Rock Listner's Guide To Jazz Music


上原ひろみ


Brain

曲:★★★★
演奏:★★★★
ジャズ入門度:★★
評価:★★★
[Recording Date]
2003/12/9-11

[1] Kung-Fu World Champion
[2] If...
[3] Wind Song
[4] Brain
[5] Desert On The Moon
[6] Green Tea Farm
[7] Keytalk
[8] Legend Of The Purple Valley
[9] Another Mind
上原ひろみ (p)
Tony Grey
   (b [2] [5] [8] [9])
Anthony Jackson
   (b [1] [3] [4] [7])
Martin Valihora (ds)
H○Vの視聴コーナーで聴いて、[1]の濃密なトリオ演奏に惹かれて購入。ロックの聞き手からすると、とにかくベースとドラムのテクニックに驚かされる。個人的にピアノ・トリオというフォーマットにはあまり魅力を感じないんだけれど、エレキ・ベースでモダンな演奏を聴かせるこのトリオの完成度はかなりのもの。それとは別に上原ひろみの世間の評価は真っ二つ。批判の理由は「速弾きなだけ」というのがほとんどで、確かに彼女は深みや味わいという点で魅力を発揮するタイプではないと僕も思う。しかし、軽快でエネルギッシュな演奏には彼女ならではのキャラクターがあるし、グループとして他にない自己の音楽を追求しているところはもっと評価されてもいいと思う。また、ジャズ・ピアノのスタイルを基礎に持ちつつ、シンセも操り、オリジナル曲を書き、上原ひろみにしかできない音楽を作っていることもあまり重視されていない。それはジャズという決められたフォーマットに安住するよりも遥かにチャレンジングであり、彼女をジャズの範疇で見ることしかできない保守的な人にはオリジナルの音楽を作ることの偉大さを理解できないところが批判の根源にあるように思える。特にそういう人は[1]のような曲芸的演奏に眉をひそめるかもしれない。とはいえ、ジャズ的な要素を抜きにしてもピアニストとして、まだまだこれからというところはあり、その分、今後への期待感を抱かせる。(2007年2月2日)

Spiral

曲:★★★★
演奏:★★★★☆
ジャズ入門度:★★★
評価:★★★★
[Recording Date]
2005/5/28-31

[1] Spiral
Music For Three-Piece-Orchestra
[2] Open Door-Tuning-Prologue
[3] Deja vu
[4] Reverse
[5] Edge
[6] Old Castle, by the river,
        in the middle of the forest
[7] Love And Laughter
[8] Return Of
           Kung-Fu World Champion
[9] Big Chill
上原ひろみ (p)
Tony Grey (b)
Martin Valihora (ds)
上原ひろみの幸運は、ジャズ界のエライ人たちに認められたところから始まっている。狭義でのジャズの枠にあてはめることができないセンスを持ちつつもピアノ演奏の基本にはジャズのスタイルがあるからこそ認められたのでしょう。一方で上原ひろみの不幸はジャズ・ピアニストとして取り上げられてしまったところから始まっている。その音楽に伝統的ジャズの要素は薄く、エネルギッシュながらやや軽いピアノと、自身のピアノのキャラクターが強く出た自由な発想の曲がうるさ型のジャズ・ファンには軽視されるらしい。このアルバムは、前作よりも曲の完成度、ピアニストとしての表現力、トリオとしての密度、いずれも格段の進歩が見られる好作品に仕上がった。グループとしての表現に心を砕いた手法は非ジャズ的でありロックやポップスのようなアプローチである。[1]の展開なんてYESの "Heart Of The Sunrise"を連想させるし、現代音楽調、ブルース調なども織り交ぜたピアノと曲、音楽性の幅は広く、1枚を通して充実した内容と言える。一方で、このトリオは既に飽和点を迎えてしまった感もあって、これ以上の展開は望めないかもという気持ちにもさせられる。尚、これだけ複雑な曲をこれだけの完成度で演奏、しかし録音はわずか4日間という芸当はロック/ポップス系のミュージシャンにはできないこと。(2007年2月3日)

Time Control

曲:★★★★
演奏:★★★★☆
ジャズ入門度:★★
評価:★★★★☆
[Recording Date]
2006/10/20-25

[1] Time Defference
[2] Time Out
[3] Time Travel
[4] Deep Into The Night
[5] Real Clock vs.
              Body Clock=Jet Lag
[6] Time And Space
[7] Time Control,
           or Controlled By Time
[8] Time Files
[9] Time's Up
[10] Note From The Past
上原ひろみ (p)
David Fiuczynski (g)
Tony Grey (b)
Martin Valihora (ds)
正直に告白すると上原ひろみはとりあえずもう買わなくてもいいかなと思っていた。ショップで陳列されたこのCDを見て「ああ、彼女は実力派ミュージシャンなのにどうしてこんなアイドルみたいなアートワークなんだろう」と買う気をさらに萎えさせた。しかし、ふと見るとCDショップのポイントカードは有効期限を迎えようとしていた。他に欲しいCDも見当たらなかったので過剰な期待を持つことなくレジへ・・・。これまでのレギュラー・メンバーに、ギタリストを加えカルテットになった上原ひろみグループ(Hiromi's Sonicbloomと呼ぶらしい)。もちろん彼女のピアノにはジャズ・テイストがあるものの、ギターが入ることによって一般にイメージされているジャズからはより離れたものになった。ピアノの出番も相対的に減ったものの、その演奏はより自由で成熟が増した。何よりも重要なのはグループとしてのサウンドがよくできていること。気心知れたリズム・セクションとのコンビネーションはより緻密になり、歪んだエレクトリック・ギターの音が違和感なく交わる。曲は複雑かつ多彩な展開で飽きさせないし、ここに来て、これまでやってこなかったフォービート([3])を部分的とはいえ攻撃的に織り交ぜるところには余裕すら感じさせる。このサウンドをあえて表現するならプログレッシヴ・フュージョン。僕は彼女のことをピアニストとしてよりも音楽家として評価すべきだと前作「Spiral」で思いはじめ、本作でそれが確信になった。これだけの曲を書いて他にはないユニークな音楽を創造したことはもっと評価されてもいいと思う。演奏家として見てもピアノの進歩だけでなくエレクトリック・ピアノ([3] の歪んだエレピのカッコいいこと!)やシンセの使い分けも自然かつ効果的になっていて成長を感じる。作曲家、編曲家、演奏家として長足の進歩を遂げた高アルバム。(2007年2月10日

Beyond Standard

曲:★★★★★
演奏:★★★
ジャズ入門度:★
評価:★★
[Recording Date]
2008/2/20-27

[1] Intro:
   Softly As In A Morning Sunrise
[2] Softly As In A Morning Sunrise
[3] Clair De Lune
[4] Caravan
[5] 上を向いて歩こう
[6] My Favorite Things
[7] Led Boots
[8] XYG
[9] I've Got Rhythm
[10] Return Of
           Kung-Fu World Champion
上原ひろみ (p)
David Fiuczynski (g)
Tony Grey (b)
Martin Valihora (ds)
前作でこのグループのまとまりが気に入っていただけに次作を期待していたらなんとスタンダード集。選曲の幅がかなり広く、それぞれに名演が残されている曲ばかりだけに、どう聴かせるかがポイント。演奏やアレンジなどに相当の工夫が必要になることは目に見えていて、挑発的なタイトルが更に期待を煽る。結果は、しかしちっとも Beyond じゃなかった。確かにこのグループの流儀で料理しているとは思うものの、どの曲も面白くない。アルバム中に1曲入れる程度ならよかったかもしれないけれど、このグループの本質にこの企画じたいが合っていないと思う。チャレンジした山が高すぎた。(2008年9月15日)

Voice

曲:★★★★
演奏:★★★★☆
ジャズ入門度:★★★
評価:★★★★☆
[Recording Date]
2010/11/9-11

[1] Voice
[2] Flashback
[3] Now Or Never
[4] Temptations
[5] Labyrinth
[6] Desire
[7] Haze
[8] Delision
[9] Beethoven's Piano Sonata No.8,
    Pathetique
上原ひろみ (p)
Anthony  Jackson (b)
Simon Phillips (ds)
近年興味を失っていた上原ひろみは、グラミー賞受賞でにわかに有名になった。だからというわけではなく、サイモン・フィリップスが参加していたからという不純な動機から、再び聴くことになった。指はよく動くけれど表現の深みに欠けていて、独特なメロディセンス(ここで好き嫌いが分かれる)で押しまくるという基本的なところは変わっていないと思う。それでもあえて言えば上手くなった。聴かせどころをより心得るようになり、表現も以前より少し大人びてピアノをより自分のモノにしたという感じがする。あの電子キーボードの音もピアノとうまく融合するようにもなった。音使いに奇をてらったところもなく、ある意味地味な演奏とも言えるけれどその分だけ実が詰まった内容で、これまでの彼女のファンなら大いに満足するに違いない。アンソニー・ジャクソンのベースは予想できない音使いで決してグルーヴしないし、低い音域を多用していることもあって目立たないけれど、その分ピアノに耳が向くという脇役に徹した演奏。一方のサイモン・フィリップスは、あくまでもサポート役ということを踏まえつつ、手数もそれなりに、時にツー・バスをドコドコと入れるなどお仕事的でない彼らしいプレイが随所で聴ける。サイモン目当てで買っても後悔しない。本作は、上原ひろみ自身のグループとしては久しぶりのトリオ編成でピアニストとしての成長を聴かせるだけでなく、トニー・グレイ、マーティ・ヴァリホラとは一味違うトリオの面白さを得ることにも成功していると思う。ピアノをあくまでも中心とすることをコンセプトとしながら、普通のジャズ・ピアノ・トリオとはまったく違う在り方で彼女らしくピアノ・トリオを成立させたところが聴きどころ。派手さはないものの、聴きこんでいくと味が出てくるという魅力は従来の上原ひろみにはなかったもの。(2011年7月12日)

MOVE

曲:★★★★☆
演奏:★★★★★
ジャズ入門度:★★★
評価:★★★★★
[Recording Date]
2012/4/18-21

[1] MOVE
[2] Brand New Day
[3] Endevor
[4] Rainmaker
[5] Suite Escapism "Reality"
[6] Suite Escapism "Fantasy"
[7] Suite Escapism "In Between"
[8] Margarita!
[9] 11:49 PM
上原ひろみ (p)
Anthony  Jackson (b)
Simon Phillips (ds)
大御所2人を従えたトリオなだけに1作できれば御の字かと思っていたら、なんともう1枚作ってしまった。どうやら彼女は自分のグループを結成すると、1枚だけではやりきれない、まだいろいろできる思うようで、実際、同じメンバーで再度製作したアルバムで確実にグループを進化させてきた。自分のやりたいことへの理想が高く、チャレンジ精神が旺盛なのでしょう。このアルバムもツアーを経て作っただけに、確実に進化している。アンソニー・ジャクソンのベースは独特の音域で音を紡ぎ、ぱっと聴いた分には音が薄く感じるものの、重低音域をしっかり捉えた録音ゆえに良いオーディオ装置で再生できれば、その音の厚みとフレージングの妙を確実に聴き取れる。付属のDVDによると、サイモン・フィリップスはそもそもピアノトリオという編成に馴染みがなかったとのことで、ツアーを経て臨んだ本作では、この編成でどこまで踏み込んだドラミングができるかによりチャレンジするべく、かなり叩きまくっている。上原ひろみ自身は更にピアニストとして一歩前進、随所で聴かせる曲芸的な演奏の勢いだけでなく、自身のスタイルをより成熟させ、表現したいことを存分にやっているように聴こえる。より複雑な曲構成と、緊密な3人のコンビネーションはすべての面で前作を1枚上回っている。ピアニスト・上原ひろみは、決して諸手を上げて評価されているわけではない。一時期「元気が出るピアノ」だなんてフレーズて形容されていたのは、重さに欠けていることの裏返しでもあり、それは未だに変わったとは思わない。僕は、広い意味での洋楽をやっている日本人の大半がつまらないと思っている。所詮、自分たちの体内に宿っていない音楽をしているのであって、外国人の音楽が基本的に持っているリズム感やメロディーを超えることができず、その代わりとなる個性もないからだ。しかし、彼女にはその代わりとなる個性があり、その個性が音楽の一部となって成立している。総合的に見て、本作はそんな彼女の現時点での最高傑作であることに疑いはない。(2012年11月3日)

ALIVE

曲:★★★★★
演奏:★★★★★
ジャズ入門度:★★★
評価:★★★★★
[Recording Date]
2014/2/5-7

[1] Alive
[2] Wanderer
[3] Dreamer
[4] Seeker
[5] Player
[6] Warrior
[7] Firefly
[8] Spirit
[9] Life Goes On
上原ひろみ (p)
Anthony  Jackson (b)
Simon Phillips (ds)
何やら大袈裟に始まるオープニングに、これはまた新生面を打ち出してきたかた思っているとスピーディかつ曲芸的な演奏に雪崩れ込む。このメンバーで既に3枚目、その緻密なコンビネーションには更に磨きがかかり、もはや孤高の域にまで到達しているかのような複雑怪奇な展開。ピアノもさることながら、ベースとドラムの勢いは従来2作を凌ぐ。芸風は確かに変わっていない。でも、まだここまでできるんだという確信があるからこその3枚目という必然性を感じられるのも確か。シンセをまったく使わなかったのも、「まだできることがある」という伸びシロあっての結果であるように思う。サイモン・フィリップスは叩きまくり、ツーバスのドコドコもこれ見よがしではなく音楽に自然に溶け込んでいるし、アンソニー・ジャクソンはこれまでになく縦横無尽にスペースを埋め尽くしている。このメンツでアルバムを作ったりツアーをしたりするのは1度きりで精一杯だろうと思っていたのにここまで続いたのは、他のどのジャズ系、ロック系グループでもない音楽ができるからという面白みがあるからに違いない。超絶技巧だけで押しまくるわけではなく、抑えるところは抑えているし、フォービートをこれまでになく導入したり、ポップな曲もうまく織り交ぜていて幅も持たせている。3人でのパフォーマンスの発展性、拡張性が、9曲で約75分というこれまでにない長さをもたらした理由でもあるんじゃないだろうか。1月のブルーノートでのライヴを観たときに、まだこのグループは進化すると思ったものだけれど、その成果は確実にこのアルバムにパッケージされている。サイモンがTOTOを脱退したのはこのグループの音楽的成功と無関係ではないのでは?と思わせるに十分な内容で、間違いなくこのトリオの最高傑作。あらゆるミュージシャンがあらゆる音楽をやり尽くしている現代において、ここまでの独自性をここまでの完成度で仕上げたことは驚異的だと思う。(2014年6月6日)

SPARK

曲:★★★★☆
演奏:★★★★★
ジャズ入門度:★★★
評価:★★★★☆
[Recording Date]
2015/10/9-12

[1] SPARK
[2] In A Trance
[3] Take Me Away
[4] Wonderland
[5] Indulgence
[6] Dilemma
[7] What Will Be, Will Be
[8] Wake Up And Dream
[9] All's Well
上原ひろみ (p)
Anthony  Jackson (b)
Simon Phillips (ds)
このトリオで4枚もアルバムを作る、いや作れると思っていた人は恐らく誰もいなかったに違いない。本人たちもきっとそうだったんじゃないかと思う。そもそもジャズ・フュージョン系のミュージシャンは同じメンバーで何枚もアルバムを作ることは稀。4枚目にして音楽に緩みはまったく見られないし、トリオとしての結束はむしろ上がっている感じさせるところさえあるのだから、充実しているのは間違いない。それは演っている本人たちもきっとそうなのだと思う。しかし、聴き手の立場からすると流石に頭打ちでもうこれ以上はないように聴こえてしまう。演奏をする立場からするとより緻密で複雑なものになっているんだとわかるのかもしれないけれど、ただのリスナーにはそこまでは理解できない。誤解なきように言うと、質はまったく落ちていないし、この1枚しかなければ絶賛していたに違いない。進化し、深化しているのだとしても基本的なところが変わっていないものを何年も続けるというのは難しいものだと思えてしまう。同じメンバーであってももっと違う世界を作って欲しいという聴き手の身勝手な要求は理想が高すぎるんだろうか。(2016年3月16日)

Silver Lining Suite

曲:★★★★
演奏:★★★★
ジャズ入門度:★
評価:★★★★
[Recording Date]
2021/8/28-30

[1] Silver Lining Suite: Isolation
[2] Silver Lining Suite: The Unknown
[3] Silver Lining Suite: Drifters
[4] Silver Lining Suite: Fortitude
[5] Uncertainty
[6] Someday
[7] Jumpstart
[8] 11:49PM
[9] Ribera Del Duero
上原ひろみ (p)
西江辰郎 (1st violin)
ビルマン聡平 (2nd violin)
中 恵菜 (viola)
向井 航 (cello)
コロナ禍で活動が大きく制限され、海外プレイヤーと組むことも絶望的な中、選んだのは自らのピアノにオーソドックスな弦楽四重奏を組合わせることだった。クラシックのしきたりに倣えばピアノ五重奏ということになり、「上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット」名義でのアルバムになっている。組む相手は新日本フィルのコンサートマスターの西江辰郎、同オーケストラのビルマン聡平と中恵菜、関西フィルハーモニー管弦楽団首席チェロ奏者の向井航の面々。完全異国文化のクラシックの世界で日本の弦楽演奏家たちのレベルは高いとは残念ながら言い難いけれども、基礎レベルが高いクラシックの世界で飯を食っている奏者たちだけにここではまったく不足はない。ジャズ系の音楽では特殊な編成故にこれまで聴いたこともない曲と演奏なのでは?という過剰な期待は禁物で、どこからどう聴いても上原ひろみのピアノが中心になっている。弦楽の柔らかな音色はもちろん生かしつつ、トリッキーなピアノと時にアヴァンギャルに絡み、部分的プログレッシヴ・ロックの匂いがするところも上原ひろみの従来からの持ち味がそのもの。弦楽で奏でられるメロディは時に気恥ずかしくなるような俗っぽさに陥る一歩手前で踏みとどまっているけれど、それも上原ひろみの持ち味である。正直なところ上原ひろみの音楽にはどっしりと腰が座っているわけではなく深みがあるわけでもない。でも聴けば一発で上原ひろみだとわかる、自分でしかできない音楽を作り、演奏している。その点においてどの日本のジャズ系のミュージシャンよりも頭2つくらい抜きん出ている。オリジナルの音楽を作り続けていることはもっと評価されるべき、という従来から抱いている思いが、このアルバムを聴いていると益々強くなる。ちなみに、室内楽のお上品なムードに陥らないよう、チェロがピチカートでビートを刻むシーンも至るところで聴けるとはいえ、アンソニー・ジャクソンとサイモン・フィリップスとのピアノ・トリオのような強靭なリズムは当然なく、(クラシックを聴き始める前までの僕のように)強いビートの音楽しか楽しめない人は聴かない方が良い。広い感受性を持って音楽を受け入れることができ、上原ひろみのシャキシャキしたピアノを愛好している人には強く推薦できる良作だと思う。(2021年12月6日)

Sonicwonderland

曲:★★★
演奏:★★★
ジャズ入門度:★★
評価:★★☆
[Recording Date]
2023/5/25-28

[1] Wanted
[2] Sonicwonderland
[3] Polaris
[4] Go Go
[5] Up
[6] Reminiscence
[7] Trial And Error
[8] Utopia
[9] Bonus Stage
[10] Reminiscence
上原ひろみ (p, key)
Adam O'Farrill (tp)
Hadrien Feraud (b)
Gene Coye (ds)
Oli Rockberger (vo [6])
スポット的なものを除くと久しぶりに新しいグループでの活動、本人が登場しない初めてのジャケット(デザインは「Heavy Weather」などを手掛けたルー・ビーチ)、ととなり、どんなものになっているんだろう?と期待が高まる。トリオのライヴでアンソニー・ジャクソンの代役をアドリアン・フェローが務めたことから始まり、スタンリー・クラーク・バンドで共演歴があり、フェローとも活動を共にしたことがあるジーン・コイがドラマーに決まる。そこにトランペットを入れるアイディアが生まれ「本当に好きなのは中低音域で、その音域を美しい音色で演奏できる人」としてアダム・オファリルが選ばれる。ニューヨークでの2日間のリハーサルに続き、ミネアポリスとオークランドで12回の連続公演を行ってレコーディングに入ったこのアルバムは、キーボードを多用して、基本的にトランペットにメロディを任せ、バンドとしての音楽表現を目指してることは明らか。ピアノのフレーズや時にコミカルなメロディ、そしてこれだけのフュージョン路線であってもオールド・ジャズへのリスペクトを忘れていないところなどは上原ひろみらしさに満ちており、彼女以外の誰でもない音楽に仕上がっているのは従来どおり。キーボード多用とピアノ以外のメロディ楽器が入っているという意味で「Time Control」のイメージに近い印象を受ける。しかし、それは良いことと言えるのか。ジャコ系のテクニカルなベースと、この路線としては平均的なドラムによるバンド・サウンドは、もうちろん奏者による違いこそあれ、トニー・グレイ、マーティ・ヴァリホラとのかつてのトリオで描かれたものと質的にあまり違いがないという意味でもある。また狙ってのことかもしれないが、「Time Control」のときよりも全体的にアグレッシヴなテンションがない(落ち着いているとも言えるが)。トランペットの使い方は凡庸で、このグループならではのスタイルを作ったという領域には至っていない。歌もの1曲も、新しい試みではあるもののアルバムに多面性をもたらすことはできておらずむしろ散漫な印象を受ける。活動し始めて日が浅いグループ故に、これからの伸びしろに期待したところ。(2023年9月18日)