「架空の庭」の入り口へ 

Rose

薔薇(バラ)

バラの出てくる物語や詩、漫画などをご紹介しています。

バラ

バラ科の半常緑・落葉低木

〔別名〕ソウビ・ウマラなど 〔花期〕5月〜6月、9月〜10月

〔花言葉〕愛・美・愛情(赤)・私はあなたにふさわしい(白)・愛情の薄らぎ(黄)・不幸中の幸い(トゲ)

 

 

<古典>


『注好選』より

昔、三人の兄弟ありき。田祖・田達・田音といふ。即ちその祖の家に前栽あり。四季に花を開く荊三茎ありて、一花は白、一花は赤、一花は紫なり。往代より相伝へて財(たから)となして、色に随ひ香に付きて、千万の喜び余りあり。人々願ふと雖も、未だ他所にあらず。即ち父母亡せて後に、この三人身極めて貧し。相語らひて曰はく、「我が家を売りて他国に移住せむ。」と。時に隣国の人、三荊を買ふ。已に之を売りて値を得つ。その明旦に、三荊花落ち、葉枯れたり。三人之を見て嘆ず。未だ、此のごとき事をば見ず、と。呪して曰はく、「我が三荊、別れを惜しむがために枯れたり。吾等留まるべし。復た返りて栄(はなさ)かむや。」と。即ち値を返す。明くる日に随ひて元のごとく盛りなり。故に去らず。是をもつて、契をば三荊といふなり。

+ + +

(現代語訳)
昔、三人の兄弟がいた。名前を田祖・田達・田音という。彼らの家の前に前栽があった。四季に花を開く荊が三茎あって、一本は白、一本は赤、一本は紫の花を咲かせた。昔から伝えて宝として、色に従った香りがして、千万の喜びといっても余りがあるほどだった。人々がそれを欲しいと思っても、どこにもなかった。彼らの父母が亡くなった後、三人の兄弟は大変に貧しくなった。互いに話し合って、「わが家を売って、他国に移住しよう」と。その時、隣国の人が荊を買う。すでにその荊を売って代金を得た。その次の朝、三つの荊の花は落ち、葉が枯れてしまった。三人はこれを見て嘆く。いままでこのようなことを見たことはない、と。彼らが祈って言うことには、「三荊は別れを惜しむために枯れた。私たちはここにとどまるべきだ。そうすれば、また、三荊の花が咲くのではないか」と。三荊の代金を返した。しだいに、荊の花は咲きほこった。そうであるので、彼らはその家を去らなかった。このことから、契を三荊というのである。

「荊」はバラのこと。大事にしていた「三荊」を三人兄弟が非常に貧しくなったため売ったところ、たちまち枯れてしまいます。兄弟が反省しお金を返すと、次の日にはまた花を咲かせたというから、すごいです。少し似た話が「紫荊花(ハナズオウ)」にもあるので、説話ではよくあるパターンの話かもしれません。三本の荊、三人兄弟というのも面白いです。

<詩>


「ナーサリー・ライム」より

Ring-a-ring o'roses,
A pocket full of posies,
 A-tishoo! A-tishoo!
We all fall down.

+ + +

「マザー・グース」とも呼ばれる伝承童謡、わらべ唄から、今日はご紹介しています。子どもの遊びの歌で、手をつないでぐるぐる回り、最後にくしゃみをして、みんなしゃがみこむようです。三行目がくしゃみですね。

クリスティーナ・ロセッティの詩より(『シング・ソング童謡集』)

"Kookoorookoo! kookoorookoo!"
 Crows the cock before the morn;
"Kikirikee! kikirikee!"
 Roses in the east are born.

"Kookoorookoo! kookoorookoo!"
Early birds begin their singing;
"Kikirikee! kikirikee!"
The day,the day,the day is springing.

+ + +

「東で薔薇がうまれる」という表現が好きです。

クリスティーナ・ロセッティの詩より(『シング・ソング童謡集』)

The rose with such a bonny blush,
 What has the rose to blush about?
If it's the sun that makes her flush,
 What's in the sun to flush about?

+ + +

赤い薔薇を詠んだ詩です。
あざやかな赤色はどこからやってくるんでしょう?

クリスティーナ・ロセッティの詩より(『シング・ソング童謡集』)

The lily has a smooth stalk,
 Will never hurt your hand;
But the rose upon her briar
 Is lady of the land.

There's sweetness in an apple tree,
And profit in the corn;
But lady of all beauty
Is a rose upon a thorn.

When with moss and honey
She tips her bending briar,
And half unfolds her glowing heart,
She sets the world on fire.

+ + +

薔薇はとげがあるからこそより美しいといったところでしょうか。
私はあの香りもたいへん好きですが。

ロバート・バーンズ 「赤い薔薇」

A Red,Red,Rose

O my Luve's like a red, red rose,
That's newly sprung in June:
O my Luve's like the melodie
That's sweetly play'd in tune.

As fair art thou, my bonnie lass,
So deep in luve am I;
And I will luve thee still, my Dear,
Till a' the seas gang dry.

Till a' the seas gang dry, my Dear,
And the rocks melt wi' the sun:
And I will luve thee still, my Dear,
While the sands o' life shall run.

And fare thee weel, my only Luve!
And fare thee weel, awhile!
And I will come again, my Luve,
Tho' it were ten thousand mile!

+ + +

luve=love(恋人)、melodie=melody、play'd=played。
thou,theeはyouのことです。
英詩を読むときには、脚韻(Juneとtuneなど)と頭韻(redとroseなど)に注意しながら読むと、より楽しめます。

ウィリアム・ブレイク 「病めるばら」

THE SICK ROSE

O rose,thou art sick:
The invisible worm
That flies in the night,
In the howling storm,

Has found out thy bed
Of crimson joy;
And his dark secret love
Does thy life destroy.

+ + +

thou=you(あなたは)、thy=your(あなたの)。

北原白秋 「薔薇二曲」

      一

薔薇ノ木ニ

薔薇ノ花サク。

ナニゴトノ不思議ナケレド。

      二

薔薇ノ花。

ナニゴトノ不思議ナケレド。

照リ極マレバ木ヨリコボルル。

光リコボルル。

+ + +

あたりまえで、でも、本当はそうではなくて……。薔薇を詠んだ詩の中でも特に好きなものです。表意文字と表音文字のミックスが美しく、日本語の面白さも味わえます。

八木重吉 「夜の薔薇(そうび)」

ああ
はるか
よるの
薔薇

<漢詩>


高駢 「山亭夏日」

「山亭夏日」

緑樹陰濃夏日長     緑樹 陰(かげ)濃(こま)やかにして夏日長し     

楼台倒影入池塘     楼台 影を倒(さかしま)にして地塘に入る    

水晶簾動微風起     水晶の簾動いて微風起こり  

一架薔薇満院香     一架の薔薇(しょうび) 満院香(かんば)し

+ + +

左が白文、右が書き下し文です。

七言絶句。「長・塘・香」が韻を踏んでいます。けだるい暑さを表現した前半から一転して、後半では風が起こり涼しげな様子を詠んでいます。庭一面に広がる薔薇の香りが、空気の動きを感じさせて清々しいですね。
(石川忠久著『漢詩をよむ 夏の詩100選』NHK出版 他を参考にしています。)

杜牧 「薔薇花」

「薔薇花」

朶朶精神葉葉稠     朶朶(だだ)精神あり 葉葉稠(しげ)し     

雨晴香払酔人頭     雨晴れて香は払う酔人の頭(こうべ)

石家錦障依然在     石家の錦障依然として在り

陂゚狂風夜未収     閨iかん)に狂風に倚(よ)り 夜 未だ収まらず

+ + +

夜に咲く薔薇を読んだ詩です。花の香りが酔った頭を覚ますと書かれていますが、別の意味で酔いそうな気がします。
(石川忠久著『漢詩をよむ 夏の詩100選』NHK出版 他を参考にしています。)

皮日休 「重題薔薇」

「重題薔薇」

濃似猩猩初染素     濃きこと猩猩に似て初めて素を染め     

軽於燕燕欲凌空     燕燕より軽くして空を凌がんと欲す

可憐細麗難勝日     憐れむべし 細麗にして日に勝え難きを

照得深紅作浅紅     深紅(しんこう)を照らし得て浅紅(せんこう)と作(な)る

+ + +

暑い陽射しが続くと、花の色もあせてしまいます。
(石川忠久著『漢詩をよむ 夏の詩100選』NHK出版 他を参考にしています。)

<小説>


アンデルセン 「雪の女王」 岩波書店など

たくさんの家がたてこみ、大勢の人が住んでいる大きな町。そこに兄妹のように仲のよいゲルダとカイという二人の子どもが住んでいた。彼らには自分たちの庭はなかったけれど、木の箱に植えられた一株のバラは、彼らの家の窓にからみつき、アーチのように見えるのだった。
ゲルダとカイは、夏も冬も一緒に楽しく遊んでいたのだけれど、ある日、天から降ってきた、悪魔の作った魔法の鏡のかけらが、カイの目と心臓に入っていってしまう。カイはその日からこましゃくれた意地の悪い子どもになり、とうとう雪の女王に連れ去られてしまうのだが……。

+ + +

カイを探しに行ったゲルダは、魔法を使うおばあさんに出会い、その魔法のせいでカイのことを忘れてしまいます。カイを思い出すきっかけになったのはバラ。おばあさんの庭ではバラ以外にもさまざまな植物のおしゃべりを楽しむことができます。

クリスティー 『エッジウェアクの死』 ハヤカワ文庫

一人で演ずる寸劇をやらせたら天下一品の女優カーロッタ・アダムズの人物模写を見にいった当日、ポアロとヘイスティングズは、アメリカの女優ジェーン・ウィルキンスに偶然出会い、彼女に頼みごとをされる。

それは夫であるエッジウェアクが、離婚に同意してくれないので、何とかしてほしいということだった。その頼みを受けて、ポアロがエッジウェアクを訪問したところ、彼はとっくに離婚に同意して、その旨を書いた手紙を妻に送ったという。

ところが、ある日、エッジウェアクが殺害されて……。

「あなたはわたしが口にバラの花をくわえていたのを見ましたか?」 (p.131)

+ + +

ポアロの言葉に翻弄されるヘイスティングズが少々気の毒です。

クリスティ 『親指のうずき』 ハヤカワ文庫

夫のトミーの叔母エイダが亡くなり、叔母が残した一枚の絵を手元に置いておきたいと思ったタペンス。 一応その絵を叔母に進呈した人に許可をもらいたいと思ったのだが、その女性ランカスター夫人は親戚に引き取られたという。

ランカスター夫人と以前話をしたことがあったタペンスは、彼女に連絡がつかないことを不審に思い……。

+ + +

一枚の絵から行動を起こすタペンスが相変わらず行動的で素敵です。
薔薇も何度か印象的に登場します。

カレン・クリステンセン 『レイチェルのバラ』

レイチェルのおばあちゃんが、レイチェルのママとレイチェルへのプレゼントを持って遊びに来た。
レイチェルへのプレゼントはピンクのバラ。花びんに入れて大事にしていたのだけれど、とうとう枯れてしまう。

泣いているレイチェルを見かねたママが、おばあちゃんに電話をかけ、レイチェルはバラの苗をママに買ってもらい、育てることに。

絵はバーナデット・ワッツ。

+ + +

バラの育て方の基本もよく分かります。
バラは綺麗に咲かせようと思うと、手間がかかる花ですよね。
もちろん、そこもいいと思いますが。

『グリム童話』より「夏の庭と冬の庭の話」 岩波文庫など

ある商人が出かけるときに、三人の娘におみやげに何がほしいかきいたところ、長女は「いいきもの」、次女は「きれいなくつ」、三女は「ばらの花が1りん」と答えた。 冬の最中でばらの花を手に入れるのは難しいとは思ったが、商人はある御殿の不思議な庭にばらが咲き乱れているのを見つける。

そこからばらを1りんつみとった商人を、大きなけものが追いかけてくるのだが……。

+ + +
「美女と野獣」パターンのお話です。庭の半分が夏、半分が冬というのが素敵。
ファンタジーに出てきそうですね。

ポール・ギャリコ 『ほんものの魔法使』 ちくま文庫

ある日、魔術師たちの集まる魔法都市マジェイアに、犬のモプシーと共にやって来た青年。彼は魔術師名匠組合に入るために、ふとしたきっかけで知り合ったジェインを助手にして、加入試験を受けることになった。
しかし、彼が予選で披露した「ただのあたりまえの魔術」は、ただの手品とは思えない。不安に思った人々に、魔法都市の実権を握ろうと企むマルヴァリオたちは、ある噂を吹き込むのだが……。

ジェインはわっと歓声をあげて、バラを受取った。「まあ、きれい!それにまあ、なんていい香り!」(p.43)

+ + +

ほんものの魔法とは何なのかを考えさせられるお話です。

ルイス・キャロル 『不思議の国のアリス』 新潮文庫など

アリスが土手の上で姉のそばに座り、頭がぼうっとしていたとき、ピンクの目をした白ウサギが通りかかった。そのウサギがポケットから時計を取り出したものだから、びっくりしたアリスはすぐにウサギの後を追ってウサギ穴へと飛び込んだのだが……。

ファンタジー小説の古典。全編にナンセンスがちりばめられており、大人も子どもも楽しめる。『鏡の国のアリス』という続編あり。

+ + +

アリスが最初のころから行きたかった庭に植えてある白いバラ。それを庭師がせっせとペンキで赤くそめています。
それ以外にもアリスの出会うものたちは、みんなナンセンスのかたまりのような変わったものばかり。アリスの冒険は楽しいのだか、困ったものなのか、判断がつきかねますね。

サン=テグジュペリ 『星の王子さま』 岩波少年文庫など

サハラ砂漠で飛行機のパンクをひとり直すことになったぼくは、ある日、ようすのかわった男の子に出会う。人が住んでいるところから何マイルも離れた場所で、彼はぼくに「ヒツジの絵をかいて」と頼んできた。パンクの修理をしながら、ぼくと男の子は少しずつ仲良くなっていくのだが……。

+ + +

きつねの話す「秘密」は、特に大人に必要な気がします。誰にでも「ぼくのバラ」があるのでしょうか?

テオドル・シュトルム 「薔薇と鴉」(『ゴッケル物語』収録) 妖精文庫

古い屋敷に住むヒンツェルマイヤーとその妻アーベルは、いつまでも若々しく美しい。町の人々はそれについていろいろな噂をたてたが、幼い息子のヒンツェルマイヤーは当然のことと考えていた。
しかし、むすこが少年になったある日、彼は両親の秘密を知ってしまう。両親は薔薇の一族のものであり、母はかつて父親の薔薇を守る花守りの乙女だったという。彼は自分の薔薇があり、それを取りに行くことで一生若々しく美しくいられるというとを知り……。

+ + +

知識を追うことと、不思議を理解することとはどうにも両立しないようです。ヒンツェルマイヤーが追いかける賢者の石と彼についてきた鴉が、結局は彼を薔薇の園から遠ざけてしまうというのは皮肉な結果ですね。
また、同じ矢川澄子訳『たるの中から生まれた話』(福武文庫)にも「バラとカラス」というタイトルで収録されています。

テオドル・シュトルム 「遅咲きの薔薇」(『みずうみ』収録) 岩波文庫

北ドイツにある友人の別荘を訪れた主人公は、友人の妻とはじめて面識を得る。彼ら夫婦の間にはまるで新婚当時のような思いやりが取り交わされていた。
しかし、ある午後主人公はふと別荘を訪れた最初の日を思い出さずにはいられなかった。友人は婚約者であった少女(現在の妻のことだ)の肖像と今の妻の姿を比べ、痛ましいような切愛の表情を浮かべていたのだ。
主人公の疑問に友人は語り出す……。

+ + +

薔薇は友人の妻がもっとも好んだ花であり、友人の語った内容にあるように、妻自身をも指しています。

ハックスリー 『すばらしい新世界』 講談社文庫

アルファ、ガンマ、デルタなど出生のときから厳格に管理された社会システムの中で、人々は「幸福」な生活を営んでいた。条件反射教育を施された彼らは、不幸になりようがないのだ。
古典など古いと見なされるものはすべて人々の目から隠され、彼らは自分たちの生活に疑いを持つことさえない。

しかし、その中でも体制に疑問を持つものは少数だが存在し、レーニナのつきあい始めたバーナードもその一人だった。彼女たちは蛮人保存地区(昔ながらの生活をする人々が暮らす場所)に旅行に行き、そこで蛮人保存地区に住んでいながら、レーニナたちと同じ世界に所属している両親を持つ男に出会う。レーニナたちは彼を「すばらしい世界」に連れ帰るのだが……。

「子供を花と本が見えるように向けたまえ」
 そちらに向けられると、赤ん坊たちはすぐ黙り込んだが、やがて彼らはつやつやしたバラの花束や、白い頁に描かれたはでやかな絵の方へ向ってぞろぞろ這い出した。
 (p.27)

+ + +

赤ん坊たちが花や本を楽しんでいるときに、弱い電気ショックが与えられます。それが何度も繰り返され、条件反射運動になるまで続けられると、赤ん坊たちは、書物や花を憎むようになるというわけです。

エリス・ピーターズ『聖ペテロ祭殺人事件』光文社文庫

シュールズベリの聖ペテロ祭の前夜祭の日、修道士のカドフェルはシュールズベリの若者たちと商人のトマスの諍いを目にした。
若者たちは戦争で壊された町の被害を修復するために、修道院に本来納めるはずの金の十分の一を町に納めてほしいと訴えたのだ。もちろん、商人たちには相手にされず、運の悪いことに若者たちのリーダー格のフィリップがトマスの袖口をつかんだことから、若者たちと商人たちは争いを始めた。

カドフェルたちの尽力もあり何とか騒ぎを収めることができたのだが、その日、トマスが行方不明となり、水死体で発見されるという事件が起きてしまう。
当然、喧嘩相手のフィリップが疑われてしまい……。

「彼女は、他と変わった色の花をつけている一株のバラを見つけた。淡い黄色の花びらの先が、ほのかにピンク色に変化している。彼女は一輪だけ摘み取った。それはつぼみでもなく、ふっくらと若々しく咲き始めたばかりの花でもなく、完全に開ききって少し盛りは過ぎているが、まだ少しも傷んでいない花だった。」 (p.180)

+ + +

バラの花が印象的に登場します。時代設定がかなり昔なので、どんなバラなのかよく分からないのが残念です。

ペロー 「仙女」(『ペローの昔ばなし』収録) 白水社

夫を亡くした女の人には娘が二人いた。姉は母親に性質も顔もよく似ていて、いやな感じで、とてもいばっていた。しかし、妹の方は、亡くなった父親に似て、気だても優しく、親切で、しかも誰より美しかった。
母親は姉娘ばかりを可愛がり、妹娘にはごはんも台所で食べさせ、いつも用ばかりいいつけていた。

ある日、妹娘がいつものように水をかめいっぱいにくむために、家から半里離れた泉に行ったところ、一人のおばあさんがやってきた。おばあさんが娘に水を飲ませてくださいと頼むと、娘は泉のいちばん澄んだところを飲ませてやった。
喜んだおばあさんは親切な娘に贈り物をくれて……。

「ところが、そういった娘の口からは、バラの花が二つ、真珠が二つ、大粒のダイヤモンドが二つ、こぼれおちました。」 (p.111)

+ + +

『ペローの昔ばなし』には「赤ずきん」「長ぐつをはいたネコ」「おやゆび小僧」など、私達もよく知っているお話がたくさん収録されています。

ホーソーン 『緋文字』 新潮文庫他

清教徒の町ボストンの広場で、さらし台に子どもと共に立たされた女性のガウンの胸には、金糸で異様な刺繍を施した緋のAという文字がつけられていた。
彼女は夫のいる身の上で、別の男と関係し、その男の子どもを産んだのだ。
自分の罪の象徴を一生身につけることになったヘスタは、町の人々から疎外されながらも、子どもと懸命に生きていく……。

+ + +

野ばらはこの小説に幾度も登場し、いろいろなものを象徴しているようです。

ボーモン夫人 「美女と野獣」 角川文庫

昔、大金持ちの商人がいて、息子三人、娘三人の子持ちだったが、末娘のベルは気立てもよくとりわけ美しかった。姉娘たちは高慢ちきな貴婦人きどりの女性たちだったので、妹にやきもちを焼きバカにしていた。
ある日、突然商人は財産を失ってしまい、町からずっと離れた別荘に引越し質素な暮らしをすることになってしまう。畑を耕す商人と三人の兄たちのために、ベルは家事のすべてを引き受けているのに、二人の姉娘は一日中なまけてばかりいるのだった。
ところが、商人のところに舞い込んだ一通の手紙が彼らの運命を変えてしまう。商品を積んだ船が港に幸運にも着いたのだ。船を迎えにでる商人に姉娘たちはたくさんのおみやげをおねだりする。それとは反対に、父に促されてベルが望んだものは一本のバラだったのだが……。

+ + +

児童向けに書かれたこの本のダイジェスト版を読んだのは、多分小学生のころですが、一本のバラを持ってきてほしいと頼む場面はひどく印象的でした。バラ以外の花だとどういう話になるだろうと、今なら考えてしまいますけれど。
父の命を救うために、野獣のいる館へ行くことになったベル。短いですけれど、映像的な美しい物語です。

マロ 『家なき子』 河出書房新社

八歳になったレミは、育ててくれた女性の夫が怪我をして仕事ができなくなったせいで、自分が捨て子だということを知った。
ある庭の入り口に寝かせてあったという。

横暴な義理の父のために、孤児院に送られようとするレミ。彼を救ったのは、「ビタリス一座」の親方だった。
しかし、各地を興行しながら旅をする彼らの生活は、苦難の連続で……。

+ + +

ジェットコースターのような波乱万丈のストーリーになっています。
薔薇が出てくるのは、アキャン一家とレミが分かれる場面。
印象的なシーンです。

芥川龍之介 「女」

紅い庚申薔薇の花の底にじっと何か考えていた雌蜘蛛は、蜜蜂の羽音をきいた。雌蜘蛛は動き出す。もちろん獲物を狙って。
「短い闘争」のあと、蜜蜂は横たわり、雌蜘蛛はその血を啜る。
そういうことが繰りかえされ、いつしか雌蜘蛛に出産のときがやってくる……。

こう云う残虐を極めた悲劇は、何度となくその後繰返された。が、紅い庚申薔薇の花は息苦しい光と熱との中に、毎日美しく咲き狂っていた。

+ + +

美しく咲き誇る薔薇のそばで行われる、これも自然の当然の行為が執拗なほどの筆致で描かれています。真夏の陽射し、薔薇の匂い、灰色と黒色をした蜘蛛の姿。そんなものが目に浮かぶ短編です。

庚申薔薇は、中国原産で四季を通じて紅や白の花を咲かせる薔薇です。異名に「月季花」などがあります。

青空文庫で読むことができます。

芥川龍之介 「舞踏会」

明治十九年十一月三日の夜。
明子は鹿鳴館で、彼女にとって初めての舞踏会に参加した。「初々しい薔薇色の舞踏服、品好く頸へかけた水色のリボン、それから濃い髪に匂つてゐるたつた一輪の薔薇の花」。明子は周囲の人目を引くのに十分だった。
その日、明子に踊りを申し込んだのは、仏蘭西の海軍将校で、明子は彼と踊りを楽しむことになる……。

+ + +

明子が踊った相手は、意外な人物で、それが最後に分かるようになっています。
鹿鳴館の舞踏会の模様が丁寧に描かれた作品です。

青空文庫で読むことができます。

小川未明 「野ばら」 講談社など

大きな国と小さな国の国境に、それぞれ一人ずつの兵士がいて国境を定めた石碑を守っていた。お互いに誰も話相手のいない二人はしだいに親しくなっていく。
しかし、二つの国の間で戦争が起こり……。

小鳥はこずえの上で、おもしろそうにうたっていました。白いばらの花からは、よいかおりをおくってきました。 (p.60)

+ + +

国境に咲いた野ばらは平和の尊さの象徴のようです。ラストシーンの野ばらも印象的。

下川香苗 『神様の薔薇』 ワニブックス

梢子が彼――ナツキに会ったのは、彼女がどん底の状態のときだった。
恋人にはふられ、友達には裏切られ、バイトはくびになってしまう。そんなときに、公園でぽつんとスケッチブックを持っていたナツキについ声をかけてしまったのだ。そして、梢子とナツキは3日間を一緒に過ごす。何か大事なものを絵にしたいと言うナツキに、彼女は「神様の薔薇」の話をする。それは、彼女が父親から昔聞いたとても大切な話だった……。

+ + +

作中にはゲーテの詩「野ばら」も出てきます。せつない恋物語です。

鈴木三重吉 「かたつむり」

トゥロットは、母親が自分を残して出かけるときに、先生のミスを読んだのが気に入らなくてたまらない。
なぜなら、先生に気に入られるようにして、時間をつぶさなければならないから。

仕方なしに今日トゥロットがやることに決めたのは、庭を歩き回ること。
そのときに発見した、バラの葉っぱの上のかたつむりが、とんでもない出来事を引き起こして……。

+ + +

先生のミスは「この軟体動物は植物に害を加へます。殺してもかまひません。」などと冷たく子どもに言う人で、ちょっとすごいです。

青空文庫で読むことができます。

田中芳樹 『銀河英雄伝説』 徳間書店

はるかな未来を舞台にしたスペースオペラの傑作。全10巻(NOVELS版。外伝4冊。その他関連書籍もあり)。
帝国と同盟という二つの勢力の争いが主に描かれるが、多彩な登場人物が生き生きと描かれ楽しめる。

バラは後に帝国の双璧とされたミッターマイヤーが、とある少女に贈るために買い求めたもの。(第3巻)

+ + +

ちなみに黄色いバラの花言葉は、「愛の告白」「嫉妬」「愛情の薄らぎ」などさまざまです。「愛の告白」はまだしも、あとの二つは……。

メグホソキ 『ローズとアイリス』 文渓堂

ピンクが好きなローズは、あさねぼうでのろまでなまけもの。
ブルーが好きなアイリスは、はやおきでせっかちではたらきもの。
ボート乗り場でたまたま会った二人は、一緒にボートに乗ることに。

正反対の二人がどうなったかというと?

+ + +

自分と性格の違う友達といると、世界が広がっていきますよね。
素敵な絵本です。

宮原晃一郎 「虹猫と木霊(こだま)」

お伽の国からやってきた七色の毛色をした虹猫が、今日もぶらりと旅行へ出ると到着したのは木霊(こだま)の国。木霊は鳥たちと大の仲良しで、それ以外の動物たちはそこにはいないのだが、古くからの知り合いである虹猫はいつも歓迎されるのだ。
虹猫がそこで二、三日過ごしていると、木霊の頭から相談を持ちかけられる。その内容はといえば、妖精の女王の注文した薔薇色の短靴を作るのに材料が足りない、いったいどうしたらよいのだろう?ということだった。
智慧のある虹猫がどうしたかといえば……。

+ + +

お伽の国の虹猫が活躍するお話の第二弾。やぶ薔薇に向かって虹猫の歌う歌がなかなか愉快です。
この虹猫は、鼻は菫色、目玉は藍色、耳たぶはうす青、前足は緑、胴体は黄色、後ろ足は橙(オレンジ)色、尾は赤というからカラフルですね。

青空文庫で読むことができます。

<漫画>


青池保子 『Z(ツェット)』 白泉社文庫

NATOの新米諜報員Zの初仕事は、東側が西側の経済発展阻止のために誘拐すると警告した、クウェートの石油相の14番目の息子を守ることだった。上官のエーベルバッハ少佐にどななられながらも、仕事を完遂させようとする彼だが……。

+ + +

秋田書店刊『エロイカより愛をこめて』の番外編にあたり、Zの成長が連作短編の形で描かれています。「青いバラ」が出てきますが(第一話)、この作品の中ではまだ完成されたものは出来ていません。

大友克洋 「彼女の想いで…」 講談社

宇宙の墓場ともいわれるサルガッソーで廃船(ゴミ)の処理を請け負うことにした男たちの前に、救助信号がきこえてくる。
それは、「ムーンライトセレナーデ」。
発信源を探した男たちが見たものは?

+ + +

こんな「バラの花」もあります。

岡野史佳 「イリスの卵・3 デザート・ローズ」(『イリスの卵 2』 白泉社

生きた鉱石といわれるイリスの謎を解くために、鉱物学者ナディルをたずねたフェイとジュラ。
しかし、ナディルはジュラを一目見た途端、フェイたちを拒絶する。

情報屋の麗帆(リーファン)からナディヤの素性を聞いたフェイは、何とかナディルから話を聞こうとするのだが……。

「ぼくはアズロ
あげるよ
これ」
「?」
「『砂漠の薔薇』っていう石だよ
このあたりで取れるんだ」 
(p.12)

+ + +

ナディルの息子、アズロがジュラにくれたのが、「砂漠の薔薇」という石。花の形に結晶する石の中でも、一番ポピュラーだそうです。

岡野史佳 「薔薇科少年」(『薔薇科少年』収録) 白泉社

銀河系を飛び回る天才ピアノプレイヤー・毬央(まりお)。リサイタルのためにやって来たかつての故郷火星で、彼女は植物キメラ・サキに出会う。
火星は絶滅種の保護を目的として異種混合体が生み出される場所でもあったのだ。
デビューから10年、火星訪問を避けていた毬央の秘密とは?

+ + +

毬央がアンコールで歌った歌も「バラの歌」(エリック・サティ「やさしく」)。バラのキメラも出てくるバラづくしの話です。

岡野史佳 「緑のゆびさき」(『君の海へ行こう』収録) 白泉社

16歳の誕生日を迎えた空見(くみ)は、そのときまで恋について考えたこともなかった。幼なじみのアリスと羽(つばさ)がいてくれればよかったのだ。

でも、少しずつ青と緑にふちどられた星・地球を見るたびに、胸の奥が痛くなることがある……。空見の父親はあの星にいるのだ。

あるとき、空見はふときいたチェロの音に誘われるように、地球から来た男の人に出会うのだが……。

+ + +

新種の薔薇も出てくる、ロマンチックな短編です。

花郁悠紀子 「紅玉の園にて」(『夢ゆり育て』収録) 秋田文庫

維新後は華族として由緒と資産を誇ってきた樫原(かたきはら)家は、財産相続に関して長女に第一の権利が与えられていたが、長女のるり子が幼くして死亡、先ごろ主人も亡くなり、るり子の兄が財産を相続することになった。
しかし、それに不安(と不満)を持つ親族たちが亡くなったはずのるり子を探してきて相続権を主張しようとする。
5人目の「るり子」は本物なのか?

+ + +

作者が花と宝石をモチーフに描いた作品の一つで、薔薇とルビーが登場します。ミステリ仕立てでオチも面白いです。

神谷悠 「奏迷宮 聖マリアの殺人」(『星迷宮』収録) 白泉社

主人公の山田一平と綾小路京は、あるリサイタルで、京の昔のヴァイオリン教師と再会する。そのリサイタルは14歳の天才ピアニスト、ケン・タカミヤと小杉理英子のデュオだったが、昔、理英子が薬物中毒の意識化で殺したのが、ケンの母親であり、そのことも話題となっていた。

ところが、今度は理英子が殺されて……。

「リエコは君の指を傷つけまいと自らバラのトゲをとった
バイオリニストにとっても大切な指で」
 (p.116)

川原由美子 「センチメンタル」 講談社

ふられたばかりで迎えたクリスマス・イブ。
ひとりで街に出た絵奈は、タカシと出会う。
「花いらない?」と声をかけてきた彼が、
怒った絵奈にクリスマス・プレゼントとして渡したのが一輪の薔薇。

+ + +

クリスマス・イブから始まるお話です。

喜多尚江 「いばら姫」(『ブラックリスト』収録) 白泉社

田中広ノ介のあこがれる少女、由衣子は、「強い女」。
しかし、彼は彼女の言葉にひっかかるものを覚えていた。

ある日、由衣子が年上の男性とつきあっているのを目にした広ノ介は……。

+ + +

バラの花は由衣子の幸福の象徴であり、作中では彼女そのもののイメージです。特にバラの「トゲ」についての解釈が印象深いです。

市東亮子 『BUD BOY1』より「第一話 花贄狩り」 秋田書店

聖仙郷、花恭苑の大将を務める身でありながら、素行の悪さから俗界(人間界)に落とされた少年、蕾が主人公。
彼を追ってきた妙香花仙と蕾は、温室の中で歌う花精(薔薇の精)と出会う。彼女には何か心にかかることがあるようで……。

+ + +

「椿」の物語で蛍光さんが別の話をご紹介されているように、このシリーズには花がたくさん出てきます。それぞれの花の特徴をしっかりストーリーに取り入れているものも多く、花好きにはおすすめです。

萩尾望都 「ばらの花びん」(『萩尾望都作品集5』収録) 小学館

セザンヌの大切にしている花びんには、ばらの庭でばらを手に持つ若者の絵があり、その若者はセザンヌの弟にそっくりだった。
素直に優しく育った弟・ミシェルの成長だけを楽しみにしているセザンヌだったが、ミシェルが偶然若い未亡人と出会い、心を魅かれたと知り、気になってしかたがない。
セザンヌに求婚するミシェルの友人・マルスも加わって、彼女たちの関係は大きく変わっていく……。

+ + +

タイトルにもなっているとおり、「ばらの花びん」はあちらこちらで登場します。

杜野亜希 『ヒロインを探せ』 白泉社

大学生作家・神林俊彦の人気シリーズが映画化されることになり、神林は休養を兼ねたロケ見学の場で、自分の作り出した女探偵レディX役の女優・矢沢美子と出会う。
彼女が自分のイメージ通りの女性だと憧れの気持ちを抱く神林だが、レディXの助手役の少女・川本キリカの邪魔も入ってうまくいかない。
何とか美子と一緒に食事をすることを約束した日、殺人事件まで起こってしまい……。

+ + +

レディXはフランス産の白バラの名前でもあります。
「神林&キリカ」の活躍するミステリのシリーズ第一作。

山下和美 「さよなら…あなた」(『さようなら…あなた』収録) 集英社

新婚旅行の行きがけに夫を亡くした咲子は、再婚し幸福な生活を送っていた。
しかし、義母がマンションを訪ねてきた日、娘の幸子が死んだ夫の写真を見つけ出してしまう。しかも、幸子はこのおじちゃん見たことがあると言うのだ。

幸子はその後も不思議な言動を繰り返し、とうとう咲子も幸子の言う「おじちゃん」が、かつての夫だということを知り……。

「あの 真紅な
薔薇になろう」
 (p.199)

+ + +

死んだ人がどこに行くのか?
そんなことを考えさせられるお話です。