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Chrysanthemum

菊の出てくる物語や詩、漫画などをご紹介しています。

菊

キク科の耐寒性多年草

〔別名〕契草・齢草・千代見草・黄金草・花の弟など 

〔花期〕4月〜1月  〔花言葉〕高貴・高尚・高潔・清浄

奈良時代に中国から伝来し、品種改良の結果現在の園芸種が作られた。花は品種により形態もさまざまで、花色も幅広い。日本の秋を代表する花。

 

<古典>


『伊勢物語』 第十八段

むかし、なま心ある女ありけり。男近うありけり。女、歌よむ人なりければ、心みむとて、菊の花のうつろへるを折りて、おとこのもとへやる。

  くれなゐに にほふはいづら 白雪の 
     枝もとをゝに 降るかとも見ゆ

男、しらずよみによみける。

  くれなゐに にほふが上の 白菊は 
     折りける人の 袖かとぞも見ゆ

『伊勢物語』 第五十一段

むかし、男、人の前栽に菊植ゑけるに、

  植ゑし植ゑば 秋なき時や 咲かざらむ 
     花こそ散らめ 根さへ枯れめや

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前栽は庭の植え込みのこと。「前栽」を「せんざい」と読むのは、昔から疑問でした。贈った菊に添えられた歌が上記の「植ゑし植ゑば……」です。秋が来ると菊が見事に咲くことを歌ったもの。
(『日本古典文学全集 8』(小学館)を参考にしました。)

『枕草子』 第八段

正月一日、三月三日は、いとうららかなる。五月五日は曇りくらしたる。七月七日は曇りくらして、夕がたは晴れたる空に、月いと明かく、星の数も見えたる。九月九日は、曉がたより雨すこし降りて、菊の露もこちたく、おほひたる綿などもいたく濡れ、うつしの香ももてはやされたて、つとめてはやみにたれど、なほ曇りて、ややもせば降り立ちぬべく見えたるもをかし。

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重陽の節供(九月九日)の前日に、菊に綿をかぶせて、九日に露に濡れた綿で身を拭うと、老いを忘れるという風習があったようです。

『枕草子』 第六十五段

草の花は、なでしこ、唐のはさらなり、やまとのもいとめでたし。女郎花。桔梗。朝顔。かるかや。菊。…

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「草の花は」で始まる段に菊も登場します。

『徒然草』 第百三十九段

…秋の草は、荻、薄・桔梗・萩・女郎花・藤袴・紫苑・吾木香・刈萱・竜胆・菊。黄菊も。蔦・葛・朝顔。いづれも、いと高からず、さゝやかなる、 墻に繁からぬ、よし。…

松尾芭蕉 『奥の細道』より「山中温泉」

温泉に浴す。其功有明に次と云。

  山中や 菊はたおらぬ 湯の匂

あるじとする物は久米之助とていまだ小童也。かれが父誹諧を好み、洛の貞室若輩のむかし、爰(ここ)に来りし比、風雅に辱しめられて、洛に帰て貞徳の門人となつて、世にしらる。功名の後、此一村判詞の料を請ずと云。今更むかし語とはなりぬ。
曾良は腹を病て、伊勢の国長嶋と云所にゆかりあれば、先立て行に、

  行行て たふれ伏とも 萩の原 曾良

と書置たり。行ものゝ悲しみ残ものゝうらみ隻鳧(せきふ)のわかれて雲にまよふがごとし。予も又

  今日よりや 書付消さん 笠の露

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山中温泉の匂いがすばらしいので、菊を手折る必要もないと詠まれています。菊の効能は長寿でもあるので、この温泉にはそういう効き目もあるのかもしれません。「有明」温泉は「有馬」温泉の誤りだそうです。

<短歌(和歌)・俳句>


心あてに をらばやをらん はつしもの
   をきまどはせる しらぎくの花
 (凡河内躬恒/古今和歌集)

菊の香や 奈良には古き 仏たち (芭蕉)

蝶老て たましひ菊に あそぶ哉 (榎本星布)

有るほどの 菊抛げ入れよ 棺の中 (夏目漱石)

たましひの しづかにうつる 菊見かな (飯田蛇笏)

<漢詩>


魏野 「白菊」

濃露繁霜著似無

幾多光彩照庭除

何須更待蛍兼雪

便好叢辺夜読書

 

「白菊」

濃露繁霜 著けども無きに似
幾多の光彩 庭除を照らす
何ぞ須いん 更に蛍と雪を待つを
便ち好し 叢辺 夜 書を読まん

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「蛍の光、窓の雪」ではなく、白菊の輝きで読書するのがいい、と詠んだ詩です。

皎然  「九日与陸処士羽飲茶」

九日山僧院     

東籬菊也黄     

俗人多泛酒     

誰解助茶香     

 

「九日 陸処士羽と茶を飲む」 

九日 山僧の院 
東籬 菊也た黄なり 
俗人多く酒に泛ぶ 
誰か茶香を助くるを解せん 

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重陽の節句の詩です(重陽は陰暦九月九日のこと。)他の節句と違いあまり有名でないせいか、特に話題にのぼることもないような気がします。

陸処士は陸羽のことで、茶事の心得を書いた『茶経』の著者です。唐代からその手の本が書かれているとは、さすが中国。

(石川忠久著『漢詩をよむ 秋の詩100選』NHK出版 他を参考にしています。)

白居易 「菊花」

一夜新霜著瓦輕     

芭蕉新折敗荷傾     

耐寒唯有東籬菊     

金栗花開暁更清  

 

「菊花」

一夜 新霜 瓦に著いて軽し
芭蕉は新たに折れて敗荷は傾く
寒に耐うるは唯だ東籬の菊のみ有り
金栗(ぞく) 花開いて 暁 更に清し

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霜が降りても寒さに堪え、清らかに咲いている。そんな姿を詠んだ漢詩です。

<小説>


伊藤左千夫 『野菊の墓』

村の旧家に生まれた僕は小学校を卒業したばかりの十五歳、親類の民子は十七歳だった。兄弟のように母親に可愛がられた二人だが、周囲の人間がもう子どもではないと母親に告げ、母親も僕と民子にあまり会わないようにと言う。
そのときから、民子の様子も変わり、僕の民子への気持ちも変化していった。
しかし、二人の仲に疑いを持つ人々によって、僕は早々に別の場所にある学校にやられて……。

「まア政夫さんは何をしていたの。私びッくりして……まア綺麗な野菊、政夫さん、私に半分おくれッたら、私ほんとうに野菊が好き」
「僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き……」
「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」
「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」

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りんどうも出てきます。

岡本綺堂 『半七捕物帳』より「菊人形の昔」

今度の事件は文久元年の九月、団子坂で忠臣蔵の菊人形が繁昌したときに起こった。三人連れの外国人が菊人形の見物にやって来たところ、外国人の男の一人がある女からポケットの紙入れを抜き取られたのだ。油断していなかった男はその女を取り押さえたが、どこを捜しても見つからない。しかも、女が濡れ衣を着せられたと訴えたので、たちまち外国人たちは周りから殴られたり、石を投げつけられたりとひどい被害を受けた。
逃げるよりしかなかった彼らだが、馬を置いてきてしまったことに気づき、あとでその場所に別のものが行ったところ、馬が二匹消えている。それを探すのを頼まれた半七は……。

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青空文庫で読むことができます。

<漫画>


岩館真理子 『冷蔵庫にパイナップル・パイ』 集英社

父親の誕生日プレゼントにチューリップの花のついたネクタイを買おうと思ったやや。
でも、隣に置いてある菊柄も渋くて「おとさん好み」だと迷っていると……。

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「やや」を主人公にした連作短編集です。
花の好きな「おとさん」がいるせいか、花はよく登場します。

花郁悠紀子 「菊花の便り」(『幻の花恋』収録) 秋田書店

養父にかかってきた電話は、彼の実の息子・文(あや)の死を知らせるものだった。墓参りに行くことになった養父と共に出かけた司郎は、養父が後悔の気持ちに襲われていることを知り、彼に静養をすすめる。

しかし、文の母親の実家に近い旅館に泊まった養父のもとへ、文からの手紙が届き始めて……。

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「菊慈童」をモチーフにした短編です。

市東亮子 『BUD BOY 3』より「第八話 禁色戒」 秋田書店

高位の花仙であるが、いたずらが過ぎたため人間界で暮らすことになった蕾のところへ、部下達がある報告をしにやって来た。 人間が青い菊を作ったというのだ。

青い菊は自然には存在しないものであり、蕾や彼の友人・東雲もその菊を処分しなければいけないと考える。

夜中菊を処分するために研究室に忍び込んだ彼らが見たものは……?

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青い薔薇はもう存在していますね。品種改良の技術はすごいです。