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とんでもなく間が開いてしまったイタリア訪問記、ようやく最終回です。個人ツアー日程を終えて、今回は旧友に会いにジェノヴァに近い海辺の町、キアヴァリを訪れます。


北イタリア二人旅・その7-a カモウリ → キアヴァリ (Camogli --> Chiavari, Liguria, North Italy)

ドイツの友人Hが手配してくれた10日間の個人ツアーを無事終えて、わたしたちはイタリア滞在最後の地、ジェノヴァ近郊の町キアヴァリに向かった。学生の頃二学期間だけ英国に語学留学していた時、寮の隣の部屋で一番仲良くなった友人がここに住んでいるので、せっかくイタリアを訪問するなら会おうということになったのだった。
セストリ・レヴァンテの最後の豪華な朝食をたんとお腹に入れて、ゆっくりめにチェックアウト。この日は木曜日でキアヴァリの友人Rは日中は仕事のため、夜になってからホテルで会おうという約束になっていた。また実はキアヴァリはレヴァンテの目と鼻の先で、ここ数日あちこち訪ねる際も何度か町をかすめていて場所は分っていたので、特に急ぐ必要もないとまたもや途中で寄り道するつもりで出発。とりあえず一度キアヴァリをやり過ごしてジェノヴァ方面を目指すことにして、その途上にあるカモウリ(Camogli、始め「カモグリ」かと思ったが現地の人の発音を聞く限りgの発音が柔らかくなるらしい)という場所がなかなか綺麗らしいので、立ち寄ってみることにした。

この日は薄曇りだったが、やはりいいドライヴ日和。この頃にはわたしも多少は助手役に慣れてきて(と思うと何か見落とすのだが)、イタリアの車の運転の荒さを心配していた友人Hも実際はそうそう危険なドライバーなどいないと分かって(田舎ばかり走っていたせいかも知れないが)かなり余裕を持って運転できるようになっていた。そうこうするうち、昼過ぎにカモウリに到着。両腕を開いて海を誘い込むような入り江の静かな砂浜が広がっている。
港町、というより雰囲気的には漁村といった感じだろうか。ポルトフィノのような豪華なクルーザーや娯楽用の船らしいものは見当たらず、様々な形の実用的な小型船や手漕ぎボートが係留され、あちこちに投網が干してあったりする。昼過ぎという時間のためか平日のせいか、ここも実に静かというか閑寂とした雰囲気。下の砂浜でのんびりしている人がちらほらいる程度で、歩いている人もほとんどない。砂浜の両端は断崖がそそり立っていてなかなかの眺めなのでシーズンには保養客も増えるのか、飲食店や綺麗な店などはやはり多い。しばらく港周辺を歩いて漁村気分を楽しんだ後、とりあえず何かお腹に入れようということで(またか)砂浜が見下ろせるテラスのある店に入る。

さすがに朝食からあまり時間が経っていないので、二人ともサラダを頼む。わたしは例によってシーフード・サラダを頼んだが、愛想のいいおじさんがどかんと持ってきたのは陶器のボウル(大)にばりんばりん千切った葉っぱ類、その上に茹でたエビ(芝海老(大)サイズ)やら貝やらスモーク・サーモン(切らずにそのままべらべらと入っている)やら卵やらがどさどさっと載ったもの。実にふつーなのだが、シーフード類はちょっと半生程度なのに生臭くもなくおいしく食べられた。ドレッシングはオリーヴ・オイルくらいだったような。

初め客はほとんどわたしたちだけだった。

この店にいる間に、薄曇りだった空が晴れて陽が射してきた。おや、少し人が出てきたね。と話していると、...ちょっと、ちょっとまて。何だこのいきなりわらわらわらわら出てきた人達は。たまにだるそうな若者がぶらぶら通る以外は閑散としていた店の前も、あっという間に人気の観光地状態に。しかも半数以上が水着姿かそれに近い格好で次々と浜辺に下りて行く。そう、イタリアの人々はお日様と共に活動する。というか日光浴する。さっきまでも空はうっすら白っぽかった程度で曇っているというほどではなかったのだが、太陽がぴかっと顔を出した途端にこれである。観光客なのか地元の人なのか両方なのかよく分からないが、浜辺も通りもすっかり大賑わいに。英国やアイルランドを含めた欧州の人達は一般的に日光浴が好きだが、それを行く先々で再認識したのがイタリアという国だった。

お腹も落着いたので、再び周辺を散策。岸壁の上に何か古い建物があって気になったので登って行ってみたが、どうやら閉まっていて入れないらしく、公開しているわけではない感じだ。しかしかなり古そうで、立っている岸壁とほとんど一体化しているような状態である。しばらく周辺を巡ってから下りてきて、今度はあちこちの店をひやかすことに。これまで回ってきた町や村同様ここもやはり美しい風景を求めて芸術家が集まるらしく、絵やオブジェなどの店が多くて楽しい。思い返してみると、今回のイタリア旅行ではいわゆる観光土産の店というのをあまり見かけた記憶がない。もちろん絵葉書や土地の名前が入った小物などを売っている店は沢山あるのだが、普通の雑貨屋や専門店の一隅にそういうものがおいてある程度だったり、他にも手作りの品物などを個性的に飾り付けてあったり、日本や他の国でよく見る「どこの店にいっても同じ」ようないかにもという土産物屋は目につかないのだ。大都市を避けたせいもあるかも知れないし、友人もわたしも面白くない店は無意識に避けていたのかも知れないが。

青空が見え始めた途端にぞろぞろ出てくる人達。
家の窓に貼り付いて見張ってたんですかあなたたち。

謎の建物。海方面の監視塔?
買物をするつもりは別になかったのだが、たまたま入った小さな店に並べてあった地元の風景画が何だか気に入ってしまった。水彩画でもないようだが、同じ角度で描いた場所でも一枚ずつ違うので一応手描きらしい(明らかに水彩で描かれたものはもっと高かった)。どうやら店にいた50-60代くらいの男性が画家本人のようで、片言の英語を話してくれたのでこれはどの場所だとか自分はこっちの方が気に入っているとか色々教えてくれて、結局すぐ近くにあるという小さな砂浜と背後にそそり立つ山や家を描いたものを買うことにした。一緒に英語版の綺麗なカードのようなものを貰ったが、後で見たら彼の作品を常設展示している美術館も幾つかあるらしい。結構有名な人だったりするのだろうか。

土産物というのは何であっても、多かれ少なかれそれを買った時の状況や場所の雰囲気を思い出させてくれるものだが、その土地の風景画や土地にインスピレイションを得た絵を持ち帰るというのは、自分が訪れたその場所を少しだけ切り取って貰ってきたような感覚がある。もちろん絵の場合画家によって表現方法も様々だし、正確さの点では写真を撮ればかなり見たままに近いものが手にできるわけだが、実際の風景の中で画家が印象を描き出したものを見た瞬間「いいな」と感じてそれを手に入れる、というのはその絵がその場所の雰囲気を捉えていると感じた、ある意味自分も作者の印象を共有して共感したということではないかと思う。だからずっと後になってから絵だけを見ても、それを最初に眼にした時の状況や店の人との会話、店の雰囲気、場所の空気や広がりまで蘇ってくる。そんなわけで、訪ねた場所で気に入った絵を見つけて買うととても得をした気分になってしまうのだった。

ゆっくり辺りも見て回れたので、そろそろキアヴァリに向かって出発することに。朝は「こっちの道を行けばキアヴァリに入れるね」とか言いながら来たのだが、いざ入ろうと思うとなぜかというかやはりというかなかなか入れない。何度か通り過ぎそうになりつつ(ピンボールで何度円の中心を狙ってもピンの外縁ばかりかすって通り過ぎる感じ?)何とか侵入成功。ホテルもまたもや一方通行に悩まされながらも、どうにかぐるりと回って反対側から正面玄関につけて到着。ここは友人Rが、郊外にある彼女の家よりは町中の方が観光にも便利だろうということであらかじめ予約しておいてくれたもので、ごくこじんまりしているが清潔で従業員も感じのいいホテルだった。

部屋に荷物を置いてひと休みした後、まだまだ外は陽が高いので近場を少し歩いてみる。宿のある通りは昼間でも割に落着いて静かだが、街の中心地に行くと結構な賑わいだった。実は事前に友人Rから聞いていた限りでは「すごく小さい、田舎」ということだったので海辺の村なのかと思っていたら、これが結構大きくて立派な街なのだ。商店街も石造りの高いアーケードになっているし、大手銀行も軒を列ねている。これ幸いとATM機でちょっと現金を補充。

これ以前の海外旅行の時は全旅程に足りる程度の旅行者小切手と現金を3:1くらいの割合で準備していたのだが、前回の旅行の終盤に手元の現金が足りなくなって急遽クレジット・カードで銀行のATMから幾らか引き出さねばならなかったのに懲りて、今回の旅行では前もって日本の自分の銀行で海外でも使える銀行カードを作ってきていた。お陰で日本の口座に残金さえあれば、普段と同じように提携銀行のATMで現地通貨の現金を引き出せるし、日本で準備して行く小切手や現金も以前よりぐっと少なめにできたので、移動の時大きな現金を全部持って歩く必要もなくなり、ストレスがかなり減った。銀行でもらったガイドブックには、イタリアでは機械によってはカードの磁気を読み取れないものもあるとあったので多少心配だったが、実際は小さい町の支払機でもカードが受け付けられなかった記憶はない。欧州では銀行のATM機は銀行の外の壁に設置してあって、銀行が閉まっていても使える(確か24時間OKだったと思う)ので、日本よりもかえって便利。説明も現地語と英語が選べるが簡潔で分かりやすいので、言葉がよく分からなくても大丈夫だと思う。ただ何の囲いもしていないためお金を下ろしているのが他の通行人から丸分かりなので、周囲によく注意して操作やお金をしまうのは可及的速やかに。右は中心部の建物(町役場とか公共の建物なのだろうか)の前に出ていた市場。果物や野菜などの生鮮品が主で活気があった。

ここももちろん海沿いの町だが、海岸方面は明日ゆっくり行くことにして今日は町中をぶらぶら歩いて回り、宿に戻る。部屋でのんびり荷物を解いたりテレビを見たりして、夜になってから友人Rが到着。何しろ8年振りなのでちょっとどきどきだったが、彼女は昔より少し痩せた(もともと細かったが)くらいでほとんど変わっていなかった。皆まだ夕食を食べていなかったので、彼女に知っている店に連れて行ってもらう。表通りからは少し奥まったところにあるレストランで、夜も10時近かった記憶があるがまだまだ賑やか。少し離れた席の親子連れの小さい男の子がしきりにポケモンポケモンと連呼していた。わたしはまたもや魚介類のスパゲティを、友人Hも確かスパゲティを頼んだが、友人Rはあまりお腹が空いていないからと言ってサラダと水だけを注文。

実はこの時までずっと疑問に思ってきたことがあった。これまで見たイタリアのガイドブックにはどれも「レストランのテーブルにクロスが掛かっていないところやバール(バー)などカジュアルなところでは飲み物とつまみ程度でも構わないが、布のクロスが掛かっているところは(ややカジュアルなところは紙やビニールのクロスのところもある)それなりの店なのでコースの手順を踏んで注文するのが礼儀」と書いてあって、わたしたちもこれまでテーブルクロスの掛かっている店では一応最低でも前菜とメイン(わたしは大抵デザートも)を頼んでいたため、気付けば毎回お腹が一杯になっていたのだった。まあ単に食べたいから注文したというのもあるが。この時行った店は雰囲気こそカジュアルだが、テーブルにはしっかりと綺麗なクロスが掛かった結構立派なレストランである。にもかかわらず「サラダと水」だけを注文する地元の人である友人に「それでもいいの?」と聞いてみると、怪訝な顔をして全く問題ないと言う。ガイドブックのことを話すと「変なの〜」と笑われた。この頃にはガイドブックの記述と実情には多々食い違いがあることも分かってきていたし、レストランでも周囲の人の様子などからそんなに気にしなくてもいいのでは、とも思っていたのだが、現地の人である友人にはっきり確認してもらってやっぱりか...と顔を見合わせたわたしたちだった。しかしホテル宿泊に夕食がついている場合はもちろんコースだったし(まあ頼めば減らしてもらえたと思うが)、少なくとも2-3日に1度はフルコースを食べていたわたしたちは既に胃が慣れてしまって、今更サラダだけでは到底足りないのだった。

友人Rは周辺国からワインや嗜好品を輸入販売もしている会社形式の農場(?)の財務を担当しているとのことだったが、人数的にはほんの数人しかいないらしくとんでもなく忙しそうだった。翌日も仕事が休めないということでその翌日の土曜日にまた会うことにして、わたしたちはホテルに戻った。

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3.6.2004


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