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筑紫倭国伝

熊襲征伐(1)



伊野天照皇大神宮

伊野天照皇大神宮

祭神、天照大神 手力雄神 萬幡千々姫
 神の神託を疑って死んだ仲哀天皇に祟られる神を知るため、神功皇后は罪を払い過ちを改めて、この地の小山田邑に斎宮を造って入り、自ら神主となって、神託を聞き、財宝のある国を求めたと書紀に記されている。
 福岡県粕屋郡久山町猪野


美奈宜神社

美奈宜神社

祭神、天照大神 住吉大神 春日大神
 仲哀天皇の死後、神功皇后は新羅出兵に先だち熊襲征伐に乗りだした。強健で翼があり高く飛ぶことのできる羽白熊鷲(はしろくまわし)と、ここで対峙し討ち果たした。これはお告げをうけた三神の助であるとして戦勝奉告したこの地に、後の仁徳天皇の勅願によりに祭られた。
 福岡県朝倉市荷原


砥上岳

砥上岳

 神功皇后が武運を祈るために登ったというこの山には山頂の「武宮」をはじめ「かぶと石」「みそぎの原」や「ひづめ石」など神功皇后関連の話が伝わる。「砥上」は兵士が武器を砥いだことからこの名になったと言い、この地の「夜須(やす)」は、神功皇后が羽白熊鷲を討って「心安らかになった」と言ったことから名づけられたという。
 福岡県朝倉郡筑前町


鷹尾神社

鷹尾神社

 神功皇后が土蜘蛛(つちぐも)田油津姫(たぶらつひめ)を征伐したとき、陣営の置かれたとするこの地に、清和天皇の勅宣で869年に建てられた。境内には神功皇后腰掛石がある。
 福岡県柳川市鷹ノ尾


 


権現塚

権現塚

 神功皇后が田油津姫を征伐したときに戦死した自軍の兵士を埋葬した場所であるといわれている。また女王「卑弥呼」の墓ではないかともいわれているが、「魏志倭人伝」には径百余歩と記されており、明らかに小さい。
 福岡県みやま市大草


若八幡神社

若八幡神社

祭神、仁徳天皇 応神天皇 神功皇后
 景行天皇(12代)の熊襲征伐に寄与したこの地の祖神、神夏磯姫の後裔、夏羽は、神功皇后の暗殺を企てた妹、田油津姫を助けるため軍勢を差し向けるが、途中で妹の敗戦を知り、逃げ帰って館にたて篭るが、追ってきた皇后の軍勢に焼き殺される。後に夏羽の亡霊の祟りを鎮めるため宇佐より八幡宮が勧請された。
 福岡県田川市夏吉