には義務的なものでなく、製品に重大なリスクが特定された場合にのみ申告する法的な責任が生じるとしています。
 同委員会は実現可能な限り早く義務的な制度にすることを主張しており、産業が"この取り組みを早急に取り入れるよう強く促しています。

3.8 豪ニューサウスウェールズ州政府
 SAFENANO 2008年11月7日の記事によれば、オーストラリアのニューサウスウェールズ(NSW)州政府は、オーストラリア連邦政府がナノ物質を使用し、製造し、輸送し、または処分する会社のための義務的報告制度を開発する場合には、連邦機関と協力するが、連邦政府がそのような制度を作らないなら、NSWは州独自の暫定的報告制度の開発の調査に着手することを州議会に提案しました[19]。

3.9 アメリカの州、市
 2009年12月に米ウィスコンシン州議会議員3名が、同州内でのナノ物質の製造、使用、廃棄を監視するためにナノ物質の登録と管理のための立法の可能性を検討するよう州議会に求めるレターを提出しました。そのレターの中で、米国内ではカリフォルニア州、カリフォルニア州バークレー市、マサチューセッツ州ケンブリッジ市がナノ物質の登録の義務付けを法制化したと述べていいます[20]。

4.義務的なデータ収集を求める世界の声

4.1ナノ物質規制の米国−EU共同作業を求める報告書の指摘
 2009年9月に発表されたロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)、環境法研究所(ELI・米国)、チャタム・ハウス(王立国際問題研究所)、及びウッドロー・ウィルソン国際学術センター/新興ナノテクノロジーに関するプロジェクト(WWICS / PEN・米国)による報告書 『ナノテクノロジーの約束を確実にすること:大西洋をまたがる規制の共同作業に向けて』は、ナノ物質の環境・健康・安全リスクの監視に対する米国とEUのアプローチの体系的な比較を初めて行った報告書ですが、同報告書は米国及びEU政府への要求のひとつとして、"規制当局がナノ物質の商業的利用についての包括的な情報を得るため新たな義務的な報告要求システムを構築すること"を求めています[21]。

4.2 EPAは義務的な報告とテストの必要性を認識している
 エンバイロンメンタル・ディフェンスのリチャード・デニソンは 2009年1月12日のブログで次のように述べています[22]。
 "EPAは会社に署名するよう無理強いしたにもかかわらず、わずか29社だけが基本プログラムの下での提出を行い、わずか4社だけが詳細プログラムの下でテストを実施する可能性について討議する意志があると伝えた"。
 "多分驚くべきことではないが、健康と環境に関するどのようなデータも提出したところはほとんどなかったが、このことは、彼らのナノ物質の商品化は迅速であったが、健康と環境に関してはほとんど研究していないことを確認するものであった。
 ”同じく、驚くべきことではないが、会社は可能な限り多くの情報を開示するようEPAから要請があったにもかかわらず、会社は提出データの多くが企業秘密情報であると主張した"。  "もっと驚くべき、しかし歓迎されるべきことは、提出されたものは次の二点のうちの、ほんのわずかな部分だけしか含んでいないことをEPAが正直に認めたことである。
 (1) EPAがすでに商業的に入手可能であると推定しているユニークなナノ物質1,800種以上のうち123種、すなわち10%以下しか基本プログラムで提出されなかった。
 (2) 提出されたものは、ナノ物質の利用又は開発時におけるユニークな化学的構造のうち、わずか7分の1(238種中34種)しか含んでいない"。

4.3 世界のNGOsは法的強制力のあるナノ監視を求めている
 2007年に国際技術評価センターを中心に、化学物質問題市民研究会を含む世界のNGOs70団体以上が賛同した『国際技術評価センター・国際NGO連合 2007年 ナノ技術とナノ物質の監視のための原則』[23]は、次のように述べています。
 ”ナノ技術を監視するためには、自主的な取り組みでは全く不十分である。自主的なプログラムは'厄介者'や危険な製品の製造者が参加するためのインセンティブに欠けるため、最も規制することが必要な事業体が除外されてしまう。自主的な取り組みのもとでは、企業が健康や環境に対する長期的あるいは慢性的な影響をテストするためのモチベーションに欠ける。自主的な取り組みによって、最も重要な規制が延期あるいは弱体化され、公衆参加が妨害され、極めて重要な環境安全と健康データへの公衆アクセスが制限されることが多い。こうした理由から、公衆の圧倒的多数は自主的な取り組みよりも法的強制力のある政府の監視の方がよいと考えている。

5.日本政府に求めること
3.4項で述べた通り、日本においては経済産業省が生産量が一定以上の6物質に限定したナノ物質について、2009年7月に事業者に自主的な情報提供を求め、2010年3月に取りまとめたとしています。しかし、経済産業省の情報収集の目的は、事業者の安全管理の取り組み状況を把握することであり、市場に出ている全てのナノ物質のデータ登録と安全性を評価する登録システムの構築ではありません。

参照

[1] Environmental Defense Report July 2007 High Hopes, Low Marks A FINAL REPORT CARD ON THE HIGH PRODUCTION VOLUME CHEMICAL CHALLENGE
http://www.edf.org/documents/6653_HighHopesLowMarks.pdf
2007年7月 エンバイロンメタル・ディフェンス報告書 リチャード A. デニソン 高い望み 低い評価 高生産量化学物質(HPV)チャレンジ・プログラム 最終報告カード エグゼクティブ・サマリー他
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/usa/ed/ed_report_HPV_Challenge.html

[2] Japanチャレンジプログラム/環境省ウェブサイト
http://www.env.go.jp/chemi/kagaku/jchallenge/sintyoku/index.html

[3] ES&T Science News, July 28, 2009 Hunting for engineered nanomaterials in the environment by Naomi Lubick at: http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/es902174z
米化学会ES&T 2009年7月28日 環境中の工業的ナノ物質を探す
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/est/090728_est_nanomaterials_in_environment.html

[4] 二酸化チタンの有害影響を懸念する研究の一部
1. IARC /TITANIUM DIOXIDE (Group 2B)
http://monographs.iarc.fr/ENG/Meetings/93-titaniumdioxide.pdf
2. Nano's Troubled Waters, 1 April 2004 www.etcgroup.org
http://www.etcgroup.org/upload/publication/116/01/gt_troubledwater_april1.pdf
Dunford, Salinaro et al. "Chemical oxidation and DNA damage catalysed by inorganic sunscreen ingredients," FEBS Letters, volume 418, no. 1-2, 24 November 1997, pp. 87-90.
ETCグループ(カナダ)報告 2004年4月1日 ナノが引き起こした水汚染
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/etc/ETC_Nano_Troubled_Waters.html
3. Jiangxue Wang et al. 2008.
Time-dependent translocation and potential impairment of central nervous system by intranasally instilled TiO2 nanoparticles. Toxicology doi: 0.1016/j.tox.2008.09.014.
EHN 2008年11月17日 論文解説 二酸化チタン ナノ粒子が脳細胞を傷つける
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/ehn/ehn_081117_TiO2.html
4. Titanium Dioxide (P25) Produces Reactive Oxygen Species in Immortalized Brain Microglia (BV2): Implications for Nanoparticle Neurotoxicity Environ. Sci. Technol., 2006, 40 (14), pp 4346-4352 DOI: 10.1021/es060589n
http://www.innovationsgesellschaft.ch/images/fremde_publikationen/TO2%20ROS%20in%20Brain.pdf
米化学会 ES&T 2006年6月7日 TiO2 ナノ粒子 脳細胞にダメージを与える可能性 米EPA研究者らの報告
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/est/060607_est_nano_TiO2.html
5. SAFENANO 30/07/2009 Nanoparticles Affect Brain Development In Mice
http://www.safenano.org/SingleNews.aspx?NewsID=783
SAFENANO 2009年7月30日 TiO2 ナノ粒子 マウスの脳の発達に影響を与える
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/safenano/090730_TiO2_Brain_Development_Mice.html

[5] DEFRA, September 2006 UK Voluntary Reporting Scheme for engineered nanoscale materials
http://www.DEFRA.gov.uk/environment/nanotech/policy/pdf/vrs-nanoscale.pdf
英環境食糧地域省 2006年9月22日 英・工業的ナノスケール物質の自主的報告計画
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/uk/defra_nano_voluntary_reporting_scheme.html

[6] DEFRA, 6 August 2008 The UK Voluntary Reporting Scheme for Engineered Nanoscale materials: Seventh Quarterly Report
http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20090506200346/http://www.defra.gov.uk/
environment/nanotech/pdf/vrs-seventh-progress-report.pdf

英環境食糧地域省 2008年8月6日 英・工業的ナノスケール物質の自主的報告計画(VRS)第7回四半期報告
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/uk/defra_080806_VRS.html

[7] ROYAL COMMISSION ON ENVIRONMENTAL POLLUTION Twenty-seventh Report Novel Materials in the Environment: The case of nanotechnology November 2008
http://www.official-documents.gov.uk/document/cm74/7468/7468.pdf
英国王立環境汚染委員会 2008年11月 報告書サマリー 環境中の新奇物質:ナノテクノロジーの場合
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/RC_Env/RC_summary_081112.html

[8] EPA January 28, 2008 Nanoscale Materials Stewardship Program http://www.epa.gov/oppt/nano/stewardship.htm

EPA 2008年1月28日 ナノスケール物質スチュワードシップ・プログラム
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/epa/epa_080128_NMSP.html

[9] U.S. Environmental Protection Agency Office of Pollution Prevention and Toxics Nanoscale Materials Stewardship Program Interim Report January 2009
http://www.epa.gov/oppt/nano/nmsp-interim-report-final.pdf
米EPA 2009年1月 ナノスケール物質スチュアードシップ・プログラム 暫定報告 概要と結論の紹介
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/epa/epa_090112_Interm_NMSP_Report.html

[10] Federal Register / Vol. 74, No. 148 / Tuesday, August 4, 2009 / Notices http://edocket.access.gpo.gov/2009/pdf/E9-18469.pdf

[11] Nanotechnology Law Report, August 4, 2009 / EPA to Issue Mandatory Data Collection Rule for Nanoscale Materials Under TSCA by John C. Monica, Jr.
http://www.nanolawreport.com/2009/08/articles/epa-to-issue-mandatory-data-collection-rule-for-nanoscale-materials-under-tsca/

[12] CALL FOR INFORMATION: NANOMATERIALS / NICNAS, 16 February 2006
http://nanobusiness.org.au/NICNAS.pdf

[13] Proposal for Regulatory Reform of Industrial Nanomaterials Public Discussion Paper, November 2009
http://www.nicnas.gov.au/Current_Issues/Nanotechnology/Consultation%20Papers/NICNAS_Nano_PUBLIC_DISCUSSION_PAPER_PDF.pdf

[14] 経済産業省ナノマテリアル情報収集・発信プログラム
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/other/nano.html
[14-1] 平成21年3月31日ナノマテリアル製造事業者等における安全対策のあり方研究会報告書/経済産業省製造産業局
http://www.meti.go.jp/press/20090331010/20090331010-2.pdf

[15] Hunting for engineered nanomaterials in the environment by Naomi Lubick Environ. Sci. Technol., DOI: 10.1021/es902174z Publication Date (Web): July 28, 2009
http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/es902174z
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/est/090728_est_nanomaterials_in_environment

[16] WWICS / PEN January 28, 2009, World's First Mandatory National Nanotech Requirement Pending Canadian officials plan to require quantity, usage and chemical data
http://www.nanotechproject.org/news/archive/7061/
WWICS/PEN 2009年1月28日 カナダ 世界初の強制力のある国家ナノテクノロジー要求 発表間近 カナダ当局 量、用途、化学的データを求めることを計画
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/PEN/090128_Canada_Mandatory_Requirement.html

[17] SAFENANO 23/01/2009 Mandatory Nanomaterial Declaration proposed by French Government
http://www.safenano.org/SingleNews.aspx?NewsID=590
SAFENANO 2009年1月23日 フランス政府 ナノ物質の義務的な申告を提案
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/safenano/090123_France_mandatory_report.html

[17-1] SAFENANO 05/03/2012 France to introduce mandatory reporting of nanomaterials in 2013
http://www.safenano.org/KnowledgeBase/CurrentAwareness/ArticleView/tabid/168/ArticleId/194/France-to-introduce-mandatory-reporting-of-nanomaterials-in-2013.aspx
SAFENANO 2012年3月5日 フランス 2013年にナノ物質の義務的報告を導入
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/safenano/120305_France_mandatory_reporting_nano.html

[18] Norwegian Board of Technology , June 25, 2009 Businesses asked to declare use of nanomaterials
http://www.teknologiradet.no/FullStory.aspx?m=3&amid=7830
ノルウェー技術委員会 2009年6月25日 事業者にナノ物質の使用を申告するよう求める
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/europe/090625_Norway_nano_product_register.html

[19] SAFENANO 07/11/2008 New South Wales Government recommends mandatory nano E,H&S reporting and labeling
http://www.safenano.org/SingleNews.aspx?NewsId=521
SAFENANO 2008年11月7日 豪ニューサウスウェールズ州政府 ナノの報告と表示の義務を勧告 州政府のナノ技術に関する議会向け報告書
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/safenano/081107_NSW_Australia.html

[20] SAFENANO 18/12/2009 Wisconsin State Assembly Members Seek Nanotechnology Registry
http://www.nanotechproject.org/process/assets/files/8299/20091216124610565.pdf
Wisconsin State Assembly Members Seek Nanotechnology Registry
http://www.safenano.org/SingleNews.aspx?NewsID=934

[21] Chatham House Report, September 2009 Securing the Promise of Nanotechnologies Towards Transatlantic Regulatory Cooperation
http://www.chathamhouse.org.uk/files/14692_r0909_nanotechnologies.pdf
チャタム・ハウス(王立国際問題研究所)報告書 2009年9月 ナノテクノロジーの約束を確実にすること 大西洋をまたぐ規制の共同作業に向けて エグゼクティブ・サマリー
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/europe/090910_Chatham_House_global_mandatory_register.html

[22] Environmental Defense, January 12, 2009 Nano Confessions: EPA all but concedes mandatory reporting and testing are needed by Richard Denison]
http://blogs.edf.org/nanotechnology/2009/01/12/62/
エンバイロンメンタル・ディフェンス リチャード・デニソン 2009年1月12日 ナノの告白:EPAは義務的な報告とテストの必要性を認識している
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/e_defence/e_090112_nano_confessions.html

[23] Principles for the Oversight of Nanotechnologies and Nanomaterials NanoAction: A Project of the International Center for Technology Assessment
http://nanoaction.org/nanoaction/doc/nano-02-18-08.pdf
国際技術評価センター・国際NGO連合 2007年 ナノ技術とナノ物質の監視のための原則
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/CTA/Principles_Oversight_Nano.html



化学物質問題市民研究会
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