米化学会ES&T 2009年7月28日
環境中の工業的ナノ物質を探す

情報源:ES&T Science News, July 28, 2009
Hunting for engineered nanomaterials in the environment
Naomi Lubick
http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/es902174z

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年8月3日


 ナノ物質に関連する環境研究の大部分は、実験室の理想化した環境でのナノ物質の毒性に目を向けてきた。しかし研究者らは環境中の現実のナノ物質を求めて徐々に彼らの実験室的手法を変えつつあり、そのことは、どこで、どのように有害影響を引き起こすのかということとともに、どのナノ物質を調査すべきか決定するための鍵となる。

 昨年、スイス連邦材料試験研究所(Empa)はいくつかの初期成果を実証した。彼らは、建物の外壁の塗料が落ちて近くの土壌や恐らく水路に入り込んだ二酸化チタン(TiO2)ナノ粒子を追跡した(Environ. Pollut. 2008, DOI 10.1016/j.envpol.2008.08.004)。この研究チームはナノ粒子を検出するために電子顕微鏡を使用し、それらの存在を確認するためにバルク化学分析法を使用した。しかし環境中のナノ粒子を見つけることがまさにひとつの難問である。

 ”我々が実際に行った骨の折れる仕事は、周囲のバックグアウンドから当該ナノ粒子を分離することであった”とウイーン大学のフランク・フォンデル・カマールは述べている。それは、ナノ粒子のあるものは自然に存在し、あるいは通常のサイズ、言い換えれば、”バルク形状”の製品に由来するためである。例えば、大量のバルク TiO2 が塗料の染料やその他の用途に何十年も使用されてきた。このバルク形状はナノ粒子を放出することができる。環境中における天然又はバルク由来のタイプの TiO2 の存在も工業的ナノ粒子の測定を難しくした。

 研究者らは結晶のサイズと粒子が随伴する有機マトリクスが自然なものから工業的なものを区別することができると示唆していた。ある場合には、実際には有機コーティングされたチタン粒子の場合でも TiO2 が有機物質にくっついているように見えるかも知れず、検出をさらに難しくする。

 現在までのところ、”必要とする全ての重要な情報を与えてくれる”技術はないと、他の研究者らとともにナノ物質を最もよく識別する手法を比較する研究を行っているフォンデル・カマールは言う。実際に、潜在的に異なる特性を持つ多くのナノ物質がそこらに存在することを考えれば、ひとつの包括的な技術というものは決して存在しないと彼は付け加える。しかし、それぞれの手法はあるパラメータについての情報を与えることができ、それらの要素を一緒にすれば、10の不鮮明な画像を重ね合わせればひとつの鮮明な画像を得ることができる。

 2009年6月の環境毒性化学会欧州会議でイェーテボリ大学(スウェーデン)の研究者らによって発表されたひとつのアプローチは、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICPMS)と組み合わせた field-flow 分別法である。試料が流れを通過するときにサイズに従って集まり、ICPMSが個々の粒子の成分を決定するために用いられる。

 研究者らは測定装置に投入するテスト物質を100%見つけなくてはならないとフォンデル・カマールは言う。ナノ粒子は容器の壁に付着しやすく、噴霧状にすることが難しく、又はある装置のために極端な前処理が必要となる。

 さらに、環境中を移動するほとんどの工業的ナノ粒子は、研究者らが実験室で研究してきた処理されていない無垢のものではないらしい。例えば、商業的に入手可能な日焼け止めに使用されている TiO2 ナノ粒子は酸化アルミニウムのコーティングと疎水性の外層が施されているが、疎水外層はすぐに消失するということが Centre Europen de Recherche et d’Enseignement des Gosciences de l’Environnement (France)のクライン・ボッタと彼女の仲間らによって報告された。しかしボッタが2009年3月の米化学会及び6月のゴールドシュミット会議で述べたように、中間のアルミニウム・コーティングはそのまま残る傾向がある。残留した層は、ボッタらが現在テスト中の daphniids のような動物に有害影響を及ぼす可能性があるとともに、 TiO2 粒子がどのように凝集塊になり、水中で移動するかということに影響を与える。

 スイス連邦材料試験研究所(Empa)のバーンド・ノワックは、TiO2の異なる種類はすでに200種、存在すると述べている。ナノTiO2又は他のナノ物質がコーディングで機能化されることになれば、機能化されたナノ粒子の種類は数千になる可能性があるとして、”我々はそれらのひとつづつを調査しなくてはならないのだろうか”と問いかける。そうではなくて、ノワックはこれらのナノ物質がどのように使用されているのか、の目録を作ることを提案している。すなわち完全なライフサイクル評価により研究者らが現実世界で彼らの調査の精度を上げることができる。

 デューク大学クリスチン・ロビチャウドと彼女の同僚らによれば、市場にある工業的ナノTiO2の量は今後数年間で増大し続け、2025年までにバルク形状のものの使用に置き換わる可能性がある(Environ. Sci. Technol. 2009, DOI 10.1021/es8032549)。(現在の世界のバルク TiO2 の製造レベルは年間約400万トンで、そのうちアメリカだけで年間130万トンである。ナノTiO2の製造量は恐らくバルク のものよりはるかに少ない。) 共著者のマーク・ウィーズナーは、彼のチームはナノ物質の”リストをもっと減らす”ことを希望していると述べている。在庫目録が暴露の推定の根拠となり、毒性の調査にとって重要であると彼は述べている。新たなESTの記事(DOI 10.1021/es803621k)の中で、 デューク大学ナノテクノロジー環境影響センターのウィーズナーと彼のパートナーらはこの問題をさらに評価している。

歯磨きに由来するTiO2(上)は、廃水処理施設からの廃水中に蓄積し(下)、バイオ固形物に運ばれて環境中に容易に分散する可能性がある。
Paul Westerhoff et al., DOI 10.1021/ES901102n

 今月、いくつかの会議がそのような研究にさらに目を向けるかも知れない。科学者らが、一般的なナノ物質に関連する進展を共有するためにウイーンに集まることになっており、米環境保護庁は、環境中のTiO2 ナノ粒子についての非公開(招待)会議を主催することを計画している。

 環境中に広く存在する可能性があるTiO2の光化学的反応は特に興味深いとアリゾナ州立大学のポール・ウェスターホッフは述べている。ウェスターホッフはES&T (DOI 10.1021/es901102n)で発表した新たな研究の共著者であり、食品や化粧品からのからのナノTiO2 は、例えば、廃水処理系に入り込み、廃水処理施設から環境中に容易に移動することができることを示している。
 ”TiO2の大部分はバイオ固形物中に蓄積し、それらはどこにでも行くので、例えば、TiO2は農業用畑から水路や河川に入り込む”とウェスターホッフは述べている。ライフサイクルの観点からは、ナノTiO2 は、ナノ物質であるというだけのことである


訳注:関連情報


化学物質問題市民研究会
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