(大田南畝、あるいは大田直次郎として交遊のあった人) |
交遊 | 詞書・漢詩・狂歌 | 出典 | 巻・頁 | 年月日 |
---|---|---|---|---|
しおかわ 塩川 | 「冬夜、塩川氏に過つて洞簫を聞く 「同前。伯氏の韻を和す | 南畝集19 漢詩番号4224-5 | ⑤409 | 文化13年 1816/10/ |
しがらきかんそう 新楽閑叟 | 「新楽閑叟(しがらきかんそう)、無性箱といふものをもて来て歌をこふ | あやめ草 | ②97 | 文政5年 1822閏01/ |
しくんてい 此君亭 | | |||
しげんてい 思玄亭 | | |||
しこう 子興 | 「四月十九夜、子興・月沙なる者を夢みる。二人、旧識の如し | 南畝集20 漢詩番号4536 | ⑤501 | 文政3年 1820/04/19 |
じせんし 示詮師 | 「夏晩、間島守雌の一柱館に集ひ、磯谷子相・岡順之・紀菶仲・栄広子・示詮師と同じく賦して詩字を得たり | 南畝集8 漢詩番号1664 | ④60 | 寛政2年 1790/06/ |
しのざき さんとう しょうちく 篠崎 三島 小竹 | 「春夜、篠崎 応道 三島父子・馬田 光升 国瑞・米山父子と同じく常元寺に集ふ。侵韻を得たり 「又 「席上、篠崎 弼 承弼に和す | 南畝集12 漢詩番号2091-3 | ④199 | 享和2年 1802/01/ |
「遥かに浪華の筱 応道 三島先生の七十を寿す 伝道今春称上寿 遥思盛会集初筵」 | 南畝集16 漢詩番号2952 | ④36 | 文化3年 1806/09/ | |
「篠崎 弼 永弼の崎陽に之くを送る | 南畝集12 漢詩番号2104 | ④203 | 享和2年 1802/02/ | |
しば よいちえもん 芝与市右衛門 | 「芝氏の県令となり給ふを祝して こしのさき加賀白山の麓まで芝生の風になびく民草」 | 六々集 | ②240 | 文化12年 1815/07/ |
「芝氏、飛騨の任にゆくを送るとて | 七々集 | ②253 | 文化12年 1815/09/ | |
しばた 柴田 | 「早春、芙蓉館に先鋒柴田君に贈る | 南畝集8 漢詩番号1500 | ④4 | 寛政1年 1789/01/ |
しぶや 渋谷 (清陰亭) | 「廿六日(渋谷氏清陰亭に宴)八重川がことのねにめでゝ あるじ、鯛のあつものに、はじかみをそへて出しければ 花に清香あり月に陰ありといへる詩にもとづきて、清陰亭といへばなり | 細推物理 | ⑧366 | 享和3年 1803/05/26 |
「十六夜、渋谷君の清陰亭の集ひ | 南畝集16 漢詩番号2938 | ⑤33 | 文化3年 1808/08/16 | |
しまだ さない 島田 左内(島子諒) | 「市谷の里長島子諒を哭す【天明四年甲辰五月死す】南畝集6 | 漢詩番号1206 ③416 | 天明4年 | 1784/05/20 |
しまだ みよ 島田 (美璵) | 「島田氏の女の印譜に題す | 南畝集5 漢詩番号0809 | ③278 | 安永9年 1780/06/ |
「島田氏美璵の一周の忌辰。感有り | 南畝集13 漢詩番号2151 | ④223 | 享和2年 1802/07/01 | |
「七年さきにうせにし美與子の、ゆめのうちに、かたへにある刀かけといふものをうつすとみて | をみなへし | ②24 | 文化4年? 1807/04/ | |
「島田氏の女璵、没して十三年。七月朔を忌辰と為す | 南畝集18 漢詩番号3798 | ⑤289 | 文化10年 1813/07/01 | |
「文月一日美與子の二十一めぐりの忌に | あやめ草 | ②87 | 文政4年 1821/07/01 | |
しまだ 島田 | 「病中、島田氏菊を贈る | 南畝集20 漢詩番号4416 | ⑤466 | 文政1年 1818/10/ |
「島田氏より菊を折りて贈りけるに | 紅梅集 | ②354 | ||
しまだ じんごえもん 島田甚五右衛門 | 「きさらぎ十二日拝島村にやどりしに、あるじの早蕨をすゝめければ 「里正島田甚五右衛門が家に宿す。むつき三日四日にやどりし家なり。四日は甲子なりしかば、甲子の狂詩など書て贈りしに、とく裱褙して床にかけ置たりき」 | 玉川余波 調布日記 | ②129 ⑨180 | 文化6年 1809/02/12 |
しまばらこう 島原侯(松平主殿守) | 「夏日、島原侯の山林の寓目 驪山似浴温湯裏 面受和風酔未醒」 | 南畝集18 漢詩番号3627 | ⑤240 | 文化9年 1812/04/24 |
「島原の城主の山荘を千代が崎といふ。さいつ比長崎にてみし人にあひて 「四月廿四日、目黒行人坂前松平主殿頭殿別荘一見」 | 放歌集 壬申掌記 | ②188 ⑨550 | 文化9年 1812/04/24 | |
しまや 島屋 | 「島屋のもとより淀川の水をおくりけるに | 紅梅集 | ②352 | 文政1年 1818/08/ |
しみず はまおみ 清水 浜臣 | 「(三月六日、東叡山にて大窪天民・高田与清(松屋)・岸本由豆流・清水浜臣らと花見せし折)浜臣、松の屋は和歌の事につきて近来不快なるよし、けふは花の本にゆくりなく相見へしかば、中直りせんにはおの/\をのはじめをくらべて、大なる方を勝と定んと興じければ、うたひめに糸ひかせ◯園を角力の行司だつものにして扇をひらきて左右をあはせしに、浜臣のものふとくたくましきにいきほひを添て出しければ、人々の目ををどろかせり。松の屋もをさ/\おとるまじきが、いきほひなくなへ/\として出せしかばおとりて見ゆ。人々めでくつがへりてとよむ事になん。鳥羽僧正などの書る絵巻物みるこゝちして古代なる戯れ、今の代にはありがたうなん覚へし と心のうちにおもひ侍り。(中略)杏花園主人」 | 半日閑話3 | ⑪237 | 文化12年 1815/03/06 |
しゃおう 車応 | 「崎陽の車応生、東遊して酒令を善するを以て世に鳴る。今や則ち亡し。詩を以て之を悼む | 南畝集18 漢詩番号3599 | ⑤232 | 文化9年 1812/02/ |
じゃくちゅう 若沖 (護国寺) | 「(秋夕、大聖院に過り、月を看る)席上、若沖師の韻を和す 附詩 若沖 東方君子見何遅 相覯我心已欲夷 今夕俱耽明月色 高歌叵和郢中詞」 | 南畝集18 漢詩番号3542 | ⑤215 | 文化8年 1811/08/13 |
しゅうおんあん 酬恩庵 | 「雪中、椿井氏の席上に京師酬恩庵主禅師に贈る | 南畝集7 漢詩番号1385 | ③478 | 天明7年 1787/11/ |
じゆうけん 自由軒 | | |||
しゅうちくえん 修竹園 | | |||
しゅうめい 襲明師 | 「秋夜、襲明師に過ぎらる | 三餐余興 | ⑧14 | 明和?年 177?/ |
しゅうようどう 秋陽堂 | | |||
しゅくあみ 祝阿弥 | 「食厨喰日 祝阿弥 三月四日望汰台 少年多興客を迎る盃 人情共に酔中の旬を願ふ 乞ふ何卒午の時より来れ 升亭に至る 独り憐む京国の人難義せられて 鴻の池の水髻(ハケ)の長きに似ず 祝阿弥唐詩選七絶第一章に擬へて贈らる、予第二章に擬へて以て和韵に代ふ」 | 壇那山人藝舎集 | ①458 | 天明2年 1782/03/03 |
しゅせんてい 酒泉亭 | | |||
じゅっせんてい 十千亭 | | |||
しゅゆう 酒友 (新橋) | 「早春、新橋の酒伴来たりて飲す | 南畝集19 漢詩番号4242 | ⑤413 | 文化14年 1817/01/05 |
しゅまんし 守満師 | | |||
しゅんこう 舜厚道人 | 「麻谷舜厚道人の尊堂の百一歳を賀す 麻姑書信称難得 咫尺重看東海浜」 | 南畝集2 漢詩番号0272 | ③94 | 安永3年 1774/03/ |
じゅんしょうにん 淳上人 | 「早春、豆州の淳上人に寄す 身在樊籠猶未脱 何時躡屐試躋攀」 | 南畝集4 漢詩番号0519 杏園詩集二 | ③183 ⑥54 | 安永7年 1778/01/ |
「夏日、憶ひを豆州の淳上人に寄す | 南畝集5 漢詩番号0791 | ③274 | 安永9年 1780/06/ | |
しゅんすい 春翠女史 | 「春日、春翠女史諸賢を邀へて水楼に宴す | 南畝集19 漢詩番号4255 | ⑤416 | 文化14年 1817/02/ |
じゅんせん 順宣 (常元寺僧) | 「順宣師の芦花を寄するを謝す | 南畝集12 漢詩番号2021 | ④179 | 享和1年 1801/06/ |
「歳暮、馬国瑞・順宜師と同じく広教寺に遊ぶ 啜茗銜杯皆得意 不同塵事日栖々 | 南畝集12 漢詩番号2074 蘆の若葉 | ④193 ⑧257 | 享和1年 1801/12/23 | |
「元日、馬国瑞・順宣師と同じく墨江に遊ぶ | 南畝集12 漢詩番号2080 | ④196 | 享和2年 1802/01/01 | |
「上元夜、佐臼山・慮橘庵過らる。会々酒饌を饋る者有り。乃ち馬国瑞を邀へて共に飲す。順宜師の亦至る | 南畝集12 漢詩番号2086 | ④198 | 享和2年 1802/01/15 | |
「春分節、馬田国瑞・順宣師と同じく円珠庵に集ふ。伊川生酒饌を携ふ【庵に契沖阿闍梨の墓あり】 | 南畝集12 漢詩番号2105 | ④203 | 享和2年 1802/02/20 | |
しゅんほうちゅう 春菶仲 | | |||
しゅんりょうし 俊亮師 | 「俊亮師を懐ふ | 南畝集9 漢詩番号1849 | ④125 | 寛政5年 1793/04/ |
「俊亮師を哭す 其の二 | 南畝集13 漢詩番号2233・4 | ④248 | 享和3年 1803ウ01/ | |
じょうえい 浄栄海公 | 「春日、浄栄海公・雪山師・春菶仲・佐輻卿と同じく林松館に遊ぶ 余花紅点綴 慈竹緑参差 別有長松在 清風無尽時」 | 南畝集8 漢詩番号1624 | ④46 | 寛政2年 1790/03/ |
しょうかい 性海上人 | 「性海上人の京に之くを送る 丹楓自映袈裟色 五十三亭正小春」 | 南畝集8 漢詩番号1710 | ④75 | 寛政1年 1790/10/ |
しょうきんろう 松琴楼 | | |||
しょうげつあん 松月庵 (大坂) | | |||
しょうげつてい 松月亭 | | |||
しょうげんし 沼元之 (門人) | 「天明丙午春三月尽、暁の夢に江島に遊ぶ。越えて四月朔、会々門人沼元之来たりて云ふ。将に江島に遊んで天女祠に謁せんとす。我が為に一詩を題せよ。則ち諸を祠に掲げんと。予以て奇と為し、賦して之に与ふ 分明記得神仙境 直到金銀十二台」 「首夏、沼元之の湘中に遊ぶを送る | 南畝集7 漢詩番号1327-8 杏園詩集三 | ③459 ⑥85 | 天明6年 1786/04/01 |
「春日、沼元之の太翁の七十を寿す。分ちて七体を賦し、五言古を得たり 願欲請吾言 上寿慰桑楡 一言吾豈敢 内省愧空虚 古人称杖国 大夫期懸車 従容不愉矩 自従心所如 莫言為小吏 寸禄足斗儲 徒羨浮雲富 不如仁智居 日用三牲養 寧焚一枯魚 三寿朋魯頌 五福載周書 諷誦時不倦 覧揆祝共初 出当府中走 入必庭上趨 夙夜能努力 千載揚美誉」 | 南畝集7 杏園詩集 | ③485 ⑥88 | 天明8年 1788/01/ | |
しょうさい 松斎 | 「松斎主人に二柳樹を寄する歌 松斎主人何豪爽 気干青雲将直上 草屋新営八九間 願乞此樹供幽賞 不惜為君長転移 高歌一曲綰一枝 風前風色従茲去 夢裏生肘未可知 依々能樊主人圃 主人幽賞無尽時」 「冬日、松斎に飲す(南畝、松斎の新宅に招かれ、歌妓を交えた宴席にて即席の一詩) 更有山公池上趣 酔帰何笑接◎斜」 | 南畝集2 漢詩番号0256 0258 蜀山文稿 | ③88 ⑥168 | 安永2年 1773/11/ |
しょうしおん 篠子温 | 「秋日、篠子温に邂逅す。時に将に浪華の行有らんとす 「席上重ねて子温の前韻に和せらるるを和す | 南畝集4 漢詩番号0678-79 | ③235 | 安永8年 1779/07/ |
しょうしちょう 松子長 (松村梅岡) | 「冬日、松子長・六如上人及び東叡の諸尊者と同じく東漸院の後山に遊ぶ 一酔相忘賓主態 徘徊不覚有陽曛」 | 南畝集5 漢詩番号1045 杏園詩集二 | ③357 ⑥65 | 天明1年 1781/10/ |
「松子長の寄せらるるを和す 縦令刀禰埋竜剣 紫気猶衝牛斗墟」 | 南畝集8 漢詩番号1644 | ④53 ⑥92 | 寛政2年 1790/04/05 | |
しょうしょうろう 勝賞楼 | | |||
しょうせいみん 松世民 | 「夏日、関叔成・樺世儀・松世民及び諸子と同じく角筈の里に遊んで、熊野祠前の知足庵に集ふ 今日幸逢仙侶会 飽傾沆瀣漱余酣」 「同前。松世民に和す 此日真遊兼采薬 杳然疑是到蓬瀛」 | 南畝集6 漢詩番号1269-70 | ③436 | 天明5年 1785/05/ |
しょうぞう 小三 | 「牛門の酒肆。主人小三に贈る | 南畝集3 漢詩番号0362 | ③128 | 安永4年 1775/05/ |
しょうはくきょ 尚白居 | | |||
しょうゆうし 松有子 | 「松有子のもとに沢村曙山来る約束ありしが、伝法院の僧来るきゝて来らず 芝居の放言、あたへなくしてたゞ見に来るものをでんぼうとはいふとなん。ふるくは油むしといひしなり」 | 放歌集 | ②153 | 文化8年 1811/04/ |
しょうようかん 逍遙館 | | |||
しょうようてい 逍遙亭 | | |||
しょうりゅうせん 松竜川 | 「早夏、井玄里・関之輿・山士訓・島子諒・(三字欠) 松竜川と同じく染井の西原に遊び、休円の山荘に過りて牡丹を賞す | 南畝集2 漢詩番号0275 | ③95 | 安永3年 1774/04/ |
じょ とくけい 徐 徳卿 | | |||
しらかわこう 白河侯 | | |||
しらかわ 白川大夫 | 「遥かに白川の大夫(二字欠)氏の湖月亭に題す | 南畝集17 漢詩番号3265 | ⑤133 | 文化6年 1809/09/ |
しろき 白木 | 「白木氏の荘に題す | 南畝集19 漢詩番号4304 | ⑤430 | 文化14年 1817/08/ |
しんげんいん 真玄院慈光修言 | 「水無月の十九日、真玄院慈光修言の墓にて | あやめ草 | ②75 | 文化7年 1810/06/19 |
しんこどう 信古堂 | | |||
しんしこう 森子厚 | | |||
しんしゅうふ 森周夫 | | |||
しんひゃくろ 真百魯 | 「真 直道 百魯の「十四夜の月」の韻を和す | 南畝集19 漢詩番号4197 | ⑤401 | 文化13年 1816/08/14 |
しんぼ じゅんほ 神保 純父 | 「春日、神保 貞 純父の桜田門の邸舎の集ひ。諸君と同じく賦して窓字を得たり 莫笑老来衰颯甚 毎逢良会気先降」 「同前。同じく「春江、酒に対す」を賦す 「神保純父の席上、亀井 昱 元鳳に贈る | 南畝集16 漢詩番号3006-8 | ⑤53 | 文化4年 1807/01/ |
「春日、神保純父の米沢に還るを送る | 南畝集16 漢詩番号3019 | ⑤56 | 文化4年 1807/02/ | |
しんでんこう 新田侯 | 「新田侯の席上、長嶋老侯・滝川南谷君・河寛斎と同じく「暁に花を見る」を賦す | 南畝集18 漢詩番号3755 | ⑤277 | 文化10年 1813/02/ |