英国王立環境汚染委員会
2008年11月 報告書サマリー
環境中の新規物質:ナノテクノロジーの場合

情報源:ROYAL COMMISSION ON ENVIRONMENTAL POLLUTION
SUMMARY REPORT, Novemer 2008
Novel Materials in the Environment: The case of nanotechnology
http://www.official-documents.gov.uk/document/cm74/7468/7468.pdf

訳:野口知美、安間武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年2月5日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/RC_Env/RC_summary_081112.html

英国王立環境汚染委員会(RCEP)が2008年11月に発表した報告書のサマリー(30頁)の一部を紹介します。
この報告書発表に関するRCEPのプレス・リリースについては下記をご覧ください。
英国王立環境汚染委員会 プレスリリース 2008年11月21日 ナノ物質のテストと規制について 緊急の行動が求められる
報告書の全文は下記から入手できます。
Royal Commission on Environmental Pollution (RCEP) Novel Materials in the Environment:The case of nanotechnology

 内容
■王立環境汚染委員会の調査、環境中の新規物質:ナノテクノロジーの場合
■概要
■新規物質
■用途と応用
■ナノ物質
■特性と機能

1.22 現在の新規物質の導入は、環境ハザードの源であると我々に推測させるような明確な出来事はまだ起きていないが、我々は、当初は全く安全であると考えられていた新たな化学物質や製品が、後には環境と公衆の健康に非常に高価についたという過去の経験を十分に知っている。
 それらには、命を救う難燃剤や有益な断熱材であったアスベストが重大な肺疾病を引き起こす;冷蔵庫、断熱材、電子機器など様々な応用で完全に無害であると考えられていたクロロフルオロカーボン(フロン)も大気に莫大なダメージを与える;ガソリン用アンチノック剤四鉛化鉛は、排気ガスに暴露した子どもの精神発達に有害である;船底の防汚用塗料添加物トリブチルスズは海洋生物に深刻な結果をもたらす−などがある。
 そのような過去の経験と最近の研究結果に照らして、我々は英国環境庁が最近、非固定のカーボンナノチューブを含む廃棄物を有害物質として分類する予防的アプローチをとったことを特筆する。

■懸念すべきか?
■環境中への経路
■環境と健康影響
■トランス−サイエンス、世界観、ジレンマ
■現行規制の範囲
■現行規制の範囲の拡大
■現行規制の範囲を超えて
■新興技術のガバナンス
■勧告
■環境と健康影響
■ガバナンス
■王立委員会会員

 現行規制の範囲
 現行規制の枠組みは十分な予防措置を講じているのかどうか、ということが重要な問題である。ナノ物質の影響に対するわれわれの理解を特徴づけているのは不確実性と無知であるが、このことは、従来のトップダウンの規制メカニズムだけでは保護策を講じても、革新に悪影響を及ぼすことになるかもしれないということを意味している。われわれは、あらゆる措置を広範に採用し、数多くの関係者を関与させなければならないであろう。

 ナノ技術またはナノ物質のための具体的な規制は、ヨーロッパにもイギリスにも存在しない。その代わりに一連の複雑な現行規制制度が、ナノ物質の製造、使用、処理について少なくとも原則的には扱っている。これには、化学物質の登録、評価、認可及び制限に関するREACH、医薬品・動物用医薬品・殺虫剤・殺生物剤のための製品別またはセクター別の規制などがある。その他には、廃電気電子機器(WEEE)指令など、おもちゃ・化粧品・廃棄業務を扱う具体的な制度もある。

 こうした法律の趣旨は、人の健康や環境に対する潜在的な脅威を特定及び理解し、悪影響を及ぼすリスクを最小化または排除するために、当該製品の製造者及び販売者に責任を課すことである。

 REACHは、「ノーデータ・ノーマーケット」を前提として機能している。製造者当たりの製造量または輸入者当たりの輸入量が年間1トンという閾値以上の化学物質が、登録要件の対象となっている。この登録義務は産業界に対し、物理化学的・毒物学的・環境毒物学的データなど当該物質のデータを提供することを義務づけている。必要とされるデータの種類や量は、当該物質のもたらすリスクのレベルというよりも、その製造量によって決まることが多い。例えば、2番目の、より高い10トンという閾値が重要であるのは、これによって化学物質安全性評価を受け、化学物質安全性報告書を作成し、EU各国の関係当局に提出することが義務づけられているためである。

 少なくとも原則的には、REACHはナノ物質を効果的に管理するための基準を満たすことができると考えられている。REACHは、認可を継続的に見直す枠組み、さらには規制自体の重要な要素を見直す枠組みまでも提供している。しかし、重大な欠点となり得ることは、REACHのような規制手段はナノ物質製品及びその利用を念頭に置いて策定されてこなかったということだ。それゆえ、欧州委員会が新規及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会(SCENIHR)に対し、REACHの見直しを行い、ナノ物質を扱うためにこれをどのように修正できるか勧告することを求める要請を、われわれは歓迎する。
(訳:野口知美)


 現行規制の範囲の拡大
 ひとつの問題は、注意をたやすく逃れることのできるナノ物質があるということである。REACHの下では、ナノスケールになった(二酸化チタンなどの)既存物質は、同等のバルク物質とは非常に異なる特性を持っていても、バルク物質と同様の扱いを受けている。

 ナノ物質に関してREACHの最も重要な制限となる可能性があるのは、登録のための1トンという閾値である。ごく少量のナノ物質にも非常に多くの粒子が存在しているため、1トンというのは、問題となる可能性のある影響を捉えるには高すぎる閾値なのかもしれない。

 われわれは、「規制間の相違」に関する数多くの分析結果に同意する。こうした分析の結論は、ナノ物質を扱うにあたって目的にかなうよう既存の枠組みを適応させることはできるけれども、影響を評価し、基準設定を特徴づけるための研究に根拠を置く適応であることがその条件となっている、ということである。

 ナノ物質に特化した規制制度が必要であるという確たる証拠は、これまでに見られなかった。法律の分野に入り込む余地がもう残されていないばかりか、ナノ物質については物質の分類も統一されていない。最も重要なことは、あらゆる物質において問題となるのはその機能であるということをわれわれが主張してきたことだ。いかなる特定の技術によって物質が作られるかということが重要なのではないし、ナノ物質の場合はさらに、特定のサイズであるかどうかが重要なのではない。重要なのは、物質が何をするのか、物質の特性や機能が環境保全や人の健康にいかなる影響を与えるのかということである。粒子のサイズ自体を新たな規制管理の基礎としなければならない論理的な理由はどこにも見当たらない。
(訳:野口知美)


 現行規制の範囲を超えて
 そうは言っても欧州委員会は、関連する問題の大きさや、現行規制の枠組みを修正し必要なデータを集めるための所要時間について依然として深い懸念を持っている。

 こうした問題は、2つの重要な疑問を投げ掛けている。それはすなわち、より確かな情報に基づき、よりよく適合した規制の枠組みを待ち望んでいるうちに、何をすることができるかということ、管理のジレンマに直面しつつ、ナノ技術に関する決定に公衆がより深く関与するよう、いかにして促すかということである。

 われわれは、ナノ物質による潜在的な危害を予測及び回避するという主要目的ために、規制を適応させることを主張するだけでなく、その他の可能な措置についても数多く検討してきた。そのような措置には、REACHの修正版の範囲内で適用可能なものもあるし、こうした規制要件に追加される可能性のあるものもある。いずれにしても、たやすくできる措置ではない。
 われわれは、より広範な管理体制において、自己管理を行い行動規範を作成することができる可能性が大いにあるということを認める。しかしながらわれわれの見解では、自主的行動規範が、適切な段階で「より厳しい」法的・規制的措置により補強されれば最も効果的である。

 われわれはまた、ナノ物質を含む製品にも製品回収の規定を適用することについて検討してきた。回収の目的は、有害物質の環境への放出を防止あるいは制限すること、そして消費者がリサイクルのために製品を小売業者に返品することができるようにすることである。もしこうしたことを効果的に実施することができれば、機能に懸念の根拠が存在するかもしれないと示唆される新規物質に対するこのような規制をわれわれは支持する。

 しかしながら、現在の世界市場では、回収規定がナノ物質の製造元への返却を効果的に規定することができる見込みはないというのが、われわれの結論である。ナノ物質を含む多様な消費者製品を扱うこのような制度のいかなるものを、いかにして実現することができるのか、われわれには分からない。その理由は特に、ナノ物質が既に(衣類、日焼け止め、食品包装など)多くの製品に組み込まれており、その回収は不可能ではないにしても、実現することができないと思われるからである。

 ラベル表示は、ナノ物質の管理を可能にするもうひとつの手段である。消費者に情報提供すべきだというのは、基本的には説得力のある主張であり、製品にナノ物質が含有されているかどうか法律に基づいて正当に知ることを望む者もいるだろう。しかし、ラベル表示はまた、ナノ物質は同一の特性を持っているという間違った印象を与えかねないため、健康または環境への影響について有用な情報を提供する可能性は少ない。現時点では、ナノ物質の製品ラベル表示を勧める理由をわれわれは見出すことができない。

 その他にわれわれが考慮したことは、手短に言えば、ナノ物質を規制するために、国連(UN)の残留性有機汚染物質(POPs)条約のような国際条約を効果的に策定することができるかどうかということである。ナノ技術がグローバルな性格を持っているため、この考えは初めのうちはいくらか魅力的であったが、われわれに提示された証拠はこうした手段を支持しなかった。複雑すぎて実際には扱いが難しいであろうというのが、その理由である。

 われわれが考慮した追加的手段について言えば、REACHの関係当局やこれに認可された1つまたは複数の機関によって管理される可能性のある、何らかの早期警告システムを構築することに最も魅力を感じた。実際に管理のジレンマに直面する中で、ナノ物質の管理における重要な要素となるのは、報告義務を盛り込んだ早期警告システムであると思われる。

 そのような報告はできる限り簡潔なものにしておくよう、われわれは勧める。現在、REACHに取り込まれていないナノ物質を主な対象とした簡単なチェックリストを作成するという考えには、魅力を感じる。REACHに取り込まれていないこのような物質もしくはこれを含む製品を(これから決定する当該量の閾値を超えて)輸入または製造する全ての者は、現在の知識でできる限り詳細にチェックリストに記入することが求められるであろう。チェックリストは煩雑にならないよう作成されるべきであり、またナノ物質の特異的性質(つまり機能)について詳述されるべきである。これには、ナノ物質が製造されてきた、または製品に組み込まれてきた理由も含まれる。チェックリストはまた、製品の使用時だけでなく、全ライフサイクルを通じての環境や人への暴露経路についても考慮したものでなくてはならない。経験から示唆されるのは、チェックリストによる報告を効果的なものにしたいのであれば、それを義務づけなければならないであろうということである。

 現在の知識で可能な限りチェックリストを完成させた製造者ないし輸入者は、当該物質に何らかの有害性があることが後に判明したとしても、訴追を免れることになるであろう。

 いかなる追加的措置を採用するにせよ、生体・環境中の工業ナノ粒子を検出するために新しい技術を利用して、確固たる環境モニタリング計画を作成することが必要とされる。モニタリングは、いかなる早期警告システムにも不可欠な要素である。包括的な環境モニタリングは実際的ではないが、ナノスケール銀など特定のナノ物質を対象としたモニタリングは非常に望ましい。明らかな監視ポイントは、下水排出口、大都市圏からの河川水と下流の堆積物、沿岸海域の堆積物と堆積物を食べる生物などであろう。また、(カワカマスやカワウソなど)最上位の捕食者からナノ物質が大量に検出されれば、懸念を引き起こすことになる可能性がある。

 ナノ物質や、生物・環境におけるその挙動、その潜在的リスクに関する知識が蓄積され、やがてREACHやセクター別の規制が整備されるであろうと、われわれは予想している。それまでの間、警戒が必要なことは明らかである。それゆえ、甚大かつ取り返しのつかない被害を生じさせないことをできる限り確保するために、追加的措置として早期警告システムを構築することに注意を払うべきだと、われわれは提案している。
(訳:野口知美)


 勧告
 我々の勧告は3つの主要な優先事項を反映している。すなわち、

機能:ひとつの単一クラスとしてのサイズ範囲内の全ての物質を取り扱うよりも、キーとなる推進力として特定のナノ物質の特性と機能に注目すること。

情報:リスク評価とリスク管理戦略を伝えるために、ナノ物質の特性と機能に関する方向性が示された研究プログラムを確立すること。

適応性のある管理:無知と不確実性の程度と、(対応できる限りにおいて)これらに対応するために必要な時間を認識すること。我々はまた、そのような困難な状況と新興技術に我々が対応できるようにするために、適応性ある管理の柔軟で弾力性のあるやり方を開発する必要がある。

環境と健康影響

 我々がこの報告書の中で強調する研究要件は、もっと組織的で戦略的な基礎に立って着手される必要があるが、それはイギリスの主要な推進力として現在とられているレスポンスモードの(訳注:RS-RAEの2004年勧告への対応に基づいた)資金供給の下で実行することは難しい。我々は、政府が新たな研究センターのための王立協会・王立工学アカデミー(RS-RAE)の勧告(訳注1)を取り上げることを望まなかったことを高く評価するが、我々は、この報告書により提起された重要な研究の必要性に対応するために、研究会議(Research Councils)によって主導される、もっと方向性のはっきりした、もっと調整された、もっと大きな対応を、規制と政策プログラムを強調しつつ、強く勧告する。

 これらは次のものを含む:
  • 生体内(イン・ビボ)テストに対する試験管内(イン・ビトロ)テストの有効性確認
  • 物理的、化学的特性、その他新規な特性、そして可能ならば暴露シナリオの開発、に基づくナノ物質のありそうな運命と影響を予測するための方法論の評価
  • 我々の知識の著しいギャップに基づき、方向性を持った研究プログラムは、工業ナノ物質の毒性を決定し、イン・ビボとイン・ビトロの両方で個々の特性が相互作用して毒性のプロファイルを増大又は減少する原理をよりよく理解するために、予測毒性学の開発の長期的目標をもって、調和の取れた調整された取り組みを確実にすべきである。
  • ナノ物質の予測できない影響についての早期警告を提供し、タイムリーな改善行動を可能とする本来の場所での監視及び監督手法の強化
  • 強固なテスト・システムの開発を強化し、またヒトに外挿されるべきより下位の生物に関する観察からの早期警告のための触媒としての役目を果たすようにするために、研究プログラムは、医学毒性学に関わる組織と生態毒性学に関わる組織間の連携を含むもっと大きな組織間の連携のための道を整えるべきである。
 我々は、全ての分野において学生や大学院性の毒性学教育に対して緊急な配慮が払われるべきこと、及び、技術革新大学技能省( Department for Innovation, Universities and Skills (DIUS))、高等教育分野、及び医学毒性学者と生態毒性学者を代表する専門家社会がこの分野における複合領域能力を構築するための新たな取り組みを確立するようを勧告する。

ガバナンス

 我々は次の勧告をする。

  • 既存の規制に対するどのような修正においても、関連当局はサイズよりも特にナノ物質の特性と機能に着目すべきである。これらの特性と機能はバルク物質とかなり異なるであろうことから、厳格な化学的同等性は独自のリスク評価の必要性を妨げるものではない。
  • イギリス政府は、欧州委員会が緊急に加盟国、欧州化学物質庁(ECHA)、及び欧州委員会の”新規及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会(SCENIHR)”と協議の上、REACH及びその産物−または分野特定の規制を見直すことを早急に着手するよう働きかけるべきである。この見直しの目的は、ナノ物質への効果的な適用と適切なテスト手法の条項を推進するために、それらの規制を修正することである。
  • 環境又は人健康に対する最大のリスクを及ぼすかもしれないことを示唆する機能を持ったナノ粒子から着手するテストのための明確な優先順位が確立されるべきである。
  • ナノ物質によって提示された課題に合うようREACHが修正される時に、重量閾値の問題に対して特別の注意が払われるべきである。がんこな不確実性の問題を考慮して、ナノ物質のための新たな低い閾値を決定する時には、予防的アプローチがとられるべきである。
  • 責任ある組織が、新規物質の用心のための監視を続け、新たに出現する問題を特定し管理するために共同作業をするための情報と機会の共有を強化するための構造的なシステムを設定すべきである。
  • 早期警告システムの一部としての簡単なチェックリストのアイディアは、広範な材料業界での開発の潜在性を調査するために政府によってさらに展開され定義されるべきである。経験によれば、チェックリスト報告を効果的にするために、報告は強制的であるべきである。英環境食糧地域省(Defra)は、ナノ物質報告を強制的にすべきである。(訳注2
  • 政府は、ある物質が人又は環境へのリスクを引き起こすという合理的な疑いがあれば、それを最も早い機会に当局に報告すべきとする追加的な法的義務を会社に課すべきである。この要求の順守により、将来、ナノ物質に関連して問題が生じた時に、義務保有者にある程度の刑事責任の免責が与えられるべきである。
  • 工業ナノ物質を検出するための環境監視は、強固なプロセスがとられるよう、イギリス・ウェールズ環境庁、スコットランド環境保護庁(SEPA)、及び北アイルランド環境庁の責任とすべきである。
  • 政府は一回限りの公衆参加”プロジェクト”を超えて、継続的に”社会の叡智”を集め、公衆と専門家の意見と議論のための継続する機会を設けることの重要性を認める方向に動くべきである。もし、社会として我々が多くの未知に直面しても新たな技術を開発することにするなら、我々はこれらは重要な機能であると考える。
(訳:安間武)


訳注1
訳注2
参考情報:


化学物質問題市民研究会
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