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北イタリア二人旅、今回はパルマの南西、ジェノヴァからそう遠くないヴァレゼ・リグレに向かいます。山に囲まれた小さな町ですが、実はちょっと変わった特徴があるのです。


北イタリア二人旅・その3 ヴァレゼ・リグレ (Varese Ligure, North Italy)

bridge (K) パルマに二泊した後、わたしたちは次の滞在地ヴァレゼ・リグレに向けて出発した。例によって地図を片手にああだこうだ言いながら昼過ぎに到着した町は、緑濃い山あいの土地。町中に川も流れていて、照りつける太陽の下でも何となく清清しい。朝パルマのホテルを出発する前にしっかり食べてきたにもかかわらず、お昼を過ぎればやっぱりお腹が空くので、とにかくごはんごはん!と車を適当に停めて食事のできる場所を探す。イタリアでは街でも村でもあちこちに「オートバイ以外駐車禁止」とか「地区居住者以外駐車禁止」とかレッカー車マーク(「ここに置いたら撤去しますよ」ということ)の標識があるが、どう見てもこれらを気にしている人はほとんどいないようだ。ドイツ人の友人は万一本当に持って行かれたりしたらややこしいことになるのもあってできるだけちゃんとした(というか標識のない)ところに停めていたが、ここではそう標識を多く見なかった気がする。

これまでと違って中心部はごくこぢんまりとした町で、商店などもほとんどがかなり古いものらしい石造りの教会だか塔だかを中心とした広場の周りにあるので、歩き回ることなくすぐに目に入ったレストランに入ってみる。Gallo Nero(黒い雄鶏?)という名前、日本でもそういうお店があるなあなどと思いつつ入ると、遅い時間のせいかほとんどお客がいない。メニューの種類は結構たくさんあって、確か出来上がっているメニュー自体にはそう品数は多くないが紙や黒板に「今日のメニュー」のような感じであちこちに書かれていたように記憶している。ということはその日によって新鮮な材料をアレンジして作っているということだろうか。
鶏をメインにした料理を頼んでお店の人が奥に戻ると、友人がテーブルに置かれていたさやのままのエンドウ豆を手に取って剥き始めた。よく本などで見る「自然指向の食卓」とか何かのアレンジのように無造作に置かれていたので、「え、これ飾りじゃないの」と言うと「食べていいんじゃない?」どれどれ、とわたしも剥いて中のエンドウを口に入れると、もちろん生なのだがびっくりするほど甘くておいしい。空腹だったのもあってこれはいいぞ!と二人ともぱくぱく食べてしまう。そうか、いわゆる日本で言う「突き出し」だったのね。あれ以来日本に帰ってきてからも野菜売り場でさや付きのエンドウ豆を探すのだが、ぷくぷく太ったさやのままのものなどどこにもなくて、剥いてパックになっているのしかお目にかかれない。そうこうするうちに食事が運ばれてきた。野菜と鶏のグリルのシンプルなメニューだがとても美味。勢いに乗ってまたデザート・コーヒーまでフルコースを駆け抜けてしまう。小さい町でほとんどレストランらしいところはここしかない状態だったのでやや不安だったらしい友人も、「こんなところにこんないいレストランがあるなんて」と満足そう。思い付く限りのイタリア語でおいしかったです、ありがとう!とシェフらしき人に言って、店を出た。

しばし広場の脇にあるベンチに座って、向かいにある例の塔の前のバス停留所に集まっているおじさん達を眺めてひと休み。バスがやってきても彼等は一向に乗る様子がなく、路線が違うのかと思ったがどうもバスに乗るためにそこにいるわけではないらしい。日陰なので座って井戸端会議、なのだろうか。と、停留所からほとんど人を乗せずに発車した、いやしようとしたバスが何やら賑やかな音を立てているなと思ったら、10mも行かないうちにとうとう完全に沈黙してしまった。運転手さんが下りてくると井戸端のおじさん達も車の周りに集まってきてしばらくわいわいやっていたが、とうとう運転手さんはダメだこりゃ、という仕種をして、電話をしながらバスを置いてどこかへ行ってしまった。おじさん達はわはははと笑いながらまた定位置に戻る。どうするんだ、バス...
restaurant (11k)
レストランの内装。今では日本でもこれくらいのディスプレイは珍しくないが、飾らない気さくな雰囲気がこの町によく似合う。

lunch (11k)
すみません、取り分ける前に撮影すべきでした。
さて、そろそろ時間もいい頃だし今夜の宿へ向かうことに。これも広場の裏手の方なので迷うこともなく到着。今回のホテルは三ツ星ホテルで、割と庶民的な感じだ。家族経営らしく、唯一少し英語を話すらしい30代くらいの女性がわたしたちの応対をしてくれた。部屋は大きくはないが清潔で気持ちがいい。裏庭の駐車場に車を入れチェックインを済ませて荷物を運び入れ、一息入れる。テレビにドイツの放送局が入っているのにちょっと驚いたが、それだけドイツからの旅行者が多いのだろう。荷物を整理して少し休んでから、町を歩いてみようということになって外に出る。天気もいいし、町中には川も流れていて歩いていても気持ちがいい。特に土産物屋のようなところはないのだが、ちょっとしたお店を覗くと少し絵葉書も売られている。この町のが欲しいけど、写真がだいぶ古そう...と見ていると、あら?あらあら?一枚の葉書を見て思わず友人を呼ぶ。さっきからどうもこの町、変わった家の配置だなと思っていたのだが、何と上空から見ると中心の店や建物はほぼ完全な円形、というか例の石の塔を両腕で抱えるように、"C"の形にぐるりと並んでいたのだ。いったいどういうわけでこんな面白い形になったのか分からないが、なるほどねえと感心するあまり同じ絵葉書を数枚買い込んでしまう。どんな形か知りたい方は、こちらに町の公式サイトがあります。
ホテルの近くにあった小さな画材店に何となく入ると、ちょうどセールをしているらしく絵やプリント画がとんでもなく安い。二人とも買い物などするつもりはなかったのに、何となく見ているうちに次第に真剣に選び始める。応対に出てくれた若い女性がこっちにもあるわよ、これは元いくらいくらだったのよ、とか発破をかけてくれるのでいつの間にか掘り出し物探しの様相を呈してしまった。結局友人は昔の町の風景を描いた単色画(だったと思う)、わたしは子犬を抱いてソファで眠っている18,9世紀くらい?の服装の少女のエッチングを購入。確か6000リラくらいだったので、日本円にするとせいぜい3-400円といったところだろうか。両方とも額付きの絵だったため、旅行中だと言うと傷が付かないように何重にもていねいに包んでくれたが、たまたま先に買った友人のところでおつり用の小銭が切れてしまったらしく、店員の女性は奥から小額紙幣をかき集め、最後には自分の財布から足りない分を補って「これで間違いないわよね」と渡してくれた。大きな紙幣を出してしまってすみません、と言うといいのよ、後でお店から返してもらうしね、と明るい。思い掛けないところでお買い物をして、わたしたちはほくほくしてホテルへ。

この日はまたホテルの夕食が付いていたので、お腹が空いた頃に一階の食堂へ。チェックインの時に応対してくれた女性が給仕をしてくれた。最初はあまり笑ったりもしないし、ちょっと無愛想な人かなと思ったが、料理を運んでくれる度に一生懸命英語で説明してくれる。ここでは材料などもできるだけ地元のものを使って、この地方の伝統料理を出しているらしい。前菜からメイン、デザートまで、素朴だが手をかけてきれいに盛りつけた料理が並ぶ。宿泊客はまだそう多くないようだが、albergo - ristorante (ホテルとレストラン)と書いてあるだけに宿泊以外の人達が食事だけでもよく利用するらしく、わたしたちが席に付いてしばらくすると何かの集まりの後のお食事をしていたらしい女性ばかりの団体さんがぞろぞろと引き上げていった。大抵は顔見知りの地元の人のようで、隅のバーでちょっとお酒を飲んだり、子供にお菓子を買ってやったりしている人もいた。

ここでも上等の食事を堪能して、食後はカプチーノで締めくくり。田舎の静かな町なのに、料理の質はかなり高いね、と友人と話す。だからツアー滞在地にも選ばれているのだろうか。日本の旅行社で手配したらまず知ることのなさそうな土地だけに、何だか得をした気分。食後の運動も兼ねて、その後また外を少し歩いた。町の人達もまだまだ食事やお酒を楽しんでいるらしく、外にテーブルや椅子を出しているところもあって、あちこちから楽し気な声が聞こえてくる。ときどき路地を抜けるといきなりテーブルの並んだ真ん中に出てしまったりもする。既に暗くなり始めた町はちょっと肌寒いくらいに涼しくなっていて、あまり明るすぎない街灯にふんわりと照らし出されて昼間とはまた違った雰囲気。既に昼間何度も歩いている石畳の小道も、一瞬別の時代の横道に迷い込んだような気分になる。大きな町であちこち観光も楽しいけれど、こういうところで何をするでもなくぶらぶら歩いて人々の笑いさざめく様子を眺め、土地の空気に触れるときが一番、ああ来てよかったなあと思う。
dining (11k)
これは朝食用の部屋で、夕食を食べた食堂の奥にある。そう広くないが窓が大きくて明るい。

hotel backyard (8k)
ホテルの裏庭。


翌日は旅行社からもらった簡単な地図とコピーを頼りに、付近の面白そうなところを車で回ることにする。朝食をしっかりお腹に入れて出発。まずコピーの説明に「風景が美しい」とあったグロッポ(Groppo)というところに行こうということになる。今日もまたまたよい天気なのでドライヴも楽しい。イタリアに入ったばかりの時に町中でオートバイがやたらと多いことに触れたが、郊外の道路ではそれ以上に自転車の数が多い。それも乗っている人は普段着ではなく、自転車レースや旅行をする人がよくするような、ヘルメットにサングラス、体にぴったりしたサイクリングスーツ(というのだろうか)といういでたちの人がほとんど。最初はレースでもしているのかと思ったがどうもそういうわけでもないらしい。とにかく車道、特にこういう田舎道を走っていると車よりも自転車の方が出会わす数が多いくらいなので、ときどき一日に会う自転車の数を数えて今日は何台、とか言っていたのだった。そして特にこの日頻繁に見かけたのが、軽トラックなのかオートバイなのか一体車種は何になるのだろう、という、まるでおもちゃのような三輪の小さい乗り物。最近日本でよく見るピザ宅配などに使われているバイクの後ろに荷台が付いているような形、とでも言えばいいだろうか。横幅が非常に狭い。面白い形だなと思っているうちに、何だか道幅もどんどん狭まってくる。 道なりに上るほどに先は曲がりくねって細い道路が続き、もはや山登り状態である。というよりはっきり山登りなのだ。既にかなりの高さまで来ている。

(友人)「...ほんとにこの道でいいの?」
(わたし)「んー、風光明美って言うからにはきっと山の風景が綺麗なんじゃない」

そんなやりとりをするうちにも道幅はさらに狭まり、ときどきカーブの向こうからトラックや自転車が姿を現わすたびに友人はあーとかぎゃーとか悲鳴を上げている。やがてとうとう車一台がぎりぎり通れるくらいの道幅になってしまった。ここまで来て今さら引き返すわけにもいかない。対向車が来ませんように、と祈りながら登っていくと、不意に少し広くなった場所に出た。何だかたくさんの人が集まっていて、車も何台か停まっている。右手を見上げると、山にへばりつくようにたくさんの家々。
「...グロッポ?」
二人で顔を見合わせるが、駐車場(?)の当たりに中途半端に車を進めたままどうにも動けない。とにかく周りにも頭上に重なり建つ家々のヴェランダにも人だらけでこの先は通行止めになっているらしく、今来た道を戻る以外は動きようがないのだ。どうしよう、と見回すと、周りの人達の中からおじさんが一人近付いてくる。友人が窓を開けると、「○×%+*?」何やら話し掛けてくる。「イタリア語は分かりません」と友人が答えるが、あちらは例によってお構いなしにぺらぺらと話して、ま、しょうがないやなあというような仕種をして離れていった。今ここで何がどうなっているのかを親切に説明してくれたらしいが、実際問題として状況は何も好転していない。とにかくこのいきなりの人込みは何なのだろうと様子を伺っていると、どうやらみんなは一様に向かい側の山の方向を見ている。と、うわーっと歓声が上がるのでよく見ると、その向かいの山を何かが駆け降りた。

「...自転車だ」そう、わたしたちは自転車レースのまっただ中に突っ込んでしまったらしい。山を降りた自転車は一度見えなくなり、その後再び姿を現わしてこの村の前、つまり人々がずらっと並んで待ち構え、その後ろに間の悪いドイツ人と日本人の車が動けなくなっているここを通って、わたしたちが登ってきた道を降りて行くのだ。そうするとここに来る道々すれ違った自転車も、このレースの参加者が混ざっていたのだろうか。と、いきなりどこからともなく救急車のサイレンが響いてきた。後ろを振り返ると、なんとさっき通ってきた道から登って来るではないか。その行く手をふさいでいる形になるわたしたちは冗談じゃない、と言いつつ車を慌てて動かして救急車のためのスペースを空けるというほとんど不可能な試みに挑む。どうもこの手前で競技者の一人が転倒か何かで怪我をしたらしい。救急車だけここに置いて、しばらくして怪我人が運ばれてきた。やがて救急車は奇跡的に車をターンさせてさっきの道を戻っていった。とりあえずほっとしたものの、とにかくレースが終わるまではここから先にはいけないし、わたしたちは諦めてその場に車を置いて徒歩で村を探索してみることにした。
(16k)
これが向かい側の山。さらに上から降りてくる。
(16k)
クローズアップ。自転車、見えるでしょうか。


自転車が降りてくるたびにひゅーひゅーわーわー盛り上がっている村の人達と車を下に残して、一番近くにある階段を登る。村の人達はみんな村の麓かそれぞれの家のヴェランダに出てレースを観戦しているのか、すれ違う人はほとんどない。前述のように山肌沿いに積み重なるように家が建っているので、村内を回るにはとにかく階段を昇らねばならない。石段の両側に石造りの家々が立ち並び、というか家と家との間を縫うように狭い階段が上へ上へと続いていて、色も建て方も同じようで少しずつ違う家々を眺め、壁と壁の間に見える青空を見上げながら歩くうちにどんどん上へ昇ってしまう。確かにこの家々の様子を見ても振り返って向かいの山や周囲を見下ろしても、まさに絶景と言える眺め。風景以外には買い物も観光もできるわけではないこういう場所は日本の旅行社ではまず絶対取り上げられそうにもないし、何となく得した気分ではあるのだが、ここまでものすごいところを「風光明美、ぜひ立ち寄るべし」と薦めるドイツの旅行社はある意味すごいかも知れない。

一体この村はどれくらい昔からあって、この家々はどれくらい古いのだろう。少なくとも10年20年などという単位ではないだろう。一つの家族が何代にも渡って同じ家を受け継ぎ、この山間の集落に暮らしているのだろうか。考えてみるとわたしの田舎だってもともとは同じようなものなのだが(家はもう少し頻繁に建て直すにしても)、今では若い世代が家を残してどんどん地元を離れていっていることを考えると、もしかするとここでもそんなことが起こっているのかなと思ったりもする。そういえば、あまり子供や若い世代の見物者は多くなかったかも知れない。石壁と石段、立体迷路のような村のそぞろ歩きをしばし楽しんだ後、どうやら当分終わりそうにない自転車レース応援の真っ最中の麓付近に戻る。みんな辛抱強く競技者が降りてくるのを待っているが、こういう催しにかこつけて村のみんなで集まってわいわいやるのが楽しみでもあるのかも知れない。まだまだ賑やかな村を後に、わたしたちはさっき登ってきた山道を引き返した。
steps (13k)

roses (7k)
山を降りて、次に立ち寄ったのはブルニャート(Brugnato)という小さな町。ここは平地でグロッポよりは大きいが、やはりのどかそうだ。適当なところに車を停めて何となく賑やかな方へ歩いていくと、どうやら市が建っているらしい。出店されているものは日用品や服、(季節柄)水着、果物などで特に珍しいものはないが、地元の人で結構賑わっていて楽しそうだ。子供のおもちゃを並べている店もあるが、どこかで見たような人形やら風船やらもちらほらある。イタリアでは日本のアニメーションがかなり人気のようで、ホテルでテレビをつけたときにも何度か放送されているのを見たが、やはり今一番人気なのは「ポケットモンスター」らしく、見るからに怪しいピカチュウがあちこちに出没している。毎日暑いので涼しそうな服はないか、と衣類を売っている店を物色してみるが、やはりサイズが大きすぎるものがほとんど。値段はとんでもなく安いので、こういうときに小さいのは不便だったりする。ちょこちょこ覗きながらそぞろ歩いていると、中年の男性が近付いてきた。片言の英語と怪しい日本語で何やら話し掛けてくる。どうやら日本に興味があって実際に旅行したこともあるらしく、明らかにこの町では珍しいであろう日本人がふらふら歩いているのを見かけて声をかけてきたらしい。怪しい英語を何とか適当に解釈しながらしばらく立ち話をすると、おじさんは満足したらしく陽気に去っていった。

照りつける太陽の下を歩いていると、当然咽も乾いてくる。と、たまたま市の切れ目にあったお店に"Gelato"の文字。行くしかないでしょ、という無言の同意が成立。中に入ると店は奥にTVが置いてあったり古いゲーム機のようなのがあったり、それこそ日本の小さい町の食堂か何かのような風情。それでもジェラートは結構色々種類があっておいしいのだ。カップにどさっと入れてもらって、やはり食堂のテーブルのようなところに座って食べる。市の方には結構人がいるが、お店は暇そうだ。きっとみんな基本的にはこの時間、家でお昼寝しているに違いない。イタリアの場合暑いといっても普通はからっとしているので、一度日陰に入れば冷房などなくても結構涼しいのだ。しばらくだらだらして涼んでから、また立ち並ぶ店の列をぶらぶら見ながら車に戻る。



まだ午後も時間があったのでもう一つ、カロダーノ(Carrodano)という村(?)に立ち寄った。ここに至ってはもう完全にお昼寝の時間に突入していたらしく、まさに村中眠っているかのように静かだ。動いているのはほとんどわたしたちだけだったかも知れない。壁や窓が明るい色に塗られた家々に太陽が燦々と降り注ぐ中、自分達の足音を聞きながら路地を歩き坂を登り、咲いているバラの花を写真に収めたりする。もしどこかの家の誰かが起きていて窓から見下ろしていたら、さぞかし物好きなことだと思われたに違いない。

山あり谷ありのドライブを堪能(し過ぎるほど)してホテルに戻り、夜にテレビをつけてみると、昼間のものかどうか分からないが自転車レースの様子を放送していた。どうやらこの国(あるいは少なくともこの地域)では自転車レースは人気が高いらしく、週末になるとどこかしらで開催されているような状況らしい。ちょうどこの時期がレースのシーズンだったのかも知れないが、するとウィークデイでもしょっちゅう出会う自転車乗りの人達はレースがなくてもそれに備えて練習している人達、なのだろうか。とにかくこの日はグロッポでのことが余りに印象に残っているため、昼食も夕食もどこで何を食べたのかさえ憶えていない(夕食はどこか途中で買って部屋で食べた...かも)。よほど強烈だったのだろうか...
村はお昼寝中(7k)
afternoon rose (6k)



27.8.2002


次回は海辺の街セストリ・レヴァンテに入って、観光地としても有名な各所を巡ります。どうぞお楽しみに。


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