ETCグループ(カナダ)報告 2004年4月1日
ナノが引き起こした水汚染

情報源:Nano's Troubled Waters ETC Group, 1 April 2004
http://www.etcgroup.org/upload/publication/116/01/gt_troubledwater_april1.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2005年11月9日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/etc/ETC_Nano_Troubled_Waters.html

ナノが引き起こした水汚染
 最新の毒性警告として、ナノ粒子が水生生物の脳の損傷を引き起こすことが示され、新しいナノ物質の放出の一時的中止の必要性がハイライトされた。
訳注参照EHP 2004年7月号/フラーレンと魚の脳−ナノ物質が酸化ストレスを引き起こす


 ”バッキーボール” (訳注:フラーレンと呼ばれることもある。フラーレンの構造) として知られる人工カーボン分子が魚の脳に損傷を与えるということを明らかにした新たな研究は、人工ナノ粒子が環境と健康に有害であることを示唆する証拠にさらにひとつ付け加えた。この研究の結果は、ETCグループが2002年に呼びかけた商業用製品中の人工ナノ粒子に関する一時的中止に留意することの緊急性を明らかにし、さらに、欧州議会によって委託された報告書中のナノ粒子は環境中に放出されるべきではないとする Institut fur okologische Wirtschaftforschung による勧告と整合するものである(1)。最近の科学的研究はナノ粒子の有毒性についての深刻な懸念を発表している。(後述 ”ナノ物質の毒性に関する10の研究事例による警告”参照)。まだ未刊行であるが、この研究はナノ粒子が環境中に放出されると何が起きるのかをシミュレートした最初の報告書である。

訳注(参考)典型的なナノ物質の構造/ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター

 政府規制当局は、どれだけ多くの警告があれば、製造施設の労働者が危害を受ける前に、そして消費者がさらなる曝露を受ける前に、ナノ粒子の使用の安全確保のための措置をとるのであろうか?

 先週、カリフォルニア州アナハイムで開催されたアメリカ化学協会の全国大会において、環境毒物学者エバ・オバドルスターは、彼女が9匹のオオクチバスに500ppb濃度のバッキーボールを含む水に曝露させた時に何が起きたかの話をした。(この濃度は港湾の水(port waters)で普通に検出される汚染と同等である。)研究者らは、たった48時間後には、細胞膜の破壊をもたらし、人間のアルツハイマー病のような疾病と関連性がある”過酸化脂質”の形での脳組織の”深刻な”損傷を発見した。研究者らはまた、肝臓の炎症中にバッキーボール曝露に体全体が反応していることを示唆する化学的マーカーを見出した(2)

 ナノ(10億分の1メートル)のサイズのナノ粒子は、老化防止クリームから太陽光遮断車体やテニスラケットまで商業用製品として既に使用されている。通常では得られない化学的特性のために、”奇跡の分子”として売り込まれているサッカーボール状の形をした炭素分子であるバッキーボールは、燃料電池や太陽電池とともに、ドラッグ・デリバリー(訳注:目標細胞に薬剤を塗りこんだナノ粒子を命中させる)や化粧品への適用が特に有望であると考えられる。バッキーボールはまだ商業的製品には組み込まれていない。製造コストが高いことが商業化への最大の壁となっていると考えられるが、バッキーボールのグラム当り単価は数百米ドルから20ドルまで急激に安くなっており、製造者らは今後さらにグラム当り50セントまで下がるであろうと予測している(3)。バッキーボールは1985年の発明以来、どのくらい製造されたのか知ることは難しいが、日本のフロンティアカーボンという会社(三菱商事と三菱化学のジョイントベンチャー)は、年間40トンの製造能力を持つ工場を操業している。同社は、フラーレン(バッキーボールの化学的族名)のバイヤー300社を持っていると述べている(4)

 バッキーボールの有毒性研究の結果に関し、オバドルスター博士は、”もし、脳損傷が急速に起きるなら、その使用が広範囲に広まる前にこの新たな技術のテストとリスク/便益の評価を行うことが重要である”と警告している。ナノ粒子はヒトの血液脳関門を通過することができることが知られているが、それらがオオクチバスに見出されたような損傷を引き起こすかどうかは分からない。

 別の実験で、オバドルスター博士はバッキーボールがまた” ミジンコ ”にも有毒であることを見出した。バッキーボールで汚染した水の中で、半分のミジンコが2日間で死んだ。(オバドルスター博士によれば、バッキーボールのミジンコに対する毒性は”中程度”であり、ニッケルより高く銅より低い(5))。ミジンコ(数ミリメートルの甲殻類)は他の水生生物の餌となるので、オバドルスター博士は、ナノ粒子が食物連鎖を通じて蓄積して、魚類だけでなく、植物やヒトを含む他の動物にも影響を与えることを懸念している(6)。オオクチバスとミジンコは両方とも、水生毒性の標準テスト生物である。

 ナノ粒子の市場は来年には10億ドル(1,100億円)に近づくのに、政府の規制及びラベル表示は、どこの国においても行われていない。ナノ粒子はサイズが大きいものについては毒性がよくわかっている原子と分子からなっているが、大きなサイズの同一物質とは非常に異なる特性を示すことがあるにもかかわらず、ナノ粒子は安全であるとみなされている。

 オバドルスター博士は自分の発見に関し、”これは黄色信号であり、赤信号ではない”と述べている(7)。恐らく、彼女はナノ粒子の安全な適用の可能性がまだ存在するが、商業化は科学的毒性データが技術に追いつくまで慎重であるべきであると信じているのであろう。ETCグループは、黄色信号は適切であると同意し、再度、規制当局と国際的政治家が即座に責任を持って、実験手法が確立し、毒性研究が実施され、結果が確認されるまで、新たなナノ粒子の環境中への放出を一時停止する(モラトリアム)よう強く提案する。多くのナノ信奉者らは、ナノ粒子が安全に生物学的適合性を確保するためにコーティングのようなナノ粒子に対する改良を行うことができると主張する。これは理論的には可能であるが、改良又は製造者が改良のなされていないナノ粒子を使用することを防ぐ規制を評価する第三者機関は存在しない。ほとんどの製造者が自身の安全性研究を公共や競争相手と共有することを嫌がるので状況はさらに複雑になる。

 市場に出ようとしているナノ粒子の適用範囲は広く、その多くがナノ粒子を水又は土壌に排出する。アルテアー・ナノテクノロジー社(Altair Nanotechnologies)は魚の養殖場と水泳プールの水を浄化するために使用できるナノ粒子製品を市場に出そうとしている。米国第三位のマスの養殖を行っている水産養殖会社クリアー・スプリング・フーズ社(Clear Spring Foods)は、ナノ粒子ベースのワクチンデリバリーのテストを実施している。ナノ粒子形状中のDNAワクチンが魚の池に加えられ、マスに接種するよう超音波で活性化される。一方、日本の京都からの報告では、科学者らはバッキーボールを用いて農業用肥料の実験をしている。肥料の表面流去は既に水系の主要な汚染源となっている。

 国際的な共同体は、健康、社会経済及び環境に係ることに目を向け、予防原則に基づいて、新しい技術の製品を統制する法的強制力のある機構を設立しなくてはならない。国際的な評価が、新規技術のための新たな国際条約(International Convention for the Evaluation of New Technologies (ICENT))の下に導入されるべきである。ナノ粒子の有害性と環境への放出の問題は、政府間をまたがる機関とともに市民社会と市民団体によるレーダー・スクリーンによる監視の下に置かれなくてはならない。ETC グループは、国際漁民支援団体(International Collective in Support of Fishworkers、(ICSF、チェンナイ、インド))と連絡を取っており、この団体は世界中の小規模漁民の生計に関連する問題を監視している。ICSF は既にナノ粒子毒性の問題を監視している。ETC グループはまた、マレーシアのペナンに拠点がある世界漁業センターとも連絡を取っているが、ここは CGIAR(Consultative Group on International Agricultural Research 国際農業研究に関する協議グループ)として知られる国際的研究ネットワークの一部である。ナノ粒子の問題は、有害物質委員会が来月ドイツのヴィスマルで会合を開く北東大西洋の海洋環境の保護のためのオスロ−パリ条約(OSPAR)で早急に検討されるべきである。

 次の資料は、網羅的ではないが人工ナノ粒子の安全性の問題に関する最も危険な項目のいくつかを含んでいる。


ナノ物質の有毒性に関する10の研究事例による警告

  1. 1997年−日焼け止めからの二酸化チタン/酸化亜鉛のナノ粒子が皮膚細胞中でフリーラディカル(遊離基)を生成し、DNA を損傷することが報告された。−(Oxford University and Montreal University)Dunford, Salinaro et al.(8)

  2. 2002年3月−生物環境ナノテクノロジー・センターの研究者ら(Dunford, Salinaro et al.(8) , Rice University, Houston)が米EPAに対し人工ナノ粒子が実験動物の器官に蓄積し、細胞によって取り込まれると報告した。”我々は、ナノ粒子が細胞に取り込まれることを知っている。これは警鐘である。もしバクテリアがそれらを取り込むとすれば、我々はナノ物質が食物連鎖に入り込む入り口にいることになる”。−Dr. Mark Wiesner(9)

  3. 2003年3月、NASA ジョンソン宇宙センターの研究者らは、ラットの肺へのナノチューブの影響に関する研究が石英ダストより有毒な反応を示したと報告した。デュポン社ハスケル研究所の科学者らは、ナノチューブ毒性に関する多様なしかし懸念ある発見をした。”メッセージは明確である。人々は用心すべきである。ナノチューブは非常に有毒である。”−Dr. Robert Hunter (NASA researcher)(10)

  4. 2003年3月−ETCグループは、毒物病理学者ビビアン・ホワードによるにナノ粒子の毒性関する最初の科学的文献調査を出版した。ホワード博士は、粒子が小さければ小さいほど、その毒性は高くなり、ナノ粒子は様々な経路で体内に入り込み血液脳関門のような膜を通過すると結論付けた。”製造が許可される前に、粒子の安全性を確立するために”完全なハザード評価が”実施されるべきである。我々は潜在的に危険なプロセスを扱っている。”−Dr. Vyvyan Howard(11)

  5. 2003年7月−ネイチャー誌はCBENの科学者メイソン・トムソンのバッキーボールは土壌中を自由にに移動することができるという研究結果を報告した。”このチームのまだ未発表の研究は、ナノ粒子が容易にミミズに吸収され、恐らく食物連鎖に入り込み人間にまで達することができるということを示した。”−Dr. Vicki Colvin, the Center’s director(12)

  6. 2004年1月−ギュンター・オバドルスター博士(訳注:エバ・オバドルスター博士とは父/娘の関係)の研究が発表されたが、そこではナノ粒子は鼻腔から脳へ容易に移動することができるということが示された。”ナノテクノロジー革命は我々が今まで曝露していたものとは化学的に非常に異なる粒子を設計するかも知れず、それらはもっと有害性を高くする非常に異なる特性を持つかもしれない。我々は用心しなくてはならない。”−Professor Ken Donaldson, University of Edinburgh(13)

  7. 2004年1月−ベルギーのルヴェン大学のナノ安全性研究者らはネイチャー誌に、ナノ粒子には新たな毒性テストが必要であると書いた。”現在国際的に広まっているリスク評価に関するガイドラインによれば、我々は、ナノ物質の製造者は新たな物質のための関連する毒性テストの結果を提供する義務があると考える。たとえ”古い”化学物質でも、その物理的状態が、それらが当初評価された時の状態より著しく異なっていれば、それらは再評価される必要があるかもしれない。”−Peter H. M. Hoet, Abderrrahim Nemmar and Benoit Nemery, University of Belgium (14)

  8. 2004年1月−最初のナノ毒性に関する会議 Nanotox 2004 において、ビビアン・ホワードは、金のナノ粒子が母親から胎児に胎盤を通って移動することができるという最初の発見を発表した。(15)

  9. 2004年2月−カリフォルニア大学サンディエゴ校の科学者らは、カドミウムセレン化合物ナノ粒子(quantum dots)は、ヒトの体内で分解してカドミウム中毒を潜在的に引き起こすことがあり得るということを発見した。”これは恐らく研究者の世界では聞きたくない類のことであろう。”− Mike Sailor, UC San Diego.(16)

  10. 2004年3月−エバ・オバドルスター博士はアメリカ化学協会の会議でバッキーボールは、遺伝子機能を変更するとともに、幼魚の脳に損傷を与えると報告した。それらはまた、甲殻類(ミジンコ)にも有毒である。”もし、脳のダメージが急速なら、その使用が広まる前にこの新たな技術のテストとリスク便益評価が重要である。”−Dr. Eva Oberdorster.(17)

巻末注

(1) Haum, Petschow, Steinfeldt, Nanotechnology and Regulation within the framework of the Precautionary Principle. Final Report for ITRE Committeee of the European Parliament. Institut fur okologische Wirstschaftforschung (IOW) gGmbH, Berlin, 11 February 2004. ETC Group’s call for a moratorium on nanotechnology consists of a temporary cessation of lab research and commercialization of new products until national governments, in conjunction with their scientific community, can establish a reviewable "best practices" protocol.

(2) Mark T. Sampson, "Type of buckyball shown to cause brain damage in fish," Eurekalert, March 28, 2004. Available on the Internet, www.eurekalert.org

(3) Scott Kirsner, "Nanotech, biotech at key juncture," The Boston Globe, March 22, 2004.

(4) Matt Kelly, "Fullerenes Flourish, and Nano-C can make them by the ton," Small Times, 27 October 2003. Available on the Internet, www.smalltimes.com

(5) Rick Weiss, "Nanoparticles Toxic in Aquatic Habitat, Study Finds," The Washington Post, March 29, 2004.

(6) Mark T. Sampson, "Type of buckyball shown to cause brain damage in fish," Eurekalert, March 28, 2004. Available on the Internet, www.eurekalert.org

(7) Barnaby J. Feder, "Health Concerns in Nanotechnology," The New York Times, March 29, 2004.

(8) Dunford, Salinaro et al. "Chemical oxidation and DNA damage catalysed by inorganic sunscreen ingredients," FEBS Letters , volume 418, no. 1-2, 24 November 1997, pp. 87-90.

(9) Doug Brown, "Nano litterbugs? Experts See Potential Pollution Problems," Small Times March 15, 2002. Available on the Internet, www.smalltimes.com

(10) Jenny Hogan, "How safe is nanotech?" Special Report on Nano Pollution, New Scientist, Vol. 177, No. 2388, 29 March 2003, p. 14.

(11) ETC Group, "Size Matters! The Case for a Global Moratorium," Occasional Paper Series, Volume 7, no. 1, April 2003. Available on the Internet, www.etcgroup.org

(12) Geoff Brumfiel, "A Little Knowledge...," Nature, Vol. 424, no. 6946, 17 July 2003, p. 246.

(13) Alex Kirby, "Tiny Particles Threaten Brain," BBC News Online, 8 January, 2004. Available on the Internet, http://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/3379759.stm

(14) Peter Hoet, Abderrahim Nemmar and Benoit Nemery, "Health Impact of Nanomaterials?" Nature Biotechnology, Vol. 22, no.1, January 2004, p. 19.

(15) Ben Wootliff, ""Bristish Scientist: Nanoparticles Might Move from Mom to Fetus," Small Times, 14 January 2004. Available on the Internet, www.smalltimes.com

(16) Justin Mullins, "Safety concerns over injectable quantum dots, New Scientist, Vol. 181, No. 2436 , 28 February 2004, p. 10.

(17) Mark T. Sampson, "Type of buckyball shown to cause brain damage in fish," Eurekalert, March 28, 2004. Available on the Internet, www.eurekalert.org


 腐食、技術及び濃縮に関する行動グループ(The Action Group on Erosion, Technology and Concentration)、以前のRAFIは、国際的な民間社会組織であり、本部をカナダに置く。ETCグループは、文化的及び生態学的多様性と人権の向上に専心している。http://www.etcgroup.org/
 ETCグループはまた、地域生物多様性開発保全プログラム(CBDC)のメンバーである。CBDCは、14カ国の民間社会組織と公共研究機関が関与する共同実験イニシアチブである。CBDCは、農業生物多様性の保全と強化のための地域指向プログラムの探求に専心している。CBDCのウェブサイトは http://www.cbdcprogram.org/ である。


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