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「修道士カドフェル」の舞台となった町をこの眼で見たくて訪れたシュルーズベリ。今回は探訪記の後編です。





シュルーズベリ、イングランド 「修道士カドフェルの故郷」〜後編〜 
(Shrewsbury, Shropshire England -"Home of Brother Cadfael"-)



お腹も落ちついたところで、いよいよこの町を訪れた大きな目的でもある「カドフェルの足跡めぐり」を始めることに。すでに何度か上り下りしたワイル・コップの坂(Map-3)を下って、シュルーズベリ修道院に向かう。カドフェルの親友でもある州長官(シリーズ初期は副長官)ヒュー・ベリンガー(Hugh Beringar)が修道院長に激しく移り変わる政情の報告に、そしてその後にくつろいだお喋りを楽しむために年かさの友人の仕事場を訪ねに行くときにはいつも、彼の「見栄えはよくないが強健で、信頼のおける灰色まだらの馬」に乗ってこの坂道を下ったことになる。その頃にはもちろん地面は土だったし、建物もこれほど建て込んではいないと思うけれども、古い建物が今も多く残っているだけに、いま後ろから馬や馬車がやってきても別に驚きはしないかも知れない。
写真は「熊の階段(?)」(Bear Steps)と呼ばれている場所ではないかと思うのだが、通りすがりに撮ったものでかなりあやふや...
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修道院外観と内部の教会本堂。Map-5
セヴァーン河にかかるイングリッシュ・ブリッジ(Map-4)を渡ると、左手にシュルーズベリ修道院の高い茶色の建物が見えてきた。もちろんここは現在も使われているため修道士たちが生活している(多分?)内部まで見ることはできないが、教会部分は誰でも入ることができるし、入口で申し込めば有料の案内もある(もちろんカドフェルのシリーズとの関連もちゃんと教えてくれる)。この修道院は物語の中でも言及されているように正式名称はShrewsbury Abbey of St Peter and St Paul、つまり聖ペテロと聖パウロのと二人の守護聖人をいただいたベネディクト派の修道院で、ノルマン王ウィリアムの従兄弟であるロジャー・モンゴメリ(Roger de Montgomery)が1083年に創設したもの。物語の舞台は1130-40年代頃なので、創設から5,60年後、つまり当時としては「比較的新しい」修道院だったということになる。900年近い歴史の中で失われたり規模の縮小された部分はあっても、建物の本堂の位置など基本的なものは物語当時とはそれほど変わってはいないようだ。南側にはシリーズの作者エリス・ピーターズ(本名はエディス・パージェター(Edith Pargeter)、1995年に死去)を記念して1997年に新しく加えられた聖ベネディクトのステンドグラスもあって、「CADFAEL」の名前が記された本と彼が扱う薬草が美しい色合いで描かれている。


修道院のすぐ向いには1994年にオープンしたカドフェル博物館、「シュルーズベリ・クエスト」がある。ここには物語に出てくる修道院の内部(つまり物語に言及されているが隣の本物の修道院では入れない、あるいは現在は存在しない部分)が「カドフェル」シリーズの記述通りに再現されている。入口で入場券を買うところまではふつうの博物館と変わりないのだが、一歩入った途端いきなり修道院。食料貯蔵室や台所、食堂(ちゃんとエールの容器やらパンやら果物やらが食べ散らかしてある)などがとてもリアルに再現されているので、さっき本物の修道院を訪れたばかりなのもあってちょっと混乱してしまう。もっとも本物のほうは、現在は内部も結構現代的になっているのだとは思うが。
印刷技術のなかった当時、キリスト教の教えや学問を広めるために僧たちが一冊一冊書物をコピーした写本室に行くと、写本机に黒い僧服を着た若い男性が座って本当に羽根ペンを手にして作業をしていてぎょっとした。が、これはこの博物館のスタッフらしい。このときは午後も少し遅い時間だったため彼の他には見かけなかったが、パンフレットなどを見ると普段はあちこちに「修道僧」たちがうろうろしているらしい。ロンドンのシャーロック・ホームズ博物館では「ハドソン夫人」のいでたちをした女性スタッフを眼にしてもあ、なるほど、くらいにしか思わなかったけれども(暇つぶしに隅のほうで"Vanity Fair"か何かのファッション雑誌を読んでいるのを目撃してしまったせいもあるかも知れないが)、ここでは簡単にタイム・トリップしてしまいそうな気がするのも、時間的に観光客が少なかったせいばかりでなく、それだけ雰囲気作りがうまいということかも知れない。 great court (13k)
シュルーズベリ・クエストに再現された「修道院の中庭」。Map-6

この写本室では、自分でも実際に「写本作業」を体験することができる。といっても一字一字本当に書くのは大変なので(やりたい人はちゃんと羽根ペンで書くこともできるが)、ちゃんと用意してあるスタンプに好きな色のインクをつけ、紙に自分の好きなように文字や植物の装飾ボーダーを配置して、「あなただけの彩色写本」のお土産を作れるというわけ。その他にも館内のあちこちに僧たちが一日の終わりなど短い自由時間に興じた当時のゲームなどが置いてあって、説明板の説明に従って楽しむことができる。
写本室を出て外の階段を降りると、広い中庭に出る。物語の中でここは修道士たちが一日のさまざまな仕事の途中や帰りに行き来し、外部からの訪問者が新鮮な空気を吸うためしばし足を止め、そしてカドフェルが自らの薬草園を手入れしながら、ここに集まる人々のドラマを持ち前の好奇心で観察する場所。十字軍の第一回遠征に兵士として、またいわゆる軍医のような役割も兼ねて参加したカドフェルは、聖地エルサレムや他のさまざまな土地から種を持ち帰った珍しい植物を薬草園で根付かせ、難しい病気に効く薬の原料などに用いているが、ここに再現された薬草園には実際に12世紀当時の植物が育てられていて、これ自体庭としても貴重なものらしい。

workshop (11k) カドフェルの作業小屋はこの庭の片隅にある。木造の小屋の戸口には簡素な木製の長椅子が置かれているが、彼はよく晴れた夏の夕方など「屋内にこもっているのは勿体ない」ようなときにヒュー・ベリンガーとここに腰をおろして、杯を傾けながら世間話をしたり、それぞれの情報を交換しあう。戸を開けて入った室内には木の棚や台の至る所に大小さまざまな壜や壷、すり鉢、素焼きの鉢、天秤、木のコップなどが並んでいて、頭上の梁からはあらゆる種類の薬草が吊るされている。部屋の隅の作業台の上には途中まですりつぶした薬草が置いてあって、どうやらこの小屋の主はしばし手を休めて友人のアンセルム修道士のオルガンでも聴きに行ったか、それとも作業中突然のひらめきに襲われて探偵活動を開始したか、といった風情。物語に出てくる登場人物のように室内をきょろきょろ見回したり薬草の匂いをかいだりしながら、もしいまカドフェルが戻ってきたら「お忙しいところすみません、診療所のエドマンド修道士にここへ来ればカドフェル修道士に頭痛薬を調合していただけると聞いたので...」とでも言えばいいのかな、とぼんやり考えている自分に気づいて一人で苦笑。
「シュルーズベリ・クエスト」のもう一つの呼び物は、訪問者が実際に自分でも謎解きに挑戦できること。それぞれの部屋には木製の表紙の「本」が置いてあって、開くと修道院内で起きた事件のあらましとその経緯、カドフェルの推理とヒントが示されている。入口で係員の女性に「謎解きにぜひ挑戦してみて。とても難しいっていう話だけど!」と言われていたのでちょっと張り切っていたのだが、.....難しい...小屋の作業台の上にも本が載っていて「カドフェルの独り言」が記されているのだが、閉館まであまり間がなかったこともあって、すでにこのあたりでわたしは事件を迷宮入りにすることにしていた。情けなや。
中庭を巡る回廊から再び別の石造りの建物の内部に入るとカフェテリアがある。地元の新鮮な材料を使った、中世のレシピにもとづいた料理が楽しめるらしい明るくきれいなところだったが、残念ながらこの日はすでに閉まっていた。その隣の部屋にははエリス・ピーターズの自宅書斎が再現されている。簡素だが落ちついた感じの部屋で、書架にはカドフェル・シリーズのほかエディス・パージェター名義で書かれた他の歴史関係の書物などが並び、机の上には愛用のものらしいタイプライターに書きかけの原稿が挟まっている。この博物館は彼女が亡くなる前年に開かれたが、「カドフェルの庭」が見渡せるこの場所は彼女本人もお気に召したのでは、と思えた。
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すべてを見終えたあとはお約束のお土産屋さんへ。ここには一連のカドフェル・グッズ(パンフレットとか絵葉書とか革製の栞とかピンバッジとか...)をはじめ、このシリーズをここまで有名なものにした英ITVテレビ制作、名優"サー"・デレク・ジャコビ主演の人気ドラマシリーズのビデオなどもある。日本で探しても見つからなかったカドフェルの若い頃の冒険を描いた短編集を発見、即座に購入。ここでも店員の女性に「謎は解けた?」と聞かれて「ダメでした...」と答えると、「すごく難しいっていう話よね。多分まだ解けた人はいないんじゃないかしら」だそう。ちょっと気を取り直して、きっとまたもう一度、今度は朝から来てたっぷり時間をかけて考えて、少なくとも「謎を解いた最初のアジア人」になってやろう!と誓って博物館を後にしたのだった。

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シュルーズベリ城の門番小屋。Map-7
「クエスト」で閉館時間ぎりぎりまで粘ったため、ここを出る頃には他の大方の博物館も閉まっている時刻。町をもう一度ぶらぶらしながらゆっくり宿に戻ることにしたが、その通り道にはシュルーズベリ城がある。やはりこれは見逃せない、ということで立ち寄ることにする。ここにもテューダー様式の門番小屋がそのまま残っていて、そこをくぐると赤い石造りの城があらわれる。想像していたよりもこじんまりした感じだったが、この町にはかえって似合っているようにも思えた。ここは軍関係の博物館にもなっているらしいが、やはり一般開館時間は過ぎているらしかった。何かの催し物か晩餐会でも開かれるのか、何台か車が入ってきて正装した男女が中に吸い込まれていく。前庭の車回しもアスファルトで鋪装されてしまっているのでちょっと想像しにくいが、かつてはここにヒュー・ベリンガーのような若い州長官が颯爽と馬を乗り入れたのかも、などと想像。
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シュルーズベリ城。午後も遅かったので影に入ってしまって真っ黒...

一度宿に戻ってから、夕方まだ陽が高いうちに(英国は緯度の高さと夏時間のため6ー9月ごろは夜9時を過ぎてもまだ明るい)明日向かうロンドンの友人のところに電話を入れるため外出した。途中にあるいい感じのパブの前では、地元の人らしいおじさんが二人ちょっと早めの一杯を楽しんでいる。ちょっと雲行きが怪しかったので近くの川辺にある公衆電話で手早く用を済ませて帰ろうとすると、案の定降ってきた。しかもものすごい勢い。英国では雨といっても一日中降り続くということはあまりないせいか、夕立だけでなく短時間で止むちょっとした雨でも一緒くたに「シャワー」と呼んだりするが、このときのこれはまさにシャワー全開という感じ。仕方ないのでもう一度電話ボックスに戻って立てこもる。他に誰も来ないといいなーと思いつつ川面や街路樹に叩き付ける雨の音を聞いているうち、10分弱くらいで降りが弱まってきた。ほとんど止んだので外に出ると、すでに空は明るくなってきていて、ひんやりした空気に洗い流された緑や土の匂いが漂っている。遅い午後の光に少しけむるような河と、流れを見下ろす手すりや木々にまだ光っている雨の雫を眺めながら、ゆっくりゆっくり宿に向かった。さっきおじさんたちが座っていたパブの外のテーブルもすっかり水浸し。多分まだ、中で飲んでいるんだろうな。 pub (9k)
雨上がりのパブ。

翌日町を離れる前に、もう一度中心街を歩いた。前の日に明日見てみよう、と思っていた聖ジュリアン・クラフト・センター(Map-B)(St.Julian's Craft Centre)に入ってみる。ワイル・コップから細道に入ったところにある、うっかりすると見逃してしまうような入口だが、入ってみると中はかなり広い。カードやアクセサリーから布製品、額装、ブーツや靴までさまざまな手作りの工芸品が売られているが、これらは全て地元の作家たちの手によるものらしい。特に何か買おうと考えていたわけではなかったのだが、この町のさまざまな場所を描いた絵を売っている店を見ていたらふと一枚買ってみようか、という気になった。色々と迷った末、やはりセヴァーン河を描いた値段も手軽な小さめの絵を選んだ。セヴァーンの絵と「カドフェル」の短編集をリュックに入れて、わたしはロンドン行きの列車に乗った。





3.8.2000





今回は「カドフェル」シリーズの設定にかなりだぶらせた感じになってしまいましたが、物語をご存じないかたもなんとなく雰囲気を感じ取っていただけると嬉しいです。シュルーズベリはまたぜひ訪れてみたいと思う町の一つです。まだまだ見たい場所もあるし...

*シュルーズベリを訪れてみたくなったかた、もっと知りたい!と思われたかたはシュルーズベリ観光案内サイトをぜひ訪れてみてください。
Shrewsbury Tourism Website



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